第28話 物部氏と鍛冶技術

 アコースティックギターの練習を初めて十日ほどが過ぎました。練習曲はビートルズの「Let It Be」です。5種類のコードを押さえるだけで良い簡単な練習曲とのことですが、初心者にとっては難しい。Fが押さえきれなくて脱落する……みたいな初心者あるあるを耳にしますが、是非とも難しいFを克服したい。そんな折、弦が切れてしまいました。購入初日も弦を切ってしまったのですが、今回も同じ弦です。ストックがありません。仕方がないので、新しい弦を購入することにしました。折角なので、有名メーカーの柔らかい弦を選んでみました。


 ――えっ! 押さえることが出来る。


 あんなにも硬かった弦が、交換するだけで押さえやすくなりました。今までは、力任せに一生懸命に押さえていました。その力みがいりません。それだけで嬉しい。調子に乗って、スマホのアプリを立ち上げてメトロノームに合わせて弾いてみることにしました。


 ――ジャン、ジャン、ジャジャ、ビーン、ジャジャ、ジャ。


 リズムに合わせることが出来ません。雑音の大量生産です。ゆっくりとしたテンポなのに、指が追い付けません。まだまだ練習が必要です。それでも道具が変わるだけで、これほどまでに弾きやすくなるなんて驚きです。人類の歴史は、道具や文化の進歩の歴史でもありました。新しい技術が、次の時代を作る。今回はそのような話になります。


 古事記によれば、宮崎県のを発った磐余彦尊(いわれびこのみこと)は、日本を治めるために東に向かいました。浪速国にやって来ると長髄彦(ながすねびこ)の抵抗にあいます。激しい戦いを制した磐余彦尊は、奈良盆地の南東にある畝山の麓に畝傍橿原宮(うねびのかしはらのみや)を築き、神武天皇として即位しました。これが神武東征です。この神武天皇よりも早くに大和に入り、神武天皇を支えた人物がいました。饒速日命(にぎはやひのみこと)です。大和の豪族である物部氏は、この饒速日命を祖先としています。つまり物部氏は、伝説の始まりから天皇を支えてきた由緒正しき豪族になるのです。


 そうした物部氏の本拠地は大阪でした。大坂城がある上町台地には古代に難波宮が築かれており、貿易の拠点として栄えていました。当時の貿易の相手は朝鮮半島にある百済や新羅になりますが、物部氏は新羅との交流が深かったようです。何故なら、物部氏が使役していた渡来系の鍛冶の集団が新羅系だったからです。彼らを倭鍛冶(やまとかぬち)といいます。


 大阪府の八尾市周辺は、物部氏の生産工場でした。生産物の主力は弓矢になります。八尾という名前は矢から転じているそうです。矢の生産で重要なパーツは矢じりになります。この矢じりは鉄で作られており、この技術に鍛冶が必要でした。八尾のお隣柏原市には大県遺跡があります。当時としては最大級の鍛冶の遺構があり、矢じりの制作に関わったと考えられております。


 鍛冶には、大きく2つの方法があります。鋳工と鉄工です。鋳工とは、溶かした鉄を鋳型に流し込んで成形する方法です。矢じりのように同じパーツを大量生産する場合は、非常に効率が良い方法でした。材料となる鉄は、朝鮮半島から輸入します。実は、当時の日本は国内で鉄を発掘する技術がありませんでした。鉄製品を加工する場合、原料となる鉄工を朝鮮半島から船で運んでくる必要があったのです。物部氏が支配する地域は大阪です。つまり、貿易の利便性と弓矢の製造を物部氏が独占していたことになります。


 鍛冶の技術のもう一つは、鉄工になります。百済系の技術で、鉄を精錬して加工する技術になります。当時としては革新的な技術で、剣など刃を持つ道具を作ることが出来ます。この技術を持つ渡来系の集団を韓鍛冶(からかぬち)といいます。同じ鉄を扱う加工であっても、鋳工と鉄工は別物になります。


 物部氏は、大和王権の豪族の中で警察権や軍事権を担当していました。その軍事力は、そうした武器の製造に裏付けられていたのです。由緒ある豪族であり圧倒的な軍事力を誇る物部氏に対して、蘇我馬子は戦いを仕掛けました。雄略天皇に解体された豪族葛城氏の末裔とされていますが、蘇我氏には伝統がありません。伝統がないどころか、歴史の舞台に急に現れるのです。その出自は曖昧で、なぜ大王家と姻戚関係を築いていけたのか分かりません。ただハッキリしているのは、仏教を押ししすすめたという一点です。


 神道は、宗教ではあるけれども思想ではありません。神を敬うその儀式を重要視します。対して仏教は、思想になります。そもそも仏教は儀式化することを否定していました――その後、どんどんと儀式化していきますが。物部氏は、ハード面では革新的な技術を有していましたが、その行動は保守的です。神道を敬い、仏教の侵入を拒みました。しかし、蘇我氏が選んだのは、ソフト面での技術革新だったのです。大陸の新しい仏教思想を貪欲に取り込もうとしました。――まー、厳密にはあまりにも大雑把な分け方なので論理的でない部分もありますが、性格の違いとしては分かりやすい。


 今日は、50ccのスーパーカブに乗って和歌山に行きます。当時の足跡を追いかけたい。

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