第8話 可愛い女の子のうんこに関する考察

 鈴木は酷いノイローゼに悩まされていた。綾子の家で感じた絶頂は家路の途中で萎え、心は沈んだ。それから一週間が経過し、その傷心は一向に回復の兆しを見せなかった。


 (あれは何だったんだ?何が起きたんだ?)


 鈴木は自問自答した。理解できない。理解できないことが起こった。しかし、その証拠は食べてしまった。食べたという記憶はある。ただ、味は覚えていない。匂いは、少しあったかもしれない。とにかくその時の鈴木は咄嗟の出来事で何が起きたのかわからなかったのであった。


 ある日、加藤から電話があった。


「おい鈴木、最近調子はどうだ?綾子とはうまくいったか?」


「うまくいったよ。」


 鈴木のいう「うまくいった」というのは加藤が意図しているものとは意味合いが違う物であった。


「それはよかったなぁ。なんかあれからお前と連絡が取れないって、みんなが言ってるもんだから心配になってな。」


「まあ、調子は良くないかな。ノイローゼが酷いんだ。」


「ノイローゼなんか鼻くそ屋で酒でも飲んでりゃ治るって。また今週末どうだ?」


「そうだなぁ。この一週間、仕事も休んでるし、ちょっと気分転換もいいかもしれない。」


「決まりだな。柳瀬にも声をかけておくから、今週金曜日だぞ。」


「時間は?」


「そんなもんはテキトウだ。各々が好きな時間に来て好きな時間に帰ればいいんだ。」


 加藤は何もかもいい加減な男であった。飲み会の幹事も加藤に任せると禄でもないことになる。しかし、飲みに行くのは楽しみだと鈴木は思った。


 鈴木はまだ悩んでいた。綾子のこと。綾子を怒らせてしまったことではない、そんなことを気にするような神経を鈴木は持ち合わせていなかった。鈴木は冷静になって、あの綾子の尻から出てきた物体について考えていた。


(やはりうんこだったのか。)


 確実に言えることは、あれがうんこであろうとなかろうと鈴木が食べてしまったことで、鈴木の体内で鈴木のうんこになったことは確かであった。より正確にいうならば、あれは綾子のうんこであったのか?と問うべきであろう。


(可愛い女の子はうんこをしない!)


 鈴木は考えた。何かを見落としているはずであった。その何かを必死で考えた。


 まず考えうるのは「可愛い女の子」という言葉である。女の子というのはこの場合、身体的な性別の話なので客観性があるが、問題は「可愛い」の部分であろう。「可愛い」は主観であり、鈴木が勝手に思い描いた幻想とも言えるものであった。


(綾子が可愛いというのがまず間違いなんだろうか…。)


 鈴木は学生の頃の写真を取り出して、眺めていた。綾子が写っている。当時も今と変わらず可愛らしい、美しい、完全なる美だ、と鈴木は思った。


(間違いない。綾子は可愛い。)


 鈴木は一つ見落としている点があった。この時、「可愛い」と感じたのは鈴木だけであり、万人が綾子を可愛いと思うかどうかは疑問が残る、というより分からないという点である。確かに、周囲の人間で綾子に思いを寄せる奴は多い。しかし、世の中の全ての人間が綾子を可愛いと思うかどうかは分からないし、世界中の人間にアンケートをとってみた所で現在生きている人間の調査しかできない。過去、未来に渡って人類の発生から終末までの全人類にアンケートを取ることはできない。よって、綾子が真なる可愛い女の子であるかどうかは調べる術がない。それはただ鈴木の内面だけの問題なのである。


(あと、うんこをするとは何だ?する?行為をするのか?)


 うんこをするということは能動的な行為である。「しよう」と思ってしなければ行うことはできない。今回の場合でいうと、綾子の尻から出てきた物体がもし仮にうんこであったとして、それは鈴木が指でかき出した物であり、綾子はうんこを”した”訳ではない。


 では、綾子はうんこを自分の意思で”する”ことはあり得るのであろうか。鈴木が隈なく探索した綾子のトイレにはその痕跡は見られなかったが、トイレを使用した形跡はあった。問題になるのはその使用者が綾子か?、綾子以外の人間か?という点にあった。


 鈴木は頭が痛くなった。堂々回りなのである。鈴木は、綾子との一件以来ずっと同じことを考え続けていた。早く鼻くそ屋で飲みたい、と鈴木は思った。鈴木の友人、加藤と柳瀬は鈴木にとってはかけがえの無い友人であるばかりでなく、この手の相談事には何かと向いていると、鈴木は思っていた。加藤はバカで何も考えていない発言が多いが、その分本質をついたことをはっきりと言って退ける。一方で柳瀬は理論家であった。どんなにくだらない話でも、逆にどんなに高尚な話でも、とにかく深く考えなければ気が済まないタチの人間であった。


 鈴木は待った。飲み会の当日、金曜日を。そして、その日は来た。ノイローゼは相変わらずであったが、鈴木は家を出ることができた。ちょっと早めの時間に鼻くそ屋に行き、一人で飲もうと思って家を出た。


 鼻くそ屋に着くと、ちょうどその店先で柳瀬とばったり会った。

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