mirror voice(惨めな贋作者)

Kurosawa Satsuki

本編

魔法の言葉:


言葉を代弁してくれる都合のいい存在が、

都合のいいタイミングで私の前に現れないかな?

皆さんは、そんな妄想を抱いた事がありますか?

私はあるんです。

誰かに自分を分かって欲しい。

そして、同情して欲しい。

これって、我儘ですよね?

それでも、いいんです。

なぜなら、これが私なのだから。

……………………………………………

二〇二一年十二月二十二日水曜日、

私こと、小日向優里香(こひなたゆりか)は、

今日も、新人作家として忙しい日々を送っている。

締切まであと三日しかないというのに、

中々良い案が思いつかない。

段々書くことに嫌気がさして筆を置く。

それから、職務放棄をして現実逃避。

私の諦め癖は、幼少期から相も変わらず、

ちっとも治らない。

そして皮肉にも、不幸が創作の原動力になっている。

今頃、私の同期は甘酸っぱい青春を経験し、

結婚して新たな幸せを手に入れ、人生を謳歌しているのだろう。

勿論、そんな事ない人もいるけれど。

そして私といえば、恋愛経験無しの生涯独身ダメ女。

こんなふうに自分と他人を比較しているからいつまでたってもモテないのだろう。

自覚はあるが、変われと言われて簡単に変われるわけもなく、それが出来たらココにはいない。

「優里香さん、原稿を取りに来ました」

そうこうしていると、編集者の大川さんが原稿を取りに来た。

この人が担当になってから、独りでいる時間が減った。

基本的に仕事の話しかしないが、

寂しがり屋の私にとっては良い話し相手だ。

「本当の締め切りは、とっくに過ぎてますけど、

過去に書いた作品があれば、

俺がそれを編集して出しますんで、大丈夫ですよ」

「相変わらず出来た人ですね、申し訳ない…」

「何言ってんすか?凄いのは優里香さんの方だ。

修正箇所は少ないし、他にはない独特な世界観を持っている」

「同じ話ばかり書いていてもですか?私は、

自分語りか、贋作しか書けませんよ」

私が冷たい態度を取るのは、

照れ隠しだと思っている様子の大川さん。

それを理解した上で、私もあえて一芝居打つ。

笑って済ませる関係なのだから特別気にもならない。

こうしている間にも、刻一刻と時は過ぎている。

「どうです?たまには外に出て気分転換でもしてみては?」

「確かに、もう五日もこの家から出てないし、

銀行へ行ったり、買い物したり色々と予定が…」

「買い物なら、俺の車で行きませんか?

丁度今日は、車で来てるので」

「いえ、まだやることがあるので…」

「そうですか、なんか残念」

「とりあえず出来上がった分は、

明日の朝にメールで送ります」

「わかりました、では、俺は次の仕事がありますので、

これにて失礼します」

いつもなら、体に悪いからと強引にでも連れ出すのに、なんだか素っ気ないな。

そう思いつつ、大川さんを玄関まで見送る。

大川さんが出て行ったあとは、

外出せずに、話の続きを書き進める。

当分は、原稿との睨めっこをする他ない。

書き終わったら何をしよう?

やりたい事は沢山あるけど、

終わる頃には力尽きて布団の中だ。

でも、一応買い物くらいはしておかないと。

………………………………………

引っ越しの為に荷物の整理をしていたら、

懐かしいものを見つけた。

くすんだ色の缶箱。

私はそれを宝箱と呼んで、幼い頃から大事にしてきた。

蓋を開け、中身を見てみると、

ガチャガチャで当てたストラップや、何度も読み返したお気に入りの本、小さなオルゴール、

そして、初めて書いた原稿用紙五枚分程度の短い小説があった。

そのたった五枚の原稿用紙がきっかけで、

作家の道を選ぶなんて、当時の私は夢にも思わなかった。

その内容は、人に見せられないほどの酷い出来で、

今の私が読んでも笑ってしまう。

その中でも、特別思い出深い作品がある。

それを読む度に、不思議と涙が出てくる。

頭の中で、辛かった日々の事を何度も回想する。

そして、その度にいつも思う。

こんなに苦しかったんだな、悔しかったんだなって。






幸せの対価と500万の命:


昔の話をしよう。

一度は救われたこの命を、何度も捨てようと思った。

恩義も忘れて、ただ目の前の現状だけを見ていた。

先行きが不安になり、恐れを抱いた。

“生きる”というのが分からなくなった。

自分が此処にいる意味なんてないと思い始めた。

虚しい夜が続いた。

どうにかして足りないものを補おうとした。

お金もない私には、愛すら買えなかった。

ずっと、見えない誰かを憎んでいた。

誰かのせいにしないとダメだった。

自分の非を認めたくなかった。

自分に降りかかる出来事は、全部自分の責任なのに、

本当は分かっていたはずなのに、

必死に鏡に映る自分から目を背けた。

どうせ売れないからと、贋作ばかり書いていた。

人の真似をしなければ、自分の無能さを誤魔化せなかった。

飽きもせず、同じ話ばかり書いていた。

誰かの受け売り言葉と、自分語りを混ぜながら完成させたものは、自分でも分かるくらい酷い出来だった。

巫山戯るなと怒られたり、気持ち悪いと笑われたりした。

そして、弱い私はまた諦めた。

書くのが怖くなった。

誰の意見も気にすることなく夢中で書いていた頃の感覚を思い出せなくなっていた。

ほら、今もこうして自分語りだ。

そして、これで最後にしようと思って書いた物語の主題が“mirror voice”だった。

“mirror voice”は、鏡の世界に憧れた少女の話だ。

いつも学校へ行けば“気持ち悪い顔だな”とクラスメイトから馬鹿にされている少女は、

鏡に映る自分の事が心底嫌いだった。

毎晩、無愛想な自分の顔と睨めっこしながら、

クラスで一番可愛い子を妬んでいた。

ある日、いつものように鏡に映る自分を見つめていると、自分では無い見知らぬ少女が現れた。

「アナタは誰?」

「はじめまして、私は貴女の理想です」

「私の理想?」

鏡の中の彼女は、とても美しかった。

少女は、困惑しながらも彼女に嫉妬した。

「私は、舞香」

「舞香?」

「そう、貴女が付けてくれた名前」

「私はアナタを知らない」

「今は知らなくていいよ、いずれわかる事だから」

この時の出会いがきっかけで、少女は鏡の世界のことを知り、強く憧れるようになった。

憧れるのはいいが、それ以外何一つ変わることは無かった。

相変わらず人を憎み、自分を嫌うばかりだった。

なんで周りは、自分には無いものを持っているのか、

どうして自分には有って当たり前のものがないのか、

そんな事ばかり考えた。

そう、あの頃の私の様に…

自分なりに頑張って、前向きに生きようとして、

失敗ばかりで恥掻いて、

周りにばかりに気を取られて、色んなものを失って、

手元を見たら空っぽだった。

それでも、自分で自分を褒めたいよ。

そりゃ周りからしてみればちっぽけな存在だけど、

私の中では十分努力をしてきたんだよ。

でもやっぱり、上手くいかない。

甘えるな、周りの気遣いを当たり前だと思うな、

辛いのはお前だけじゃない、有難く思え、

他人を不快にさせるな、お前が努力すればいい話だ、

お前のような奴が嫌いだと何度も言っただろ、

せっかく一生懸命に教えたのに、逃げるなよ、

どうして分からないんだよ、迷惑かけるな、

いい加減大人なんだから変われよ、

お前のせいだ、もう二度とお前と話したくない…

嫌いな人にそんな事を言われた。

分かってるよ、分かっているけど、

私は周りのように器用じゃないから、

出来損ないだから、

そんなに言うなら初めから期待しないでよ。

嫌われるのが怖かった。

これ以上失いたくなかった。

なのに、それなのに…やっぱり最後は嫌われる。

みんな、私の元から去って行く。

私の気持ちなんて、きっと誰の耳にも、

言い訳にしか聞こえないのだろう。

話の辻褄さえ合っていない。

そんな私を誰も見ない。

無様な失態を晒し続ける者が、

黄色い声援を受ける資格はない。

本当、他人が言うように私自身は何も変わってない。

代弁者(アーティスト)の言葉に縋り付く毎日だ。

苦しい、苦しいと、

自分にとって都合の良い言葉しか受け入れないのは、

今も昔も変わらずだ。

そう、私には何もないのだ。

…………………………………

今私は、踏切の前にいる。

何を思ったのか、何を思っていたのか、

今では全く思い出せない。

でも、それでいいんだ。

思い出したら、また悲しくなってしまうから。

……………………………………………

とある街の線路沿い。

嘗て少女だった死体の前に、大勢の野次馬が集まった。

みんな、面白がったり、不快な表情を浮かべながら、

他人事のように各々の感想を述べる。

真っ赤な塊に向けられるスマホの裏側。

どうせ、ネットやらに載せて自己顕示欲を満たすのだろう。

慈悲深いとは何なのか?

そういや、国語や道徳の時間に先生が言っていたっけ?

“命を大切にしなさい”

“見て見ぬふりをするな”

“清く正しく、世のため人のために尽力しなさい”

“困っている人がいたら助けなさい”って…

彼らは今、どんな気持ちなのだろう?

当然、彼らには彼女を同情する気持ちなんてなく、

可哀想なんて微塵も思っていない。

あるのは自分じゃなくてよかったという安心感と、

それがもし自分だったらという恐怖。

彼女一人が死んだ所で自分達には関係ない。

そうやって目の前の現実から目を背ける。

自分の気持ちは自分にしか解らない。

経験した者にしかその苦しみは理解されない。

笑っている彼らは、間違いなく恵まれた環境というカテゴリーに属するおめでたい人達だ。

あぁ、

そういえば、昨日までの私も彼らと同じだった。




和解:



目を閉じて、耳を塞いで、

都合のいい世界を描いた。

少女は、親から恨まれていた。

少女は、友達から嫌われていた。

少女は、画面越しのアイツを妬んでいた。

私は、彼女に理想を押し付けた。

私は、彼女に自由を与えた。

私は、彼女に居場所を与えた。

私は、彼女を…。

自分で自分を納得させることこそが正しい選択だ。

そう考えないと、生きられなかった。

言い訳ばかりが頭を過ぎる。

お前は悪くない。

私の中の私が言う。

必死になって、肯定する。

本当は解っているのに。

「ねぇ、君は私たちをどうしたいんだい?」

私は私を幸せにしたかった。

私の好きな人達を幸せにしたかった。

けど、何をしても思い通りにならなかった。

だから私は、私に期待するのを止めたんだ。

綺麗事だ。

つまらない。

薄っぺらい言葉だ。

そう言われても、仕方がないよ。

「どうせ妄想だから」

だから私は、彼女たちを振り回した。

「理想は理想でしかない」

そうだよ。

「与えられたシナリオを生きる私たち」

そして私も、彼女たちと同じ。

「主を間違えるな。

君も私も辻褄合わせの作品じゃない。

君は、人を幸せにしたかった訳じゃない。

自分だけが幸せになりたかったんだ。

自己満足の世界。

自己満足の作品。

それが私たちの居る世界。

そして、現実だ。

けど、それでいいんだよ。

それがいいんだよ」

泣いて、笑って、怒って、

悩んで、足掻いて、もがいて、

終わりがある事を知りながら、今日を生きる。

「ねぇ、君は、君をどうしたいんだい?」

私は……私は…

………………………………………

もしも、過去に戻れるとしたらどの時代に戻りたい?

勿論、今の記憶を引き継いだままその時の自分へ戻ること前提の話。

私はね、小学一年生かな?

それもまだ、周りから嫌われ始める前の自分。

担任の先生も優しくて、みんなと普通の会話ができて、疑う事も知らなくて…

少なくとも、過去にばかり執着している今とは違う。

それでも家庭内の問題は変わらないか。

兄弟からも憎まれて、それはそれで面倒だけど。

それでね、不思議な夢を見たんだ。

もう二度と目覚めないんじゃないかってくらい、

とても長い夢だった。

そう、私が願った小学一年生の頃だ。

けど、都合のいい展開は見れなくて、

本当に、何もかもがあの頃のままだった。

どっかの探偵さんみたいに記憶はそのままだけど。

いま私は、図工の時間に絵を描いている。

時計を見たら三時過ぎとあるので、

おそらく五時間目か六時間目。

ザリガニの絵なんだけど、

当時のまんまの絵が画用紙に描かれている。

先生に褒められたけど、本当は失敗したんだ。

今だって自分でも納得していない。

これでも一応、画力は人並みにある…と思う。

ダメだダメだ!と頭を抱えながら、

修正を加えるも、さらに悪化して、

気づけば教室に自分以外は誰もいなかった。

提出しそびれて、結局ランドセルにしまった。

時は、二〇〇七年。

私の好きな小説や曲はまだ世に出ていない。

出ているものもあるが、

スマホがないこの時代で所持金ゼロの小学生が簡単に聴ける方法は今の所ない。

今私が持ち合わせているのは、

自作した小説のデータが入っているUSBメモリだけだ。

家に帰ると、今日も両親がお金の事で喧嘩をしている。

お酒と煙草を辞めろと言う母に対して殴る父。

今日も母は、祖母にお金を借りてきたらしい。

ノイローゼで、頭がおかしくなった母を見るのは今でも辛い。

どうにかしたいのに、どうにもならない現状が歯痒い。

今晩は、ガラケーの画面でアニメを観る。

忍者のアニメ、魔法使いのアニメ、

男の子向けのアニメばかり観ている。

でも、やっぱり一番好きなのは、

光の巨人が戦う特撮ドラマだ。

最新話が出る度に歳下の男の子と公園でよく語り合った。

けど、今はその子と会っていない。

アウトドア派からインドア派になったのだから当然だ。

下校後は、ずっと家に篭もっている。

歳を重ねるごとに、出来ていた事が出来なくなってきた。

あの頃の活力はどこへ行ったのか?

目を瞑り、耳を塞ぎ、涙を拭い、

色々な考えを巡らせながら私は深い眠りにつく。

夢の中で眠るというのも変な話だが、

この時見た夢は、珍しくとても楽しい夢だった。

そして、次の日。

四時間目の国語の時間に、作文を書く事になり、

二枚の原稿用紙が配られた。

お題は、将来の夢についてだ。

昔はあった。

お金持ち、医学者、教師、画家…

数え切れないほどの夢を持って、

私は未来の私に期待した。

けど、今はない。

夢だ希望だと理想論を呟いていたら、

いつの間にかなくなっていた。

あったらココにはいない。

全部、全部、簡単に破れたのだから。

‘’そんなものはない”

それだけ書いて、提出した。

そしたら、翌日先生から呼び出され、

事の経緯を説明してと問い詰められた。

私は慌てて、その場凌ぎの言い訳を考える。

「親がそう言っていたから…」

勿論、嘘だ。

そして、その嘘は三秒でバレてしまった。

当然、中身が大人なのだから年相応の答えを出せる筈もなく、先生にだけは本当の事を話そうと思った。

いや、本当は誰かに自分の本音を聞いて欲しかった。

表では強がっていても、本当は寂しかった。

愛されたくて、言っても理解されない事に腹を立てて、

自分の間違いに気づかず、いつも他人のせいにばかりしていた。

今だってそうだ。

変わる事を恐れて、自分を隠す事にばかり必死になっている。

先生は、私の話を聞き終えると、

何も言わずに私を抱きしめた。

泣いているかどうかは分からないけど、

とても暖かくて、心地よかった。

「先生」

「優里香ちゃん、どうしたの?」

「ありがとう…」

ようやく、伝えたかった事を言えた。

私も涙が止まらなかった。

先生の胸の中で、声を出して泣いた。

放課後の誰もいない校内でチャイムが鳴る。

静寂な空間の中で、私は佇む。

ここで終わりじゃないよ。

私の旅は、まだまだ続く。

この夢が覚めるまで。


HAPPY END

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mirror voice(惨めな贋作者) Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

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