第9話
金曜日の夜とあって、夜景が美しいと評判の展望レストランはカップルで混みあっていた。約束の時間は7時。待ち合わせにはいつも時間通りに来る裕子より先にレストランに到着した水島は、席に案内されるなり、水を注文した。
やがて運ばれてきたグラスの水をあおると、やっと人心地ついた気がした。裕子に会う前からこんなに緊張していてどうすると、水島は自分を叱りつけた。
プロポーズはデザートの後にする予定だ。何かしゃれたセリフでも言ったほうがいいのだろうかとも思ったが、結局、ストレートに“結婚したい”という意志を伝えることに決めた。
水島はジャケットの内ポケットをさぐって、指輪の存在を確かめた。腕時計をみると7時を少しまわったところだった。顔をあげると、案内されてくる裕子と目があった。萌黄色のワンピースに白いカーディガンを羽織っていた。派手さはないが、楚々とした美しい裕子の姿に、水島は照れてしまって思わず顔を背けてしまった。
前菜もメインも、何を食べても水島は味わってなどいなかった。意識はデザート後のプロポーズに集中していて、やたらとワインを飲み、裕子に飲みすぎるなと注意される始末だった。
誕生日でもないのにレストランで食事をしようと誘ったのだから、何か勘付いていやしないだろうかと、水島は裕子の顔色を伺うが、裕子はいつものデートと変わらず、食事や窓からの美しい夜景を楽しんでいた。食事の間、裕子はしゃべり続け、水島は上の空で裕子のおしゃべりを聞き、ワイン片手に相槌を打つばかりだった。
デザートのコーヒーが運ばれ、水島の緊張は頂点に達した。手をつけないままに冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干してしまうと、一瞬、裕子のおしゃべりが止まって不思議な間が空いた。すかさず、水島はポケットから指輪を取り出した。
「結婚しよう」
言葉は息をするようにすんなりと吐き出せた。店内の薄暗い照明のせいで裕子の表情はよくみてとれない。その美しい瞳がキャンドルの明かりに照らされて煌いていた。
「ごめんなさい、私、隆也さんとは結婚できません」
と言ったなり、裕子は席を立ち、水島を残してその場を走り去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます