心霊探偵スメラギ - 花嫁の父
あじろ けい
プロローグ:槙原慎太郎の日記
5月8日
現地の様子は比較的落ち着いていて、予想されていたパニックもあまりないよう。物資も、今日スーパーを見て回った限りでは、日用品に関しては足りている。我々医療チームとともに輸送ヘリが運んだ物資でしばらくはもつか。野菜や肉、魚などの生鮮食料品などは、感染を恐れてか、店頭ではみかけなかった。
5月9日
治療開始。とはいえ、致死率が非常に高く、これといった治療法のない球里熱に治療も何もないのだが……。球里熱に感染すると、高熱を発症、体中の水分がなくなろうかというほどの嘔吐と下痢を繰り返すので、対処療法として、解熱剤投与、栄養剤の点滴のみ。あとは人間の体力にまかせるほかない。医者として、人間として、無力な自分が悔しい。
5月10日
N町での死亡患者数が3桁に。2月におそらく最初の球里熱感染者とおもわれる患者が死亡して以来、感染はおとろえるところをしらない。
戦後すぐに球里博士によって発見された球里熱は、ウイルスが原因とされる。感染力の非常に強い球里熱だが、空気感染はしないことが確認されている。患者の体液、排泄物に触れなければ感染しないのだが、巷ではいろいろな噂がささやかれているようだ。マスコミはきちんとした情報を伝えて欲しいものだ。
5月11日
死亡者数がN町人口の半数となる。死亡者のほとんどが60代以上のお年寄り。しかしなかには小学生の患者もいて、高熱にうなされているのに、何もしてやれないのは辛い。
5月13日
持ってきた医薬品がすべて盗難にあう。すぐに、薬品を送ってくれとの連絡をする。
犯人の見当はついている。激しく怒りを覚えるが、私が彼の立場であったなら、同じような行動に出たかもしれない。かわいい盛りの子どもがいたら、他人はどうでも自分の子どもだけは救いたいと思うだろう。かなしいかな、それが人間のエゴというものだ。
5月20日
医薬品いまだ届かず。死者は増える一方。このままでは、戦後のN県、H県と同じ状況、町ひとつがまるまる消えてなくなるということになりかねない。ここ一週間ばかり天候が悪く、陸路も空路も遮断されているとのことだが。本当に手段はないのか。国は我々を見捨てるつもりか。
5月23日
トラックにて陸路、薬が運ばれる。助かった!
ニュースで我々の状況を知り、トラックを走らせてきたのだそう。ここのところの激しい雨で、地盤がゆるんでいて、悪路だったのではないかと聞くと、それほどでもなかったと言う。金髪で、腕には彫り物(いまどきはタトゥーというのだそうだが)ある、いかにもな今どきの若者だが、人はみかけによらないもので、意外の気のいい青年だ。
5月25日
タッチャンから、私のことが話題になっていると聞く。
N町への医療チーム派遣が決まったとき、では誰が行くかという話になったのだが、致死率の高い球里熱の治療とあって、なかなか手をあげるものがいないなか、私は、若いものを行かせるよりは、と立候補したのだった。子どもたちはみな成人しているので、私に万が一のことがあったとしても困ることはないだろうとおもったのだが、その話がどこからか漏れたもので、マスコミは私を英雄視しているのだとか。こちらでは、テレビも新聞もみないようにしているので知らなかったのだが。
トラックの運転手をしているタッチャンは、その報道に影響されたらしい。自分には嫁も子どももいないから、死んでも困る人間はいないし、どうせ死ぬのなら人様の役にたって死にたいと、誰もが二の足を踏んだN町への物資輸送を敢行したのだとか。
年寄りの私は、あとのお勤めは死ぬだけだが、タッチャンのような若い者は生きて人の役に立つべきだ。薬を運んでくれたのはありがたいが、死んでも困る人間はいないからなどと考えるのはやめろと説教しておいた。
5月26日
朝から体がだるい。起きたときには微熱のようなものが、さきほどはかったら9度近くまではねあがっている。食欲がなく、倦怠感と疲労感、吐き気がひどい。
5月27日
熱40度。おそらく球里熱に感染。タッチャンが、トラックでN町から連れ出すと息巻いているが、おそらく難しいだろう。タッチャンが感染していないことを祈る。若者は生きなければならない。死ぬのは年寄りだけで沢山だ―
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