雨に濡れる美少女を助けたら、因習村の座敷牢で飼われていたらしい
華川とうふ
第1話 「私に触らないでくださいっ!」
雨の日に女の子と出会う。
公園でブランコに座りずぶ濡れになっている女の子。
それほどロマンチックで定番なシチュエーションはないと思う。
だけれど、現実にそんな出会いをしてみると、その状況はあまりに過酷だった。
黒い冬服のセーラー服だけを身に着けた目の前の女の子は、こちらを捨てられた小動物のような目でみていた。
世界のすべてが自分を傷つける恐れがあることを知っていて、もう何も信じられないという目。
俺がそっと、傘を渡そうとすると、その陰にひどくおびえていた。
「あの……これ、良ければ使ってください」
そう言って、傘を差し出したが女の子はそれを受け取らない。
ただ、こちらが何か危害を加えてこないか不安そうな顔を見つめる。
ただ、ぐうーっと間の抜けた音が彼女の腹から響いた。
彼女はそれを隠す様子もなくただその場にいた。
普通、俺と同じ年くらいの女の子ならば、おなかがなった音を聞かれたら恥ずかしそうにしたりするものなのに。
目の前の女の子はただ、不安そうな表情のままこちらを見つめ、目を反らすことさえもしなかった。
傘も受け取らない、会話をする様子もない。
俺はしかなくその場を離れた。
向かったさきはすぐそこにあるコンビニだった。
雑誌のコーナーから立ち読みをしているふりをすれば公園の様子をみることもできる立地だった。
タオルにペットボトルに入ったあたたかいお茶、ちょっとした甘いスナック菓子をもってレジに向かう。
レジ前で肉まんが割引セールしていたので二つ買った。
会計を済ませて店員から受け取ったそれらはあたたかかった。
そう、コンビニで売っている物はあたたかい。
こんな冷たい雨の日に体を温めるのにはたりない、やわらかくて儚いあたたかさのものばかりだ。
本当なら、カップ麺などを買って、お湯を注いであつあつのものをあの子に渡したかったけれど、あきらめる。
もし、「いや」と手で払われたとき、中身が彼女の手にかかってやけどでもしたら大変だから。
急いで公園に戻ると、彼女は変わらずあのブランコに座っていた。
雨粒は少なくなり、雨はやみそうだったけれど。
彼女のセーラー服は雨を吸い込み、重みを増し、胸の前で縛られた赤いスカーフは血のように鮮やかな赤をしていた。
「これ、よかったら」
今度は彼女の前で少ししゃがんで、目線を合わせて肉まんを差し出した。
肉まんのあたたかな湯気と香りがちょうど鼻のあたりをかすめて、俺の眼鏡の端っこをほんのすこしだけ曇らせた。
「いらない。毒が入っているかもしれない。知らない人からものをもらってはいけないっていわれているし」
彼女はそう口では拒んでいたが、さっきよりもいっそうおなかがぐーぐーなっていた。
青白い顔はちゃんと食事をしていないことがうかがえた。
「じゃあ、これでどう?」
俺はそういって、肉まんを半分にわった。
そして、おもむろに片方を口にいれた。
「ああ、おいしいなあ。あたたかくてやわらかくて肉汁がしみ込んでて。だけど、残念だなあ。おなかがいっぱいだ。誰か友だちでもいれば一緒にわけあえるんだけどなあ」
そう言って、周囲を見回すふりをした。
そして、「あっ」といって彼女をみつけたふりをした。
残った方の肉まんをもう一度、差し出して彼女にいった。
「俺と友だちになって、肉まんをたべてくれませんか?」
すると、彼女は肉まんを受け取り、一口かじる。
「……おいしい」
そうつぶやいたあと、その女の子は泣き出した。
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