ヨットの上で…(伍)
@J2130
第1話 割れているスイカ
OBになってからもヨット部の合宿所には顔を出していました。
何かと手伝えることもあったし、彼女もなく暇だったし…
タイ米を食べたのは合宿所が初めてだったかな…
すごい米不足の年、覚えていますか…
外米を輸入してましたよね。
ただでさえお金がない学生が高い国産米なんか買えないので、かれらはタイ米でがんばってつないでいました。
昼食のとき、おにぎりを頂きました。
「先輩…タイ米ですけれど…」
とくれたのはあきらかに長細い米をにぎったものでした。
本当にパサパサしていてね…
パサパサでした。
粘りけもないものでした。
ちょっとカレー味にしていました。
味をわざとつけたのでしょうね。
「まあ、おいしいんじゃない…」
僕だってそれくらいは言えるのです。
パサパサしていましたね。
*****
夏の日のことです。
合宿所に顔を出し、救助艇の運転とかして練習を手伝ったあとに帰ります。
三浦半島では海岸の駐車場や国道沿いでスイカを売っていたりします。
「駐車場のところでスイカ売ってたよな…家に買って帰るから、見送りはいいからね…」
と後輩たちにさらっと告げて駐車場に向かいました。
なんかね…盛大に見送られるのは性格的に恥ずかしいのです。
シャイなんです。
「お見送りします! 」
後輩の金子がついて来ようとします。
「いいからさ…」
「行きますから! 」
「いいよ」
「行きます! 」
着いてくる金子、それを見て数人の後輩もぞろぞろと歩いてきます。
仕方ないね…
駐車場の入り口ではスイカをいくつも並べて販売しているおじさんがいました。
パラソルで日陰をつくってサングラスしてね…
父と母と僕の三人だからあまり大きくなくていいんだけれどな…
歩きながら物色していました。
「ねえ、そんなにでかくなくていいんだけどさ…いいのある…? 」
後輩を引き連れて僕はそのおじさんに言いました。
「これくらいの大きさでいいなら…どう…? ○○○円で…」
交渉は面倒くさいのでね、まあいいだろう。
「じゃあ、それにするね… はい、これでお願いします」
僕は代金を渡し大きくも小さくもないスイカを受けとりました。
「おじさん! 」
突然後ろから金子の声がしました。
「そこのさ…ちょっと割れているスイカっていくらですか…? 」
ふと見ればおじさんの後ろに口があいているというかすこしだけ割れているスイカがありました。
「これ…? 」
振り返るおじさん。
割れているとはいえ僕の買ったスイカよりひとまわり大きかったですね。
「う~ん…買ってくれるなら500円でいいよ! 」
「え…いいんですか…」
こいつら…
金子ならやりそうなことだ…
「じゃあお金もってきます…」
ちらりと僕を見る金子。
にやりとして僕を見る後輩達
まったく…
着いてこなくていいって言ったじゃん…
「おじさん、それも払うよ…」
言うよね…普通。
先輩だもん、社会人だもん…。
「あいよ」
おじさん、丁寧にスイカを持ち金子に渡します。
「重いっすね! 」
うれしそうに言う金子。
でかいからね…
重いだろうね…
「先輩! ごちになります! 」
「ああ…」
自分の買ったスイカの値段は忘れましたが、買ってあげたスイカの値段は今でも覚えています。
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