暮方怪異録
@gozumezu-
学校の透明恐竜①
温い風、熱がこもり不愉快極まりない真夏の夜に私、いや私達は朝とはうって変わって、どこか拒絶の意思のようなものを放つ校舎の前に立っている。
草木も眠る丑三つ時に佇む校舎というのは、怪談話において耳にタコが、目が腐るほどありふれたシチュエーションだが成る程、使い回されるだけの雰囲気は十二分だ。
その雰囲気に身を置き、あわよくばその血肉となれるかもしれないという怪談好きとしての私の期待と、恐ろしくて今すぐ回れ右してありふれた、それでいて愛すべき日常へ再び溶けていきたいという女子高生としての私という、相反する二人の私の討論が、私の足を錨のように重くする。
どうすればいいのよと心のなかで毒ずく私の左手をふっと暖かいものが包む。
反射的に顔が左に向く。予想だにしない外部からの干渉に白熱していた私の討論も静まり返る。
そして私の目には、恐怖と興奮で不格好、それなのに絵になるクラスの人気者のどこか狂気的な笑顔が移った。
「それじゃあ行こっか」
「..ええ」
ーーーーーー
照りつける赤、空を茜色に染めるどこか厭世的な夕日を浴びて私、暮方逢華はもはやだれも使わない図書室の死角で本を持ち込み座り心地最悪の丸椅子で読書と洒落混んでいる。
読んでいる本は?とか聞かれたら少々答えにくいが、一応ジャンルでいうとホラー、言ってしまえば怪談である。
何故そんなものを読んでいるのか?理由は単純明快、好きだからだ。
その理由は小学生の頃に河童に出会った.....なんて運命的なものではなく、小学生の頃に図書館で借りた際にはまったから、というつまらない理由で、私は皆が怪談に飽きるタイミングで飽きることなく、高校生になった今も怪談にお熱なのである。
小学校の頃はよかった、まだ妖怪や幽霊といった存在を皆信じていたので、当時から怪談に詳しく、それでいて実在はあまり信じていなかった私は皆から一目置かれていた。
私が無責任にばらまいた所謂「この話を聞くと夜中に怪異がやって来る」系の怪談の対処法をクラスで一番人気の奴が泣きながら聞きにきた時なんかもう最高だった。
しかし、中学では皆オカルトに興味をなくしてしまったようで、一人取り残された感が否めなかった。
それでも過去の栄光を忘れられない私は怪談を語り続けた。
その結果、怪異として机に五芒星を落書きされる、ロッカーにガムテープで封印される、殴られるなどの対処をとられた。
自殺して本物の怪異になって殺してやると何度も思った。
結局その勇気はなかったのだが。
学習した私は、高校に入ってからは怪談を語るのはやめ、普通に友人をつくり普通の青春を送ろうとした、だが元々会話は苦手でさらに中学時代の"対処"で会話の不得手に磨きがかかった私は、入学から月日が経つにつれどんどん孤立していった。
今では、怪談女子でも怪異でもない"無"として高校を彷徨っている。
そんな地縛霊のような私の居場所は、やはりこういう人気がなく、限界まで薄めた非日常の香りがするここなのだ。
逢魔が時の今は尚良し。
という具合に、いつもどおり黄昏れた気分に浸りつつ本のページをめくろうとした瞬間。
ガラガラ
図書室の扉が開く音がした。
予期しない訪問者に私の体は固まり、反射的に息を潜める。
"無"が板についてきた私は人に認識されることを嫌ったのだ。
ひたひたと図書室用のスリッパの音が移動する音が聞こえる。
その足音はピタリと止んだかと思えば、またひたひたと、別の場所でピタリと止まるを繰り返しながら私の方へ近づいてくる。
動くに動けない私は本を限界まで顔に近づけ外界の一切を遮断した。
嫌なことはこうやって視界の外に追いやって認識しなければいい。
これまでも私はそうしてきた。
今回もきっと大丈夫だ。
ひたり、ひたり、ひたっ……
足音が目の前で止まる。
頼む、あっちへ行ってくれと私は必死に願う。
しかし、願いは届かない。
ずるりと衣擦れの音がする。
あろうことか足音の主は私の目の前で屈みこんだようだ。
そして、
「……ねえ、その本どこにあったの?」
声をかけられた。
私は反射的に本を下げてしまう。
そこには、夕焼けに照らされた一人の女生徒の顔があった。
金に染めた長髪、猫のような目、薄く桃色の唇。
一瞬でわかった。
こいつは私のクラスの中心人物で確か名前は朝比奈晴子だ。私でも知っている。
「……これ、私が家から持ち出したやつだから....」
嘘ではない、この図書室はこの本どころか怪談の類いすら置いていない。
なので私はいつも私物を持ち込んで読んでいる。
「へぇ~残念。私今そういう妖怪...みたいなのが載ってる本探しててさぁ、そういうのが纏められてる棚ってどこにあるか分かる?」
私も流石にこの図書館をひっくり返して探したわけではないので、妖怪図鑑のような本が確実に無いとは言えない、しかし棚に関しては胸を張って無いと言える。
私だって血眼で探したのだ。
「……そのジャンルの棚は無いわ」
「え、そうなの?じゃあどうしようかな……あ、そうだ!あなたってもしかしてこういう妖怪に詳しかったりする?」
....ここで首を横に振ればこの話は終わり、朝比奈晴子はきっと諦めて帰り、私は再び最高の空間で読書を楽しめるだろう。
だが、酸いも甘いも含め、今までの私を形作ってきた愛すべき魑魅魍魎達に、無関心な態度を取ることを私のプライドは許さなかった。
「……何でも聞いて」
威勢が良すぎたかもしれない。
「やった!じゃあさ、ちょっと教えてほしいんだけど、学校に現れる透明な恐竜の妖怪って分かる?」
「……透明、恐竜」
...分からない、白いワニなら分かるが透明な恐竜など聞いたことがない。
しかも学校に出るなんて.....あまりにもちぐはぐすぎて逆に気味が悪い。
「ごめん、わからない……でももっと詳細な特徴とかを聞けば似たようなものは見つかるかも」
現代に語られる怪談というのは、どれにも皆知っているような童話や伝説の特徴が含まれており、その特徴を辿っていけば元になったものが見つかるというものだ。
例えば"トイレの花子さん"を紐解けばそのルーツは河童だし"口裂け女"はイザナミだ。
私はこの"学校に現れる透明な恐竜"なるふざけた怪異のルーツを暴いてやりたくなった。
「ほんと!?」
彼女は目を輝かせている。
ーーーーーー
まずね、この恐竜には現れる条件っていうのがあってね、学校の鳴るチャイムって"キーンコーンカーンコーン"っていう音だよね?
あと、夜中には鳴らない、でもたまに"ウーーーッ、ウーーーッ"って感じになるときがあるの。
そうそうまるで警報みたいな音。
その時は決まって夜中の12時前後らしいの。
それでね、ここからが重要でね、その警報が鳴ると同時にそいつが現れるの、姿を見た人は誰も居ないけど、"ギャーッ"って鳴き声と"ドダダダダッ"て何かが駆けずり回る校内を音みたいなのが聞こえるんだって、でも姿は誰も見ていない、だから透明恐竜。
ーーーーーー
ひとしきり語り終えたのか朝比奈晴子は、どうかなというように意見を求めるような目で私を見つめる。
.....正直、彼女の話した話は、ジュラ紀さながら元気よく校内を走り回るお化け恐竜を無視すれば夜中の学校にあり得ないものが現れるという、怪談としてはよくあるタイプのもので、特別驚くようなものではなかった。
学校の怪談シリーズのどれかから適当にパクったのだろう。
「……うん、確かにそれっぽいのはいくつかあるわ、よくあるタイプの怪談なのよそれ」
透明恐竜は斬新だったけどと何となく小声で付け加える。
「よくある?んん?どういうこと?」
朝比奈晴子は首をかしげる。
やれやれ、説明が必要だ。
「つまりね、この手の怪談は元ネタが必ず存在するの、だから貴女の言うその透明恐竜の元ネタを探すのは簡単だと思うわ、あっ、因みにお勧めの参考文献は.....」
私は一つ咳払いをし、幼い頃の私のバイブルであった学校の怪談の布教を初めようとしたその時、
「ちょっと待って」
と朝比奈晴子が私の話を遮る。
「....もしかして信じてない?」
朝比奈晴子の顔が曇っていく。
「し、信憑性は薄いと思うわ」
私は怪談は好きだがそれはあくまで創作物としてだ。
現実に妖怪や幽霊が居るなどと本気で考えているほど夢想家ではない。
まして、学校の透明恐竜なんていうヒッピーの幻覚の様なイカれた存在、見えた暁には精神病院行きだ。
いや、透明だから見えはしないか。
なんて心の中で毒づいていると朝比奈晴子の表情はみるみると赤ら顔。
「....信じにくいのは分かるよ、でも人が真剣に話してるのになんなの、その顔」
顔?と真顔のつもりの私は自らの顔をペタペタと触る、すると私の口角は上がっていたらしい。
考えが顔に出やすいのは私の悪癖であり、直したいと思っているのだがなかなか治らない。
「ご、ごめんなさい、これは私の悪い癖でっ」
さっきまでの饒舌はどこへ行ったのか、地獄の中学時代がフラッシュバックし、恐怖で言葉を詰まらせながらみっともなく謝る。
そんな私を見て、朝比奈晴子はチッと舌打ちをした後、声を震わせながら言う。
「はぁ?あんたが先に私を挑発したくせに、これじゃまるで私がいじめてるみたいじゃん、ねぇ!!」
私のような存在に馬鹿にされたことが相当許せないらしい。
豹変した朝比奈晴子は私の肩を掴んで揺する。
そしてそれは私には効果抜群、トラウマに塩を塗り込まれる感覚。
完全に萎縮してしまい言葉もでなくなった私を見て、朝比奈晴子は何かを思い付いたのかニヤリと笑う。
「……あ、そうだ!良い事思いついた!」
朝比奈晴子は明るい声で言う。
勿論その声色には攻撃性がふんだんに含まれており、その思いつきは私にとって良くないものだということは火を見るより明らかだ。
「今夜、11時半に正門前集合ね、文句ある?」
有無を言わさぬ口調。
もはや選択の余地はないようだ。
「分かったわ、行く、行かせてください」
私は消え入りそうな声でそう答える。
「じゃ、決定ね」
朝比奈晴子は満足げにそう言って図書室から出て行く。
勢い良く閉められた図書室の扉の放つ断末魔のような音が暫く私の耳に残った。
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