第二十一話
翌日、埼玉県内旅館にて。置手紙を見た礼安らは、朝から透の家族たちの看病に勤しんでいた。院が確認の電話を入れた時には、学園長が応対していた。
「そちらに透が帰った、とのことですが……本当ですか、お父様」
『ああ勿論だとも、ワタシウソツカナイネ!』
「片言だと信憑性が十割下がりますわよ」
『百パーじゃん!?』
ある程度電話で安心できた後は、救護隊の支援に勤しむ。それの繰り返し。三人が交代しつつ、ヘルプを欠かさない。しかし、次第に疲労の色がにじみ出てきていた。
それは、何より『教会』本部がまいた種でもある、チーティングドライバーの不浄の力たる部分にある。
元来、チーティングドライバーは当人の強い憎しみや悲しみ、所謂『負の感情』に左右され当人に圧倒的に歪な力を与える。しかし、それはあくまで対象の肉体が戦闘者として出来上がっているか、成人であることが条件。幼い子供での変身成功例は未だ存在しないのだ。
「子供が今までチーティングドライバーを使い、変身成功した、という実例は存在しません。かねてより、英雄学園卒業生や仮免許を持った英雄が戦ってきた相手と言うのは、全て歪んだ欲望に心を支配された大人たちばかりです。主に――肥大化した『復讐心』がチーティングドライバーの原動力、と言うのが理由だからですね」
「『復讐心』……?」
礼安は救護班の言葉をオウム返しする。しかし、実際礼安の中に誰かに『復讐』したい、と考える分野は無い。だからこそ、真の部分で分かり合えないのだ。ドラマやアニメ、ゲームの中で戦う者が抱く、誰かへの『復讐心』というものが。
だが、理解は出来なくとも止めたい気持ちは確かに存在する。純度百パーセントの良心により、おせっかいにも浄化していくのが礼安のスタンスなのだ。
ただ、やはり『理解』のプロセスを挟まないことによる、新たなるいざこざは起こるもの。それは礼安の中に暗い影を落とすのだ。
五日後昼の休憩時、子供たちの容体がある程度安定してきたため、救護班から三人にそれ以降の暇が出された。当初「一週間持つかどうか」と言う瀬戸際であった中、その子たちの生きる意志が強い影響か、あるいは透への思いか。徐々に復調していったのだ。
そのため、院は「少しでも疲れを取るために休みたい、それにいざという時動ける人間がいなければ」と、旅館に残った。外に出たのは礼安とエヴァ。情報収集と散策、および買い食いがメインであった。
あの看護から、ずっと浮かない顔の礼安。それを察したエヴァは、少しでも彼女が元気になるよう、優しい笑顔で振るまう。
「礼安さん、もし気になることがあるのでしたら……一旦その問題から離れてみるのはどうでしょう? 礼安さんがよかったら……私がその相手を務めさせてはもらえませんか?」
「エヴァちゃん――うん、ありがとう! 院ちゃんが来られないのはちょっと残念だけど、二人で遊ぼう!」
そうしてエヴァに笑いかけるも、やはりどこか礼安は無理をしているようであった。
旅館から離れ、電車に揺られる二人は目的の駅で降りる。その駅近くにあるのは、埼玉の中でもひときわ大きいショッピングモール。五階建てのモールであり、中には食料品、スイーツ店、服飾店などのオーソドックスなものを始めとして、巨大なゲームセンターや映画館などもある、一日で全店舗を制覇しきるには少々骨がいるほどの広大さを誇る。
しかしこれだけまともなショッピングモールであっても、学園都市内のショッピングモールの大きさにはなぜか及ばない。なぜか。
二人は手を繋ぎつつ、最初に訪れた店はカジュアルな若者向けのお財布にも優しい服飾屋。その店ひとつで上下、アクセサリー類が格安で全て揃う、実に優れた店である。
エヴァは自分の新たな私服を見つけるべく突入するも、礼安は首を傾げたまま。
「礼安さん? どうされました? 新たな服との縁を探しに行きましょう!」
「いや、私服自分で買ったことないんだ! だから勝手が分からなくて……」
「いやでもその服、相当レアリティが高いというか……」
「??」
理解していない様子の礼安。失礼して礼安の背部にあるタグを見ると、それはまあエヴァにとって衝撃の嵐であった。
今着用している衣服、その全てが礼安の事情を知っている人間によるハイブランド贈答品ばかりであるのだ。その人物は信一郎と院の二人。
しかし本人が酷く気にするため、高いものは着ない宣言。なぜなら万が一破いた際申し訳なくなるから。だがあらゆる服飾事情を知らない礼安をいいことに、礼安の服は全て一点もの。お値段も常人なら目玉が飛び出るほどの値段ばかり。気付かずにハイブランド(かつオーダーメイド)ばかりを着こなす女子になっていたのだ。
(無意識でこんなお高い服ばかりを着こなすお嬢様なんですか礼安さん!?)
どうも理解していない様子の礼安に、「その服全部著名なハイブランド・オーダーメイドものだよ」なんて言える鋼の心臓はエヴァにはない。なぜなら礼安の人となりを分かってしまったため。それに親心、姉妹心を理解してしまったため。
「――安心してください礼安さん、私がコーディネートします。何種類でもやってみせますとも!!」
「本当に!? やったぁ、今日が服のショッピングデビューだ!」
その発言と振る舞いを見てしまったその店の店員さんが「マジかよ」と言った目で驚愕していたため、礼安が無邪気に喜んでいる中エヴァは必死にジェスチャーで協力を願った。
(お願いします店員さん!! この無邪気純朴つよつよお嬢様のコーディネートを手伝ってくれませんか!?)
新人店員はどうも困惑していたものの、そのエヴァの決心を無駄にできるほど、ベテラン店員は外道ではなかった。腕を組んだ貫禄のあるベテラン男性店員が前に出る。
(――分かりました、そこなお嬢様のコーデ選択、この道三十年の綾部が務めあげましょう)
かくして、何十着もの試着を重ね、礼安に似合う服探しが始まったのだ。
その店ひとつで激闘(?)すること数十分。上下コーデでしっくりくるものが二種類。アクセサリー数点を購入し、二人は店を後にした。礼安に隠れ、エヴァは男性店員と握手を交わした。数十分の激闘を互いに称え合う形であった。
丁度おやつ時、昼三時も近かったため、礼安たち二人はフードコート内でスイーツショップに立ち寄ることに。アイスクリームチェーン店の中でも、特に大手。何十種類ものフレーバーが楽しめて、老若男女問わず人気の店である。
しかし最後の最後まで礼安はステーキ屋に行こうとしていた。
「お肉食べたいよー!!」
「駄目ですよ礼安さん! 監督不行き届きとして院さんに私が怒られてしまいます! 正直ご褒美な気もしますがそれは置いておいて! 高校生なのに駄々をこねないでください! あっすみませんごめんなさい周りからの目線が痛いですしお肉は後にしましょう旅館でもいっぱい食べられますし!!」
悶着の内容が高校生ほどの年齢の人間が起こすものとは到底思えなかった。
ぱちぱちと口内で弾け回る飴が入ったアイスを嬉しそうに食べるエヴァと、不服の意を現在進行形で感じられるほどむくれながら、カップに入ったシングルアイスを、スプーンでおとなしくちびちびと食べる礼安。
先ほどの駄々こねがギャラリーを呼び、しかも数日前の案件を納めた当事者であることが発覚したため、どうも複雑な空気感となっていた。「こんな子供っぽい人だったんだ」という声や、「何でそんな有名人がここに」と言った声が秘かに耳に入って来ていた。
「エヴァちゃん、私たち有名人っぽいね」
「それはそうでしょう! 我々かなりの騒ぎになっていた案件を、大勢の衆目に晒された中解決したのですから!」
しかし、礼安は何とも言えない表情であった。それは、有名であることに興味を抱いていない、そう思える態度であった。
「――礼安さん、なぜ有名であることを誇らないんです? 結構この英雄と言う立場自体、有名であることを誇る方が圧倒的多数ですが……」
アイススプーンを鼻下で挟み込んで、天井を見つめる礼安。
「……私、英雄として有名であることに、あまり意味は無いと思うんだ。だって英雄はこまっている人を助ける存在じゃあない? 私は有名人になりたくて、お金稼ぎたくて英雄になりたいわけじゃあないんだもん。肩で風切って、力をひけらかしていばって歩く人になりたくないなぁ」
自己犠牲、滅私奉公の極みに位置する存在、それこそが礼安。そこに金や名誉など、介入する余地はないのだ。どれだけ自分を高めようと、それはまだ見ぬ『誰か』のため。こんな綺麗ごと、礼安でないとそうでないし、例え誰かが仮に語ったとしても「嘘だ」として鼻で笑われるものである。
しかし、礼安はそのただの絵空事を、人によってはもっとも利の出ない自己犠牲を、自分の歩む道として提示したのだ。
「――失礼しました、貴女はそう言う方ですよね。何だか……安心しました」
「??」
分かっていない様子の礼安に、悟ったエヴァ。常人とは何ステップも違った世界に存在する彼女に、常人の感覚など理解できないのだ。金銭目的や、名誉目的で動く常人とは永遠に相いれない、まるで人間を愛玩する上位存在かのよう。
いつか、この礼安の崇高な考えも、第三者の手によって、これからの人生の内どこかでねじ曲がってしまうのではないか、そんな危機感すら孕んでしまうほどの絵空事でありながら。しかし、エヴァはそんな礼安の異常性に多少惹かれている節があるのだ。
エヴァもまた、そういった『気』があるためである。
「――なんか真剣な話しちゃった、ごめんね! 私あまり甘いものが得意じゃあなくて……甘さ控えめの奴頼んだんだ、結構おいしかったしエヴァちゃんも食べてみる? ほら!」
先ほどの多少重たい空気を振り払うかのように差し出された、礼安のアイススプーンに乗せられた小納言あずき。それ即ち、恋人同士でない限り少し恥ずかしがる間接的なキスを意味している。
そんな超次元なこと、今のエヴァには反動がきつすぎる。
(そそそそそんな多少真剣な話の後にまさかのらららら礼安さんからのかかかっかかかかあかっか間接Kiss!? オーマイゴッド、そんなアルティメットご褒美を!? 鼻血出るでアカンて!! 今まで生きられて有難う! こんなご褒美を用意してくださるなんて神は最強かマジで!! エヴァ・クリストフ、こんな幸せ続くなら一生ついていきます神様ァ!!)
もはやどこの国籍の人か分からなくなるほど、心の中で独白(という名の限界オタクの叫び)を繰り広げながら、何とか口にするエヴァ。その表情は脂汗を多量に掻き、目玉もひん剥いた元の美貌が帳消しになるほどの残念フェイス。
急な無自覚間接キスは、限界オタクをダメにする。これは礼安らを除いた、唐突な百合現場に遭遇してしまい、エヴァ同様鼻血が出てしまう一般市民全員が抱いた教訓である。
その後、エヴァと礼安はサインや握手などを複数人から求められ、もみくちゃになりながらもショッピングモールを後にした。緊急サイン・握手会を行っていた影響で、気づけばもう夕方六時にまでなっていたのだ。
あまりにサービス熱心な礼安たちの影響で、そのアイスショップや服飾屋の売り上げが鰻上りだったらしく、店主や店員に偉く感謝されたのだった。連絡先すら渡されるほど感謝されたのは初めてのことであった。
すっかり夜の帳が降り始める中、二人は帰りの電車に揺られる。
そんな中、礼安は口を開いた。その内容は、旅館を出る前に胸中にあったもやもやそのもの、つまるところチーティングドライバーが煽り立てる『復讐心』についてだった。
「――エヴァちゃん、『復讐』って何も生まないはずなのに……何で人は『復讐』したがるんだろう」
その実に無邪気な問いに、エヴァは黙ってしまった。
その理由は、答えられるほどに人生経験がないから、と言うのもあるが、礼安に語ってそれが十割伝わるとは思えなかったためである。通常の人間よりもより異常≪イレギュラー≫な考えを持つ礼安に、通常育っていく中ほぼすべての人間が持ち合わせる『普通』のひとつである誰かを恨み憎む心が、理解できるとは思えなかったのだ。
「……なぜ、急にそんな問いを?」
「いやね、あの救護班の人が……チーティングドライバーを持つ人は『復讐心』に支配されている、って言うんだ。もし理解できるなら……私はその人たちもしっかり救いたい。ただ倒して終わり、なんて乱暴なことしたくないんだ」
あの時も。礼安がフォルニカを下した際、必殺技で攻撃したのは彼の核たる『罪の意識』。当人の怪我より、自分が負った怪我の方が圧倒的に多かった中、結果的に礼安はフォルニカを倒したのだ。
その以前に、フォルニカがもつ悪意の裏に隠された真意を暴くために、礼安の第六感を使用したが、それ以外に礼安はこれと言ったアクションを行っていない。
「――私が思うに、誰かよりも上の立場になりたい、そう言った欲こそ、誰かを憎む、誰かを妬むどろどろとした負の感情が生まれる要因だと思います。人間、礼安さんのように出来た人ばかりではないので……結果的に『復讐』を縁≪よすが≫とするんだと思いますよ」
そのエヴァの答えに何か異を唱えるでもなく、電車の窓から見える夜景をぼう、と眺める礼安。
この問いに、正解は無い。復讐がなにも生まないという綺麗ごと自体それは正解だろうし、その後の達成感を求めるが故に復讐する、それもまた正解である。
結局のところ、人間が生存し続ける限り、復讐はどこにでも存在する、ありふれた人間の感情のひとつであるし、永遠に拭い去ることのできない、人体に一定数常に存在し続けるがん細胞そのものなのである。
「――一番近しい正の感情は……恐らく『憧れ』。それからより深い依存度まで行くと『憧憬』。これ以上話すと私でもよく分からなくなる、深く難しい話にはなりますが……表裏一体なんです、正の感情と負の感情というものは。どちらにでもなる可能性はいくらでもある、実に難儀な物なんです」
「『憧れ』、かぁ――」
「なにかになりたい、なにかを成したい。それは礼安さんの中にも確かに渦巻いている、どんな人にでもある健全な感情です。礼安さんは英雄になりたい、私はそんな礼安さんたちのような英雄を支えたい、結局はそんなものなんです」
感情が向く方向がプラスかマイナスか。礼安はプラス方面へ振りきれた、ある種いかれている存在。透は礼安に諭されるまで、マイナス方面へ傾きつつあった。そしてフォルニカはマイナスに振りきれた、その確たる例。凄絶ないじめによって精神がすり減った結果、大量殺人、その後『教会』に仇名す存在の掃除人≪スイーパー≫と言う罪を犯した。
「――なんか、少しだけ分かった気がするよ、エヴァちゃん」
「……それなら、何よりです礼安さん」
その二人の哲学に似た問答は、目的地に到着したことで終了する。難しいことは深く理解することすらできないものの、ほんの少しだけ断片に触れられたような気がする礼安であった。
その晩。旅館では子供たちの復調祝いとして、飛び切り豪勢な食事が振舞われた。旅館の女将や料理長も、英雄側に全面協力しているため、こういった採算度外視の料理を振舞ったり部屋を提供したりすることに一切の異論がないのだ。
礼安は「ようやくお肉が食べられるー!!」とあからさまに喜びを露わにしていた。アイスショップではそんな反応なかった、と改めて『お肉』の偉大さを認識するエヴァ。そしてそんな二人をたしなめる院の、黄金比率を満たすいつものやり取りが繰り広げられていた。
今まで治療に専念して最低限の食事で済ませていた救護班の面子も、今晩ばかりは、と旅館側の厚意を受け入れざるを得なかった。透が何とか連れ帰ったこと含め、自分たちによる手柄を喜ばない、と言う選択肢はなかったのだ。
しかし、礼安だけは「肉だ」と喜んでいたのにも拘らず、その食事自体に何かしらの違和感を覚えていた。
(何だろう、お肉大量で嬉しいはずなのに……お料理に変な靄を感じるというか……気のせいかな??)
礼安の第六感が働く理由が分からないまま、三人は明日に帰郷する準備を整え、その日は早めに就寝した。
いや、就寝せざるを得なかった、と言った方が正しかった。不可解なほど、睡魔が襲い掛かる。その異常性に院が気付いたものの、時すでに遅く。救護班含め、礼安たちは早々に眠りについたのだった。
しばらく時間が経過し、数時間経過。未だ朝日が顔を出さない午前三時ごろ。院は重い体を何とか起こす。食事の不可解な点に眠ってしまう寸前に気付いたために、この状況を重く捉えていた。礼安、エヴァを揺り起こし、何とかデバイスを手に持ちながら戸を開ける。
深夜帯、と言うこともあり、廊下は不気味なほどに暗く静寂に包まれている。しかし、その静寂を打ち壊すかのように、なにかを切り裂く音が断続的に遠くから聞こえている。
体の各機能が全く持って働かない中、礼安は理解してしまった。それと同時に駆り立てられるように即席救護室の方へ向かっていく。
それと同時に、院とエヴァも、礼安の血の気のひいた表情が見えてしまったがためにともに走るしかなかった。脳内に過ぎる、まさかの可能性をすぐに払しょくしたいがために。
しかし、現実は非情である。思ったようにいかないことの方が圧倒的に多い。平穏というものは、案外すぐに壊れてしまうものである。
礼安たちの目の前に立つ存在が、寝ぼけていた礼安たちを覚醒させる。
まだ九歳ほどの透の家族の一人が、救護班の死体の中心にたたずんでいたのだ。部屋中に多量の血が付着し、もはや二度と人に貸すことのできないほどに血肉の臭いが染みついてしまいそうであった。それほどまでに、紅の世界であった。
そうして、明らかに巻き込まれた結果そこにいた、のではなく、当人がそうしたとしか思えない。本人の返り血や、歪んだ笑みが全てを物語っていたのだ。
「何、で――??」
チーティングドライバーを装着した男の子は、礼安たちの目の前でけたけたと笑う。声は、どこかで聞き覚えのある人を嘲笑するような低い声であった。
「えー、お久しぶりでございます英雄方と武器の匠。埼玉でのつかの間の平穏、お楽しみいただけたでしょうか。そろそろ……絶望の時間と相成りました」
その子供の肉体をしたグラトニーは、チーティングドライバーを再起動。
「準備、なさった方がよろしいのでは? 次は……我が身かもしれませんよ??」
『Crunch The Story――――Game Start』
子供を包み込む禍々しい魔力。瞬時に霧散し、そこに現れたのはあの校庭で見たグラトニーの怪人体。礼安たちは理解が追い付かなかったのだ。
それでも、体は動いていた。
瞬時に礼安はドライバーを装着し、『アーサー王』のライセンスを認証、装填する。
「変身!!」
無から装甲が生まれ、礼安を一瞬で包み込む。それと同時にエクスカリバ―を顕現、怪人体に斬りかかる。
しかし、怪人体の寸前で攻撃は固い何かにぶつかったように止まってしまう。そこには確かに存在しないはずの『何か』が、礼安の攻撃を許さない状態にあった。
「何で……何で!?」
「これくらいで理解できなくなったのなら……それは幸せ者ですねえ」
声のみのグラトニーは礼安をそう嘲ると、辺りから何かが動く音が聞こえた。その音の方向は、間違いなく旅館内部の方であった。そう勘付いた瞬間、院たちは血の気が引いていた。
あれだけ、笑顔で応対してくれていた旅館の人間が礼安たちに包丁などの凶器を手に逃げ場を無くしていた。目は血走り、息遣いは酷く荒い。正気など一切感じさせない、まさに意志無きゾンビのよう。
何とか脳をフル回転させ、院は一つの結論に辿り着く。
「礼安!! 逃げますわよ!!」
絶望の淵に立たされた礼安は院の声で何とか正気を保ち、エヴァと院の先導で自室で荷物を抱え、旅館天井を派手に破壊。礼安はエヴァを抱え瞬時にその場を去るのだった。
礼安たちは理解などできないまま、出来る限り距離を離すこと以外にできることは無かった。
変身を解除する子供、それと同時にライセンスが灰となり消える。
「――やはり、使い捨てのものだと耐久性に難がありますね。何でもインスタントなものに頼るとこうなる、悪い見本としていい例でしょう」
女将を始めとした旅館の人間ら全員は分かりやすくゴマをすり、あまたの死体の上に座る子供に薄気味悪い笑みを向けていた。
「いやはや……邪魔者を排除したら言い値をそのままポンと支払ってくださる約束なんて……そう簡単にできる契約ではありませんよ、グラトニー様」
子供の肉体を借りたグラトニーは、死体の山にて足を組み変える。それと同時に、未だ病床で意識回復まで時間のかかる、他の六人の子供たちを見やる。
「――まあ、計画はハナから順調です。最近どうも勤務態度に難のあったあの二人にも合法的に『クビ』にさせてもらいましたし……一石二鳥という奴ですよ」
旅館の人間から差し出されたのは、今まで提供されなかった如何にも高級そうなワイン。グラス一杯まで注ぎ、それを一息で飲み干す。子供の肉体ながら、アルコールによるふらつき等は一切ない。
「――やはり、チーティングドライバーは素晴らしい。こういったアルコールの分解速度など、あらゆる能力が異次元なほどに高められるので……貧弱な子供の肉体でも余裕でスピリタスのラッパ飲みすらできますよ」
不思議と巨大に感じる満月。それが子供の肉体を借りたグラトニーを照らす。その表情は、とても恍惚に歪んでいたのだった。
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