第二十話
その後、完全に救護班以外の全員が寝静まった夜。透は荷物を整理し始め、一枚の書置きを残し英雄学園へと向かった。剣崎と橘の二人を連れ、学園から支給されたバイクで夜の高速道路を走っていく。
(――お前らも付いてくるか、俺に)
(ある程度埼玉の土地情報は、あの面子の中で一番しっかりした院に全て話しました)
(ウチらのやれる事は……現状このくらいですから。自分らが弱いことくらい――分かってる)
別れの言葉など告げず、しんみりとした雰囲気など微塵も感じさせず。それでいて少々の寂寥感があるが、それでも自分たちの目的を果たすためにはこうする以外に手はなかった。礼安との語らいの中で、靄がかかっていた未来に光がさした。その道を征くには、地盤を固める以外に手はない。
しかし。かなりの速度で飛ばしている中、透は疑問を抱く。
それは、いくら深夜帯の時間とはいえ、誰も『居なさすぎる』。それがたまらなく不気味であり、何より透の中に生まれ始めた『嫌な予感』が蠢きだしていたのだ。
言い知れない恐怖、それでいて疼く英雄としての魂。
「あァ――ちょーっと面倒かもな」
フルフェイスヘルメットを咄嗟に外し、今まで乗っていたバイクを奔っていた勢いをそのまま利用し前方へ投げ飛ばす。透は勢いを殺すべく転がって何とか着地する。剣崎と橘もまた予感を抱いており、その場でバイクを急ブレーキ。ヘルメットを取り去ると、透の方へ駆け寄ろうとする。しかし。
「来るんじゃあねえ!!」
透の怒号により、二人に今置かれている状況がどういったものか瞬時に理解できた。
眼前には、囂々と燃え盛るバイク――がスピードのままに打ち付けられた高級車。車両火災が広がる中、炎の中から出てきたのは二人。お互い、チーティングドライバーを既に下腹部に装着している。
ひとりはスーツ姿の長身痩躯な男性。眼鏡をかけており、鼻当て部分が多少壊れているのかしきりに眼鏡の位置を調整している。人相は可もなく不可もなく、いたって普通の日本人顔。平たい顔、とたった一言で掲揚できてしまうほどの薄い顔である。さながら平社員のよう。
もう一人はザ・ギャル。しかしオフィスレディのようであり、胸が若干収まっていないようではあるがどこかの会社の制服を着用。ほんの少し服の端が火災により焦げ付いているものの、それ以外に外傷がない。
付け爪≪ネイル≫はかなりのデコレーションが施されており、鋭利な凶器のよう。しかし、奇妙な薄ら笑いを浮かべており、異常性は隣の平社員じみた男性よりも上である。
「……しかし、支店長は実に人使いが荒い。我々ヒラにこんな後始末を命じるとは。これで給料がたいして変わらないのですから……私正直帰りたいです」
「んじゃ勝手に帰ってればー? 後始末≪ソウジ≫済ませて給料あーしの総取り、ってことにしちゃうし。つーかヒラって自分の事蔑むなし、してんちょーだいりさま」
一方は悪態を吐き眼鏡を外しながら、一方は軽口を叩きながら。敵意をむき出しにしている透たちの前に立ちはだかる。
「……テメーら、何モンだ」
その透の問いに、二人はまんざらでもない様子で淡々と答える。
「『教会』埼玉支部所属、壇之浦銀行支店長代理・山田盾一≪ヤマダ ジュンイチ≫と申します。主な業務内容は……営業、窓口受付と邪魔者の処理――でしょうか」
「同じくゥ『教会』埼玉支部所属、壇之浦銀行係長・遠野ダイヤ≪トオノ ダイヤ≫でーす。得意分野は速記と殺人≪コロシ≫でーす。よろー」
二人が放つそれは、只者ではない。グラトニーには劣るだろうが、しかし。この場には礼安も院も学園長もいない。現状の手札≪カード≫は自分たちのみ。手札運に軽く絶望しながらも、透たちはデバイスを下腹部に装着する。
「――俺は山田って奴を相手取る。お前等……死ぬなよ」
「んじゃあアタシら二人はあのギャルを……正直命の保証は、出来ない話だわトーちゃん」
「でも……ウチらならやれないことは無い――かも」
観客≪ギャラリー≫など一人もいやしない、静かなる戦いが開幕した。
全員が変身してすぐ、透は山田と激突。剣崎・橘ペアは透の邪魔にならないよう分断するよう立つ。
透は、あらゆる場合においてもタイマンを好む。一対多、あるいは多対一の状況下が何より嫌いだからだ。群れてしか相手を上回ることのできない存在になどなりたくない、そんな彼女のプライドがそうさせるのだ。
山田の怪人体は、口だけが異形のソレとまあ実にシンプル。飾りっ気のない見た目に、一切変わることのないスーツ姿。
しかし、そのスーツで覆われた肉体は一般人のそれとは明らかに違う。筋肉の密度がかなりのものであり、敵を殺すのはお手の物、と言ったところだろうか。特異な武器や特徴がない代わりに、ストレートに暴力を叩き込める。それこそが山田の特徴であった。
「しかし……こうしていざ相対するとなると……どうも貴女の弱さも理解できます。神奈川支部から情報のあった方と戦いたいのですが」
「何だよソレ、凄ェ失礼だな。事前情報だけで全て判断するなってんだよ」
顕現させた如意棒と、山田の膂力に満ち溢れた腕が幾度も交差する。
その瞬間、山田はその情報に齟齬が生まれていることを認識する。
(――おかしい、どうも違和感が生じますね)
山田に関しては、事前情報班の持ってきた情報という知的財産を疑う、と言うことはこれまで無かった。しかし。相対している英雄の卵の行動に、その者が持つ力に、明確な差が生まれていたのだ。
グラトニー戦の時には、突きや速攻重視の、さながら特攻兵の如き戦い。イノシシを彷彿とさせる無法さに、「この人物が相手ならわかりやすい」と請け負ったのだ。
しかし、あの拠点に侵入し七人の子供を奪還したあの時と比べての今。その時よりも力の振るい方に幅が生まれていたのだ。
しかも、今の彼女は明らかに山田が様子見をしていたタイミングで後方に飛び、あからさまな挑発すら繰り出してきているのだ。
「どーしたよ、少しくらい攻めてきたらどうよ。この甘ちゃん相手に日和ってんのかよ」
その瞳を窺うに、只の虚勢、という訳では無さそうであった。
「――いやはや、どうも。この短時間で何が貴女をそこまで伸ばしたのか、と考えまして。精神と時の部屋でも使いましたか」
「バァカ、この世界はドラゴンボールじゃあねえんだぜ」
ふと想起する、礼安の慈母のような柔らかな笑み。それと同時に味わった、缶ジュースと礼安の手の温かみ。多くの苦労を知り成長したのであろう、自分と同じ年齢とは思えない、数多の傷を負ったことのある手のひら。
(透ちゃんが英雄として戦う理由は……もう見つかってるんじゃあないかな)
(本当の願いに、本当の理由に……天音ちゃんの中にいる英雄は応えてくれると思うよ)
「――そうかよ。なら……それに応えろよ『孫悟空』。俺のやりてェ事は……『見つかった』ぞ」
不敵に笑み、自身の周りに密度の高い風のバリアを張る透。構えを解き、瞳を閉じる。すると、本当にその願いに応え、透の側に向こう側が見えるほど透明ながら実体化する『孫悟空』。
まるで中国の道着に似た衣服を下のみ着用し、額には、かの有名な三蔵法師が言うことを聞かせるために着用させたとされる、金の緊箍児≪きんこじ≫。上裸でありながら上半身の肉体美はかなりのものであり、猿と筋骨隆々な人間のちょうど中間地点。天竺までの道中、作中屈指の猛者として名をはせた、『孫悟空』そのものである。
『――少しは、己の在り様を理解したか。弱いまま足掻くのは止めにしたか?』
「あァ、もう地を舐めんのは勘弁だ。だからよ……俺がアイツ越えるためにも……聞き届けてくれやしねえか。俺の『願い』ってのをよォ」
願うのは、ただ一つ。復讐などちゃちなものでは無く、礼安ほどではない尊大な願い。
「『自分で自分を守れない、弱いヤツを従えて誰も傷つかない世を創る』。今の俺には……一番いい『願い』じゃあねえか?」
『――――ああ、そうだな』
今まで、誰かを守るだとか、そう言った彼女の優しい言葉は、己の家族以外に聞かなかった孫悟空。そんな彼女が、他人を守ろうとしていた、それだけでも認める証としては十分であった。
『ようやく……本当に力を預けられるな』
そう言うと、透の肉体と溶け合うように消えていく。それと共に、各部装甲の出力が数倍に向上、火力面も同様。そして何より、自身の手に握られた如意棒がより馴染むように、より手に吸い付くように一心同体化。
さらに、装甲≪アーマー≫自体の見た目も古い装甲を内から破り進化。くすんだ黄色だったカラーリングも、ビビッドカラーと言えるほどに鮮やかになり、随所に緑色のサブカラーも添えられている、見ていて飽きないデザインとなった。
それと同時に、多くの戦闘知識や、今まで歩んだ天竺までの思い出がなだれ込む。一つ一つに触れ、温かみを感じ取る透。それぞれが、透の戦いの糧となる。凄まじい速度で戦闘技術の学習≪ラーニング≫を行った透の瞳は、燦然と輝いていたのであった。
風のバリアを解くと、その解除された瞬間生まれた隙間に如意棒を伸長させ、山田の心臓部を精巧に狙う。
その攻撃を予想していたのか、ガードしようとする。しかし。それだけでは終わらない。
寸前で直角に曲げ、肺部分をその高速伸長の勢いで刺突。
予想外の動きをする如意棒に困惑する山田であったが、何とか足を動かし距離を取ろうとする。
「んなの許すかってんだよ!!」
今まで直線にしか動くことが出来なかった如意棒を、無限に乱反射、一部分を増殖させ、無限に伸長させ逃げ場を失わせる。
逃げども逃げども、乱反射し追跡≪ホーミング≫する如意棒。
「クソッ……!」
「もう様子見なんてさせるかよ。判断が鈍っているうちに……獲物は叩くべきだろ!!」
山田が気付くと、無数の如意棒による二人を包み込む簡易的なドームが出来上がっており、その外側には脱出を絶対に許さない乱気流の壁を作り上げていたのだ。
「なぜ……ここまでの力が――!?」
「知ってんだろ、俺ら英雄のイカレ具合をよ」
浅く踏み込み、風のエネルギーを扱い急速で山田の懐に入り込む透。そこからインファイトを何度も仕掛ける。
山田は何とかして一矢報いようとしたものの、それは透の周りに張られている『薄風の鎧』に阻まれる。手を出そうものなら、その攻撃された部位を素早く修復、そして斬撃の性質を乗せた風が害するものの腕部を情け容赦なく切り刻む。さながら斬撃版の反応装甲である。
しかし遠くに逃げることもできない。乱気流の壁が張られている中、『薄風の鎧』以上に斬撃の性質を乗せた高密度のエネルギー流が何をもたらすか。ミンチ肉の出来上がりである。
ガードか捌きか避けるか。その三択しか存在しないのだ。
「俺らは……己がプラスの『願い』や『欲望』のために……そして『誰か』のために戦い続ける。そんでもって成長し続ける。限界なんて――俺たちが決めねえかぎりねえのさ」
透の拳は通り、山田の拳は理不尽に防がれ、さらなる攻撃が襲う。
今まで侮っていた相手に牙を向かれる、まさに『窮鼠猫を噛む』状況というものは、こういう状況を指すのだ。
(不味い……不味い不味い不味いィィッ!!)
心が敗北を感じてしまった瞬間、山田の足は乱気流の壁の方へ無意識的に向かっていたのだ。
「どのみちチェックメイトだってのに……分かったよ、これで決めてやる!!」
そんな隙など一切許さないように、脚部に風の力を集中、そして一息にその場を跳躍。ドライバー左側を押し込み、目をぎらつかせるのだった。
「今なら……すげえことが出来そうだ!!」
「このまま……終わらせてたまるか!!」
山田もまたチーティングドライバー上部を押し込み、両者必殺技を出す待機状態に入った。
『必殺承認! 永遠に終わらない身外身たちの宴≪シンガイシン・フィーバーナイト・フォーエバー≫!!』
『Killing Engine Ignition』
山田は渾身の一撃を乱気流の中叩き込もうとするも、それは透の分身。無限に存在する透の分身のうち、一択を消したのみ。
「「「「「悪ィな……あと本物が最悪分かるまで……九百九十九択なんだわ」」」」」
「ち、畜生めがァァァッ!!」
九百九十九人の透が次々に飛び蹴りを放ち、本体である透が最後のとどめの飛び蹴りを放つ、まさに今の透の集大成。高速道路のコンクリすら易々と切り刻む、破壊力の権化。
叩きつけられた山田は、全身数十か所が粉砕骨折するほどの数十トンの衝撃をもろに食らったのだ。
「――少しは、俺と『孫悟空』が構成した夜会≪パーティー≫、楽しんでもらったかよクソ野郎」
デバイスドライバーには、怪人への勝利を意味する『GAME CLEAR!』の文字が表示されていた。
こうして、天音透対山田盾一の戦いは、金欲しかない、言い換えれば胸に抱く矜持が貧弱な山田を超え、英雄としての『本当の願い』に礼安の助力ありながら気付くことが出来た、透の快勝にて幕を閉じることと相成った。
力尽き変身解除した山田と、現状の力を出し切り変身解除する透。それと同時に解除される、乱気流と如意棒のドーム。
「――ああ……出世街道が……」
そうとだけ言い残し、山田は意識を失う。それと同時に彼のチーティングドライバーは儚くも砕け散り、使用不可能となった。
「……お前、結局は金目当てで、誰かを踏みにじることで自分を成り立たせていたってことかよ。クソ野郎だな、どいつもこいつも」
結局は、金目当ての輩。打ち倒すのに情け容赦なくやれる、そう直感した透は、戦いの中でふと忘れていたことをたった一言で呼び起こすこととなる。
「――ねえねえダーヤマさ、こいつらどうした方が良い?? ……ってダーヤマやられてんじゃん。草」
視線の先には、傷だらけの剣崎と橘、そして対して大きな手傷を負う事無く、手鏡で自分の髪型を確認しているダイヤ。
(クソッ、やっぱりなり立てだとこうなるかよ!)
即座に変身しようと、その場から一歩踏み出すも、透の肉体は途端に脱力してしまう。
「バーカ、ダーヤマからの情報はバッチリなの。あーしがアンタの明確なパワーアップに気付いてないとか考えてんの、まぢウケるんですけど」
そう語るダイヤの表情は、実に冷淡そのもの。ギャルのような風貌でありながら、仕事は全うする。外見詐欺もいいところである。
「ダーヤマは単純なフィジカル、そしてあーしは能力での搦め手がメインなんだ。ざっとネタバラシするなら――『一定エリアに踏み込ませた瞬間、自分がいま体内に入れてる薬の効果を全部おっかぶせる』の。だから――どれほどヤバい薬品でオーバードーズしようとあーしは無害なのです」
ダイヤの手に握られていたのは、ひらがなで『弛緩剤』と書かれている注射器。それを適応させ、相手を弛緩しているうちに殺害する。実に理にかなっている。
「あーしが何でこの能力公表したか分かる?」
「知るかよ……クソアマがよ」
精一杯口汚く罵るも、ダイヤによって透の顔面は、サッカーボールを遠くへ蹴り飛ばすかのような気軽さで、容赦なく蹴り飛ばされる。防御できないため、ある程度の非力でも透たちを易々傷つけられるのだろう。
「あーしが……あのブーデーのリーダーから多額の報奨金をふんだくるた・め。あーしにはイケメンの彼氏がいるので、そちらに貢ぎたいのです」
スマホの画面に映る存在は、どう見ても有名男性アイドル。要するにダイヤは害悪ドルオタであり、独り身街道を驀進していたのだ。
「――金さえ落とせば誰だって愛なく『姫』とか宣う奴が彼氏か? 頭大丈夫かよ」
その透のごもっともな指摘にダイヤは怒りを露わにする。ヒールの鋭利な部分を扱って徹底的に透をなぶる。自分の妄信する存在を馬鹿にされた怒りは、そうそう収まるようなものでは無い。
「『さーちん』を馬鹿にすんな!! この間だって、テレビの撮影時あーしを見てくれた!! あーしの王子様なんだ、あーしはファンなんてちっぽけな存在じゃあないんだ!! あーしがさーちんに料理持って行った時も、すべて平らげてくれたって言ってた!! 中に入ってたあーしの『一部』も何もかも全部食べてくれたんだ!!」
自身をストーカーとすら考えられない精神異常者、そして究極の厄介ドルオタ、それこそがダイヤであった。自己認識は『世の中から異常者だと罵られる、実に哀れなお姫様≪シンデレラ≫』。誰もが愛想を尽かして、彼女に指摘することはしない。むやみやたらにテリトリーに踏み込んだら最後、彼女のヒステリーに付き合わされるのだ。
そんな精神異常者を目の当たりにして、その時剣崎と橘は理解してしまった。透は満身創痍でありながらも、二人が少しでも回復し助けを呼んでほしいからこそ、自分たちから遠ざけたのだと。その影響か、弛緩剤が適用されるエリアから何とか脱出している。
剣崎と橘が動こうとしたその時、その場に予想外の人物が現れたのだ。
燃え盛る炎の中から、一切の火傷なく現れる、中にしっかりとしたワイシャツを着用し、さらには漆黒のスーツに身を包んだ人物。
「『姫』が呼んだのは――――『私』じゃあないかな」
ダイヤが透に恨みがましく向けていた顔を上げると、そこにいたのは『さーちん』こと有名男性アイドルグループの一人、サマス。
眉目秀麗を極めており、アイドルになるべくして生まれた美貌の持ち主。女性ファンに喜ばれるよう、常にスーツの下は冬場であれ何も着用しないストロングスタイル。ライブの時は惜しげもなく肉体美を披露し、大いにファンを沸かせている。通称は『さーちん』や『王子』。
今この場にいる人物はまさにそれであった。
「「「はァ!?」」」
三人が予想外のゲストに驚愕する中、今まで憎しみの表情を向けていたダイヤが涙を流しながら、サマスから遠ざかる。しかし、徐々に至近距離にまで迫るサマスを拒むことは出来なかった。
「そ、そんな『さーちん』……何で……? 今日……そうか寒いんだ、寒いよね☆」
「何でって――それは『姫』である君に……」
唐突に、ノーモーションでダイヤの顔面を殴り飛ばすサマス。
透ですら、その拳が頬に届く瞬間すら見えなかった。しかもその直後にかなりの衝撃波≪ソニックブーム≫が届くほどの速度であったために、推定速度は音速以上。
一切の理解など許すはずもなく、ダイヤは完全に沈黙。と言うより、たった一撃で物言わぬ状態にするほどの致命傷を与えていた。
「こうして……私の学園に在籍する『大切な生徒』を情け容赦なく傷つけようとする害悪ド畜生ドルオタがいる、それをある情報筋から聞いてね。こうして馳せ参じた訳さ」
顔面の変装マスクを乱暴に剥がし、あっけらかんとした笑みを浮かべる男性。それは、透たちにとっては願っても無い助け舟そのものであった。
「「「が、学園長!?」」」
「やあ、来ちゃった♡」
「――うん、しっかり無事。力調整したし……この程度で死んだってなったら私埼玉支部に直訴しに行こうかな? オタクの部下≪オタク≫弱すぎませんか、ってね」
けらけらと笑いながらダイヤの容態を確認している、助け舟を出した、と言うよりは迎えに来た学園長。たった一撃で相手をノックダウンした、鼬の最後っ屁すらさせない、それほどの強靭さに透たちは驚愕していた。
「――――あ、アンタ何モンだよ」
その透の問いに、おどけつつ真面目に答える学園長。
「無論、只の『原初の英雄』さ」
只の、と片付けるには強すぎた。何せ、能力適用範囲内であり透たちすべてを戦闘不能状態に追い込んだ、ほぼ無傷のダイヤが、変身もしていない学園長の一撃で意識が飛び事切れたのだから。しかもその衝撃を何とか受け止めた高速道路の高い壁は完全にひしゃげて壁としての機能を果たしていない。
向こう側に広がる東京の夜景。それが破壊力を物語っていたのだ。
怪人の中身が女だろうと関係ない、一切の情け容赦のない一撃を見て、透は確信していたのだ。自分の『したい事』を成すためには、この人物でないといけない、そうでないと短い間には成長など夢のまた夢である。
実際問題、礼安と院が入学したての一年次でありながら、下手な二年次、三年次よりも強くなった理由は短期間に『それなりの』経験をしたから。命がかかっているのなら、人間は案外すぐに成長できるものである。
透たち三人は、信一郎に対し土下座をする。特に透は深い土下座であった。しかし、それに対してグラトニーに抱くようなストレスを感じることは無い、むしろこれが在るべき形であると実感していたのだ。
「――学園長。入学前から事情を知ったうえである程度便宜を図ってくれたこと、感謝する。お陰で俺は家族を食わせられた。けど……相手は想像以上のクソだった。真の意味で家族を救うために……俺は、俺たちは強くなりたい!!」
「――――へェ、私にそんなことできるかなあ?」
「出来る、『原初の英雄』であるアンタなら、今の『最強』の名を欲しいままにしているアンタなら」
あえて緊張感をほぐすように道化を演じてみせる信一郎。次に彼女たちから発せられるであろう『言葉』を待ちわびながら。
内心、信一郎は喜びに打ち震えていた。あれだけ反逆精神の塊、とも言えるような彼女の、根っこに宿る願いを聞けたことが、『原初の英雄』として、指導者として心の底から嬉しくてたまらなかったのだ。それに至る訳なんてどうでもいい、英雄としての心構えを理解しているのなら、利用されるでも何にしてもそれでよかったのだ。
「俺を……俺たちを、五日稽古をつけてくれないか。アイツらの……礼安たちの支えになれるほどの強さを、ノウハウを……俺たちに教えてくれないか」
透たちの、魂の懇願。現状の自分たちのままだと、礼安たちが効率的に動くためには足手まとい。これ以降も礼安たちはより力をつけていくであろう、死地に飛び込んでいくのだろう。そこに助けを求める人がいるかぎり、無限にあの少女は強くなれるのだ。
だからこそ、せめて並び立ちたかったのだ。
特に、今回の一件では透の家族を付け狙う非道の輩が相手。家族、ひいては弱者を守りながら戦えなければ、それは戦士としては赤点以下。今の地位に常に満足しない、今の透だからこそ考え付いた最適解≪ベストアンサー≫であった。
その透の言葉に、泣いて喜ぶ信一郎。その反応は予想外であったために、透らは慌ててしまう。涙を乱暴に拭って、三人のことを大きく手を広げ、迎える信一郎。何を求められているのかわからなかった透たちは一歩引くと、信一郎は深く肩を落とす。
「何でよ!? 熱血教師ものだったら生徒たちがガバーッと来るところでしょう!? んで私がバターッっと倒れて皆で笑い合うもんでしょ!? 私秘かにそういった場面≪シーン≫にも憧れて教師に近しいものになったのに!!」
「いや鍛えてくれとはいったがセクハラを認めている訳じゃあねえからな俺は」
「今これセクハラなの!?」
何とも気の抜けるやり取りであったが、それは信一郎の心遣い。予想外の敵襲から自分の身を守り切った彼女たちへの、せめてもの手向けであった。
「じゃあ行こうか……ハァ……夢にまで見た熱血教師像……」
「露骨に肩を落とすなよセクハラ予備軍学園長」
「……学園長、助けてくれたお礼として、せめてウチら二人だけでも抱き着きますか?」
「やらんでいいわバカタレ二人」
そうして学園長が運転する高級車に乗り込む三人。しかし、信一郎は車に乗り運転を始める寸前、「これからコンビニでも寄る?」と言わんばかりの軽さでとんでもないことを口走った。
「あ、そうそう。『生きて帰れるかどうか』は、私も分からないよ?」
それを聞いた三人は少々、修行の件を取り下げたいと過ぎってしまったのは、内緒の話である。
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