第二章 「大切なものと家族とそれが生む『重み』」

第十八話

 学園を出てすぐに出会ったのは、エヴァだった。礼安はいてもたってもいられなかったのか、すぐさま声をかける。

「エヴァちゃん!」

 手を激しく振り、自身の存在を誇示する礼安と、実年齢高校一年生と思えない彼女に対し、ただ隣で呆れかえる院。そしてそんな二人に鼻血を出しながらこちらにやってくるエヴァ。数日前の再来である。

「らららららら礼安さん!? そんなそちらからお声がけいただけるなんて恐悦至極の極みにございます!!」

(――これ、どちらが先輩でしたっけ?)

 無論、エヴァが一年先輩である。

 しかし、院は辺りにこれと言った生徒がいないことに疑問を抱く。

「……今、武器科の生徒がどこかに行く、だとかそういった要件はあるのですか、エヴァ先輩?」

 その院の最もな指摘に、鼻血を乱暴に拭い姿勢を正すエヴァ。

「――実は」

「『学園長』に要請のかかった増援、とは貴女の事でしょう??」

 的を射た答えに、黙って頷くエヴァ。

「まあ……私が十中八九悪いことではありますが……礼安さんたちと出会う前は結構単位が危ない状態にありまして。数日前の事件解決の功労、そして今回の頑張り次第で、今まで積み重なった足りない単位分を補充してあげる、と本人に言われ一も二もなく飛びついた次第です……ええ」

 何とも公平性に欠ける学園長の振る舞い。院はあとで本人をこってり叱ってやろうと考えていた。仮にも実の父親であるのに。

「――と言うことは、事のあらましは学園長から聞いていますね先輩?」

「ええ、だいたいは分かっています。また『教会』からの襲撃とは……何ともツイてませんね」

「本当ですわ……全く」

 そこで院は素早く炎の弓を顕現させ、エヴァ越しに誰もいないはずの曲がり角に向け超高速で弓を放った。

 その弓に驚いた何者かは、転げて姿を現す。その正体は、礼安たちのクラスメイト兼透の取り巻きである二人。「橘 六花≪タチバナ リッカ≫」と「剣崎 奈央≪ケンザキ ナオ≫」だった。

 それぞれ、透と同様に黄色のメッシュを前髪に施し、透と同じように制服を着崩す。一見成績不良児に見えるものの、透と同様にかなりの好成績を残して、この英雄学園東京本校に入学した、未来明るい英雄の卵であった。

「盗み聞きとは……あまり感心しませんわね、天音透の取り巻きお二方」

「いきなり打つのはダメだよ、びっくりしちゃうよ!」

「礼安さんそこじゃあありません争点は」

 剣崎と橘は、透を下した存在である礼安に土下座する。

「お願い、アタシたちも透を助けるために連れて行ってくれないか!?」

 とは言っても、二人はつい数時間前に力を覚醒させたばかり、力のコントロールもままならないであろう二人をコーチングできるほど、礼安と院の二人は出来上がってはいない。

「――申し訳ありませんが、私たちは貴女がたを器用に守りながら戦うほどの力は……まだ備えておりませんわ」

「分かってる、ウチらはそんな『守りながら戦ってくれ』だなんて図々しいことは言わない。そして自分たちがもしケガを負ったとしても、それは自分の重い責任だ、何も文句は言わない」

 そう言う二人の表情は、二面性を一切感じさせないほど真剣な面持ちであった。透に対し、何らかしらの大恩を抱えているのだろう、そう感じ取った院は礼安に目くばせする。その彼女も笑顔で頷き返すだけ。エヴァも同様であった。

「――分かりました。ちなみに『必要書類』、書きました?」

 その発言に対し、一切分かっていない様子の二人を見て、「まずはそこからか」と院は頭を抱え、二人を連れ校舎に連れていくのであった。



 埼玉市街。東京繁華街や学園都市と比べると人の雰囲気は落ち着いており、行きかう人々は少々年齢層が上がる。どころか、若年層が都市部の方へ流れていくために、高齢者が多くみられる。異常と思えるほどに。

 その理由は、現代の物価の高騰や、世の中が高学歴や英雄を求める方向性となったがため。英雄≪ヒーロー≫になれない存在は基本的にそう言った上昇志向のない人間でない限り現代日本では没落してしまう。英雄と言われる、人間よりも上のステージに立った存在が世の中に生まれ落ちた弊害が、ここにあるのだ。

 デパートなどの建造物は少々古びたものであり、今となっては存在する場所が少なくなったシャッター一つ降りていない活気溢れる商店街の並び、人によっては懐かしさを感じられるほどの街並みに、礼安たちは足を踏み入れる。

 しかし礼安とエヴァは商店街を珍しく思い、院たちとは離れ食べ歩きツアーが始まってしまった。院が止める間もなく。

「――全く。まああの子が大好きなお肉があったら、そちらに駆けていくだろうな、とは思ったので違和感はありませんが」

 院は剣崎と橘の二人とともに、今回の救出作戦における寄宿所に向かうべく、「土地勘がある」と語った二人を先頭に、埼玉市街を歩いていた。

「大分、若い方の行き来がありませんが……いくら何でも正直少なくありませんか?」

「それについてはウチが」

 剣崎と並んで先導する橘が、院の疑問点に答える。

「――元々、この埼玉と言う土地は東京と程近いがために、人が流れていきやすい場所にあるんだ。しかも、現代の英雄がぼんぼこ生まれていく中で、その英雄たちをビジネスに少しでも活かそうと考えるやつが多い、実にハングリーな奴が多くなってきたんだ」

「でも、ハングリーで片づけるには、少々異常ではないですか……? 見たところ、本当に若年世代が見られないようですが……それに、街行く人皆それなりに裕福な方ばかりですが」

 その院の最もな問いに、剣崎と橘の二人は顔色を暗くした。

「――もし何か悪いことを言ってしまったのなら謝りますわ」

「いや、それが正しい返答だ。『おかしい』と思って当然なんだ」

 今度は剣崎が、院の疑問に答える。終始、重苦しい雰囲気であった。

「アタシらみたいに、英雄の因子持っていれば……って思い悩んで、違法に英雄の因子を体内に埋め込む、だなんて大馬鹿野郎も少なからずいる。だから、この埼玉の中でも『スラムエリア』が生まれたんだ。そこで……アタシらとトーちゃんは育ったんだ」

 英雄の因子は、先天性のものがほとんど。政府は後天的に英雄を生み出すことを人道に背かないためにも違法としている。その確たる理由が、英雄の因子を後天的に移植する方法にあった。

 それは、『当人から正式に受け継ぐ』場合か、『その当人の心臓と血液を、そっくりそのまま生きたまま移植する』場合の二つである。

 前者に関しては、法的にまだ許されている。寧ろ、推奨されている。世継ぎに力の譲渡を行うことで、英雄を志して成長していく際に、実に効率的な導線となる。その因子を持った当人と英雄、そして世継ぎがそれぞれOKを出せば、因子の継承が成される。

 しかし後者は大いに問題がある。それは英雄の因子を持った人間をはっきりとした意識が残るままに自分に移植する行為は、命を酷く軽んじていると禁止されている。そして現実問題、英雄と言う超特権存在になりたいがために英雄の卵を誘拐し、その力を違法に我が物としようと企む犯罪組織は少なくない。

「……貴女がたと天音透は、幼馴染なんですの」

「そうだよ、ウチらは生まれた時から近所。だから……行方不明になったって知って嫌な予感がしたんだ。トーちゃんは――」

「待ってバナちゃん、その先は本人から口止めされてるでしょ」

 「悪ィ」とだけ呟くと、二人の現状語りは唐突に終わってしまった。しかし、院はほんの欠片ながら理解していた。透の抱える闇について。

「――確かに、その話はここじゃ少々重すぎますわ。寄宿所で話す以外には選択肢はないでしょう」

 その院の言葉に、驚きを隠せない二人であった。


 寄宿所は、学園長自らの推薦であるために、寄宿所とは名ばかりの高級旅館であった。通常なら数百人は優に宿泊可能な大きさがあり、温泉も巨大な露天風呂。しかもこの礼安たち一行以外に利用者のいない完全貸し切り状態となっていた。

「どれだけ金かけましたの学園長……」

「ざっと数億、と聞きましたわ」

 その場にいる英雄学園サイドの人間全員が、唐突に表れた旅館の仲居に驚愕する。

「びっくりしたぁ、いつからいたんですか??」

「ざっとここにいらっしゃったタイミングですね、ええ」

 その底が知れない笑みに、どこか寒気を感じ取る礼安以外の面子。しかし当の礼安は仲居さんの手を優しく掴み、爛々と輝く瞳を向けながら宣言する。

「私たち、友達を助けるためにここにやってきました! どのくらいかかるかは正直分かりませんが……よろしくお願いします!」

 明朗快活な礼安の立ち居振る舞いに、一瞬礼安に対し異常者を見るような目を向けるも、そこはプロ。そういった彼女に対してもスイッチを切り替え営業スマイルを欠かさない。

「いえいえ、私共の微力な力添えが英雄様御一行のためになれるのなら……」

 旅館内に入る一行、その内の院は、一瞬礼安に向けられた目を想起する。礼安の思考は、行動は、半ば以上行動ともとれるのだろうか、と。誰かを思い見返りを一切求めないその信念は、今や人としておかしいことなのだろうか、と。

 長いこと礼安と過ごしている院にとって、感覚がマヒしているのか、それとも自分もおかしくなってしまったのか、どうも引っかかるのだ。

(――まあ、細かいことは考えず。これからの作戦を考えませんとね)


 午後六時、夕食が間近には迫っているものの、これからの自分たちの動向や作戦について思考するべく、皆を一室に集めた礼安と院。

 旅館の一室をそのまま作戦会議室として利用しているものの、その一室は通常の旅館におけるスイートルームレベルの広々とした部屋。家具や座敷など、すべてが超一級品であるために、いち学生には少々もったいない気がしてならない。しかしここは礼安と院、そしてエヴァの三人が宿泊する部屋。エヴァは一緒の部屋だということで狂喜乱舞していた。

「――すみません、お二人。夕食前であるのに、少々時間をいただくことになって」

 そんな律儀な院に対し、ラフに笑いかける剣崎と橘。

「や、アタシらが来た理由はそれだ。別に埼玉観光しようだなんて思考はハナからねぇさ」

「まず埼玉に関してはウチらの故郷だしな、今更どこ観光したって特別な感情は抱かねえさ」

 冗談交じりな二人の振る舞いを見て微笑する院。そしてすぐに空気を引き締めなおし、一人の英雄の卵、そして参謀としての手腕を振るう。

「――では、早速『教会』埼玉支部へのカチコミ……もとい、『天音透および他民間人救助作戦』概要について。我々でどのタイミングで仕掛けるか、そしてどのように作戦を遂行していくか。事前に的確な日時を決めておいたので、それらを我々の中ですり合わせていきましょう」

 用意してもらったホワイトボードに、案件概要を美麗な字で事細かに記入していく礼安。事前にまとめた情報をもとに作成した、各種資料を皆に手渡していくエヴァ。さながら会社で行われているMTGのよう、そう言えるほどに厳粛な空気が漂っていたのだ。

「まず、作戦決行日時について。これは……明日朝四時。できる限り早く、そして相手方の準備が整い切らない中で決行、天音透らの救出にあたるのが、最も適しているかと思いますわ」

「朝早くとは……中々にえげつない……相手の脳みそも寝起きで鈍って追いつきませんね」

 それに関して、意見を言うべく橘が手を上げる。その面持ちはとても不安げであった。

「なるべく早く、なら……今夜とかはだめなのか? その方が、トーちゃんがもし傷ついていた時もケアしやすいだろうし……」

 その質問に、資料を手にして明確な反論をぶつけるエヴァ。橘とは逆で、実に自信に満ち溢れている表情であった。

「そこについてはご安心を。この作戦は天音さんが向かってしまわれる、少し前から立案されてきたものをリメイクした作戦です。諜報のためのドローンからの情報や、信頼できる情報屋からのタレコミによると……ほんの少し手薄になるタイミングが、午前三時半から午前四時半の一時間なんです。今回の作戦決行時間はそこを叩くため、と言うことになります」

 ちょうど守りが手薄になる一時間、その理由は正門、後門の守衛が丁度切り替わるタイミングの合致にある。

外で立つ守衛自体、正直そこまで強さを備えているわけではない。それは『教会』の下っ端が毎回その業務にあたるためである。内部でどういった悪事をこなしているかは、もちろん知らない。おいそれと知って、どこかに口外する、と言った安易な裏切りを防止する意味合いが込められているのだ。

 さらに、チーティングドライバーに魅せられたはいいものの、あれを貸与される存在は位が上がってからでないといけない。その理由は、先日の元神奈川支部所属のクランの裏切り、および青木の裏切りによる防止策施行の影響であった。

 それにより、今『教会』はすべての支部が相対的に弱体化している。自分の意志でチーティングドライバーを起動し怪人化する、その流れが少なくなったのだ。

 ゆえに、下っ端は最低限の武器を携帯こそしているものの、身体能力に秀でているわけではないため、丁度交代のタイミングを計らって両門から突撃してしまえば、ある程度のアドバンテージを得られる、と言う訳である。

「――次に、決行作戦内容について。エヴァ先輩が信頼する情報のつてから、天音さん以外に救助対象が複数名存在する、とのことでした。それについては、エヴァ先輩から」

「……はい、正直作戦実行難易度が結構高まるんですが、どうやら七人ほどの子供が軟禁されているとのことで。どこで誘拐してきたかは知りませんが……同じく全員の生存を最低目標として動く作戦として――――」

 そのエヴァと院の発言に、驚きを隠せない剣崎。

「ち、ちょっと待ってくれ……もしかしてトーちゃんがカチコミかけたのって……」

 その二人の焦る表情を見て、まるで自分のことのように案じる礼安。

「何か……訳を知ってるの??」

 それについて院たちが語ろうとした、その時であった。

 何やら旅館の入り口がとても騒がしかった。礼安たちは作戦会議を一旦中断し、入口へ小走りで向かうと、そこにいたのは衝撃の人物たちであった。

「――――ここに来りゃあ、適切な処置が受けられると聞いた! 頼む、このガキたちを助けてやってくれ!!」

 何者かの襲撃によって血を流しながら、深い傷を負った七人の子供を庇う、透がそこにいたのだ。

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