第十六話

 翌日。その日は一限目が実戦訓練であった。

 クラス中の雰囲気が、どうも重苦しかった。それはどんな未熟な英雄の卵であっても理解できた。そしてその重圧を作り出している存在は、このクラスのトップの実力を持つ二人であることも。

「……礼安」

「大丈夫、仲良くなるために――頑張る」


 あの礼安と透の二人の密会の後。礼安は院に全てを打ち明けた。放課後に起こったことすべて、彼女に話したのだ。

「全くもう……貴女それガッツリ校則違反じゃあないの」

「ごめんね、でも……天音ちゃんは一切ふざけてなかったんだ。真面目だったんだ。それに応えてあげることが……正解だと思ったんだ」

 深い、深いため息をついたのち。院が電話をかけた先は信一郎であった。

「――――もしもしお父様」

『どうしたんだい我が愛すべき娘よ、お小遣い欲しい?』

「声のトーンでそんな下らない話題じゃあないことくらい分かってくださいまし!!」

 実の娘のガチな叱責に、電話越しではあるものの信一郎は本気で落ち込んでいた。小声で「そうだよねえ……お父さん失格だよねえ……」と呟き続けていた。

「――私が提案したいのは、貴方の愛する実の娘が、そしてその実の娘が友達になりたい方が、校則違反にならないための『提案』ですわ」

『――――へえ、ちょっと楽しそうじゃあないか。良いだろう、事の顛末を全て聞かせてくれたまえ。それによっては……ちょーっとパパ、ワクワクしちゃうかも』


 一方、透の方は。取り巻きにすら一切話しかけない状態であった。取り巻きの二人は、その何とも言えない雰囲気を察知して、二人に近付こうともしなかった。

 透の体には、目新しい生傷が何か所もあった。礼安を負かすために、乱暴な手段でより力をつけていたのだ。

 それは全て、『最強』であるために。彼女自身のプライドがそうさせたのだ。

 担任の教師目白も、どうもやり辛い様子であった。一挙手一投足、全てが何ともぎこちなかった。

 一応教師陣も英雄としての力や知識を備えてはいるが、因子を備えた生徒たちとは異なり、それはあくまで付け焼刃のようなもの。教師陣で本当に強い存在は学園長ただ一人である。

「え、えーと……次の時間は初めての実践訓練ですね。一部生徒を除いて聖遺物のライセンス化を果たしていないため、デバイスと事前に用意してもらった聖遺物を持って、学園校庭に体操服姿で集合してくだっさいね」

 全員が、教師が、主に透から発せられる重圧に負け、教師の何となくな甘噛みをツッコむ暇はなかった。


 学園校庭、という名の広い競技場。圧倒的に一学園が所有している者とは思えないほどに広大である。

 トラック一周五千メートルはある主要フィールド、あらゆる武器≪ウエポン≫科や英雄≪ヒーロー≫科の生徒たちは千差万別であるために、トレーニングニーズに応えられるように、巨大プールやサバゲ―場、地球の数倍から数万倍まで可変可能な超重力空間などあらゆる設備が整った、究極のトレーニングフィールド。

 ちなみに、これを『造ろう』と提案した学園長は、生徒が使わない深夜時間帯で入り浸っているらしい。お気に入りは超重力空間フルパワーカスタム。それにチャレンジして十分間平気でいられたら、一生遊んで暮らせるほどの学園内通貨を贈呈されるらしいが、どれだけ特訓を重ねた上級生ですら、三十秒も満足にいられないらしい。

 そんなトレーニングフィールド、うち主要フィールドにて。そこに指導役として立っていたのは、青色のジャージに身を包んだ学園長自身であった。

「やあ皆!」

「「「何で!?」」」

 今までの重苦しい空気などどこへやら、遂に礼安たち以外の皆が総ツッコミをする、そんなレアな姿が見られた。

「いやね? どうやら進んで校則違反をしようとする不良ちゃんがいるなんてリークを信頼できるツテから貰ってね?? 本来の体育教師である小金井先生に頼んでオブザーバー……げふん、見張り役としてやって来た次第ね。あ、授業もしっかりやるよ!」

 そう、院が信一郎に頼んだことは校則違反にならないよう、私闘をちゃんとした決闘にするための元締め≪プロモーター≫となることであった。

「まあ、そうだね……今日はちょっと先生方に頼み込んでスケを大幅更新しているから……まずはしっかりとした授業タイムと行こうか!」

 重い雰囲気を取り払うべく、懐から怪しい聖遺物を取り出す信一郎。形式的に用意したものだろうが、そのものの胡散臭さが半端じゃあないために例として提示するには十分であった。

「じゃあ、早速聖遺物をライセンスへと昇華させるために……それぞれ今自分が一番『これがしたい』って欲を胸に抱くんだ。別に、口に出さなくてもいい、まあ口に出した方が確かではあるけどね!」

 それぞれ、生徒たちは聖遺物へ念じ始める。無言で念じる者がいれば、明確に願いや欲を口に出す者もいる。

 それぞれが欲の発露をする中、礼安と院、透は手持無沙汰であった。

 それを見た礼安は、透に話しかける。

「天音ちゃんは、せいきぶつ? に何を願ったの?」

「聖遺物だバカの極み乙女」

 訂正する透。一切礼安の方を向かずに、ライセンス誕生の経緯を呟く。

「――簡単な話だ、使えるものは何でも使う。『最強』の実現を果たすために、俺の力のバリエーションを広げるためだ」

 首を傾げる礼安に、深いため息を吐く透。

「――お前相手に嘘吐くと、すぐに見抜かれる。不利になるだけだ、嘘なんぞ吐く理由はねえよ」

 何とも渋い表情ではあったが、納得はした様子。しかし、透はどうも浮かない表情のままであった。

 それを見かねた院は、頑張りを見せる生徒たちを、優しく見守る信一郎に話題を振る。

「――そう言えば。お父様ライセンスお持ちでしたよね。どういった『欲』を願ったのですか?」

「んー? それは簡単な話だよ。礼安と院、二人を守りたいって純粋な物さ。親なら当然だろう?」

 しかしどうも礼安の浮かない表情は晴れないまま。透のことがよほど気になるのか、難しい表情は変わらなかった。

「礼安、貴女どうしたの?」

「んー……もやもやが色々ね? 何だろう……うーん」

 礼安の第六感は、明確に何が嘘の正体かどうか、と言うのは分からない。当人が嘘をついていることは理解できても、その嘘で覆い隠した真実の正体は分からない。しかも、礼安自身難しいことを言語化すること自体が難しいため、難儀なものである。

 そう礼安が悩んでいる間にも、クラスメイト達は次々にライセンスを生み出していく。多種多様なデザインで彩られたライセンス群は、初めて手にした当人を魅了していく。欲によって顕現したそれは、当人を惹きつける一番の即物的存在。

 それぞれが達成感で笑顔な中、礼安や院、透らは浮かない表情のままであった。


「よし、ではみんな疲れたことだろうし……早速、既にライセンスを生み出している一組トップ人の変身デモンストレーションと洒落込もうか。そこで決闘だとかなんだとか、やりたければやればよし、だね」

 皆が、礼安と透を爛々と輝く眼差しで見つめる。彼らもまた、手合わせを楽しむオーディエンスの一人であったのだ。たとえ重圧の渦中にいようと、自分たちよりも強い存在を見習おうと、英雄の卵として勉強する気であったのだ。

「――こうして見られんのも、上に立つ者としては当然の宿命か」

「なんだかむず痒い……数日前を思い出すなあ」

 院は見守る存在でありながら、学園長に対しこういった提案をしたことを正解に思っていた。こうも目立つ存在であるために、そして彼女自身の願いのために、校則違反だなんてつまらないことで躓いてはいられないのだ。

 何なら、礼安の眼前の存在、透にすら負けることは許されない。それは彼女自身も、無意識下で考えていることだろう。

「見せてやるよ、これが俺の欲の全て、俺の力の全てだ!!」

 デバイスを下腹部に当て、デバイスドライバーとして顕現させる。そんな透の手に握られているのは、西遊記の主人公『孫悟空』がデザインされた黄色のヒーローライセンス。

『認証、サイユウ珍道中、猿の巻! 不屈の闘志と無限の我欲を抱えた、欲張りヒーローの冒険記!』

 即座にドライバーに装填すると、無言で礼安に変身を促す透。この決闘の場を組んだ張本人であり、何より礼安を一番の障害として敵視するがゆえに、油断は無かった。変身し、強くなった礼安を打ち倒すことで、透の目標は達せられる。

「――それこそが、貴女が望んだことなら」

 多くのクラスメイトが固唾をのんで見守る中、院と信一郎はどこかリラックスしていた。

「どっちが勝つでしょうね」

「ま、分かりきってはいると思うよ、私の愛娘よ」

「何かその言い表し方実にキモいですわ」

 信一郎が娘の反抗期に対し盛大に落胆するのは知らぬまま、礼安もドライバーを展開し、実に慣れた手つきで認証、装填する。

『認証、アーサー王伝説! 多くの騎士を束ねた、円卓の騎士の頂点に上り詰めるまでの、成り上がり物語≪ストーリー≫!』

 それぞれがしっかりと距離を取り、礼安は見つめ、透は睨みつける。そしてそれぞれが体勢を整え、その時を待つ。

 ほんの一瞬の静寂、その後。一呼吸置き、

「「変身」!!」

 二人が、異なる姿へと換装されていくのだった。


 変身を果たした透は、くすんだ黄色の装甲を纏っていた。装甲の重さとしては、丙良のようなごつごつとした重厚感のあるものでは無く、礼安のように無駄のないシャープさで、実に身軽。全体的に風を思わせる意匠が凝らされており、彼女の首元には赤色のスカーフが巻かれている。

 手には孫悟空が所持していたとされている、かの有名な如意棒が握られていた。

「俺の力は風を司る。だから――」

 圧倒的風量で自分を押し出し、礼安に迫る透。

「こういう事だってできるんだよ、なァ!!」

 一瞬、如意棒の先がきらめいた瞬間。礼安の顔面をロックオンした如意棒が、圧倒的速度で伸長し迫りくる。

 ある意味、不意打ちに近い一撃。しかし、それを礼安は首をほんの少し傾けるだけで避ける。

 その瞬間に、只者では無いことを理解した透は、中国映画でよくみられるような棒術の要領で礼安に突貫していく。

 しかし、礼安は神聖剣エクスカリバ―を顕現させることなく、無手の状態で透の棒術を捌き倒していく。

「――んだよ、余裕の表れかよクソお人よし!!」

 苛立つ透は、礼安の眼前に拳を繰り出す――のを寸前でやめ、手のひらを見せ視界を遮る。

「こうすりゃあ、少しくらいは肉薄できんだろうがよォ!!」

 ほんの一瞬しか視認できない状況であれば、ダメージは避けられないはず。そう考えた透は、超高速で胴体を狙い伸長。風穴を開けるほどの覚悟で打ち放った。

 しかし。

 礼安は、透が瞬きをした瞬間に背後に回っていた。

 そしてその瞬間に、首元に手刀を当て実に冷たい声色で呟く。

「これで、一回目」

 だが礼安はそれ以上のことはせずに、飛び退いて再び透と距離を取る。

 透は、礼安に背を向けながら冷や汗を流していた。

(今、何が起こった――雷??)

 礼安の、迅雷の如き速度。目で追うことなど不可能であった。

 高速と光速。どちらが素早いかは、火を見るよりも明らかであった。

 しかしそれでも、透の心は折れなかった。己が信じる『最強』を体現するために、ここで負けるわけにはいかなかったのだ。

「――本当に、癪に障る!!」

 振り向きざま、突くと同時に伸長。標的は礼安の胴体部、その鳩尾。

 しかし、今度は一切動くことなくその攻撃を受けた。だが、一切ダメージを受けている様子はなかった。透自身も、実感として手ごたえの欠片も感じられなかったのだ。

 ほんの少し、後ずさるのみ。殺す、とまではいかなくとも、苦悶の表情を浮かべさせるくらいの意識で攻撃したのにも拘らず。

 その如意棒による攻撃をものともしなかった礼安は、如意棒を片腕で掴むと、ほんの一息でそれを引っ張る。

 圧倒的な膂力を発揮する代償として、踏ん張る足の影響でトラックがひび割れる。

 そこで透が如意棒から手を離せばいいのだが、それもできない。礼安が如意棒越しに放った微弱な電気によって、偽の電気信号を腕に送られているためであった。

 それにより引き起こされるのは、自らの意思にない行動を強制されてしまうこと。あの事件以降、礼安も自分に与えられた力の使い方を熟知していたのだ。

 圧倒的な力で引かれ、礼安の左ストレートを叩き込まれる、その寸前。如意棒と透の体にかかる慣性を右腕の力の身で完全に止め、それと同時に拳も掌底の形に。透の眼前で、礼安の左拳が完全に静止したのだ。

「これで、二回目」

 先ほどと同じ、底冷えするほどの声。普段の明るい天真爛漫な声を知っているからこそ、そのギャップが恐ろしかったのだ。

 正直、二回分殺された判定を下された、あの攻撃を避けられた時点で、格の違いを理解していた。埋められそうもないほどに、まるでマリアナ海溝かの如く深い溝。

 分かりたくない、しかしどう足掻いても差が分かってしまう。それが礼安と透であった。

「……これが、俺とお前の差かよ。――信じらんねえ」

「――もうやめよう、天音ちゃん。これ以上やっても、何も生まれないよ」

 勝負の行方を見守っていたクラスメイトが皆、どちらが実力で上か、理解してしまった。あの事件解決の功労者は、スタートラインに先ほど立った自分たちと比べ、圧倒的なものであった。同じ学年であることを恥じ、疑うほど。

 透は、如意棒を手から落とし、膝から崩れ落ちた。力の差から絶望に心を蝕まれ、対抗する心を失ってしまった。透にとっての敗北こそ、『心が折れた瞬間』。それこそが今であった。

「――――俺の、負けだ。現時点で、俺はお前に絶対に敵わねえさ」

 諸手を弱弱しく掲げた透による敗北宣言。それにより、対決の時間は終わりを告げたのだった。


 お互いドライバーを取り外して変身を解除し、勝負を終えた二人に対して、賞賛の拍手が送られる。しかし、周りが礼安と院を見る目は、いち友人という訳ではない、尊敬を超えた畏怖の対象そのものであった。

「――これで、とりあえず一組の意識改革は大丈夫かな。彼女の望みも達せられた、そして自分たちの近くにいる存在の異常性を理解できた。これで、よりこの子たちも英雄として勉強に励んでくれるだろう。礼安と院の二人も、自分が現在時点の頂点だからと言って、これに慢心せずに修練に励んでね!」

 そう言うと、実に楽しそうに手をひらひらと振り、スキップをしながら学園校舎に戻っていく信一郎。彼の思惑は合理的であったが、想像以上にえげつないものであった。

 なあなあで英雄間の競争社会を生き残ることはできない。万人の先駆者である信一郎が、誰よりもそれを理解していた信一郎が、この実の娘二人を交えたデモンストレーションを以って示したのだ。

 クラスメイト達は、礼安たちを羨望の目で見やる。それをどこか、礼安と院は居心地が悪いように感じていた。

「お父様、電話口では何か考えがある様子でしたが……こうだとは。見事にダシにされましたわ」

「皆……」

 授業前、授業中はどこか和気藹々としていた雰囲気も、こうまで重苦しくなるとは。礼安も院も、そうなることとは考えていなかった。想像力が足りない、と言われたらそれまでだが、こうなることまで見越していた信一郎が一枚上手であったのだ。

「強くならなきゃ……」「二人を見習わなきゃ……」「ライセンスを顕現させたくらいで満足してちゃあだめなんだ……」「一組の名に恥じない英雄にならなきゃ……」

 それぞれが、内に秘めた闘争心を湧き立たせ、暗い表情で教室に戻っていく。

 その時であった。

 突如として、生徒や教師陣の魔力とも異なる、歪な魔力を感知した礼安と院は、その対象に背を向けた状態で、敵意をむき出しにする。

「貴方、いったい何者なの」

 すると、その存在はけらけらと笑い、高価そうなシルクハットをひらひらと振る。

「やあやあ、英雄の卵諸君。唐突で悪いが、大人の世界は金がどうあってもいるだろう、高額融資の相談は如何かな?」

 礼安たちが振り返ると、そこにいたのは全体的に肥満然とした体格の男一人。心の底が知れない、薄気味悪い笑みを見せる。それによって露わになる総金歯となった歯。しかしフォルニカとは異なり、見た目はそう若くない、実に五十代ほどと見える。その成金じみたその見た目は、見る者によっては不快感しか呼び起こさないであろう。

 そして、何より不快感を面に出していたのは、

「お前は……グラトニー!!」

 他でもない、透自身であった。

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