第二章 「既に強い先輩とまだ弱い私とカリキュラム」

第四話

「……丙良先輩、やっぱりこんなの無茶ですわ。礼安はまだ可能性があるかもしれませんが……最悪死んでしまうかもしれません」

 院は丙良に対し訴えかける。これがどんなに過酷なものか、本能で理解していたためであった。

 しかし、丙良は首を横に振る。

「だとしても、やるんだ。じゃないと、君たちは明確な『強さ』を得ることは無いさ」

「院ちゃん……行くしかないんだよ、私たちにはその道しかないんだ」

 礼安は今までにないほど、覚悟を決めた表情をしていた。院もそれを見て、否が応でも覚悟を決めざるを得なかった。

 そして、修行の舞台に足を踏み入れる二人。

「無事を、祈っているよ」

 丙良は二人の背中を見送りながら、心を鬼にして『出口』を完全に施錠する。誰も開けることが適わないよう、厳重に。

 二人の地獄の生存修業が、遂に始まったのだ。


 遡ること、およそ一時間前。

 礼安ら二人は、丙良の寮に呼ばれていた。

 チャイムを押すと、まだ多少げっそりしてはいたものの、割と元気な丙良の姿があった。

「やあ、準備はしてきたようだね」

 二人はジャージに着替え、ある程度の食料、趣味道具、デバイスドライバーにヒーローライセンスなど、ありとあらゆるものを修行に備え、ナップサックに詰めてきたのだ。

「……じゃあ、中にいらっしゃい。もう僕の方でも、修行の準備はできているさ」

 二人は靴を脱いで、寮内に入る。電気はついているものの、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。人気は一切なく、自分たち以外の気配はない。どこかでテレビがついている音だけが、静かな空気の中響いていたのだ。

 ある一室の前に辿り着くと、丙良は扉を開け放つ。

「後輩ちゃん二人が行う修業は、これさ」

 そこにあったのは、まさに二人の予想外のものであった。何なら、一番可能性の範疇から飛びぬけていた、という方が正しいかもしれない。

 院は驚愕し、言葉を失う。一方礼安は、なぜか目を輝かせていた。

 そう、そこにあったのは、まさしく。


 ゲーム機であった。


「何でですの!?」

 開口一番、院の口から飛び出した言葉がまさにそれであった。

 修行とゲーム。何一つ結びつくことは無い中で、理解しがたかった。

「ゲームだ! しかも最近の死にゲー! アーサー王が主人公のやつと、ギルガメッシュ王が主人公のやつで、二パターンのゲーム展開がされてる話題のやつ!!」

 実は礼安は大のゲーム好き。十五年の生活の中で完全攻略したゲームの数はざっと千を優に超える。あまりにものゲーマー力に、英雄の因子が自分の中になかったら、おそらく世界を相手取るプロゲーマーを育成する専門学校に、飛び級で入っていても遜色ないレベルである。

 ちなみに、礼安の一番大好きなゲームは龍が如く。渋い。

 丙良は、どこかばつが悪そうにしながら咳払いをする。

「……まあ、後輩ちゃんの言うとおり、これはそれぞれアーサー王、ギルガメッシュ王をモチーフにした死にゲーってやつ。ゲーム業界にちょっとコネがあって、今後出す予定のバージョンの物を貸してもらったんだ。二人はそのゲーム世界の中に入って、ゲーム内時間で『一か月』過ごしてもらう」

 それを聞いた瞬間、礼安は呆けていた。あれだけ嬉々としていた礼安が、である。

 どこか君の悪さを感じてはいたものの、ゲームに関しての知識ゼロの院が質問する。

「ゲーム世界に入る、って何かの冗談ですわよね? 現実と非現実は異なるものですわよ、丙良先輩」

「ま、普通ならそうなるよね。でも大丈夫、君たちのヒーローライセンスは、そのゲームに『応えてくれる』さ」

 何を言っているか、理解しきれない院ではあったが、仕方なしに質問対象を礼安に移す。

「……ところで貴女、一か月過ごすということに対してたいそう驚いていたけれど……確かに一か月は多少長いけれど、そんなに辛いものなの?」

「辛いどころの話じゃあないよ、院ちゃん」

 礼安は、今までにないほど神妙な表情をして院に語りだす。

「このゲーム、さっき死にゲーって言ったじゃん? それはほかのゲームより圧倒的にプレイヤーに対しての殺意が高いことなんだ。何より、このゲームはほかの死にゲーよりも、何日生き残るなんて、そんなの考えられない系の奴でね。割と練度の高いゲーマーでも、ゲーム内時間およそ三日ぶっ続けで生きるのが関の山、ってところだよ」

「……貴女、急に賢くなったわね」

 そう院が言うと、礼安はよくわからないといったように、小動物のように首を傾げる。

「……とにかく、後輩ちゃんの言ってることは十割正しい。そんな環境下で生き残ることができれば、自ずと力との向き合い方もわかるってことさ」

 丙良は二人に対して、礼安を復調させた「黄金の林檎争奪戦!」を一枚ずつ手渡す。

「それは本当に死にかけた時一回だけ、発動を許可するものさ。そうじゃあないと、逆に僕が死んじゃうから……いろいろとね」

 丙良のトレーニングは一見滑稽に見えて、生きるか死ぬかのデスゲーム。「厳しい」と自分で語りつつも、二人がもし死んでしまった時のことを、ある程度考えてはいたのだ。

「……丙良先輩、やっぱりこんなの無茶ですわ。礼安はまだ可能性があるかもしれませんが……最悪死んでしまうかもしれません」

 院は丙良に対し訴えかける。これがどんなに過酷なものか、本能で理解していたためであった。

 しかし、丙良は首を横に振る。

「だとしても、やるんだ。じゃないと、君たちは明確な『強さ』を得ることは無いさ」

「院ちゃん……行くしかないんだよ、私たちにはその道しかないんだ」

 礼安は今までにないほど、覚悟を決めた表情をしていた。院もそれを見て、否が応でも覚悟を決めざるを得なかった。

 そして、修行の舞台となる、ゲーム世界があるテレビ内に足を踏み入れる二人。

「無事を、祈っているよ」

 丙良は二人の背中を見送りながら、心を鬼にして『出口』を完全に施錠する。誰も開けることが適わないよう、厳重に。

 二人の地獄の生存修業が、遂に始まったのだ。


 目を開けると、そこは曇天。礼安は、辺り一面の草原に倒れていた。

 あたりを見渡しても、人ひとりいない。

「私、ゲームの中に入ったんだ……凄い」

 手のひらを、握ったり開いたり。

 自身を実感していた礼安だったが、突如自身の中に眠る、生物の第六感のようなものが働く。

 ネックスプリングでその場から飛び退く礼安。

 すると、今まで自身が倒れていた場所から、二、三体の怪物が現れる。 

 それぞれ、腕や顔が獣や昆虫のような見た目をしており、それぞれ狼、豚、蟷螂をより禍々しくした、歪な見た目だった。

 言葉を発することは無く、それぞれが礼安に向かっていく。

「やるしかない、よね!」

 デバイスを高速起動させ、ヒーローライセンスを挿入、下腹部にベルトとして展開させる。

「変身!!」

 礼安を纏う装甲が、高速展開されていき怪物の攻撃を瞬時に防ぐ。

 怪物を力任せに引きはがして、唯一の武器であるカリバーンを顕現させ、乱雑な攻撃に合わせる。

 しかし、怪物らは人間を超越した力を振るう。

剣での防御を易々と弾く力の勢いで、礼安を吹き飛ばす。

「流石、やっぱり相手の軸を崩さないことにはッ、話が始まらない訳だ――――本当、死にゲーあるある過ぎて困るね!」

 礼安はカリバーンを手に再び怪物に向かおうとするも、その瞬間に何者かの声が脳内に声がこだまする。

『――私を頼れ――――』

 その言葉でほんの刹那、礼安は踏み止まり、後退する。

「……誰かに頼るなんて、今まであんまりしてこなかったなあ」

 ニッと笑って見せると、礼安は剣を中段に構える。

 すると、背後から何者かの腕が剣を共に握った。常人には見えないオーラで実体化した、アーサー王本人であったのだ。

『今から継承者である貴様の脳内に、手解きをする。貴様が並外れた剣士となるように、己の技術を全て叩き込む』


 瞬間、礼安の脳内に、常人ならその一瞬でオーバーヒートしてしまいそうなほどの戦闘の情報や知識、技術がなだれ込む。しかし、礼安はその一つ一つの情報に物怖じすることなく、触れて吸収する。

 時には、彼の悲しい記憶が過ぎ去っていく。

 時には、彼の華々しい記憶が過ぎ去っていく。

 全て、彼にとっての経験であり、大切な思い出。それを託す行為に、礼安は動かされていた。

 今まで、接点のかけらもないはずの英雄。その英雄が、自身のために、世の平和のために共に力を振るうことを決めてくれたのだ。

「王様――」

 濁流のように流れる情報を全て吸収しきった時、礼安の瞳は爛々と輝いていた。


 閉じた瞼を、ゆっくりと開く。今まで見えていた世界に、一切の変わりはない。しかし、礼安自身の心境は、とても晴れやかであった。

「準備オッケー、王様!」

 礼安は一気に前に踏み込む。三体の怪物を前に、物怖じは一切していなかった。

 命を懸けた一戦であっても、普段の楽天的な彼女の顔を、一切崩すことは無い。なぜなら、礼安の背後には最強の騎士王が構えていたのだから。

 乱雑な攻撃を剣の背やポンメルで弾く。

 胴体部に隙が生じるその一瞬を見逃すことなく、狼怪物の胴体部を逆袈裟に斬り上げる。

 狼はその一撃で死滅するが、残り二体の怪物が怯むことなく襲い掛かる。

『貴様のその力、有効活用して見せよ』

「了解、王様!」

 攻撃を避けるために遥か空中へ飛び上がる礼安。

 その跳躍によって生まれた衝撃は、小隕石が堕ちたかのように地面を抉る。

 デバイスドライバーの両サイドを軽く押し込むと、全身から力が湧き出るような感覚で満ちる。

『必殺承認、天翔る流星の煌き≪スターライト・カリバーン≫!!』

 剣を腰元に据え、空中を蹴り飛ばし一気に加速する。

 そこから一気に王の幻影と型を同じくし、流星の如く落下。怪物の一体を切り伏せ、余波にて残りの怪物も消滅させる。

 今まで、こういった技を使ったことのなかった礼安は、どこか呆けていた。

『――どうかな、私の力を得て、かつ己の剣で不浄の者を切り伏せた感想は』

「いや、今までこんなことなんてしたことなかったから、ちょっとびっくりしちゃったよ、王様……」

 しかし礼安はそう言いながら、次第に自身の力にアーサー王の力を合わせた一連の動きが、こうまで人間をやめていることに、多少ばかりの興奮を抑えきれずにいた。

「これを極めれば、皆を守ることができるかな、王様」

『あまり他人に尽くしすぎると、自身が死ぬかもしれない……そうあっても、貴様ほどの狂気と侠気があれば問題は無い、か』

 礼安自身に対しての、多少ばかりの苦言を言いはしたものの、アーサー王は力を預けた彼女自身を、信頼し始めた瞬間だった。


 礼安は都度現れる怪物を倒しつつ、草原をしばらく歩んでいくと、巨大な要塞都市が見えた。

 名を、キャメロット。

 アーサー王をはじめとして、円卓の騎士たちが集う場所。あまり文化の発展していない、周辺の小さな町とは比べ物にならないほど、文明が高度に発達しており、周辺の町の人間はこのキャメロットに出稼ぎに向かう。

 しかし、原典のアーサー王伝説とは大きく異なる点がある。それは、あまりにも発達「しすぎている」点に他ならない。

 原典が中世ヨーロッパであるのに対し、そのキャメロットは宙に浮かぶ空中要塞であったからだ。さらに、その空中要塞を守護する役割を持った騎士たちは、一見普通の人間と見紛うサイボーグ騎士軍団。馬による移動……ではなく、馬を模したロボットによって巡回しており、中世×遠未来の奇跡の競演を果たしている。

 これには、原典から生まれた存在であるアーサー王も頭を抱えた。

『こうまで現代技術によって復元されたキャメロットは栄えているのか……』

「……栄えているっていうより、ぶっ飛んでるって感じじゃあない?? いくら修業とは言え……このゲームねじが数本飛んでるというか……現実世界に帰ってからこのゲーム買おうと思ったけど……やめとこうかな」

 二人して表情は死んでいたが、礼安は己が目的のためにも、この悪趣味なキャメロットに入城せざるを得なかった。

 礼安の目的は「力を得ること」。その目的を容易に満たすことのできる、「円卓の騎士選抜大会」があと少しで行われることが、大々的に告知されていたからだった。


 礼安は入城した後、そのキャメロット内の散策へと繰り出す。

 どこを見ても、超高層ビルと特殊な乗り物で移動する半機械の人間ばかり。そのため、デバイスドライバーを起動させていない今、特段に周りから浮いている。

「まだ体を機械化してない人がいるわ……田舎の人かしら」

「何か変なベルトを着けているぞ……新手のコスプレか?」

「服もみすぼらしい……今はマシンスーツが当たり前の中で……苦労しているのかしらねえ」

 このように、口々に礼安を案じる周りの声があるものの、礼安は気に留めることなくある目的地へと足早に向かう。

 ある程度治安が安定しているキャメロットでも、そうでない区画は確かに存在する。日の当たる場所があれば、日陰になる場所も当然生まれる。

 礼安は、自ら進んで裏路地へと向かったのだ。

 今までの目線は、礼安を憐れむものがほとんどであったが、今向けられるものは明確な殺意や品定めの意が強い。

 選抜大会に出場するためには、各地で行われる選抜予選大会に出場する必要がある。現在開催されている唯一の大会かつ、力を高めるうえで有用な大会こそ、裏路地の地下に存在するスタジアムにて開催される、ルール無用の殺し合いを行う「ドブネズミたちの楽園≪アンダーグラウンド≫」である。

 「ドブネズミたちの楽園」の特徴は、何といっても他とは違うバトルロイヤル方式であるということ。健全かつ一般的な選抜大会のほとんどはトーナメント方式が採用されている中、この大会を見る質の悪い富豪向けに、手っ取り早く実力者たちの戦いを見せるためにバトルロイヤル方式を採用している、らしい。

 礼安は早々に、かなりの大きさである裏闘技場にて受付を済ませる。周りを見渡せば、裏の世界で鍛え上げられた筋骨隆々の男たちばかり。今まで拳ですべての物事を解決してきたような、よく言えば力自慢、極端に悪く言うなら筋肉馬鹿ばかりがそろい踏みである。

 そんな中、一人の男が受付を終えたばかりの礼安の前に立ちはだかる。

 他の男たちに見劣りしないほどの、さながらボディビルダーのような体形に、背には二メートルほどの片刃の大剣を背負う。だが鎧は割と軽装備であり、体に傷跡は無い。軽装備でいられるほど剣の腕が立った男、ということが理解できる。

 しかし、ほかの男たちとは大きく異なる点があった。それは、敵意の類を一切感じない部分にあった。常人であれば押しつぶされるような重圧、気圧されるほどの殺気、辺りに誰も寄らせないための特有のオーラ……そういったマイナスの圧を一切感じないのである。

 そんな男は重苦しい空気の中、その空気感を打ち破るほど、とても気さくに礼安に話しかける。

「やあお嬢ちゃん、一体全体どうして、こんなむさ苦しいところを選んだんだい? 他の大会のほうが、幾分健全な気はするけど……」

「いやまあ、ここしか大会が無かったというか……」

 多少戸惑う礼安の耳元で、男は耳打ちをする。

「近くに僕の待機個室がある。付いてきてもらえるかな」

 礼安は不審がるも、男は「この通り」と言ってウインクし手を合わせる。

 悪い予感は感じ取りこそしなかったため、礼安は男についていくことにした。


 必要最低限のものしかない、さっぱりとした男の待機個室。男の個室とは思えないほど不快なにおいもせず理路整然としており、とても感心する礼安。なお、仙台の部屋の惨状は一切考えないあたり、何とも言えない。

「ふう、とりあえずはこれで大丈夫……かな」

 男は個室に鍵をかけ、礼安に大きめのソファに座るよう促す。

 訳もよく分からないまま礼安は座り、男に対して質問する。

「あの……貴方は一体……?」

「ああ、この見た目じゃあよく分からないよね。ちょちょい、と」

 男は、どこかから取り出したのか分からないデバイスを取り出し、軽くいじる。すると、筋骨隆々の男はみるみる変貌していき、見知った男の姿に変わる。この修行場を提供した、丙良であった。

「やあ、あまりにも後輩ちゃんが心配になって、このゲームのアバター引っ提げてやってきたよ」

「そんな、心配しなくても大丈夫だったのに丙良ししょー……」

「敬語は使わなくても……ってまあいいか、些細なことだし……言う以前にもう敬語じゃあないし……」

 丙良は後輩のそんな態度に軽く落ち込みつつ、少し小さめのテーブルに温かいココア入りのマグを置く。

 どかり、と座り込む丙良。その表情はあまり良いものではなかった。

 心配になった礼安は、ひとつの不安がよぎる。それは大切な親友の身に何かあったか、ということ。

 しかし、丙良はエスパーかの如く、「ああ、あの娘のことじゃあないよ」と文頭に置く。

「まず、二つの報告がある。一つは嬉しいもの、一つは重大かつ深刻なものだ。どっちから聞きたいかい?」

 礼安は首を傾げつつ、「深刻な方で」と答える。

「――――端的に言おう。この間襲ってきた奴等の仲間……教会って言うんだけど、このゲームの根幹をバグ塗れにして、馬鹿みたいに強力な助っ人を用意して後輩ちゃんを殺しにかかってる」

 一気に礼安の表情が険しくなる。

「死にゲーなんて目じゃない、デスゲームそのものみたいな状況になった。直そうにも、外からも中からもアクセスすらできない最悪の状況だ。今なら僕の特別なアカウントの権限で、このゲームから強制ログアウトできる。どうする?」

 丙良の深刻な表情に、礼安は一瞬考えるも、すぐにニッと笑って答える。

「なおさら、そいつ倒さなきゃいけないよ。だって、このバージョンの物は将来一般に流通するし、何より間接的に直せないバグなら、私が倒して根絶するしかないよ! しかも、それが私を狙ってるならなおさら、やらなきゃあいけないよ!」

 丙良はそんな礼安を見て、安心していた。いつになっても爛々と輝き続ける目は、見るものに希望を与える。少しばかりの狂気に身を浸らせた、万人を守ろうとする意志のこもったヒーロー。それは紛れもなく、彼女にふさわしい。

 目の前の後輩に対して、自身の命を軽視しているあまり、自ら決死隊のような行動をとるのではないかと、うっすら心配していた。

 しかし、今彼が目にしている将来の後輩の姿は、彼自身が幼いころから憧れていた伝説の英雄の姿に、不思議と重なっていた。

「――――このゲーム内で過ごした一週間の間に、後輩ちゃんはずいぶんと逞しくなったようだね。悪い、愚問だったよ」

 そういう丙良の表情は、靄が晴れたように微笑んでいた。

 そんな丙良を見て、はっと気づいた様子の礼安が、「そういえば」と区切る。

「もう一つのいい報告って……いったい?」

「ああ、それね」

 丙良はそう言うと、デバイスを操作してひとつのアイテムを顕現させる。

 礼安は、そのアイテムを手に取る。

 ぱっと見は、オリンピックの表彰台でよく見るような大きさの、メダルであった。デザインとしては真ん中に弓のデザイン、二人の女性がその弓を挟む形で施されている。

「これ、エヴァちゃんからの差し入れ。詳しいことは分からないけど……エヴァちゃんの勘づいている様子だと聖遺物っぽいけど……」

 礼安はよくわからないといった様子で、そのメダルを受け取る。

 以降、にこやかな笑顔を向けるばかりで何も語らない丙良に対し、礼安はぽつりと呟く。

「――いい報告、悪い報告に比べてしょぼい……」

 無自覚かつ強烈、そして無慈悲なストレートが、丙良の心に突き刺さった。


 「ドブネズミたちの楽園」の準備のため、二人は会場入りする。多くの荒くれ者でごった返す一階観客席に、誰の邪魔も入らないであろう高い位置に設計された、VIP専用の十階観客席。

 ふとリングに視点を移せば、側にいるのはぶりんぶりんの装飾品をつけたラッパーのような実況者がいた。周りの男たちに比べると、だいぶ見劣りする貧相さではあったが、装飾品でマイナスをプラスまでもっていくほど派手であった。

 その男は、参加者が全員会場入りしたのを確認した瞬間、今まで静かだったその男は、観客や参加者たちを火に油を注ぐよう煽り立てる。

「やあやあお待たせしちゃったね!! いよいよ始まるよ、どん底から円卓の騎士の座を分捕るために命を散らしあう、究極のサバイバル!! 己の名誉を賭けた、『ドブネズミたちの楽園』の開幕だァッ!!!!」

 非常にこなれていたためか、会場の熱が零下から灼熱、一気に上昇した。

「それじゃあ今回の舞台を発表しちゃおう!! 今回の舞台は……この『パッチワーク・シティ』だ!!」

 近世のロンドンと言わんばかりのレンガ造りかつ二階建ての物件が多く立ち並ぶ「霧満ちる≪ミスト≫ロンドン」。

 現代の超高層ビルが乱立し、エリア中央にはエンパイアステートビルが聳え立つ「現代≪いま≫を生きるアメリカ」。

 見渡す限りの更地に巨大な岩、活発な活火山すら存在する「万物が生まれし古代」。

 三つの世界が歪に組み合わさった、「パッチワーク・シティ」。

 しかし、燃え上がる会場の雰囲気とは真逆に、礼安には懸念点があった。それは、パッチワーク・シティが人ひとり入ることができないほど、『小さい』点にあった。軽く見積もって、長さ一メートルに幅一メートル、高さ五十センチの立方体。

 屈強な騎士志望の男たちは、どう足掻こうともバトルフィールドが大きな臀部の下敷きになる。

 表情からダイレクトに伝わるほど、心配そうであった礼安の肩をぽん、と優しく叩く丙良。

「大丈夫、このゲーム世界は『何でもあり』だ。神に等しい力が欲しい、なんてことは無理だけど、体を縮めることくらいなら余裕さ」

 そう丙良が諭すと、周りの屈強な男たちは皆、デバイスを操作して次々にパッチワーク・シティの中へ入っていく。体躯が少し小さめのプラモデルほどの大きさになり、環境へ適応していく。

 礼安たちもデバイスを操作して、パッチワーク・シティの中へ進入する。二人にとって最悪の、バトルロイヤルの開幕であった。

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