真贋判定機

そうざ

A Machine that Determines Authenticity

 飛び込み営業を仕掛けて来た男が提示したのは〔真贋判定器〕なる代物だった。昔懐かしい掃除機の如き形状で、先端のスキャナーを判定したい物品に翳すと、本体のモニターに真贋が表示される単純な機構である。

 うちの門構えや広大な敷地から脈ありと考えたのであろう。男は如何にも胡散臭い風体だったが、私は物は試しの暇潰しとばかりに客間へ通した。

 男は試供操作を提案した。一回だけではたまさか正しく判定したように思われるので、二回試して構わぬと言う。

「じゃあ、先ずはこいつだ」

 私は、つい最近購入したばかりの古伊万里の大皿を取り出した。男がスキャナーを翳すと、たちまち警告音と共に『贋』の文字が赤く表示された。

 男は狼狽うろたえたように私から視線を逸した。商品を売り込みたいのは山々でも、客の眼前で思い切りバッタもんの烙印を押してしまう瞬間は気まずくもなろう。

「お次はこれだ」

 私は円山応挙の作とされる山水画を取り出し、自らスキャナーを手にした。またしても『贋』がけたたましく浮かび上がった。

 私は、必死に額の汗を拭っている男に問うた。

「で、この機械は幾らなんだね?」


 男の説明を鵜呑みにした訳ではない。偶々たまたま二回続けて真贋を言い当てただけかも知れぬ。

 私は、はなから模造品と承知している二品を敢えて判定させた。この手の道楽に勤しむ人間にとって、贋作は腐れ縁のような存在だ。掴まされる度に悄気しょげていては身が持たない。自らが気に入ったのであれば、それで良いのだ。

「また下らない物を買って」

 帰宅した妻が開口一番、毎度お馴染みの小言めいた嫌味を口にしたので、スキャナーをその不自然に張り出した胸に宛てがってやった。予想通り『贋』だった。

「何よ、このやかましい機械は!」

 ついでにご尊顔も調べてみた。入籍前から、年齢にそぐわぬ若々しさと感じていたが、矢張りそうであったか。何れにしろ、自らが気に入ったのだから、それで良しとしよう。

 束の間の座興にいた私は、早々に機械を納戸に放った。スキャナーが本体に当たった瞬間、これ見よがしに『贋』の文字が浮き上がった。込み上げるわらいを押し留める手立てが浮かばぬ私だった。

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真贋判定機 そうざ @so-za

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