18話『銀と金』後編




 「――……貴族?」


 自身の答えに、補足された言葉を零す。

 理解できない……と言うように首を傾げるアドニスを前に銀髪は頷く。


 「貴方は、この『世界』の貴族は何処までご存じで?」

 「――……『世界』の彼方此方に領地をもち、民衆から金を集め、『世界』に大金を払う連中です」


 問われたので、幼いころに教わったままの言葉を零す。

 アドニスの言葉に、2人は微かに笑った。

 小馬鹿にするように、綺麗な顔を醜い表情へと変える。


 「違います」

 「それは古い」

 「『組織』は子供に、そんな古い教えを与えているのですね」

 「殺しだけしか真面に教えられないのですか?」


 見下したように、2人は笑い続けた。

 アドニスは何も言わない。

 別に『組織』が悪く言われようが、自分が馬鹿にされようが、興味が無い。

 自分の持つ知識が古い物だとして、残念なことにアドニスには関係も無い事だからだ。


 なにせ彼らは『組織』に飼われる『世界』の犬だ。猟犬に税を払う必要もなければ、戸籍も無いし、存在もしない。そんな彼らが貴族の仕組みなど、興味が有る筈がない。


 頭でっかちなカエルあたりは知っていそうで。『標的』になれば、興味は出てくるが話は別だが


 なんにせよ、笑う二人を前にアドニスは無言で嘲り笑いが止むのを待つ。

 何も反応しないアドニスに苛立ちを覚えたのか、2人は笑みを無くした。


 そして、心底腹立たしいと言わんばかりに金髪が口を開く。


 「――『貴族』とは皇帝の真似事をする不届きものです」


 まさにゴミを思い浮かべるような表情と声色。

 隣の銀髪もおなじだ。綺麗な顔をゆがめ切って、口を開く。


 「あれらは税を集め皇帝に収めると名目で国民から税を取っています。確かに貴方の言った貴族ソレは正しい。」


 ――でも、と。金髪が続ける。


 「あれらは、それを自らの懐に入れている。此方が要求するよりも、倍額を自分の物としている」


 銀髪が口を開く。また次に金髪。


 「かの領地の民は、皆飢えに苦しみ死んでゆきます」

 「それら全てを我らが、皇帝陛下のせいとする」

 「陛下は愚かではない。民草を飢えはさせても、無駄に殺しはしない」

 「そんなのは愚行モノがする事だ。牝牛を殺してどうする」

 「それを理解できない『貴族』と名乗る馬鹿が、無駄に税をむしり取るのです」

 「こちらが貴族どもに、倍額を要求すれば、馬鹿の一つ覚えのようにをする――」


 金と銀が交互に、交互に。つらつらと、つらつらと、言葉を零していく。


 止めはしない。此処で口を挟むことはしない。聞き流すだけだ。

 この男たちは、心から皇帝を愛している男妾たち。口でもはさんで、「お前に皇帝陛下を思う気持ちは無いのか」なんて八つ当たりはご免だ。


 「そもそも」


 三分ほど経ったか。そう、まるで一呼吸置いたのは、何方だったか分からない。

 分かったのは、まるで合わせたようにその後に二人が。


 「「そもそも、その制度はすでに皇帝によって廃止されている。した反逆者なんて必要ない」」


 そう見事に思うまでに、同時に言葉を言い放ったと言うぐらいだ。

 そこで、漸く二人は口を噤んだ。


 また少しして、金髪が口を開く。

 「分かりましたか」


 ――と、首を傾げる。首を傾げたいのは此方の方なのだが。

 ただ一つだけ気になる事はある。


 「――……なぜ国民から、直に税を取らなかったので?」


 この問いに、銀髪が口を開く。


 「そうですね。あなた達は税を免除されていますから知らないでしょうが。今の税の取り方は、普通であれば。銀行を通して、一ヶ月分の税金を支払う事になっています」

 「引き落としされると言えばわかりますか?」

 

 まあ、分かりはするが……。

 だが質問の余地は2人は与えてくれない。

 金髪が終わったのだ、銀髪が口を開く。

 また、交互に交互に。


 「ですが、城下から離れた領地では、ソレが何故か浸透していない」

 「世界は広く。小さな領土など、我々も其処までは完治できていない。も出来ない。その隙を貴族どもは付いたのです。」

 「いえ、発展させない………の方が正しいですね」

 「一応。は、渡した筈なのですが………。街の復興の為に、別の事に使ったなど宣わっている」

 「しかも、一応、初代皇帝から。その領地を任された貴族どもですから。その領地に住む者達は、彼らの言葉を疑わないのです」


 ――……分かりましたか?と、銀髪。


 つまり、その領地の国民たちは。貴族の言いなりになって、皇帝の話を聞かないと。簡単に言えば、こうか。

 それは、王が一人しかない『世界』の問題だ。

 隅々まで統治出来ないのは、仕方が無い事だろう。

 その為の貴族制度の様だが。それでも見渡せない。いや、裏目に出たか。


 ただどうせ、そんな街や村は貧しい。

 一つや、二つ見捨てても構わないと判断され。

 皇帝も今までは、目を瞑っていたのだろうが。


 ついに、貴族はやり過ぎてしまったと――……。


 『牝牛を殺すより、飼い主を殺した方が効率的』

 良い名目も出来たので、殺しやすい。


 つまり、ソレが「ジョセフ皇子の側近を殺した理由」

 少なくとも、今貴族たちは震えあがっている事だろう。貴族だけとは限らないが。

 アドニスが理解したところで、金髪が口を開く。


 「でも、ご安心を。――……『ゲーム』終了後。『貴族制度』は完全に廃止致しますので」


 それは、とても嬉しそうに言う。

 彼らが言いたいことは既に理解していた。

 だのに、聞いても無いのに2人は機嫌よく答えたのだ。


 その情報。ただの殺し屋に言っても物なのか。疑問に思ったが、胸の内に留めて置くことにする。――この2人、余程貴族が嫌いらしい。

 

 「理解出来ましたか?」

 再び、金髪が問う。


 ――……まあ、彼らが言いたいことは、十二分に理解はした。

 アドニスは口を開く。

 

 「分かりました。つまり、殿下に従った『貴族』は愚か者という訳ですね。だから殺されて当然だと」


 この発言に、金と銀は初めて笑みを浮かべた。

 面倒だったので、簡単にまとめただけだったが、彼らは気に入ったらしい。


 「はい、その通りです。アドニス」

 銀が言う。


 「貴族だけでなく、自称投資家連中もです。投資家と言っても殿下に付いたのは粗末な連中ばかり」

 金が言う。


 「皇帝陛下に痛手はありません」

 銀が言う。


 「「むしろ、これで陛下の暮らしは、より良いものとなる」」

 金と銀が言った。


 アドニスは小さく息を付く。

 もうこれ以上、彼らと話す気はなかった。

 それでも目の前の男妾たちは、一方的に続ける。


 「これで、殿下についていた民草も目が覚める事でしょう」

 「むしろ感謝する事でしょう。憂いが減ったのですから」

 「殿下の名を上げていた国民たちは、所詮『貴族』に騙され貧しい暮らしを強要されていた者達ですから」

 「これで、喜んで皇帝の名を呼び、彼を讃える事違いないでしょう」


 アドニスがうんざりしているとも気が付かず、続ける2人。

 『貴族』が居なくなったところで何か変わるのか?別に、税は無くならないだろう。そう思ったが、口にしない。減税ぐらいはするかも。そう考えておいた。


 しかし、ここまで皇帝酔心しているとは。

 前の二人を見て、アドニスの頭に浮かぶのは同僚のアーサーだ。アイツも同じぐらいの皇帝信者。

 まあ、こんな『組織』に居るのだ。自分含め、皆が少なからず皇帝信者だと自覚はしているが。


 そんな、アドニスの考えも全く気付かず。前の二人は笑う。

 愛する陛下でも思い出したのだろう。うっとりと。


 「――……それで、アドニス。他に質問はありませんか?」


 ふと、突然思い出したように、問いかけてくるのだ。

 アドニスはもう何度目かも分からない溜め息を付く。


 もともと問いかけたかった質問は2つだけ。答えを得た以上、もう質問はないが。

 2人の様子を見ていて、何かを求めているその顔に気が付いてしまい、仕方が無く口を開く。



 「――……ありません。――ああ、皇帝陛下万歳……」

 

 前の二人は、ソレは機嫌よさげに笑みを浮かべ、拍手を送るのであった。

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