13話『何故か彼は敵わない』
「くそ!」
シーアに指摘され、自身の間違いに気が付いたアドニスは頭を抱える。
目の前の女は終始笑っており、彼女の笑い声が狭いアパートに響いていた。
そもそも話がずれていったのは、彼女に誘導されたせいだ。
一度、頭が真っ白になった時、彼女は元の内容に一番近しい話題に変えた。
「どうして、仕事の邪魔をした」から
「なんで怒っているなら昨日怒らなかったの?」コレに。
どうして、こうも、のらりくらり、此方の話を流していくのか。
アドニスからすれば、言い争いをしたいのではない。
言い方は悪いが、昨日の一件について、怒りを一方的に彼女にぶつけたいだけなのだ。
その権利を自分は持っていると、アドニスは確信している。
たが遠回しに言い出せば、シーアはまた話を違う方向へ持って行くことだろう。
こうなれば、一つだ。
アドニスは息を付く。
直球に一番彼女にぶつけたい事を口にするしかあるまい。
「だから――……俺の仕事の邪魔は二度とするなって事だ!!迷惑なんだよ!」
「やだね。私は暇なんだ。コレからも君の仕事に着いて行く」
「――……はぁ!?」
直球に投げた言霊は見事に打ち返された。
秒もなく、悩む様様子もなく、ど真ん中で。
シーアはニタリと笑って。
「だって、やること無いんだもん!飯炊き女にしても、性欲のはけ口になるとしてもさ。君がいないんじゃ、何方も意味無いし!部屋に閉じこもって、あの可愛い仔と遊ぶにしたって、あの子飽き性でパンチしてくるんだ!」
当たり前に、
アドニスはあまりの事に口を閉ざす。
愕然としてしまったが、だが言い返したい事はある。
まず1に、飯炊き女も欲求のはけ口もアドニスは必要としていない。
次に2に、やる事が猫と遊んでパンチを貰う事しかない。
最後に3と4。
別にアドニスに拘らなくても好きに行動しろよと。
結局何をするにしても、アドニスが側にいないとこの女は何も行動する気ないと言うのか。
「――……なんだ、お前!俺のストーカーか?!」
思わずと声を張り上げた。
シーアは一瞬固まって、やっぱりニタリと笑う。
「ああ、そうさ。私は君のストーカー。君と言う存在にしか興味ないんだよ、ご主人!」
「――なあ……!!」
言い終わった瞬間に、アドニスが何かを言葉にする前に、シーアはふわりと宙へ舞う。
クルリと華麗に、回転するようにアドニスの後ろへ回ると再び抱き着く。首元に腕を絡め、ぐいぐいっと胸を押し付け。にた、ニタリ。
興味のない瞳に、徐々に表情を変え行く少年の顔を映しとる。
この様子に、少年は「この女は」と怒りで無言になるしかない。
自分のストーカーだと?ふざけるな。
興味など微塵も無いくせに。嘘を付け。
思い出したように「ご主人」なんて呼ぶんじゃない。
――……それに何より、まただ。わざとなのかこの女は。
「もういい!!もうお前に何を言っても無駄な事は分かった!この話は止める!だから離れろ!!」
アドニスは叫ぶ。
我慢の限界と言わんばかりに。意味も無いと理解しながら、彼女の細腕を引きはがそうと奮闘。勿論シーアは全く動じない。
楽しそうに笑いながら、離れまいとアドニスに密着。
理解した。本当に、理解した。
この女、アドニスを「ご主人」と呼ぶが。
本心は一ミリも此方を『主』だとか、居候先の『宿主』だとか。
――……玩具だ。
この女は自分の事を揶揄って遊べる玩具としか見ていない。
だから玩具の命令なんて聞く筈も無い。
いつから?――最初から。最初、出会った時時から。
「今分かった!お前、昨日俺が居候を許さなかったとしても居ついただろう!」
「え?なんだい藪から棒に?――……その通りだとも!駄目って言われたら、身体でも腕力でも使ってねじ伏せていたさ!」
シーアは笑いながら、ぎゅうぎゅう、アドニスに抱き付く。
にやにや、にやにや、不似合いで、心底揶揄う様な表情を張り付けて。
「だから、何を言ったって無駄さ。コレからも私は君の仕事
今聞き捨てならない言葉が聞こえたが、絶対に聞き間違いじゃない。
ふわり……。シーアは身体を一度離すと、今度はアドニスの正面へ。
長くて細い指を向ける。
「言っておくけど。『ゲーム』も私は参加するからな!」
「……はあ!?」
「だって、私は君が勝つところを見届けなければならん。参加するのは当たり前だ!」
冗談じゃない。
こんなふざけた奴に、『
「馬鹿か!ふざけるな!!何があっても、お前は来るんじゃない!化け物!参加権はない!」
「知らん。私は何処だって行けるからね。それ、君が決める事じゃないもの」
なんて、けらけらり。シーアは胸を張る。
本気で言っている姿が腹立たしい。
こうなればアドニスも意地だ。勢い儘にシーアに詰め寄る。
「お前が勝手に決める事でもないだろう!それは、皇帝陛下が決める事だ!」
「そんなの知った事か」
「――……お前が参加した結果。俺が不正を働いたことになったらどうするんだ!」
「でも、君、隠しキャラだろ?咎めるモノは一人もいない。王冠剥奪なんてモノも無いし、褒美をやるのは私。何の問題があると言うのだ!」
「俺が邪魔なんだよ!お前がいると!」
「ふふん、安心したまえ!私は唯の武器。そう、君が使用するただの武器!邪魔になんてならないし、命令があればなんだってしてやるさ♪」
アドニスは思い切り顔を顰めた。
何を言ってもシーアは言い返してくる。それが正論だとでも思っているのか。
皇帝の言葉を無視し、剰え此方の武器と言い張る。それこそ論外だと言っているのに。
アドニスが
そんなの、せっかくの『ゲーム』がつまらなくなる。却下だ。そんなの。
何故それが理解できないのか。
ああ、もうこうなればヤケしかない。
「ああ!!もう分かった!!じゃあ、皇帝陛下が許すのなら、俺もお前の参加を認めてやるよ!それを受け入れられないと言うのなら、返り討ち覚悟で、ここでお前を殺してやる!殺してでも止める!」
「――……なに?そんなの君が死んで終わりじゃないか。だめだめそんなの!!」
シーアは漸く僅かな危機感を持ったよう。
腹立たしい事に、アドニスが負ける事は前提で。
しかし、物案じは僅か。
彼女は直ぐにケロリと表情を変えるのだ。
「分かった!じゃあ、直談判だな。皇帝とやらに会う手発はお願いね。少年!」
「は……!?なんで――……」
「決定だ!」
俺がやらなければいけない?――という言葉は言いそこなった。
勿論シーアが遮ったのだ。アドニスに思いっきり抱き着いて。
今度は正面から彼女の温もりと、絶妙な柔らかさが身体に伝わる。
「っ!お、お前、だから、身体を、む…ね……き、胸部が――……!!」
耐え切れず、今度は更に本気の力で引きはがそうとするが、彼女の身体はビクともしない。
普通なら、骨なんて粉砕レベルの力だが。この女――……。なんて暇も無かった。
ぎゅうっと、可愛らしく抱き付いて、馬鹿力で恐ろしい筈なのに。しかし何故か苦しさも痛みも無い。ただ柔らかい感触だけが身体に染み渡って。
――もう、我慢の限界である。
「分かった!分かったから!――……お前ちょっと、離れろ!着いて来い!!」
「なんだ、分かってくれたのかい。少年」
先程迄が嘘の様、承諾すれば、すんなり離れたシーアの手をつかみ取る。
そのままの勢いで、アドニスは真っ赤な顔で必死に俯き。
ニタリ顔の彼女を連れて、アパートの出口へ。
いや、ノブに手を掛けたところで、アドニスの動きは止まった。
彼は一度、シーアから手を離すと足早にクローゼットへ。中から、大きめのシャツと、もう着れなくなったデニムパンツを取り出すと、無言でシーアに押し付けるのだ。
「なに?」
「――……街にでかける……着ておけ」
ぽつりと。
彼が今向かおうとしていた先は街であったらしい。シーアを連れて。そうなれば、問題が出てくる。
シーアの服装だ。彼女の服装は、大きく空いた胸元に、背中部分なんてないに等しいワンピース。――……連れて歩くには、刺激が強い。
少しの間。シーアは理解したようだ、素直に受け取った。
ただ、やっぱりニヤリと揶揄い笑って。
「ありがと少年。――……お礼に、着替え、見ていく?」
「――!?ふざけるのも大概にしろ!!外で、待っているから早く出てこい、良いな…!」
アドニスは、最後の最後まで彼女に振り回される形で、1人で部屋を飛び出す。
ばんっ……と扉を力いっぱい叩き閉めて。
残ったのはシーアと猫が一匹。
相変わらず、ニタ、ニタリ笑うシーアと。
最後まで、2人の様子を煩そうに見つめていた猫。
美しい身体を露わにするシーアを見つめながら。
猫は「うにっ」と漸く静かになったと嬉しそう鳴いて、小さく丸まるのであった。
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