一章 ゲーム開始前

1話『アドニス』

 

「アドニス」


 ――名を、呼ばれる。

 少年は入り組んだ白の廊下の端を歩む足をふと止め、振り返った。


 黒いシャツに黒いパンツ、黒いコートを羽織った、頭から爪先まで真っ黒に染め上げ。常闇の様な黒い髪、黒曜の様に吊り上がった黒い瞳。形の良い眉と薄い唇。目鼻立ちが整いはっきりとした、しかし年相応の少年らしい顔立ち。

 その容姿は誰もが美男子と認めよう。


 そんな彼の黒い瞳に映ったのは一人の男。振り向いた先、後ろ5メートルほどか。

 下卑た笑みを湛えながら足早に近づいてきて少年の前で立ち止まった。


 少年に対し、言い表すのなら男は「醜い」の一言だ。

 ぶくぶく太ったでっぷりした身体に贅肉で垂れ下がった頬。白いローブを着た、まるでガマガエル。

 端整な顔立ちを持つ少年の隣に立つと彼の醜さが更に際立つ。


 僅かに走っただけで息切れを起こす男を前に。

 少年――アドニスは深々と頭を下げた。


「何でしょうか、教祖様」


 15歳と言う年の割には妙に落ち着き、変声を迎えたばかりの。だが、まだどこか幼さが残る声。


 大人しく従順に頭を下げ、敬意を露わにするアドニスを前にガマガエルの男は満足げに顎をしゃくると同時に傲慢な声色で言う。


「一時間後にわしの部屋にいつもの果実水を持ってきなさい」

「早く持ってきてよねぇ」


 続けざまにガマガエルの後ろからは妙に甘ったるい声。

 ちらりとアドニスが視線を向ければ男の後ろには、自分と同い年ほどの少女の様の愛らしい顔立ちの少年が笑顔で立っていた。


「――はい」


 その姿を見て理解し興味を失った様で表情を一切変えることなく承諾。


 従順なアドニスの様子にガマガエルは更に下卑た笑みを浮かべる。

 機嫌よく「うむ」と声を漏らし。「では行こうか」なんて気持い表情を、後ろの愛らしい少年に送り向け。その折れてしまいそうな小さい手を取ると、未だにこうべを垂れたままのアドニスを横切り通路の奥。豪華な扉の部屋へ中と消えてゆく。


 2人分の笑い声が消え、扉が閉まる音が響くとアドニスは漸く顔を上げた。

 ちらりと後ろを確認するがガマガエルの姿はもうない。


 アドニスは小さく息を付いた。


 ――先程の男、名はバーバル。此処とある宗教の教祖である。

 悪魔崇拝を掲げている美少年愛好家の変態。そして、此処ここはその宗教の本拠地。


 ほんの一ヶ月前、アドニスはこの団体に入団したのだが。

 あの男は入って来たばかりの少年を舐めまわすように見つめて「もう少し顔立ちが」だとか、「あと数年早ければ」なんて隠すことも無く言い放った、まさしく本物の変人である。


 だが、教祖は教祖。命令は忠実に守らなくてはいけない。

  アドニスは無言のまま踵を返す。

 進んで来た道を戻ると果実水を取りに「食堂」へと向かう。


 ――。


 この宗教団体の屋敷は無駄に広く、人が暮らせる設備が完備されている。

 三万を超える多くの信者たちを囲っているのだから当たり前だが。


 その中でも食堂と呼ばれる場所は広い。


 千人は容易に入れる広い部屋の中に、大きな業務用キッチンが存在する程度の簡素なもので、食事は自分で作るのだが。厳しい修行を日々行う信者たちからすれば、食事が摂れると言うだけで十分憩いの場。なので今日もいつも通り食堂は賑わいを見せる。


 そんな食堂の扉を開き黒い少年が入って来た。

 一ヶ月前に団体に入信して早々教祖の気に入られた「やっかみ者」


 彼の姿が見えた瞬間に和やかであった空気は一変。

 談笑は消え静寂に包まれ、中にいた信者達の冷たい視線が一斉にアドニスへと向けられた。それは嫉妬と嘲笑、軽蔑の視線。


 一気に500は超える視線敵意を向けられた訳だが。

 アドニスは気にする様子も見せない。冷ややかな視線を浴びながらも悠々と、そのまま食堂の端にある大きなキッチンに向かった。


 業務用キッチンには一部、豪奢な戸棚と大きな新型冷蔵庫が陳列する場所がある。普通の信者たちなら手も触れてはいけない、教祖用の品が閉まってある場所だ。


 アドニスはその一部分に手を伸ばす。

 戸棚から取り出すのは純銀のトレイと繊細な模様が刻まれたワイングラス。冷蔵庫からオレンジジュースの瓶を一本。表情一つ変える事なく、命令を熟していく。


「おい、小僧」


 トレイに瓶とグラスを乗せ後は運ぶだけ、と言う時。

 後ろから再度声が一つ浴びせられた。勿論、先ほどの蛙とは別人。


 顔を上げ振り返れば、これまた男が一人。

 男らしい角張った顔立ちに三白眼。筋肉質で浅黒い肌の厳つい大男が立っていた。男の名は名前はビル。


 此処で教祖の護衛をしている。剛腕で短気。怒ると手に付けられず、ちょっとしたことで怒っては信者を容赦なく殴り飛ばし。勢いあまって殺された者も多い。「脱走しようとしていた」……なんて言っているが、どうせ嘘。所謂乱暴者である。


 ビルは何時も懐に隠し持つ割れた熊の頭蓋を見せびらかしながら自慢話をする。「自分は負けなしだ」「ガキの頃に大熊と戦って勝った」「人の頭蓋なんて簡単に潰せる」「人間を殺す事が楽しくて堪らない」だとか永遠に。


 そんなモノ信者からすれば「うんざり」の一言でしかないのだが。しかし、ホラ話では無いから無視する事も出来ず、実に質が悪い。


 そのビルがアドニスに何の用があるか?――簡単だ。


「特訓しようぜ?アドニス。俺が直々に稽古を付けてやるよ」


 適当な相手を打ち負かし、力自慢をしたいのだ。

 周りを見れば女がズラリ。無駄に露出が高い服を纏って、彼の太い二の腕に胸を押し付けている。どうやら彼女達に「強い自分」とやらを見せつけたいらしい。


 アドニスはその贄に選ばれただけ。

 偶然目に入ったか、教祖に気に入られている少年が気に食わなかったからか。なにせよ「何となく」――ただ、それだけだろう。下らない理由過ぎて溜息が零れる。


「……申し訳ありませんが、教祖様に呼ばれていますので」

「は?何時もの儀式だろ?どうせ一時間は空きがある。それとも俺が遊んでやるって言ってんのに無視すんのか?お前」

「………」


 更にもう一度溜息。教祖を理由に断っても無駄であった。

 アドニスはトレイを一度目に映してから仕方が無いと目を逸らし、ビルに向き合う。それは承諾の合図だ。ビルはニマリと笑う。


 周りの信者たちは怯え見るだけで誰も止めようとしない。

 巻き込まれるのが怖いから。――じゃない、嫌われ者が叩きのめされるのが楽しくて堪らないのだ。現に此方を見る信者たちは皆口元に笑みを浮かべている。

 それほどアドニスが邪魔なのだろう。


 こうなれば文句を垂れても無駄。

 ビルの機嫌がよくなるまで我慢するしか無い。


 ◇


 食堂から離れた一室。20畳ほどの、人が暴れるには十二分すぎる程広い部屋の中。

 普段は教団の信者たちが「教え」とやらを学ぶ部屋の中心で、ただ無情に人を殴る音が静かに響く。


 電気が切れかかった照明の元。浅黒い男は口元を醜く吊り上げて、何度も、何度も拳を少年に振り下ろす。容赦はしない。

 男の拳を受けながら、アドニスは身体を丸め身を丸める。決してやり返すような真似はしなかった。


「ほら!こんなパンチも避けられないのかよ!手加減しているんだぜ?」


 酷く楽しそうな声が降り注ぐ。

 避けさせる気も無いくせに良く言う。


 ビルの「特訓」なんて、当たり前だが一方的な暴力だ。


 開始の合図と共に相手の胸倉を掴んで床に叩きつけ。後は唯ひたすらに拳を振り下ろす。叩きつけられた時に身体は痛みから動けなくなり、一方的な暴力も相まって逃げる隙も与えられない。


 いや、運よく隙を見つけて逃げようとすれば足の骨を折られ阻止されるはずだ。最悪一生足は使い物に成らない唯の物にされるだろう。

 その為彼の「特訓」では只管に頭を守る様に身体を丸め、耐えるしかない。無駄に力が強く、急所を殴られれば即死だって十分にあり得るのだ。


 そもそも手加減しているらしいが。唯の一撃で、薄い壁なら叩き壊す程の力を持っている怪物だ。そんな怪物の「手加減」とは?――いや、この男が手加減なんて器用な真似、出来る筈も無い。


「……」


 だからアドニスも同じ。

 蹲って身を丸め、この一方的な特訓とやらに耐えるだけしか無いのだ。


「おい!悲鳴ぐらい上げたらどうなんだよ!鈍間!」


 アドニスがあまりに声を上げない為か、苛立った様子でビルが声を上げた。同時に少年の胸倉を掴み上げる。ビルの身長は2m越え。アドニスも170近くあるが、流石に身長差がある。少年の身体は軽々と浮き上がり、足が宙に浮いた。


 それでも少年は抵抗一つしない。

 無表情で、無言で、ぼんやりと、頭から血を流しながらビルを見つめる。それ以上は何もしない。


 最初に音を上げたのはビルだ。

 心底つまらないと言わんばかりに舌打ちを一つ。胸倉を掴む手を離せばアドニスの身体は床に崩れ落ちた。


 咳込む子供なんて気に留める事もしない。少し離れた場所で笑いながら見ていた女たちの元へ。


「つまらねぇガキ!其処までひ弱なら《愛人》にでもしてもらうんだな!アドニスちゃんよ!」


 大きく笑いながら女達の肩を抱いて嫌味をぶちまける。

 ここでの《愛人》なんて、意味は一つしかない。

 上から降り注ぐ侮辱にアドニスは僅かに眉をしかめて。それでもゆっくりと体を起こした。


「――そうですね。それが一番楽なのですが、何分俺は教祖様の好みではないので」

 溜まった血を吐き出しながら、ぽつりと。

「ま、それに……。俺は嫌いですから」

 口元に笑みを湛えながら静かに同時に本心を吐き出す。


 瞬間、ビルの表情が大きく変わった。

 一瞬理解できないと言う顔色の後、直ぐ様「にやり」と下卑た笑み。


「てめぇ、そんなこと思っていたのか?馬鹿じゃねぇの!?よかったな、お気に入り取り消しだな!」


 まるで心底面白いゲームでも見つけたと言う様に高笑いを零す。

 まあ、教祖のお気に入りが、その教祖の悪口をあからさまに零したのだ。当たり前と言えば当たり前。

 ビルは意気揚々とこの件を教祖に報告する事だろう。周りの女達だって笑う。


 ――端正な顔で。

 ――教祖様に付け込んで。

 ――ざまあ。

 ――不気味。


 彼女らの表情だけで、そんな陰口が投げ付けられている事は分かった。

 軽蔑を受けながらもアドニスは時計を確認。そのまま何事も無かったように立ち上がる。あれから一時間。もう、時間だ。


「では、俺は用事があるので失礼します」


 ビルに向け軽く頭を下げると背を向け出口へ向かう。

 そんな少年にビルは軽蔑の一笑。最後に自信たっぷりと皮肉を投げつけるのだ。


「最後のお使いだ。精々経験値でも稼いで来いよ!」


 数人分の冷ややかな眼差し。哀れみ、嘲笑が混ざる蔑視。

 その視線を一心に浴びながら、アドニスは心底飽き飽きとする。

 心の中で大きく溜息。どうして自分が教祖の悪口を口にしたが考えもつかないなんて。


 ――全くコイツらは馬鹿である、と。

 心の底から呆れを浮かべるのだ。


 ビルは知らないのだ。

 残念ながら暴力だけしか取り柄のない大男より、従順で年若いアドニスの方が信頼が高いと言う事を。むしろ厄介ごとばかり引き起こすビルは軽視され、排除対象に入っている事実を。


 周りの証言者も無意味。教祖は大の女嫌いだ。

 確実に取り巻きの女達の言葉は全て聞き流される。


 其れすら気が付かないなんて、この男は馬鹿の一言でしかない。

 この団体に何年在籍しているのだか。


 つまり。

 お前ビルが何を言おうと現状が変わる事は無い。


 アドニスは部屋を出る。

 表向きは信者達の修行部屋であり、裏ではビルが絶えず他人に暴力を振るう地獄部屋。その部屋を出れば数人の信者達と目が合った。


 どうやらこっそり聞き耳を立てていたらしい。誰も彼も信者の中では階級が下の者達ばかり。アドニスは薄ら笑いを浮かべる彼らを気に留めることも無く、再び食堂に戻るため歩き出す。


 ――呆れたものだ。

 そんな暇があるなら修行とやらに励めばよい物を。人を貶める事しか頭に無いから階級が上がらないのだ。


 先程の会話を彼らは最後まで聞いたに違いない。彼らが教祖に告げ口をするか?

 するだろうが、しても意味がない。彼らもビル同様、発言力が無い連中ばかり。

 あの教祖は発言の多さより、自身のお気に入りを取る。


 そもそも告げ口をしようにも、今日は『儀式』の日。

 呼ばれて無い者が教祖の部屋に行くのはご法度だ。殺されるぞ。


 彼らなんて気にする必要もなく、アドニスは食堂に戻った。

 食堂に入れば変わらない冷たい視線。勿論、気にしない。

 先程と同じようにキッチンに入ると、元々用意していたトレイはグラスや瓶丸々ゴミ箱に捨てられていた。


 教祖の物をこうも簡単に捨ててよい物なのか、呆れを越え頭が痛くなってくる。

 アドニスが慌てた様子でゴミ箱からトレイを拾い上げ、綺麗にする様子でも見たいのか。馬鹿が、自分達でしろ。


 アドニスは視線を豪華な戸棚と冷蔵庫へ。

 もう一度トレイとグラスを取り出した。


 少しして、少年の側に青い顔をした信者が数人走り寄ってきたが、遅い。残念ながらグラスは割れ切っていた。


 騒ぎ立てる彼らの隣でアドニスは準備を進める。

 銀色のトレイを机に置いて、その上にグラスを一つ。更にオレンジジュース果実水の瓶を置く。


 ――最後に果実水の中に『薬』を入れるのは忘れずに……。


 準備は出来た。アドニスはトレイを持ち上げ食堂を出る。外に出て向かうのは教祖の部屋。あの豪華な扉の先だ。


 最後まで周りからは陰口。誰もがアドニスを指差し噂する。

「愛人だ」とか。「インチキ野郎」とか。「気持ち悪い」とか。

 どれもこれも自分の今の地位に甘んじる事しか出来ない嫉妬欲だけは強い連中の戯言。


 気に留める事無く、淡々と、淡々と、アドニスは命令通りに動く。

 先ほどの入り組んだ廊下に戻り、角を曲がって奥の豪奢な扉の前へ。


 ――とんとん、と静かに扉を叩いた。


「失礼します。果実水をお持ちしました」


 声を掛ければ、中に入るように声が。

 戸を開けた時まず目に映ったのは、煌びやかな絨毯の上に座り込む綺麗に着飾られた先ほどの愛らしい少年。

 ニコニコと今から起きる事など何も知らずに。しかし、アドニスを見るその目は人を見下すモノ。


「待っておったぞ、其処の机の上におけ」


 白いローブに変な仮面を被った教祖が声を高らかに上げる。

 少年から目を逸らすと、アドニスは言われた通りに動いた。

 向かうのは部屋の中心……ではなく。中央から少し離れた場所にポツンと配置してある小さな机。


 ――ふと、視線を動かせば同じような人物が十数人、目に入る。

 教祖と同じように白いローブを着て変な仮面を被り、まるで少年を囲むように立っている。彼らは教団の幹部たちだ。仮面の下では教祖と同じ下卑た笑みを浮かべているに違いない。


 


 トレイを置いた後、アドニスは何時ものように扉の前。部屋の入口の側に移動し、そのまま後ろ手に組んで佇む。

 彼が離れれば教祖は足早に机へ。グラスに果実水を注ぎつつ上機嫌に笑った。


「今宵こそは、素晴らし逸材を見つける事が出来た!」


 高らかな教祖の発言に、周りの幹部たちも興奮したように頷く。

 何も分かっていないのは愛らしい少年唯一人。

 彼だけが無垢な笑みを浮かべながら、何時ものように甘い果実水ジュースが手元に来るのを待っている。


 そんな、興奮し歓喜する彼らを。

 アドニスは心底酷く冷めた目で見据えていた。


 ――最初にも言った通り、この教団は悪魔崇拝だ。


 表向きは慈善を装っているが、入団してしまえば地獄。

 教団内である程度教祖に地位を手に入れれば気に入れられればの暴力が許され殺しだって容認される。悪魔に贄を捧げるのは当然であると戯言を掲げて。

 反対に教祖に気に入られなければ、地獄は永続。死んでも「仕方ない」の一言で済まされる。ここはこんな集団だ。


 そんな教祖は毎週2日置きに、酷ければ1日も経たずに。

 この様に美しい少年を無垢だと決めつけて買い取っている。


 少年の運命は残酷でしかない。

 僅かな時間を、可愛がられて、愛されて、勘違いするまで大切にされて、そして。


 ―― 悪魔の生贄と言う体で、無残に殺されてしまうのだから。


 それで悪魔主とやらを呼び出せたことは無いとか、最早笑いすらこみ上げない。そもそも、おいて無垢と言うのがなんとも。

 実際は飽きて処分に困っただけだ。悪魔だって使い古された小生意気な玩具なんて願い下げだろうに。


「さあ、アッシュ。コレをお飲み。何時もの気分が良くなるジュースだよ」


 気持ち悪い声。教祖は少年に果実水ジュースの入ったグラスを手渡す。

 いつもは媚薬が入っている。

 でも今日は、睡眠薬。眠らせて、その間に捧げ物にするのだ。


 いつも見て来た光景。たった一ヶ月で数十回も見た光景。

 アドニスは無言だ。無表情で、少年を見下ろしている。


 ――だって、自分にはどうでも良い事だ。


 いつもは気分が良くなるお薬。

 でも今日は違う。

 今日の物は眠りに陥る薬。

 瞼を閉じれば、永遠に起きる事は無い。


 倒れ込んだ少年アッシュを前に、教祖も幹部も笑う。


「はっ!がはははは!では贄を捧げよう!!全く、我々は何と主に忠実なのだろう!」」


 教祖は相変わらず、高らかに言葉を発する。

 その右手にナイフを握って、少年の肩を掴み上げて。



 ――「全く」と、アドニスは思う。

 別に、だ。

 別に彼らが何を祀ろうと、

 何を成して、

 何を信じようと、誰も心底興味が無かったのに。



 教祖が言う。続けて、言葉を紡ぐ。



「もはや我々の力は『世界』も凌駕できる!下らぬ暴君など引きずり落してくれる!!」



 ――この考えがなければ。

「あって」も隠し続けていれば、執行対象にもならずに済んだのに。



「――え、は?な、なんだ、これ、アッシュ……?」

「無駄ですよ。死んでいますので。でも、あんたら殺し慣れているでしょ?」


 ピンク色の唇から血を流し、こと切れている少年を前に固まるガマガエル。

 振り返る事なんて許さない。その時間は与えない。

 黒い少年は冷酷に、冷静に、表情なんて微塵も変えずに……手に持っていたナイフを振り下ろす。


 鮮血が飛んだ。

 地面に転がるのはガマガエル間抜け面


 この状況に一斉着いていけない幹部たちを、黒曜石の眼が捕らえた。

 それは獲物を見つけた捕食者の眼。その眼に捉えられたら誰も逃げられない。


 だって、仕方が無い。

 この屋敷にいる連中は皆殺せと、それがアドニスに下されている命なのだから。


 誰かが理解する。

 いつの間にか目の前に迫っていた。

 まだ幼い少年がナイフを振り上げている姿を見て、走馬灯の様にぼんやりと。


 何てことない。

 この少年は殺し屋狩人だ、と――。


 ――。


 ごうごう炎に包まれる屋敷の中。

 咳込みながらビルは逃げ出そうと必死に走っていた。

 少し廊下を出れば、あたりに散らばるのは死体の山。全員、首から先が無い状態で転がり。その中にはビルの取り巻きの女達の姿もある。


 誰の仕業か?呑気に寝ていた彼は分からない。教祖の安否を確認する……なんて考えは彼には無い。彼の中では早くこの屋敷から逃げ出す。ただ其れ一点だ。

 屋敷の中は炎が燃え上がる音だけが響いて、誰の声も、叫び声すらも聞こえない。


「――ああ、見つけた。最後の一人」


 その炎の中で知った声が響く。

 煙が充満する中でビルは顔を上げた。


 炎の廊下、目に映ったのは勿論と言うべきか、1人の黒い少年だ。

 血まみれのナイフを握って、しかし身体には一滴の血の痕跡も無く。この炎の中を、表情一切変える事なく此方に向かって歩いてくる。


「て、てめぇ……!」


 少年は3メートルほど離れた場所で止まった。

 彼を前に、流石のビルだって今の状況は理解した。

 何が起きたか全ては分からない。でも今現在、この火災の原因は目の前のこの少年である。間違いない。


 そして手に持つナイフ。

 その意味が否が応でも理解できてしまう。――彼の正体も。


「ん?ああ、お前か」


 反対に、アドニス少年は何処までも冷静であった。

 むしろ今までビルの正体にも気が付いていなかった様子だ。


 近づいて目を凝らし漸く獲物の正体に気が付いた、と言わんばかりの表情を僅かに浮かべたが。その僅かな反応も実に短い。獲物の正体を理解すると、直ぐに興味が失った如く無へと変貌する。

 アドニスの表情と態度は、ビルを逆なでするには十二分だった。


「てめえ!!殺し屋か!」

「――」


 ビルは叫び散らかす。ここ一番の怒鳴り声で。

 アドニスは何も言わなかった。嫌、僅かに表情を変える。――今更?まるでそう言わんばかりに。


 ビルは完全に把握する。

 この今現在、全ての原因を作ったのはやはりこの少年ガキ。そして、この子供は間違いなく殺し屋だ。それもかなり腕利きの。


「どこに雇われた!!」


 叫ぶ。アドニスは相変わらず無言。

 否。この問いだけは答えた。


「――『世界』」

「――!」


 愕然とする。

 『世界』だと?

 それはつまり「皇帝」の事か?


 ――世界の王者ではないか。

 この世でたった一人の王。

 『世界』と呼ばれる、この世でたった一つの『帝国』の皇帝。


 目の前のガキは、暴君と名高いその人物に依頼された殺し屋だと言うのか。

 ここの教団は『世界』から其処まで怒りを勝っていた存在だったと?


 我が耳を疑ったし、信じ難い出来事だ。

 それに、皇帝が直々に依頼したと言う殺し屋の実力はどれほどの物か。


 ――いいや、馬鹿らしい考えだ。

 このガキの実力なんて底が知れている。

 実力なんてない、確実に自分より弱いと。


 ただ、悲鳴が全く上がらず、全く聞こえない以上。

 自分以外の全員が既に殺されている可能性が高い。

 信者は勿論。教祖だってもう生きている可能性は乏しい。


 ――うん?いや、待て。


 ビルは馬鹿な頭で考える。

 悲鳴が聞こえない、自分ビル以外全員殺した、だと。


 巨大な宗教団体。総勢10万は軽く超える大所代の教団を。

 この本拠地総本山にはも超える信者たちがいる筈なのに――?

 こんな子供が、1人で、全員、殺したと言うのか――?


 頭が理解出来ないでいると、アドニスがナイフを握る。

 まるで獣が獲物に狙いを定め、襲い掛かる瞬間

 言わずもがな、獲物はビル自分だ。


 ビルは慌てたように我に返り、体制を変え構える。

 業火の中、早く逃げなくてはいけないと言うのに。


 ああ、でも大丈夫。

 ビルの心は確信と安堵に包まれていた。


 目の前の子供がどんなにやり手の殺し屋だろうが、大した事は無い。

 何せ今日だって、自分に無抵抗でボロボロにされていたのだから。大した実力じゃない。


 3万殺した?違う。

 このガキは屋敷に火を放っただけ、連中は火に巻かれて死んだのだ。

 だって、ほら。目の前の少年は、余りに過ぎる。返り血一つ浴びていないなんてありえない。


 決定的な矛盾を抱えながら、頭で理解したくないと拒絶しながら。

 ビルは先手必勝だと言わんばかりに地面を蹴りあげた。

 アドニスとの距離はおおよそ、3メートル。


 これぐらいの距離、ビルには小さな水たまりを超える程度でしかない。

 狙うは頭。それも先の殴り合いと変わり、今度はその頭蓋を叩き壊す勢いで。アドニスの目前まで迫って、振り上げた腕を振り下ろすのだ――。


「――」

「――は?」


 太い、ビルの腕が宙を切る。

 目の前の少年の頭は無くなっていない。鋭い眼が此方をまだ睨み続けている。


 ――避けられた。その事実に気が付くには時間が掛かった。


 全力のスピードと、全力の力で殴ったのにアドニスには掠り傷一つ付いていない。

 偶然?違う。紙一重?違う。

 少年は当たり前に、此方の行動を全て読んでいたかのように。ただ、少し顔を背けて確実に避けたのだ。


 でも、そんなのおかしい。

 だってビル自分は、獣すら素手で殺して、人間なんて簡単に潰す事が出来る。足の速さでは自分に追いつける存在すら居なかったというのに。

 このガキは、避けたと言うのか?俺の一撃を?


 ――アドニスの手が、自身と比べれば小さい子供の手がビルの腕を掴む。

 まるで木の枝でも握る程度に、簡単に。


「――え?」


 それだけでビルの腕はピクリとも動かなくなった。

 手を引く、動かない。引っ張る、動かない。振り回す、動かない。


「ああ、ああああああ!!」


 腕に激痛が走る。

 肉が潰れた。枝が折れる。真っ赤な血を弾き飛ばして。

 余りの激痛の中、絶叫を上げる中、ビルの目には自慢の右腕が映った。


 おかしな方向で折り曲がり、肉が裂け、骨が飛び出ている自身の腕。まるで何かに握り潰された様な形のまま、変形しきった己の腕を。

 違う。見たまんまだ。握りつぶされたのだ。簡単に。


 漸く少年の手がビルを離す。

 ビルはその場に蹲ると腕だった場所を押さえる。

 痛みに悶絶して涙をあふれさせながら、ビルは視線をもう一度アドニスへ向けた。


 ――冷たい眼。凍り付くほどに冷徹な視線。

 息をするように当たり前に。感情も何も無いまま、アドニスはナイフを手に此方を見下ろす。

 その様子はまるで、そこら辺の雑草でも見下ろしている様だ。


 いいや。『様だ』じゃない。正しくなのだろう。

 アドニスと言う少年にとって、ビルなんて其処ら辺の雑草。刈り取るだけの只の対象。


 漸くビルは理解する。

 何を自分は余裕を抱いていたのだと。そもそも首なし死体が転がる屋敷の中で、血まみれのナイフを手にしている少年が関与していない筈がない。


 この世の皇帝が依頼するほどの実力者だぞ。自分より弱い筈がないではないか――なんて。

 このガキは、数刻で3万もの人間の頭を撥ね飛ばし、返り血を浴びることなく、任務を遂行したのだと。


「これで、3万と44人……はぁ、やっと依頼された人数か……」


 確認するようにアドニスが呟く。

 ビルの頭がぐらりと傾いたのはその時。

 身体がピクリとも動かない。逃げろと言っているのに、足が動かない。

 頭に衝撃が走る。ころころ、ころころ……。ビルの目に映ったのは、倒れていく自分の身体。



 ――ビルは自分が最強だと思っていた。鍛えれば、鍛える程、身体は強くなっていったから。自分はこの世で誰よりも最強。いつか皇帝を殺して自分が王になるのだと、馬鹿な夢物語を抱いていた。


 だが、現実はどうだろう。目の前の15歳の少年は、自分より遥かに強い。強かった。手も足も出ないなんてレベルじゃないほどに。


 最後にビルは笑みを浮かべる。

 ただ、底知れない恐怖から。あり得ない筈なのに、笑みが浮かんだ。


 最強――?この程度で、もう《限界》を感じていた自分が?


 違う、違う、最強と言うの存在が居るのなら、それはこのガキだ。間違いない。

 何故だか分からないけれど直感する。――違う。


 目の前のガキは《最強》なんてレベルはとうに超えているのだ。

 まさに天才。それも違う。ああ、そうだ。



 ――《怪物》………っていたんだな。



 それが、男が思えた最後の言葉であった――。


 ――。


「任務完了」


 燃え盛る屋敷を背に、携帯端末にアドニスは報告する。

 端末の向こうから聞こえてくるのは、いつも通りゴマすりの賛美の声。上司の声であるのだが、ウザったいので通話終了のボタンを押す。

 乱暴にポケットに突っ込んで吐息を付いた。


「思っていたよりつまらない依頼だったな」

 まるで玩具に飽きた子供の様に、表情に出して、悪態を呟く。



 ――彼、アドニスは殺し屋だ。

 それも『世界』と呼ばれる大国で、国を治める皇帝直属の暗殺者『組織』の一員。

 中でも誰もが絶句するほどに能力が高い逸材。

 その評価は大袈裟ではない。


 既に『組織』の中でも、若干15歳の彼に敵う者は誰一人としておらず。

 最強を名乗り、皇帝の首を狙って来た反逆者たちは皆当たり前に敗れ去る。


 自称最強達は無様に、嘲笑を浮かべてしまう程に手も足も出ないまま。

 この少年の手によって虫けら同然に排除されていく。

 彼に並ぶものは居ないだろう。この先、彼以上の存在が産まれ落ちる事も無い。


 ――アドニス、彼は正しく怪物だ。


 その成長は留まることを知らない。何処までも、何処までも彼は強くなれる。

 だって、人がいつか必ずぶつかる限界天井が彼には一切存在せず、コレからも産まれないのだから。



 この少年はもう既に、誰もが認めざるを得ない欠陥品最強なのだから。



 燃える館を背に、何気なくアドニスは空を見上げた。

 今日は満月だ。それも真っ赤な満月。


 なるほど、と思う。この教団に潜伏して一ヶ月。

 ここ数日妙に贄が多いなと思っていたが、今日この日の為であったか。

 馬鹿らしいが悪魔を呼ぶには実に良い夜だ。


 アドニスは小さく笑った。

 悪魔?――本当に、悪魔なんて馬鹿馬鹿しい。


 そんなもの、この世に存在するはずがない。

 居たとしても弱い人間なんかに応じて姿を現す『存在』など底が知れている。


 そんなちっぽけな存在主とやらにあそこ迄よく執着できるものだ。心から、先ほどまでいた存在全てを否定した。

 本当に今回の任務は飽き飽きするほどにつまらない物だった。こんなんじゃ、これから先も退屈なのだろう。


 心底うんざりして、また溜息を一つ。

 アドニスは何事も無かったかのように月から目を逸らす。


 次のターゲットはどれだろうか。

 どうせ今日みたいに下らない理想正義を掲げる、取るに足らない人物なのだろうけど。――冷え切った感情のまま、歩みを再開する。



 人の《限界》が無いこの世界で、結局は《限界》を定めてしまうこの世界で。

 生まれ落ちた時から《限界》を知らない少年は、天職とも呼べる血まみれの日常を進む。


 彼は何処までも最強だ。

 それは今もコレからも、遠い先の未来だって変わらない。

 決定された未来である。



 彼は強い。《限界なしの怪物》それは確か。

 嗚呼、でも。


 ――彼は本当に《最強》のままでいられるのだろうか?




 ――ああ、ああああああああ!!!

「――え」



 女の絶叫が轟く。

 苦痛と、歓喜、憤慨が全て混ざり合って、溶けた美しい音色。


 驚く暇など無くアドニスの身体が宙に浮いた。

 ぶつかる感触と、背中に酷い痛みが一つ、血を吐く。


 ――地面に思い切り叩きつけられた。


 その事実を理解するには時間が掛かった。

 誰かに攻撃されたのだと理解するのに、時間が掛かった。


 アドニスは自分の喉を縛り上げ、押さえつける、真っ黒な存在に手を伸ばす。

 息が出来ない、苦しい。

 何が起きたか、必死に考える。


 急に、そうだ、急に。足元から何かが生えて来たのだ。

 その存在に気が付くと同時に、アドニスの身体は宙に浮かび、地面へと叩きつけられていた。

 伸びて来た正体は分からない。


 ――いいや、『手』だ。

 『手』が伸びて来て、自分の首を絞めているのだ。


 首に巻き付く感触を頼りに、アドニスは漸く自分を縛り付ける正体に気が付く。

 痛みでぼやける視界であったが、何とか自身を襲った正体を確認するために前見る。どうしても引きはがせない異常な力を持つ存在を見上げ、その黒い眼に映した。



 ――息を、呑んだ。



 その瞬間、周りの時間が止まった。

 この世の全てが色褪せてくすんだ灰色になる。

 呼吸の仕方を忘れ、苦しさも忘れ行く。

 全ての感覚を失ったと思える程に。


 アドニスは、その輝きを目にしたのだ。


 それは多分――瞳。



 言い表せない色を見せる、万華鏡の、瞳。

 金色こんじきの奥で、代わる代わると様々な色と言う色が変わっていって。

 その全てが鮮やかな色彩を露わにする。


 ああ、それはまるで虹のよう――


 ――ちがう。

 虹じゃない。

 これは、見たことも無い色だ。


 憎悪と言う憎悪に染め上げ、目の前の自分だけに向けられた特別な輝き。

 この前では全てが色あせる。

 赤い月も、星の輝きも、漆黒に染まる夜や、燃え滾る炎も、人が持ち合わせている一番い綺麗な赤色であっても。

 そんな物、この瞳を前にしたら唯のくすんだ色。色にもなり得ない。


 だから、そう。

 うまく言い表せないけれど。

 例えられる物が無いから、表せないけれど。

 この瞳は、この輝きは、この世の何よりも。




 ……なんて、『うつくしい』のだろう――。




 ――『は、だれ、おまえ』


 美しい瞳の何かが声を発する。

 困惑するかのように、理解が出来ないと言う様に。

 それが人で在ったと心の何処かで理解すると同時。


 美しかった瞳の色が大きく変わった。

 憎悪に染め上がった瞳は、今度は失望の色を見せて鮮やかな赤色に変わる。

 その瞬間に世界の色が元に戻る。風が吹き、月明かりが輝き、時間が進みだす。


 アドニスの首から手が離れていったのも同じ時。

 圧迫されていたものが離れたのだ、アドニスは身体を丸め咳を零す。

 肺に名一杯息を吸い込むと、思わずと涙が流れた。


「――大丈夫かい」


 声が1つ。

 さっきと同じ声。

 だけど、先程より鮮明に聞こえる女の声。

 どこか愛らしくも、酷く落ち着き涼やかな。せせらぎのような、美しい声。


 真っ白な手がアドニスに伸びた。

 細くて、白い少女の手。

 その手を目に映し、アドニスは漸く顔を上げる。



 ――目に映した彼女を前に、少年は見惚れた。



 風に吹かれ、喪服のように黒いドレスが悠然と舞う。

 絹の様に柔らかで、真雪の様に白い肌。同じ色合いの、今にも折れてしまいそうな長い手足がドレスから滑らかに伸び。大きく空いた胸元は、形の良い胸を露わにして。身体のラインを強調するドレスの為か、細い腰の括れは艶やかに目立つ。


 それら全て、見た事も無い程に美しい女性の身体を醸し出す。

 身体だけじゃない。他の全ても彼女は美しい。


 ぼさぼさの腰までの長い黒髪は、夜を吸い取ったかの様な艶やかな濡羽色。

 ルビーの様に紅く小さな唇。小さくも筋が通った形の良い鼻と、長いまつげ。僅かに太い眉毛は、彼女を輝かせる一つとなり。もう一つ、特徴的な長く尖がった耳は否が応でも目に入る。そして、何よりも、大きく、僅かに吊り上がった、血の様に、真っ赤な瞳。この全てが、形の良い卵型の小さな顔に完璧に収まっている。


 ――其処に立っていたのは、空の紅月が見劣りするほどに、美しい少女。

 ああ、いや、ちがう。

 彼女の美しさを現すために、何かを表現に出すなんて。彼女に失礼だ。

 何かと彼女を比べるなんて、なんておこがましい――。


 そう、心から思えるほどに美しい女が。

 余りに人間とは思えない美し過ぎる少女が、静かにアドニスを見下ろしていた。



 ――――。



「――じゃあね」

「え?あ、待て」


 見とれていると、美しい女は差し出していた手を引っ込め背を向けた。

 立ち上がり手を伸ばすも、もう遅い。目の前で女の身体は宙に浮く。

 アドニスの伸ばしていた手は宙を切って空気を掴み、体制が崩れる。


 慌てたように顔を上げた。

 だが、そこに女はもう居らず。


 その場にはアドニスが只一人。

 まるで今の出来事が夢幻ゆめまぼろしであったのではないかと思える程に、彼は愕然と。


 しかし、首に残った黒々とした痣が何処までも今は現実だと知らしめ。

 彼の身体は緊張が抜けたように再びその場に腰を下ろし、呆然と掴みそこなった手を見下ろすのであった。


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