掌編小説集
むらさき
いつもの場所で
目を覚ますと、白い、弧を描くように全身を覆う壁が見えた。右手のそばの壁から出ている赤いボタンを押し、俺は睡眠カプセルから出た。腰をひねり、大きく伸びをする。腕時計を見ると眠りについてから丁度1時間半経ったところだった。普段より2分も多く寝たなと思いながらシャワー室へ行く。全裸になってシャワー室の扉を開けると真っ白な壁から除菌液のミストが出る。それを全身に浴び、吸い込んで吐き出す。スッキリとした爽やかさを全身に感じる。シャワー室から出て新しい衣服に身を包む。リビングルームにある蛇口にコップを当て、栄養補給ペーストを注ぎ、飲み干す。時計を見ると待ち合わせの時間まで後40分である。今日はE28エリアにあるカフェで彼女と待ち合わせてからE30エリアにある遊園地に行く予定だった。彼女はもう起きているか気になった俺は左腕の内側のディスプレイを起動させ、彼女のバイタル情報を見る。活動状態にあるとの表記を見て安心する。睡眠カプセルのおかげで人間の疲労回復に2時間も要しないようになった現代でさえ彼女は遅刻する事があるのだ。
ソファに腰掛け、左腕のディスプレイをムービーモードに変更し、目の前の空中に表示させる。30分映画のページに行き、歴史映画を選ぶ。舞台は大昔、まだ人類が地球という星に住んでいた頃の話だ。当時は国という人類を分別する概念が存在し、どういった国に所属しているかによって随分と生き方が異なったらしい。この映画は大国同士が争い、多くの死人が出るという史実に基づいたものらしい。戦争のシーンはなかなかの迫力であったし、人間が屋外に出ているという描写や呼吸補助マスクもせずに声を発している描写はとても新鮮だった。もちろん今の人類にはそんなことは出来ない。菌に触れる恐ろしさを知らなかったのだろう。昔は映画の作成や撮影を人間が行っていたという話を思い出す。娯楽制作システムや演出用アンドロイドが存在していなかった頃の話だ。
見終わったと同時に立ち上がり、マスクをつける。ワープボックスに入りE28を選択する。数秒後に到着し、カフェに入る。パネルでコーヒー味を選択し、カフェ内を見渡すが、彼女はまだ着いていないようだ。俺はコーヒー味の液体をアンドロイドから受け取り、2人でよく座る席に歩く。左腕を見て、彼女にメッセージを送信する。
「待ってる。いつもの場所で」
今日はどんな一日になるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます