第43話「にゃにゃあ」です


 洞窟の狭い道を跳ねるように進む。

 ソレイユ様は簡単そうに私を抱えたまま突き進んでいたが、こうして逆側の立場になってみると楽なものではない。


 駆けようとした脚に魔力を込め過ぎてしまうと壁に激突してしまいそうになるし、踏み出す脚の力を弱め過ぎるとバランスを崩して倒れてしまいそうになる。


 先程は無我夢中で魔力を投じてみせたが、よくもまぁ付け焼き刃で何とかなったものだ。


 気を失っているソレイユ様にあまり衝撃を加えないように、かつ急足で進まねばならない。


 術者のソレイユ様の魔力が尽きている今、私のタイムリミットもいつ訪れるか分からない。

 もしこの魔法が切れてしまった時点で、ソレイユ様が軽いとはいえ私一人ではソレイユ様を連れて脱出することは困難となる。


 私を包む橙色の光が消えないうちに、ここを抜け出さないと。


(待っててください、ソレイユ様)


 緋色の髪を揺らし、静かに目を瞑っているソレイユ様をちらりと確認する。

 

 私は再び脚に魔力を込めて、洞窟を駆ける。


 そうしてどれぐらい脚を進めただろうか。


 身体強化の魔法を受けている私の感覚は研ぎ澄まされていて、いつもの距離感ではどのくらい戻ってきたのか測ることができない。


 そんな私の視界の先に、一筋の光が見える。

 太陽の光ではなく、人工的な光。


 誰かが、この龍穴に入って来ている?


 脚を止めて、灯りを持つ人影を伺った。


「えと、どちら様でしょうか」


 尋ねる私の声に返事はない。

 それでも灯りの持ち主が私達へ近づいて来ている事は間違いない。


 灯りがちらちらと近付いて来ることに加えて、ちりちりと鳴る鈴の音が近付いて来ていたから。


 そして、その鈴の音に私は聞き覚えがあった。


「ク、クロ――?」


 いや、そんな訳はない。

 私はその猫の纏う緑色のスカーフに見覚えがあった。


 暗闇から姿を現したその人影――猫影は、オリーブくんだ。


「オリーブくん、どうしてこんなところに!?」


 口には小さな小さな魔法のランプを咥えて。

 私達の姿を見て、ぎょっと驚くような顔をした気がするのは気の所為だろうか。


「もしかして、助けに来てくれたの?」


 オリーブくんは返事をしない。

 それもそうだ。理由は単純、口にランプを咥えているからではなく、猫だからだ。


 しかしながら、いつだったかソレイユ様がオリーブくんに対して、王妃様に伝言をしていた事があった。

 恐らくだけれど、この子は人の言葉を理解出来る猫なのだろう。


「オリーブくん、この魔法が切れないうちに、お願いしたいことがあるんだ」


 私がそう伝えると、オリーブくんは首を傾げるような素振りを見せた。

 

「あ、この魔法って言うのはね、ソレイユ様の身体強化って魔法のこと」


 言葉が分かるとはいえ、猫のオリーブくんにどこまで伝わっているかどうかはあまり気にしない。


「今まで自分にしか使えてなかったこの魔法を、ソレイユ様は自分以外の誰かに使えるようになったんだ」


 こうして口に出すことで、起きた出来事を確かめるようにして。


「すごいでしょ、ソレイユ様の魔法があれば、非力な私にも誰かを助けられるんだよ」


 私はソレイユ様を抱えながら、自慢げに語った。

 オリーブくんは黄緑色の目を光らせながら、私達をじっと見つめる。


「誰かを強く出来るなんて、聖女っぽいよね。すごいよね、かっこいいよね」


 恥ずかしげもなくそんな事を言ってみる。動物の前だと饒舌になる私だった。


「だからこんなところで、この人に何かがあっちゃいけないんだ。無事に連れて帰らないと、絶対」


 そこまで語ったところで、一人で語り続けている自分に薄ら笑いを浮かべる。

 オリーブくんに伝えなければならない事は、別にあった。

 

「もし私が途中でこの魔法が尽きても大丈夫なように、誰かを呼んできてくれたら嬉しいな」


 それを聞いたオリーブくんが出口へと踵――肉球を返した。

 やはり、私の伝えたい事が分かっているようだ。


「あ、でも、良く考えてもみたら身体強化の魔法が掛かっている私の方が早いかも知れないね?」


 いつだったかオリーブくんと駆けっこした時は、私が追いついたんだっけ。


 しかし、「にゃにゃあ」と呟くように鳴いたオリーブくんの身体は、緑色の光に包まれていた。


「え?」


 この感覚。それは間違いなく、魔法を使用したことによる光だ。

 次の瞬間、目にも止まらぬスピードで緑色の光を残像のように残したオリーブくんが、出口方面へと消えていった。


 呆然として立ち尽くす私は、ぽつりと溢す。


「都会の猫って、魔法を使えるんだ……」

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