第26話「大好き」です

 私は、ふかふかな雲の上で黒猫のクロとお昼寝をしている。


 そうだった。小さかった私は一緒にこの子と良くお昼寝をしていた。


 寝ぼけ眼でクロの肉球を揉むのがお決まりだった。


 今回も例に漏れず、差し出されている可愛い手に触れてみる。 


「おい、いつまで寝てんだよ」


 えっと、クロ、いつから喋るようになったんだっけ?

 まぁいいか。これは夢なんだろうし。


 そんなクロの乱暴な声に、私は目を瞑ったまま、指を絡ませる。


「もう、ちょっとだけ」

「おい、何してんだ」

 

 さておき、すべすべな肉球を指で確かめる。掌をマッサージするかのように肉球を揉んであげると、クロは気持ち良さそうにぱちぱちと目を瞬きさせるんだ。

 

「ほら、気持ちいでしょ、一緒にもうちょっと寝よ?」

「寝ねぇよ、気持ち悪い」


 いつからそんな言葉遣いをするようになったんだろう、クロは優しい子だったのに。

 まぁ猫というのは得てして気まぐれなものである。


「良いから、こっちおいで」


 私は力一杯、腕を掴んで引き寄せた。山育ちの腕力、舐めないでください。

 ぐっと力を寄せて引き寄せる。


「クロ、だいぶ大きくなったね? なんか肌触りも、すべすべになってるし」

「やめろ、こそばゆい」


 腕に指を滑らせると、あからさまに嫌がって。


「殴るぞ」

「だめ」

「じゃあ、蹴る」

「だめ」

「じゃあ、殴って蹴る」

「だめぇ」


 いつからそんな暴力的な子になったんだろう。クロは優しい子なのに。

 そういえばクロはよしよししてもらうのが好きな子だった。


 それを求めて、暴力的になっているのかも知れない。


「よーしよし」


 サラサラな毛並を手で櫛を通すように、なぞる。


「何のつもりだよ」

「守ってくれて、ありがと」


 子供の頃、嫌な事があった時にはいつも側に居てくれた。

 クロこそ、私の騎士さまだったよね。


「いや、あんたの為じゃなくて自分の為だよ、自分の」

「うん、大好き」

「気色悪っ」


 いつからそんな無礼な子になったんだろう。クロは甘えんぼだったのに。

 そういえばクロはぎゅっとしてあげるのが好きな子だった。


 それを求めて、意地悪を言っているのかも知れない。


「はい」

「何だよ、両手広げて」

「したいやつ、していいよ?」


 こうやって両手を広げると、私の胸に飛び込んで来るのがお決まりだった。


「あー、本当に良いのか?」

「うん、どうぞ」

「じゃあ遠慮なく」


 私の顔面に広がる、猫の独特の匂い。

 すべすべながらふわっとした毛並みが顔をくすぐるようで、少し痒い。

 現実から夢へ連れて行かれるようで――。



 しかし、現実は残酷だった。



 私の顔面に広がる、拳の衝撃は鈍い。

 すべすべながらごつっとした拳骨が顔を抉りとるようで、かなり痛い。

 夢から天国へ連れて行かれるようで――。


「ひだ――――い!!」

「あんたが殴って良いって言ったんだろ」

「言ってません!!」


 強烈な目覚ましに私は頭の上にお星様をとばしながら、何が何だか分からずに目を開く。


「え、誰!? ソレイユ様! ここはどこ!? 来賓室! 今何時ですか!? お昼前!?」

「質問にはあんたが全部答えたよ」


 ひりひりするおでこを抑えて、私は愕然とする。


「どうしよ、私、こんな時間まで寝ているはずじゃなかったのに」

「あー、残念だったな。朝食の時間はもう終わった」

「朝ご飯の事は心配してません」


 状況を整理しよう。

 

 私の目の前でベッドに前のめりになっている、フードケープを纏ったソレイユ様。


 感覚的に、12時間ぐらい寝てしまったのかも。

 ふかふかのベッドで、私はすっかり寝入ってしまったようだった。


「っていうかソレイユ様、どうして寝込みのわたしを襲ったんですか?」

「人聞き悪い事言うな、あんたがベッドに連れ込んだんだろ」

「ベッドに連れ込むだなんて、人聞きが悪い事を言わないでください」

「もっかい寝とくか?」


 ソレイユ様が拳骨を作って、私を脅す。


「あ、あれ、私はクロとお昼寝をしていたはずなのに」

「誰だよそれ」


 少し涙目になった目を擦って、私は頭をクリアにする。


 そうか、あれは夢――。

 そうだとしたら、どこからどこまで?


 って私、ソレイユ様にとんでもないことしてなかった?


 やっぱもっかい寝てしまおうか?

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