第63話「彼女と私の冷たい戦争」(前編)
漫画やドラマを見る度に思ってた。皆、そんな幼馴染に憧れてるのかなって。
隣の家に住んでいるとか、同じ学校に通い続けてるのとか。でもそんな腐れ縁のようなものは、誰でも大なり小なりいるはずじゃない。
私は……とりあえずいる。幼馴染。確か幼稚園の年中辺りからの付き合いだったはず。しかもそれこそ腐れ縁か、高校になっても同じ学校に通っていた。
名前は北上紗南。歳はまだ……15歳か。確かあの子、早生まれだったはず。
でも、思い返してみて思う。小さい頃の紗南と、今の紗南はまるっきり別人だ。
当たり前だけどそう。これだけ年月が経てば別人になってもおかしくない。でも、でもだ。
私は、紗南がどうしてそんな感じになったのかを知らない。
いつからだろう。私が、彼女の歩く速度に追いつけなくなっていたのは。
その日の私は、少しだけ怒っていた。
(あー、何なのよ。もう……!)
歩きながら、私は頭の中のイライラを抑えられずにいた。原因は部活の部長の指導。別に強い口調や理不尽な指導じゃないけど、あの熱血さにあてられるとかなり疲れるものがある。
というか、今はまだ八時前、ホームルーム前だ。私が所属するのは運動部じゃない、ただの美術部。何故美術部が部長の方針で朝練をしなきゃいけないのか。
(……何というか、考え方が完全に体育会系なのよね。あの人……)
うちの今年の部長は何かがおかしい。どうやら前年の部活がグダグダ過ぎて、先代の部長に泣きつかれて今の部長は頑張ってるみたいだけど、こんなのは横暴よ。
考えれば考えるほど気が滅入ってくる。早く、頭から締めださないと……
「あっ、麻子。おはよ」
「おは……っ!?」
不意にかけられた声に私はぼんやりと返事をした。どうせ知り合いか何かだろう。そう思って声の主を見ると、私は思わず固まってしまった。
「何……? 何かついてる?」
飄々とした態度と口調で不思議そうに呟いて、彼女は私の方を見てくる。
男の子みたいなショートに、涼しげな目元。中性的な容姿だけど……いや、故に抜群の美人だと思う。実際、王子様みたいな彼女は女性受けの方がいい。
同じ制服のはずなのに、彼女の長身痩躯のせいかやけにスタイリッシュに見える。背負ってるギターケースが彼女の容姿に最後のピースを付け足した。
完璧だ。これがロックなちょいワル女子高生の姿……
「麻子。どうしたの?」
「ええ!? いや、その……」
咄嗟の答えに、私は何とも言えずに困った。ただ挨拶を返せばいいのに、私はしどろもどろに言葉をつっかえさせる。
「お、おはよ……珍しいわね。なんか」
「そう? まぁ、昔ほどは会ってないかな?」
対して、彼女は平然としていた。少しだけ不思議そうに私を見た後、クスリと笑って、
「いいや、何でもないなら。じゃあね」
「……!!!」
彼女は背を向けて、私から去っていった。
私はその時、電流に撃たれたような気分だった。彼女が浮かべた一瞬の笑い。それは私を嘲てるのか分からないけど……!
知らない。あんな顔するなんて。その意味は分からないけど、涼しそうな笑みは私が住んでいる世界とは別の、酷く大人びた笑みだった。
「ちょ……紗……!」
名前を呼びかけるが、彼女は既に自分のクラスに入っていっていた。
あまりに衝撃的で、決定的だった気がする。
私と、幼馴染__北上紗南との間にあるもの。
それはあまりにも深くて、あまりにも遠すぎる距離だと、私はその時思い知らされたのだった。
「麻子ちゃん、麻子ちゃーん!」
「はいはい。どうしたの、紗南」
小さな頃の話。幼稚園で私の周りには常に紗南の姿があった。
長い黒髪と上品な立ち振る舞いは一際園の中で目を引いてた。将来は美人になるんだろうなあって、私は幼いながらそんな事を考えてた。
紗南が私の名前を呼ぶ。その時は一緒に遊んでほしいのサインだった。
「今日は何して遊びたい?」
「えっとね。とにかく一緒にいよ!」
紗南が私の手を引きながら言う。でも、実際その時の役回りは、私が紗南の面倒を見る役だったと思う。
可愛い妹分。紗南はいつも私を手を引っ張って、私は逆にお姉さんの立場に立った。
「なのに……なのによ! どうしていつの間にかあの子はあんな風に……!」
机に座って、拳を握りしめながら私は話していた。意外にも熱が籠る。そして正面で机の上に座る玲子は、
「……ごめん。全然話が分からない」
困ったように掌をひらひらと振った。あれ、あんまり通じてない……?
「だから変わっちゃったのよ。あの子……いつの間にか、私の知らない内に……」
「って……一応、事のあらすじは分かったけどさ。私、北上さんの事なんてほんと高校のことしか知らないしさ……」
そう言って、玲子はさらに苦笑いをした。確かに事情を知らない人間にとってはそうかもしれないけど……!
「北上さんってさ。軽音部の大型新人じゃない。一年生なのに校内でも割と有名で、あれだけカッコいいもんだから、凄い人気があるし……」
「……ええ、よく知ってるわ。傍から見ても、モテるものあの子」
ああ、そうだ。お嬢様のように育つと思っていた紗南は今では真逆だ。
事の発端は何だったんだろう。そうだ。中学生に上がる時、紗南は長かった髪を一度短くしてきたのを覚えている。
__紗南、どうしたのその髪?
その頃になると、紗南は私にべったりではなくて、自発的に動く子になっていた。だから何となく紗南の髪の変化には違和感はなくて、
__心機一転、かな?
紗南は笑ってそう言った。そして私に宣言した。私、中学になったら軽音やりたいって。
流石に私は軽音に興味はなかったから追いかけなかったけど、部活は意外と時間を食う。人間関係もそれに引っ張られる形になるし、そんな理由もあって紗南と私は疎遠になっていった。
でも、だからと言って全く会わないわけじゃない。高校に上がってからはあんまりだけど、中学時代は頻繁に会ってた。私は今も紗南の事が好きだ。だからこそ……
「……っ!」
「一体何が不満なのさ。別に相手は麻子の事を悪くは思ってないんじゃない?」
「そう! 紗南は……もしかしたら」
モヤモヤと怒りにも似た感情を溢れさせそうになった。その瞬間、反射的に私は声のトーンを下げて、言葉を続けた。
「……紗南、私の事子供っぽいとか馬鹿とか思ってるんじゃないかしら」
「……なんで?」
「だって、今朝……紗南は薄らと笑ったわ」
あの笑みが今でも忘れらない。
あれは……リア充の顔だ。強者の顔だ。私より色んな経験をして、色んなものを勝ち得てきた者のみの__
「私はどうしても我慢できないわ! 私だって色々頑張ってきたのに、どうしてあんな不当な評価を受けなきゃいけないのよ……!」
「……麻子落ち着いて。分かってないと思うけど、今の麻子凄く駄々っ子みたいだ」
玲子の顔がまた呆れたものに変わった。やっぱり玲子には分からないのよ。私の何とも言えない苦しみが。
「まぁ、でも意外だった。麻子だって結構お嬢様タイプだからさ。ある意味真逆のタイプの北上さんとは接点ないと思ってたよ」
「えっ、そうなの?」
思わずついてた頬杖から顔を上げた。玲子はうん、と頷いて、
「大丈夫だって。早とちりとかカッカし過ぎの部分もあるけど、麻子だって立派だと思うよ。不安なら、本人に聞いてみたら?」
「本人に……」
少し引っかかるところもあるけど、玲子はそれとなくフォローしてくれた。分からなかったら本人に聞けばいい、か。
それが出来たらどれだけ苦労はないだろうか。
でも、頭のどこかでブレーキをかけようとする自分がいた。
(……怖いの? 私)
胸の中でこっそり自問自答する。
私はまだ測りかねてる。私と紗南の間に在る距離。そこに横たわってるもの。
紗南は私の事を内心馬鹿にしてるかもしれない。それはかなり辛いけど……それよりも辛いのは、
(紗南……私の事嫌いになっちゃった?)
ズキリと、心が軋むようだった。
でも、その疑問の答えはまだなくて、
確かめる術が本当にあるのか。私には分からなかった。
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