第46話「延長線上の二人」

 「そだ。ポッキー買っていこうよ」

 ある日のこと。理沙はそんなことを急に言い出した。

 彼女の言動はかなり唐突だったり、脈絡がなかったりするのはいつものことだけど。

 「ポッキーの日だっけ」

 「そうそう。せっかくだから、久しぶりに食べたいなって」

 放課後の帰り道。私の最寄りの駅近くにあるコンビニ。パタパタと楽し気に進む彼女の跡を私も追う。

 棚に並べられてるポッキーを発見。理沙はしゃがんでどれにしようか目を輝かせながら選んでる。私も何となく無印を手に取って、

 「そういえば最近食べてないかな、ポッキー」

 「そうだよね。意外に食べない時は、ずっとスルーしちゃう時が多いかも」

 味はすぐ思い出せるけど、そういえば最近食べた記憶がない。昔、母親がよくクリスピータイプのやつを食べてた気がする。

 「あっ、これって見ないやつだけど、期間限定ってやつかな? あー……そういえば、もうじき無くなっちゃうのがスイーツコーナーにあった気が……」

 「……ポッキー買うんだよね?」

 「あっ……うぅ」

 私の一言に、棚から離れようとした理沙が固まった。

 まぁ、どっちでもいいけど。私は無地のポッキーを一つ手に取った。

 「好きな物言って。買ってあげる」

 「へっ……!? っと……いいの?」

 「うん。こないだのハロウィン。お菓子って言ったのに、何も渡せてなかったから」

 二週間ぐらい前、ハロウィンの時に理沙にお菓子をねだられたことを思いだした。

 結局、その時は何も持っていないから返せなかったけど。……これぐらいだったら。

 「うわー、ありがとう、衣織!」

 「別にお菓子ぐらい……ほら、さっき言ってたやつってどれ?」

 「えっ……と。あっ」

 その時、理沙はふと足を止める。

 「……どうしたの?」

 そんな顔を覗き込んで聞くと、理沙は何かを隠すみたいに笑って、

 「い、いや……なんでもないよ。あっ、ははっ……」

 「……」

 明らかに何か思いついた顔。

 理沙には悪いけど、こういう時ってあんまりいいことがない気がする。

 その後、元々家に来る予定だった理沙と一緒に、さっき買ってきたお菓子を私の部屋で広げていた。

 「こんなに買っちゃって大丈夫だった?」

 結局、ポッキー以外に色々買ったけど、私はあんまり気にしてなかった。

 「いいよ。理沙が食べたいものが見つかってよかったし」

 「えへへ……じゃあ、いただきまーす」

 そんなこんなで適当にお菓子を食べ始める。私は買ってきたポッキーに口をつける。

 (あぁ、そういえばこんなんだったっけ……)

 淡白で甘過ぎない感じ。久々に食べるポッキーの味を思い出しながら、私はヘッドフォンを手に取る。

 (……っと)

 でも、そのままベッドの上に戻した。

 部屋に入ると、私はヘッドフォンを付けるのが癖になっていた。私は部屋にいる時はずっとヘッドフォンにしてるけど、理沙からよく注意を受けたのを思い出す。

 「二人でいる時は、自分の世界に入るの禁止!」

 (……二人でいる時は、か)

 前に言われた、理沙の説教を思い出しつつ、私はポッキーを飲み込む。

 顔を上げると、何故か理沙がポッキーを差し出して、何やらニコニコしていた。

 「……? どうしたの?」

 「……ねっ。せっかくだから、やらない?」

 「……何を」

 答えを聞く前に、ずいっと隣に座ってくる。

 左手にはポッキー。空いた右手の指で、軽く唇をついた。

 「ポッキーゲーム。知らない?」

 「……」

 いや、知ってるけど。何でいきなりそんなこと言い出すのか。

 ……違う。多分、あの時だ。コンビニで何かを思いついた時の顔。あの時、考えていたことがこれか。

 「一回やってみたかったんだ~。ほら、衣織も端っこ支えて」

 有無を言わさず、理沙はポッキーはくわえたまま、もう一方を私に押し付けてくる。

 多分、嫌って言ってもやるはず。私は観念してポッキーをくわえる。

 「いくよー」

 記憶する限り、ポッキーゲームは二人で徐々に一つのポッキーをかじっていって、最後にキスをするゲームだったはず。主に恋人同士でいちゃつく時のだしに使われるあれだけど、実際やってみると__

 「……」

 ボキ、と簡単に折れたポッキーに、お互い拍子抜けしてしまう。

 さらにもう一度。でも、失敗。さらにもう一回やっても、真ん中から折れてしまった。

 そう、意外にやってみると難しい。よく考えなくても、数十秒間、お互いの顔を軸からぶれないようにするのは中々難しい。理沙は折れたポッキー片手に、

 「えー? これ難しくない?」

 「当たり前だよ。お互い顔を動かさずにやるなんて、結構きついし」

 顔をムッとさせながら、理沙は折れたポッキーを揺らす。私は軽く溜息をついた。

 「……しょうがないな。理沙、ちょっとこっち来て」

 「……? どうしたの、いお……」

 私は思いついたことがあった。理沙を手招きしつつ、また新しいポッキーを取り出す。

 理沙が隣に座ろうとする。その手を軽く引っ張った。

 「……!?」

 咄嗟の行動に驚く理沙。その彼女の体を抱えるように座らせる。

 体勢はちょうど向かい合う形……お互い軽く抱き合いながら、ベッドを背に座り込む。

 「ほら、これでやるならずれないでしょ」

 お互いの距離も近くて、下手に動けない体勢。これなら多分、ずれないだろう。

 私は手にしたポッキーをくわえる。でも、肝心の理沙は真っ赤になったまま呆然としてた。

 「ほら、はやく」

 「えっ……っと、でも、ちょっとこれ……」

 「……やらないの?」

 珍しく焦る理沙に、私のほんの少しの悪戯心が生まれる。

 大胆な体勢なのは分かってるけど。……こういうのに耐えられないの、意外に私より理沙だって分かってやってるのは、ちょっとだけずるいかな。

 「……理沙」

 「……」

 躊躇いつつも、くわえたポッキーに理沙も口をつける。

 案外、さっきよりうまくいってる。徐々に短くしていっても、そこまでポッキーは動かないし、お互いに位置も調節しやすい。

 理沙の顔が、間近に見える。伏せがちの恥ずかしそうな表情。いつもとは違う彼女の一面に、そんな顔するのは私の前だけなのかな、なんてぼんやりと考える。

 瞳は微かに潤んで、小さく煌めいている気がした。

 私はそれに引き込まれるように近づく。理沙も少しずつだけどポッキーを進める。

 「んっ……」

 距離は数センチ。多分、一息つく前に終わって、

 そのまま、お互いの唇が触れるように__

 ……パキッ。

 「……?」

 「……まいった、衣織」

 唇が触れる直前、耐えられなくなった衣織が自分でポッキーを折った。

 真っ赤になった衣織に、私はコツンと額を当てて、思わず笑ってしまった。

 「……私の勝ち?」

 「……何の勝負なの」

 軽くつっこみつつ、理沙は駄々をこねるみたいに私に抱きついてきた。

 「あー……もう。衣織の勝ちだよ。やられたっ!」

 そんな言葉に、私はまたクスッと笑ってしまった。

 顔の横、理沙の頭をポンポン撫でる。理沙は腹いせみたいに私のポッキーを手に取った。

 「やっぱり、普通に食べるのが一番だよ」

 「……」

 そんな負け惜しみを聞きつつ、私も一本だけ口に含む。

 チョコの味は、さっきよりも口当たりが悪かった。

 (……緊張した)

 正直に言えば、さっきのポッキーゲームは私もだいぶ緊張していた。

 ……我ながら、大胆なことしたみたいだ。少しだけ後悔。

 (……でも)

 まぁ、理沙の面白い顔見れたからいいか。なんて。

 自分の意地の悪さを自覚しつつ、私達はただ甘い時間を過ごす。

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