第27話「私の隣人と愛し方について」

 私は人付き合いが苦手なのだろうか、なんて。たまに考えてしまうことがある。

 学生時代に付き合った彼は、いい人だったと思う。実際長い時間を一緒に過ごしたし、最後の別れの時まで、彼は私の好きな彼のままだった。

 だけど、私は彼の一番にはなれなかった。

 いつも思うのだ。恋愛に問わず、私は相手の深いところまで踏み込まめない。深く愛し合ったとして、その心の傍まで辿り着けないのだ。

 他の人が羨ましい。同時に、皆はどうしてそう人と繋がるのが上手いのだろう。

 「ただいまー」

 玄関で靴を脱ぎながら、私は思いのほか疲れた声をしていたのに気づいた。

 最近はトラブルが多く、残業が多かった。そのせいか、ゆっくり休めていない。緊張状態が長いのも悪影響かな……

 「おかえり、有架」

 そんな私を、リビングから迎える人間がいる。

 「今日もお疲れー。最近、帰ってくるの遅いね」

 「うん……忙しくてね。春見は変わらず?」

 「ケーキ屋はあんまり忙しくなりにくいかなー。繁忙期って言っても、いうて長引かないし」

 春見はルームシェアしている大学時代の友達だ。一応同級生だけど、会った時点で春見は留年していたから、年齢は彼女の方が一つ上だ。

 とはいえ、話す時はお互いタメ口。春見の奔放な性格のせいか、気を遣う感じでもなかったし、ルームシェアの話をされた時もあまり抵抗はなかった。

 「お風呂入って、ご飯食べたらする寝るよ」

 「りょーかい。なら、優しい先輩がご飯温めてあげる」

 「なにそれ。いいよ、自分でやる」

 水を飲みながら、ふぅと一息つく。

 その私の横顔を、春見はしげしげと見て、

 「最近元気なさそうじゃん」

 「そーかな。ただ疲れてるだけじゃない?」

 「そういえば有架、最近付き合ってる人もいなんだっけ。よくないなー、人生に張りがないんじゃない?」

 「うるさいな……春見みたいに、頭空っぽに出来ないの、私は」

 春見は自由な人間だ。私に興味を失うと、スマホ片手にリビングに戻っていった。そして何やら楽し気に画面を見ている。いいことでもあったのだろうか。

 「……」

 そんな顔に、私の足がお風呂場の方向からリビングの方へ向かった。

 特に理由はなかったけど、強いて言うなら今日は話したい気分だったのだ。

 「あのさ……」

 テレビを見ながらくつろいでる春見の隣に、私は座った。

 「何、どったの?」

 「……ちょっと相談したいことがあってさ」

 「なになに? 改まって」

 春見は心なしかキラキラした目でこっちを見てくる。私がこういう話の切り出し方をするのがいたく珍しいのだろう。込み入った話は、滅多にしたことがない。

 「春見は付き合ってる人がいるんだよね」

 「あー……そだよ。あれ、さっき言ったこと気にしてる……?」

 失言だったかな、と。春見は少し悪かったように頬を掻く。

 「それは気にしてないよ。だから……その、アドバイスが欲しい」

 「……ふむ」

 「私は……さ。正直言って人付き合い苦手なんだと思う。というか、他の人と比べて何かが足りてない気がする。

 上手く言葉に出来ないけど。その足りてないもののせいで、私はいつも誰かの心に踏み込めないんじゃないかって」

 昔から、私を称する言葉はいつも「優しそう」とか、「賢そう」とかだった。

 でも、全然そんなことはない。人には冷たいし、賢いとも言えない。歳を取って気づいたけど、そういった言葉は知らない他人を褒める常套句だ。結局、私を知っている人は誰もいない。

 ……違う。私が知ってもらおうという、努力をしないだけか。

 「だから前に付き合った彼氏とかも……今まで、本当に繋がれたって思える人がいないんだ」

 「ふーむ……有架。なかなか拗らせてるね」

 「え……」

 お菓子をつまみつつ、春見はなんてことないように言った。

 「世の中さ。そんな風に考えてる人なんていないよ。みんな好き勝手生きてるし、その上で何も考えずに一緒にいるのがほとんどだと思うよ。

 有架は考えすぎ。もう少し羽目を外した方が、愛嬌があっていいと思うよ?」

 「……そんなの」

 簡単にいうけど、私には難しい話だ。

 同時に__それを簡単に言ってしまうのが、春見という人間なのだ。

 「ずるい……」

 「へっ?」

 「春見はそう簡単に言うけどさ。……私は、そんな器用じゃない」

 思わず、そんな言葉を零していた。

 でも、そう思ったのは本当だ。自分には持ってないものを見せつけられた気がして、悔しかったし、決してこうなれない自分が恥ずかしかった。

 「あー……もう。だったらさ」

 仕方なさそうに、春見はまたため息をついた。そうして指先で私の頭をつつき、

 「私達はどうなの?」

 「え……」

 「一緒に暮らして。一緒にこう話してて。少なくとも、私は今一番近くいるよ」

 ……それは。

 「……そうだけどさ」

 「それって、何か理由があるから? 私達、今までそんな特別な何かってあったっけ?」

 「……ううん」

 小さく首を振ると、春見は満足そうに笑った。

 「でしょ? だからさ、理由なんてないんだよ、結局」

 これで悩みは晴れた? って、春見は簡単に話をまとめる。

 そんなに単純なものじゃないって、言い返そうとしたけど……でも、私の胸の中はひどくすっきりとしていた。

 何故ならきっと……春見と私の繋がりを__その答えを、はっきりと見せつけられたからだ。

 「……」

 立ち上がって、私はお風呂場へ向かう。

 「おっ、お風呂入る? 追いだきはいい?」

 「いい。……春見」

 振り返って、私は少しつっかえそうになりながらも、春見に言った。

 「ご飯、温めといて」

 それに私の隣人は、笑って答えたのだ。

 「おう。どうぞ、ごゆっくり」

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