第25話「黎明と踊る」

 新しい朝が来る。

 空はまだ灰色。陽の光はまだ届かなくて、空気は夏の朝だというのに冷たい。

 誰もいない公園で、私達は二人だけでベンチに座っていた。

 「……寒いね」

 隣の子が、さっき私が思ったことを呟く。肩まで伸ばした髪に、中性的な顔立ち。態度はクールなのに、言うことは率直で少し子供っぽい。

 「そうだね……でも、すぐに暑くなるよ」

 反面、私は本音を隠しがちだと思う。だけど、彼女の前では割と本音で話せているつもりだ。

 「やっぱりそうかー。今日、体育なんだよね。面倒くさくなってきた」

 「暑かったら休ませてもらったら? 無理するの、良くないよ」

 「別にそこまでじゃないよ。私だけ休んでたら、恥ずかしいし」

 そう、笑いながら手を振る。少しだけ緩い、ヘラっとした笑い方。でも、この子が別に軽い性格ではないことは、話していて分かる。

 私はこの子の名前を未だに知らない。

 そもそも出会ったのが、朝のランニング中だった。いつも決めてるコースを走り切り、公園で休んでいたところに、たまたま居合わせたのだ。

 話しかけてきたのは、あっちからだった。不思議な子だった。積極的に話しかけてくる割には、あんまり嫌な気がしなくて、人見知りの私でも自然と話せた。

 年上に甘えているような感じだろうか。だけど、時折妹のような表情を覗かせる時もある。言えるのは、今まで出会った中で、見たことがないタイプ。同時に、私はそんな彼女に少し憧れも抱いていた。

 「毎日偉いね。ご苦労様」

 彼女が言った。私は遅れて、ランニングのことを言ってるのだと気がつく。

 「日課だからね。一か月続いたら、もう何も考えずにできるよ」

 「そっか、習慣ってやつだね。私も始めてみようかなー」

 立ち上がって、大きく伸びをした。

 すると、空に僅かに光が通い始める。まるで彼女が呼び寄せたみたいだ。不思議な彼女がそうしたのだと言われても、私は納得してしまうだろう。

 習慣。朝のランニングも、この会話も。

 「……ねぇ」

 「ん?」

 私はこの子のことを知らない。

 だから、聞いてみたくなったのだ。ここに来る理由を。でも、 

 「ううん。やっぱり、何でもない」

 「そう……? ふふっ、変なの」

 世界は明るく色づいていく。空が燃えるように光を帯びていく。

 「それじゃ」

 そうして、私と彼女は別れる。

 またね、とか。また明日とか。そんな言葉もなかった。でも、きっと彼女はまた明日ここに来るだろう。

 不思議な子だった。だから、さっき聞くのを止めた。ここに来る理由を。あの子のことを少しでも知ってしまうと、風のように消えてしまうと思ったからだ。

 彼女が消えて、対照的に世界は色を取り戻していく。

 後ろ姿を見送って、私は踵を返した。

 そうして、またいつもの一日が始まるのだ。

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