第131話 ラストバトル、開幕

 ――ズオオオオオオオン……!


「何だ!? 地響きか!?」


 誰かが叫んだ通り、突如として遠くの方から凄まじい音が鳴り響いたかと思うと、地面を震えさせる程の衝撃が足元を走り去っていく。


 その音と衝撃は、次第に間隔が短くなっていく。それは間違いなくそれを発生させているソレが近付いてきている証拠となっていた。


 やがて僕らの目の前にその正体が現れる。……が、その姿にほぼ全てのプレイヤーが上空に向けてその目を見開くこととなる。


「いや、これは……流石にデカすぎんだろうがよ。オイ」


 側にいたエクセルが、その姿を目の当たりにして思わず言葉を漏らしていた。それはおそらく、無自覚に出てしまった本音なのだろう。


 そして、それはおそらくこの場にいる多くのプレイヤーの総意であった事は間違いなかっただろう。


「最後の最後でそう来たわけね」


「成る程、確かにこれはレイドバトルって感じだな……」


 アイギス、そしてセインが口々にそう呟いていく。


 ……その視線の先に聳え立っていたのは、それこほ第1フェーズに現れたものとは桁違いに巨大な姿となったイヴェルスーンの姿であった。


 こういうオンラインゲームではよくあるらしい、超大型モンスターとの対決。どうやら最後の決戦はそういう形になるようだ。


〈『超巨大邪竜イヴェルスーン・アライズ』が出現しました。これより10分後に最終フェーズが開始します〉


 無情に鳴り響くアナウンス音声と共に、僕らの下へ最後の戦いの詳細が知らされることとなる。


 ――――――――――――――――――


〈INFO〉


・邪竜討伐〈最終決戦〉の開始


 ギルドマスターのクライスだ。


 勇敢なる冒険者諸君。よくここまで頑張ってくれた。まずは心から感謝する。


 先程の戦いの果に余力を取り戻したイヴェルスーンを封印する為にはまだ奴の力を削る必要があったようで、封印作業は危険と判断して中断することとなった。


 更に奴は封印に使っていた力をも取り込んで、超巨大邪竜へと変貌してしまった。


 封印するには、もう一度奴を完膚なきまで倒して力を削ぐ必要がある。


 そこで君たちには最後にもう一度、邪竜を倒してもらいたい。


 これだけの力を持った邪竜だ。例え討伐したところで蘇るだろうが、その時点で封印を行う。


 ここまで強大になってしまうとファスタの街も危険となる。諸君らには申し訳無いが、街の平和を守るために今一度死力を尽くしてもらいたい。


 我々、冒険者ギルドも砦を通じて協力させてもらう。


 共に、この地を守ってくれることを切に願う。


 よろしく頼む。龍神に選ばれし来訪者たちよ。


 ――――――――――――――――――


 インフォメーションに記載されていたのはギルドマスターからのメッセージ。


 色々堅苦しい文章で刻まれているが、要するにあの巨大な邪竜と戦って勝てという事なのだろう。


 因みにクライスのメッセージの後にひっそりと追記されていたが、この最終フェーズで全滅しても通常フィールドへの影響はないという脚注が記されていた。


 これはおそらく、ギルドマスターがファスタの街が危険だとか書いてるから、第2フェーズの再来かと身構えてしまうプレイヤーが出てくるかもしれないという危惧から追記されたものだろう。


 ただし、討伐しなければ当然ながら最終報酬はかなり減ってしまうため、討伐成功するに越したことはない。


 このイベントは現状だと繰り返し再挑戦できるようなものではない、ほぼ一度限りの一発勝負みたいな感じというものになっているため、出来れば報酬はしっかり手に入れておきたい。


 また、それでこのゲーム世界の命運なんて握らされたら、それこそ心臓に負担がかかってしまうことになってしまうだろう。


 やるにしてもせめてゲーム開始して1年とかそれくらい経ってからにしてもらいたいものだ。


「暴竜のときはこうじゃなかったから油断してたけど、第3フェーズで倒せなかったらこうなるってわけね」


 ウルカの横にいつの間にか立っていたコトノハがそう告げる。どうやらベータテストでの暴竜のときはここまで巨大にはならなかったらしい。


 となると、やはり第3フェーズで倒せなかったグループ、そして全滅してしまったグループが居たからこうなってしまった……と考えるのが早いだろう。


 まぁ、だからといって倒せなかったり、全滅したグループをとやかく言う暇はないし、少なくとも僕らはそもそもそんな事を言うつもりはない。


「しかしまぁ、普通のゲームなら自分より奥から俯瞰で見れるからやりやすいが……一人称視点でこの巨大さは流石に迫力があるな」


「けど、これくらい大きいならフレンドリーファイアもそう気にしなくて良さそうじゃない?」


「むしろ、敵の超範囲攻撃などを考慮して動く必要があるな……」


 エクセルを始めとするセインのパーティーはあの巨大なイヴェルスーンをどう倒すかを考察し始める。


 確かに今の僕らは自分のアバターから直接風景を見ているので、三人称視点のゲームよりはこの手の大型モンスターは戦いづらいかもしれない。


 勿論、リリッカが言うようにフレンドリーファイアをそこまで気にしなくても良さそうだという点もあるのだが。


 そうして色々なプレイヤーたちがどうするかを話し合ってる中、タンと足音を鳴らしたのはウルカであった。その瞬間、辺りは不思議と静寂に包まれる。


「……ま、色々書かれていたとしても、私達のやることは変わらないわ」


 その静寂の中、呟いたウルカの言葉に同意するかのように周囲にいたプレイヤーたちは、コクリと頷いていく。


 気付けばほぼ全てのプレイヤーがこちらの方を向いている。そんな中、ウルカはニカッと笑みを浮かべて動きを止めている巨大なイヴェルスーンに向けて指を向ける。


「いい? 私達が目指すは勝利! 私達の手で、あの邪竜を完全に討伐するわよ!!」


「「「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」」」


 その場にいたほぼ全てのプレイヤーの雄叫びが重なり合う。


 それは、ある意味このレイドイベントが始まって、ようやくほぼ全てのプレイヤーの意識が集約した瞬間だったのかもしれない。


 それは最後だからこそ、という人間の心理によるものであったことは間違いないだろう。


 そしてイヴェルスーンが動き出すまでの10分、その間に最低限できる連携方法などをその場にいる全てのプレイヤーに伝達していったウルカたち。


 かつてはウルカに対して逃げるような素振りをしていたカイトですら、嫌々ながらもその作戦に関わっていく。……いや、関わらざるを得ない。


 たった10分で出来ること、伝えられることなどはそれこそ限られてくるものの、だとしても最後まで戦い抜くためにウルカたちは策を講じる。


「まずは兎にも角にも敵のHPを減らす必要があるわ。その為に敵の行動を出来るだけ減らしつつ、ダメージを与える必要があるわね」


 それは敵を特定のポイントで押さえ付け、動けなくした後に猛攻撃をかけるというもの。勿論、それで倒しきれれば御の字だが、そううまくは行かないだろう。


 特定のポイントというのは砦に至るまでの途中箇所。最初から砦に接近されてはすぐに壊されてしまい、NPCの支援が受けられなくなる可能性がある。


 そして猛攻撃を繰り出す際、動けなくするのに用いるのは、第2フェーズでも用いられたらしいバインドウィップというアイテムだ。


「これならあの巨体でも数十秒は動けない筈。勿論、使えば使うだけ効果時間は減っちゃうけどね」


 そのバインドウィップはフレイが大量に所持しており、本人は「最後まで使わなければそれに越したことはなかったけどねぇ……」と言いながらも、適時指示されたタイミングで使うことを了承してくれた。


「回復は俺が指揮を取るから、そこの神官プレイヤーたち、そして聖少女は俺の指示したポイントやタイミングにスキルを使ってくれ。あと、MPの管理はちゃんとしてくれよ。特に聖少女は切り札だからな。ここぞというときまで無駄遣いするなよ」


「わ、分かりましたぞ……」


「はい! 任せてください!」


 今回、餅は餅屋ということで回復に関しては神官プレイヤーに任せることになった。見返すと結構な数の神官プレイヤーが居るので、彼らがカイトの指示によって適切なタイミングで回復をすればそこまで甚大な被害にはならないだろう。


 特にミネルヴァに至っては強力な範囲回復を持つため、いざという時の切り札として使うつもりのようだ。


 無論、彼女は戦闘できない為、後衛でとっさの流れ弾から守る為に騎士が付くことになったのだが……。


「なんで、私がこの子を守る羽目になったのかしらねぇ……」


「……でも、姫を守る騎士みたいでカッコいい。アイギスお姉さん」


「うん! カッコいいですよ!」


「え? そ、そうかしら……」


 ミネルヴァの護衛につくのは姉妹だからという安直な理由でアイギスがつくことになった。前線で戦いたかった気持ちを隠しきれないアイギスに対し、称賛の言葉を投げかけるミリィとランス。


  そんな2人の言葉にすっかり気を良くするアイギスなのであった。


「取り敢えず今回の前衛は盾使いや騎士を除いた近接戦闘職で固めるわ。盾使いや騎士は魔術士を始めとする後衛のプレイヤーを守るためにアイギス以外は中間で待機してもらう事になるわね」


 前衛は今まで通り近接戦闘職や盾使いや騎士などの盾職がつくこととなったが、盾職の大半は後衛のプレイヤーを守るために中間に位置する形となるようだ。


 因みに回復の要となる聖少女専属の護衛であるアイギスは完全に後衛のポジションに居る。


 中間に立つのは、敵の範囲攻撃等で前衛が壊滅した際に直ぐ様後衛を守れるようにする為となる。


「ただ、数人は前衛の方でカバームーブ等で庇う役割で必要となるから、腕に自身のある者は挙手を頼む」


 ウルカの説明の後にセインが腕に自身のあるプレイヤーを探すと、いの一番にアイギスが手を挙げるもスルーされ、その後おずおずといった様子で数人の騎士プレイヤーが挙手をしていた。


「ありがとう。あなた達は前衛で戦ってもらうわ。でも、ダメージを肩代わりするから危ない時は下がって神官プレイヤーから回復を受けて頂戴」


 そして後衛には魔術士や弓使いなどの遠距離戦闘職、投擲が可能な生産職、そして回復担当の神官プレイヤー(うちミネルヴァ専属騎士のアイギス)、そして支援担当の僕という形になる。


 なお、ルヴィアには前衛の方で戦ってもらうことになった。先程のミネルヴァとの一軒で、ウルカと並んでプレイヤーたちの注目の的となってしまったルヴィアが前で戦えば、幾らかプレイヤーたちの士気も上がるだろうというウルカの判断である。


「それじゃあ、頑張ってルヴィア」


「うむ。危ない時はすぐに戻るからの!」


 そう言ってルヴィアはスズ先輩とアーサー、そしてランスと共に前衛へと向かう。その前衛にはウルカやコトノハ、セインにエクセル、ユートピアらなどが集っていく。まさに総力戦だ。


 僕の側には後衛のミリィ、そしてミネルヴァの護衛であるアイギスが立っている。その側には既にアテナの姿が現れており、どうやら手を隠すつもりはもう無い様だ。他にもリリッカやセーメー、カイトたちも立ち並んでいる。


 中間の盾使いや騎士のゾーンには、ガンツを始めとした盾を持ったプレイヤーたちが気合を込めて盾を構える。そこには絶対に後ろに攻撃を向かわせないというやる気が溢れていた。


 ……第1フェーズでどうこう言っていたプレイヤーは問題があったのか既にこの場にはおらず、そんなプレイヤーたちの影響もあって協力できなかったプレイヤーたちが、今は共に並んで戦おうとしている。


 そこには、第1フェーズでは叶わなかった『全てのプレイヤーが協力して、強大な敵と立ち向かう』という光景が広がっていた。


 そして、時間はあっという間に過ぎていき、アナウンスされた時から10分が経とうとしていた。


「さぁ、もう時間よ! みんな、気合を入れて!!」


「「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」」


 ウルカの声と共に激しい叫び声が響く。そして、その雄叫びと共に時間となり、出現した後に動きを止めていた超巨大邪竜イヴェルスーン・アライズの目が光り輝く。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 そして第1フェーズの始まりのように、いやそれよりも遥かに巨大な雄叫びを、僕たちへと投げつけてくるのであった。

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