第100話 オキナの防具屋

 その後、生産ルームへと向かおうとしていた際にメールにオキナからのメッセージが届いていた。


 何でも、以前話題に出ていたルヴィアの装備に関して製作出来たので見にきてほしいという話だった。ちょうど僕がログインしてきたのでメールを送った形になるのだろう。


 ルヴィアの装備か。ちょうどレイトバトル前だしステータスの強化と考えるとちょうどいいのかもしれないな。


「……というか、オキナはようやく自分の店を立ち上げたんだな」


 そのメールには、生産ギルドの近くである北門付近の場所に自身のショップを立ち上げたという事が記載されており、そこにお客としても来てほしいという旨も書かれていた。


 ちょうど今朝のタイミングでオープンしたらしい。


 最後に合ってから7日くらいは経っているし、その間に資金やら色々用意できたのだろう。流石は生産の分野でのトッププレイヤーだけはある。


 そして僕らは指定された場所――北門の前の空き家が幾つかあった区画の1つにあった小さな一軒家に辿り着く。そこは周囲の家と同じで2階建ての造りとなっているようで、1階がお店の形となっており、2階がプレイヤールームとしての構造となっているようだ。


 立地的に他のNPCの店も近くにあり、また北門のすぐ近くということもあって人の通りも多そうなので、かなり良さげな立地ではある。


 これは中々高そうな気がするが、賃貸なのか購入なのか気になるところだ。


 名前はそのまんま、『オキナの防具屋』というらしい。捻りはしなかったようだ。


 そして、僕らは早速店の中に入る。店の中は和風の造りとなっており、全体にマネキンに着せた防具が大量に置いてある。基本的はそれらを選択して購入する形となっているようだ。


 接客はおそらく雇ったであろう複数の女性のNPCが行っているようだが、一人だけファッショナブルなデザインの衣装を着た女性が居る。この人物は流石にNPCではなさそうだ。


 見た目はコトノハやメイヴィと同じくらい長身でスラッとしているが、アニメーション補正があるとはいえ何処となく顔つきに幼さが残る感じとなっているので、多分メイヴィと同じ中学生くらいだろう。


 メイヴィとはよく似た雰囲気だが、メイヴィが綺麗めな印象に対してはこっちの子は可愛らしい印象が強めな感じだ。


 ただ、その幼さは容姿よりもむしろ態度の方に出てきている感じが強い。何故かというと、他の従業員よりもかなり威勢がいいのだ。その子。


 それにしてもあの子の周りに人が多いような気がするが……。まぁ可愛らしいから、人気は出そうではある。


「おー! よぅ来たなリュートはん! 待っとったで!」


 店の中の様子を見ていた僕を店の奥から出てきたオキナが出迎えてくれる。その姿を見て、周囲のプレイヤーたちが少しだけざわめく。


 そういえば、オキナはベータテスターの中でも割と有名なプレイヤーであるとアイギスが言っていたっけ。この反応を見るに、おそらく奥か上にある生産用の部屋に籠もっていて、表に出てくることがないのだろうな。


「開店おめでとうオキナ。結構、繁盛してるみたいだね」


「お陰様でな! まぁ、ゲーム内で昨日開けた時は客入りが多すぎて、作り置きしとった防具の在庫が無くなりかけたりしてヤバかったんやけどな……」


 やはりベータテスターの有名人が立ち上げただけあって、前の日はかなりの客入りだったようで、かなりの在庫が捌けていたようだ。


 それでもまだこれだけあるのだから、生産速度が段違いだ。


「まぁ、リュートはんらの防具に比べたらあんなん幾らでも量産できるさかい、苦労でもあらへんな」


「いや、流石だと思うよ。僕も物は作るけど、そんなに量産とかは出来ないからね」


「まぁ、量産は生産職の十八番オハコやからなぁ」


 生産職には『量産品』を作るためのジョブアビリティが備わっていることが多く、生産職=大量生産というイメージが強いようだ。


 昨日調べて分かったのだが、実は品質や性能のいいものを作ろうとする際に、生産職の補正はあまり働いていないらしい。


 正しくは、名工系や職人系などの特化型の生産職でないと補正が発生しないのではないか、ということらしい。


 まだ未確認の情報であるためなんとも言えないが、おそらくそれらのジョブはクラス3辺りにあるのではないか、と推測されているらしい。実に先が長い。


 勿論、普通の生産職でも品質そのものは補正で上がりはするが、それこそ極端に上がるというわけではなく、やはりそこの上がり幅はプレイヤーのリアルな手腕にかかってくるらしい。


 その点で言えば、オキナは名工系でも職人系でもないただの服飾師であるにも関わらず、あれだけの性能のものを作っているのだから、十分に規格外なのである。


「そういや、自分も中々ええもんを大量に作ったってアイギスから聞いたで?」


 どうやら昨日の今日で既に僕の話はオキナの耳にも入っているらしい。僕は一応開店祝いにと、作っていた経験の竜玉をオキナに渡す。


「ほー。経験の竜玉か。自分で買うとなるとかなり高いからなぁ。それでいて結構質もええし、効果も店売り以上……うーん。これ、ウチで売らへんか?」


「いや、オキナの店は防具屋でしょ」


 防具屋に消費アイテムが売ってあってもおかしくはないけど、流石にあの防具と一緒に置くのは気が引ける。


 オキナからは勿体ないと言われたが、一応アイギスから僕が店を持つのを勧められている事を知っていたようで、そっちで売られることを期待すると言っていた。うーん、また期待されてしまったな。


 まだどうするか決めあぐねているところがあるんだが……。


「取り敢えず、本題の方を見せたいから、ちと奥の方行こか? あ、ナギちゃん! ごめんけど、さき生産ルーム使うから、生産はちと待っといてなー?」


「はーい! 了解です師匠! ……あっ、次の方どうぞー」


 その後、プレイヤールームの個人テリトリーである場所へ入るために、ルーム入室の許可を出してもらってからオキナとともに店の奥に向かう。


 これがないとこのように店とルームが一体化されたホームでは、登録されたプレイヤー以外がルームに入れない設定となっているので、必要な動作となる。


 ルームへと入る前にオキナが声をかけたナギという僕がオシャレな格好をしていると思っていた人物は、奥に向かう最中にオキナから聞いたところによるとどうやらオキナの弟子となる人物らしい。……弟子?


「あの子、露天で店出してた時に弟子にしてくれーって押しかけてきてなー。その時、店を出すための出資金出してくれたら弟子にしてやるでーって冗談で言ったらマジで持ってきてな……」


「あー、それで断るに断れずって感じなのか」


 僕がそう言うと、オキナは苦笑いを浮かべながらコクリと頷く。


 服飾師としての腕前は流石にオキナには劣るものの、それでも現時点の服飾をメインにしている、それなりの品質のアイテムを安価で作れる生産職の中では、ほぼトップに近いレベルの腕前を持つのだという。


 品質や性能に対するコスト的には、なんとオキナよりも良いらしい。まぁ、オキナは効果を付けるためなら金や素材に糸目をつけないからなぁ……。


 何でもリアルはあの容姿でまだ中学生らしく、なおかつ以前はファッション誌のモデルをやっていたらしい。今はやめているらしいが。そんなとこまでメイヴィと似てるのか。


 オキナが弟子入りを志願した理由を聞いたところ、幼い頃から自分の好きな服を作りたいという夢を抱いていたらしく、このゲームの存在を知って将来への勉強として始めたらしい。


 そこでオキナの存在を知って、そのリアルテクニックの腕を見込んで弟子入りを志望したという流れだったようだ。


 オキナ曰く、「そんな夢とか聞かされたら断りきれへんやん?」とのこと。根が真面目なオキナらしい。


 歳はちょうどランスとミリィと同い年らしく、たまたま俺とオキナも同い年なので、なんとなく似たような境遇になってしまっているな。


 そして、現在この店はこの2人での共同経営という形になっているらしい。それでたまに【服飾】や【裁縫】に使えるテクニックを教えているようだ。


 オキナ的には同じような製作スタイルのプレイヤーが増えれば、ゲーム内の技術が発達してまわり巡って自分が楽になるという思惑の元、指導しているようだ。


 まぁ、1人で服飾師界隈を牽引するのも凄く大変だろうから、同じ技量のプレイヤーが増えることは良いことではないかと思う。


 しかし、案の定というか何というか店の方は彼女のファンの客が多いのだとか。まぁ、リアルが元ファッションモデルらしいので、知ってる人がいてもおかしくはないだろうがアニメーション補正で顔はよく分からない筈なので、おそらく単純に可愛らしいからだと思う。


 今は彼女目当てで店に来て、冷やかしで帰る人も多いらしく、オキナ的には対応を考えているようだ。


 そういえば名前を聞いて思い出したが、僕が今装備している隠匿の外套の製作者が確か『ナギ』という名前だったのだが、どうやらあの子が製作者だったらしい。


「へー。そのリュートはんの着てる外套、それもあの子の作ったやつやったんやな。多分、色々練習してた頃のやつやろな」


「あぁ。中々便利だよ。気配を消しておけばまず狙われないし」


 まぁ、それ以前に狙われるほど前に出てすらいないし、優秀すぎる仲間のお陰で狙われたことも無いのだが、これを装備してから特に攻撃の対象に選ばれてないのは多分これのお陰もあるのだろうと思う。


「ハハハ……そら何よりやで。さて、ここやでここ」


 そして廊下を歩いていた僕らは1つの部屋に辿り着き、中に入っていく。その中はいつぞやの生産ルームのような感じで乱雑に素材や製作済みの防具が積み上げられた状態となっている。


 どうやら片付けができないのは師匠も弟子も変わらないようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る