第49話 チーター疑惑

 その後、荷物を受け取って整理をし終わった僕は、少し片付けに手間取ったこと、そして夕食を取っていたこともあって予定より1時間遅い、リアルでの19時過ぎに再度ログインすることになった。


 同時に召喚されたルヴィアと共にファスタの街のログインスポットである聖竜神殿前に降り立った。


 ゲーム内では23時を過ぎた辺りとなっている。


 辺りは暗くなりかけていたが、街灯が煌々とついている為かそこまで暗くはない。


 ただ、夜時間であるためかプレイヤーの数は少ない。それは装備受け取りにリアルでの昼にログインした時と変わらないのだが、それよりはまだ人の数は多い気がする。リアルは夕方だからこの時間からログインできるっていう人も多いのだろう。


 そんな中、僕は生産活動を行うために生産ルームへと向かうことにした。生産ルームなら生産キットも借りれるだろうし、手ぶらでも問題ないかな?


 素材は薬草とクスリ茸採取の際にミリィから譲ってもらったその他の素材を使うことにしているが、足りなければ調達する必要がある。


 その場合は、普通のNPCの店か生産者ギルドのギルドショップに行く必要があるのだろう。


 取り敢えず、目的地に向かって歩いていく僕とルヴィアだったが、そんな僕らを見て他のプレイヤーたちが何やらヒソヒソ喋っているのが視界の隅に映る。


 そのプレイヤーたちの方を見ると、見られたと気付かれてそそくさと逃げていく。


 流石のルヴィアも周囲のそんな態度に苛つきを隠せない様子だった。


「のう主殿。何やらさっきから不躾な視線ばかり感じるのだが、文句を言っても構わんか?」


「うーん、言おうにも足早に逃げられちゃったからねぇ……まぁ、気にしないのが一番だよ」


 少なくとも実害が出ない以上はこちらからどうこうする事はしないほうがいい。僕の場合、小学生くらいの時に似たようなことを言ってしばらくイジメの対象になったことがある。


 その時は似たようなことを相手にやり返して、逆に怪我をさせてしまい、先生や親からめちゃくちゃ怒られたっけな。まぁ、イジメのことで結局有耶無耶になってしまったけど。あれは未だに納得できてない。


 思えばその頃から、妙に達観してたなと我ながら思う。


「むぅ……しかしだな」


「おい、チーター! バグるからゲームやんな!」


 そんなルヴィアと喋っている最中に突然罵声が響いてきたと思うと、僕に向かって何かが飛んできた。泥団子だろうか? 当たった場所が少し汚れている。せっかくさっき貰ったばかりの装備なのに。


 まぁ、こういうイタズラ系のアイテムの汚れは時間経過で取れるので問題はないのだけども……。


 因みにこのゲームでは、互いに同意を得て成り立つ『決闘モード』や一部の闘技施設やイベント以外では、直接プレイヤー同士で戦う事や攻撃を仕掛けることはできない仕様になっている。


 いわゆる『プレイヤーキラー』という行為が出来ないようになっている。同様にモンスターを引き連れて別のプレイヤーたちに擦り付ける『トレイン行為』も、戦闘から離脱した際にフィールドならそのモンスターが消える仕様となっているため、出来ないようになっている。


 ただし、この手のイタズラ系のアイテムを使って嫌がらせをする行為自体は決して咎められてはいない。これ自体にダメージを負わせる効果は無いからだ。尤も、今回のように見知らぬプレイヤーに投げつける行為はやり過ぎではあるだろうが。


 誰が投げてきたのだろうかと辺りを見回してみると、少し離れた場所で金髪の男女のグループがこちらを見てケラケラ笑っている。どうやら彼らの中の誰かが投げてきたようだな。


 しかも、言っていることからしてどうやら僕はチーター疑惑を植え付けられているらしい。どういうことだ?


 泥を当てられた僕の姿を見てルヴィアの目の色が変わる。驚いたのが本当に色が変わっていて、金色になっていた。何かの覚醒状態か何かだろうか?


 メニューを確認するが、特に変化は無さそうだ。


「おい、誰だ? 主殿に泥を投げつけてきたのは」


 ルヴィアの本気の【威圧】が周辺の空気を包み込んでいき、周囲に居た他のNPCやプレイヤーも関係なく動けないような状態になっていた。


 おそらく恐怖状態に陥っているようだが、それにしては効果が強すぎないか? 契約者である僕ですら、軽く状態異常じゃない方の恐怖を感じるんだが……。


 当然、その泥を投げてきたグループのプレイヤーたちも同様に動けなくなってガタガタと震えているのだが、それでもそのリーダー格であろう投げつけてきたプレイヤーだけは、ブルブルと脚を震えながらもこちらに文句を言ってくる。凄いな、RESの数値が高いのだろうか?


「……こ、こいつがチーターなのが悪いんだろ!」


 その男が顔を青くしながら叫ぶ言葉に、ルヴィアは首を傾げる。


「ちーたー? どういうことぞ? ……動物のことか?」


 チーターという言葉にピンとこず、動物のことなのかと問いかけてくるルヴィアだったが、ここでいうチーターとは動物のチーターのことではなく、不正チートをやっているプレイヤーのことを指すと説明してあげる。


「な、何を言っておる! 主殿が不正などするわけが無いだろう! 妾は正当な召喚の元に呼び出され、そして主殿と契約した! そこにやましい事など有りはせぬ!」


「ふ、普通なら、そんな人型だったり喋ったりするドラゴンを召喚できるわけねーだろ! それに、チートやってるって、掲示板に書いてあって……」


 その男性はどうやら僕のことがチーターであるという掲示板の書き込みを見て、こういう行動をとったらしい。


 しかしだ。仮に僕がチーターだとして、彼がやるべきことはまず運営への報告であって、罵声を浴びせたり、泥を投げつけることではない。


「……だったらさ、運営に問い合わせしてみなよ。そうすれば、僕が本当にチートをしてるかどうか、分かるんじゃないかな?」


 その後、僕が運営に問い合わせしてみてと言うと、即座にそのプレイヤーは問い合わせしてみたようだが、結果として不正ツールの使用などは確認できなかったという報告が降りてきただけだった。


「これで証明できたかな?」


「えっと……その……すいません……」


 男性は凄く申し訳なさそうな雰囲気で謝ってきた。多分僕よりは歳上なのだろうけど、謝れない人はこの状況でも謝れないので、まだマシな人なんだと思う。まぁ、それなら最初から絡むなよという話ではあるが。


「いや、いいですよ。それより、掲示板で見たからってすぐその噂を鵜呑みにしちゃ駄目ですよ? 誰かが故意に他人を陥れようと書き込んだ、嘘かもしれないんですからね。こういう憶測で盲目的に行動することほど、人として愚かなことはありませんよ?」


「はい……すいません……」


 歳下に説教されている事がよほど応えたのか、ずっとしょぼしょぼした様子の男性。その周囲にいたプレイヤーたちも同様の状態だった。


 因みに後でルヴィアから、その時の僕を見て「笑っているのに目が全然笑ってなかったから、すごく怖かった」と小学生みたいな感想を頂けた。その時、僕はいったいどんな顔をしていたのだろうか……。


 というか、目の色をしっかり変えて威圧していたルヴィアも、人のことは言えないと思うのだが。


 なお、仮にルール違反をしていたからといって、それに対して私刑を働くのは当然ながら規約違反になる。本来、このゲーム内でのルール違反に対して罰を与える権利は運営だけのものだ。


 今回は当人たちもしっかり反省しているし、僕もこれ以上言及するつもりはないので何もないだろうとは思うが、もし規約違反と運営が判断すれば一定期間のログイン禁止、最悪アカウントが削除される場合もある。


 なので、憶測で行動するのは非常に危険な行為なのだ。僕が温情な人間で良かったと感謝してもらいたいほどだ。まぁ、2度目はないとしっかり釘を差したから彼らは問題ないだろうけど。


 その後、そのプレイヤーたちが素直に反省してそのままログアウトした直後に、アイギスからフレンドコールが入る。これはフレンド同士で離れていても通話できる機能だ。


『もしもし、リュートくん? 大丈夫? なんか、リュートくんが絡まれてるのを見た、って知り合いから連絡来たんだけど……』


「あぁ、うん。それに関してはちょうど一段落したところ。でも、誰か僕のことをチーターって書き込んだ人が居るらしいね。まぁ、仕方ないとは思うけど」


『あぁ、うん……そうなのよ。私もさっき掲示板で知って、一応火消しに努めてたのだけど、結構拡散されててね。……でも、さっき絡んできた奴に運営へ問い合わせをさせたのでしょう? 多分それと同時に、そういう疑惑が書きこまれたスレに運営側が、不正が確認できなかったっていう書き込みをしてたのよ。多分、似た問い合わせが多かったのでしょうね』


 どうやら火消し自体は運営も動いてくれたようでスムーズに進んでいるらしい。それでも疑ってかかるプレイヤーは少なからずいるだろうが、その時はその時だと思う。


 あまりにも酷い場合は即座に迷惑行為で通報してやればいい。警告もあった上での行為だから、一定期間のログイン禁止は避けられないだろう。


 最初に書き込んだプレイヤーはどうなるのかは分からないものの、周囲のプレイヤーを巻き込んであるのでそう軽くはない罰を与えられるのではないか、というのはアイギスの談である。


『ごめんなさい、あのときにこういう疑惑が出るかもって説明できればよかったのだけど……』


「いや、今回アイギスは何も悪くないって。僕も、まさか時間が経って例の噂がこんな形になっているなんて思ってもいなかったし」


 結果として落ち着く方向に進んでいっているのであれば問題はないだろう。


 それに僕という前例が出来たのだから、他に人型ドラゴンの契約者がいてもこれでそこまで批難を浴びせられることもないだろう。まぁ、そもそも居るのかどうかも知らないのだけど。


『そう? それならいいけど……。そういえば、リュートくんはこれから何をする感じなの? 外に出てるのなら、一緒に行けるけど……』


「いや、流石に夜時間は外に出るのはちょっとね……。だから、生産でレベル上げをしようと思ってるよ」


『あぁ、生産活動ね。確かにリュートくんならそっちの方がレベルが上がるかもしれないわね。……もし、素材とかが必要とかあったら後で連絡してちょうだい。南門の方の素材なら回収できるわよ。まぁ、渡せるのは夜時間明けてからになるだろうけどね』


 どうやらアイギスも【採取】持ちのようで、素材採集を自ら買って出るようだ。何かしらの思惑が感じ取れるがまぁ気にしないのが一番だ。


 本人がいいと言ってるわけだし、多分必要はないが、もし必要になったときはお願いしてみよう。取り敢えずそういう旨で伝えておいた。


 因みにその後、掲示板にてルヴィアのアビリティについて知りたいという書き込みがあった事を伝えられたが、取り敢えず常時召喚系のアビリティが【常在戦場】であることだけ伝えておいた。


 それを聞くと『あー……』とアイギスが呟いたので、どうやら【常在戦場】というアビリティ自体はベータテスターたちには知られているみたいだな。そして、反応から見るにやはりデメリット系に分類されるアビリティだったようだ。


『……それじゃあ、また何かあったら連絡ちょうだいね、リュートくん』


「分かったよ。それじゃあ」


 そしてフレンドコールは終了し、僕らは再び生産ルームがある施設へと向かうことにした。


 しかし、いざ到着して借りたい旨を説明すると、生産ルームは生産者ギルドに登録しないと使えないということが発覚した為、僕らはすぐ隣にある生産者ギルドへと足を運ぶこととなった。

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