第33話 狼の群れ

 食事をとった後、僕らはグレーウルフ3体の討伐の依頼を達成すべく、森の奥へと向かっていた。


 この森ではグレーウルフが出現する、と言っていたが、どうやら森の表側である草原に面している方の浅い部分にはほぼ生息していないようで、そのほとんどが森を東に進んだ森の奥の方に居るらしい。


 森の奥の推奨レベルは、表側のレベル3程度に対してレベル8以上という感じに変化する。因みに推奨レベルはだいたいこの前後のレベルの敵が出てくる、もしくはプレイヤーがそのレベルくらいでないと対処が厳しいという風な扱いになっている。


 なお、森の向こう側にあるという村落には、ファスタから続く街道から分岐する、森から林を進む旧街道を通ると辿り着けるらしい。


 おそらく森の中を突っ切っても辿り着くのだろうが、進む方角が南向きと森の奥とは違うので、少なくとも今回は辿り着かないだろうと思う。


 流石に今の段階で森の奥に向かうプレイヤーは少ないようで、少なくとも僕らが向かう間に他のプレイヤーとすれ違う事はなかった。


 まぁ、こんな森の奥に行ってまでレベル上げをするのなら、北門を出てからすぐあるエリアが同じくらいの推奨レベルらしいので、そっちに向かうだろう。


 そんな森の中を、ルヴィアとランスが前を行き、その後ろから僕とミリィがついてきている感じだ。


 これは前衛後衛という役割分担なだけで僕が怖がりだとか、歳下を先に歩かせてる偉そうなやつとか、そういうのでは決してない。


 ホーンラビットにしろ、出てくるとすれば前からなのでそうなると近接戦闘をできるプレイヤー辺りが前に出て、遠距離攻撃や支援系は後ろに下がるというのはこの手のゲームでは鉄則らしい。


 そういえば潤花に勧められたゲームもそんな感じだっな。そのゲームも昔はどんな武器でも役割でもみんな横並びのボジションだったとかとも言ってたけど。


「それにしても悪いね、結局僕らの依頼に付き合わせる形になっちゃって」


 本来ならさっきの採集が終わったらそれぞれ別行動にするつもりだったのだが、どうせ依頼の報告で戻らなくてはいけないし、それなら一緒に戻った方が色々安全だと、要約すればそういう旨をミリィが小声で言ってきたので、取り敢えず街に戻るまでは一緒に行動することになったのだった。


 僕としても、グレーウルフ3体を相手にする場合、どうしてもルヴィアだけだと手が足りずに僕がダメージを負ってしまう可能性もあったので、非常に助かった。


 まぁ、ルヴィアを信用していないという訳では無いのだが、死に戻りして全てが無駄になる可能性もあったので仕方ないと思ってほしい。


「いや、気にしないでください! 俺としてもグレーウルフがどんな敵か気になりますし!」


「……本当に灰色なのか確かめる」


 このグレーウルフの討伐の依頼は、グレーウルフが生息するエリアの推奨レベルからも分かるように、本来ならもう少しレベルを上げるか、ある程度討伐依頼の回数をこなして冒険者ギルドの信用度を上げないと引き受けられない仕様となっているらしい。


 ランスたちが試しにグレーウルフ単体の討伐依頼を受注しようとした際に、そういった事を受付に言われて断られたようだ。


 まぁ、それを僕らが初回から引き受けられたのは、間違いなくイーリアが言っていた登録試験でのS判定が理由なのだろう。


 ランスたちに登録試験の判定の事を聞くと、「いや判定とか知らないですよ?」と答えた。まぁ、僕らも依頼を受けようとしたときに聞いたので、本来ならプレイヤーには開示されない情報だったのかもしれない。


 なんにせよ、まだランスたちの実力や信用度ではまだグレーウルフの依頼は受けられなかったので、今回の討伐はいい機会になるだろう。


 別に依頼を受けずにモンスターを倒しても問題はないだろうが、せっかく依頼料などを得られるチャンスを棒に振るのは勿体ない話だ。


 そもそも依頼を受けられるかどうかは、今の自分のレベルで大体どの程度の敵となら相手取れるのかという指標にもなっているので、下手に強敵に戦いに行って無駄に死に戻りするのを防ぐ意味合いもある。


 今回、自分の実力がどの程度のものなのかをしっかり把握できれば、今後無茶をやって死に戻りする機会は減るかもしれない。2人なら、すぐにレベル5になってデスペナルティが解禁されるだろうから尚更だ。


 しかし、これがパーティー結成後に受注した依頼だったら、パーティー全体で引き受けたことになるので報告後全員に同じ報酬が渡されるのだが、今回は受注後にパーティーに加入したので依頼料は僕だけが受け取ることになる。なので、後でちゃんと報酬は分けてあげないといけないな。


 まぁ、まずはちゃんと依頼を達成できるよう気を引き締めないといけないわけだが。


「さて。そろそろグレーウルフの生息地に入りそうだ。いつ飛び出してくるか分からないから前衛の2人は気をつけてね」


「分かっておるぞ」


「了解です!」


 ルヴィアとランスの返事と共に木々が揺らめく。


 森の表は木漏れ日が心地良さ気な緑豊かな森林という感じであったが、奥になると流石に木々が大きくなり、その大木の葉が太陽光を遮断してしまっていて真昼にも関わらず薄暗くなっている。


 とはいえ光が全くないわけではなく、太陽光は葉を透かして僅かながら差し込んでおり、地面に生えてる苔がほのかに光っていた為、そこまで暗い印象ではない。


 だがそれでも、息を潜めて姿を隠し、獲物を狙い定めるには好都合な環境であると言える。グレーウルフがいつ飛び出してきてもおかしくない状況であった。


 オマケに平坦だったそれまでの道とは違って、奥は起伏の激しい地形になっており、それがなおさら戦いにくさを感じさせる。ここではあまり乱戦にはなりたくないと思いながら、先の方へと進んでいくと、ふとルヴィアが立ち止まる。


「……来たぞ、主殿」


 ルヴィアがそう告げると、目の前の少しだけ登り上がった丘のような場所に3体の灰色の毛を持った狼が音もなく出現する。その目は暗がりの中で怪しく輝いている。


 どうやら、あれがグレーウルフのようだ。輝くその目はよく見ると血走っており、獲物を前にしてなのか、かなり気が荒くなっているようだ。


 そのまま戦闘が開始した流れとなり、視界に敵味方の各種ゲージ等が表示されるのと同時に、相手のレベルが表示される。そのレベルは3体ともレベル5となっている。格上ではあるだろうが、単体ならばまだランスたち2人でも対処可能なレベル差だと思う。


 どうやらグレーウルフ自体のレベルは推奨レベルよりも低いようだ。ではなぜここの推奨レベルが高いのかというと、その最たる理由が群れで出現することにあるらしく、複数体の場合だと高度な連携を利用してくるようだ。


 なので、ある程度場数を踏んで戦闘に慣れておかなければ、対処できぬまま翻弄されて死に戻ることになるだろう。要するに本人にその推奨レベルと同じ実力を要するタイプのモンスターということになる。


「ルヴィア、予定通り行くぞ」


「任せよ。……さぁ、妾を畏怖せよ狼共!!」


 グレーウルフたちの前にルヴィアが飛び出すと、そこから大声でグレーウルフに対して威圧をかける。


 すると、目の前にいる少女が何に見えたのかは分からないが、何か恐ろしいものを見たかのように急にグレーウルフたちが逃げ腰になってしまう。


 これはルヴィアの持つアビリティ【威圧】の効果で、基本的に自分よりもランクが格下の相手に対して威圧をかけることで、対象に状態異常である『恐怖』の状態を与え、更にゲージ系以外のステータス値を僅かに減少させるという効果を持つ。


 相手のランクが近かったり、レベルが上の場合は効きづらいという弱点はあるが、グレーウルフ相手ならレベルが上であっても、ランク的な意味合いで問題なく発動するようだ。


 恐怖状態になると、動作の遅延と視野狭窄が発生する。要するに怖くて動けなくなり、周りがよく見えなくなる。


 この状態だと、パーティーを組んでいても他の仲間が見えづらくなってしまう為、連携を取りづらくなってしまうのだが、こうして群れをなして行動する相手に使うと簡単に分断することができる。


 まぁ、相手を恐怖状態にする効果はかなり珍しいようだが。


「取り敢えず、これで1対1……じゃなくて1対2の環境はできたから、後は2人で協力して倒すだけだよ。ランス、ミリィ」


 道中、さっきの威圧の効果をルヴィアが話していた際に、ランスとミリィから経験を積むために1体を引き受けてほしいという申し出があった。


 勿論、単体だからといって舐めてかかれば、その素早さに翻弄されて負けてしまうだろうが、2人のやる気を見れば問題はないだろうとルヴィアが太鼓判を押したことで、1体を任せることにした。


「了解です……!」


「……分かった」


 ランスとミリィはそれぞれ手に持った長槍と杖を強く握りしめてグレーウルフに立ち向かう。


 そんな2人よりも後ろに下がった僕は、支援スキルである『アタックアシスト』と『リリーブテンション』を発動する。


 今回は全員の後ろに回ったので、全員に一律の効果で効果が与えられる。これでランスたちもしっかり実力を発揮できるだろう。


「そして、ルヴィアにはこれだな。『魔力供与』!」


 その後、『魔力供与』によりルヴィアへ僕のMPから100ほど送り込む。それを受け取った事でルヴィアはニヤリと笑みを浮かべる。


「うむ! 一気に片を付けるぞ!」


 そう言ってルヴィアはランスたちが受け持つ事になる1体以外の残りのグレーウルフに対して飛びかかり、両の手でその首根っこを掴むと、ランスたちとは別の方に投げ飛ばした。


 体格的にはかなり大きめだったのだが、よく飛ばしたものだ。


 その光景に呆気にとられていたランスたちであったが、彼らが受け持つ予定のグレーウルフが攻撃を仕掛けてきていた為、僕が声をかける。


 咄嗟に避けていたが、それによって気を引き締め直したのか、目の前のグレーウルフを見つめていた。


 さて、2人はどうやって戦うのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る