第35話 いつも通りの昼休み

--ワタシにとって、伊坂くんはどんな存在なんだろう?



 それは、これまでも時折考えたことのある疑問だ。

 最初の内は、本当にたまに、フッと思い浮かぶ程度。

 けれども、そのうちにそのことを考える頻度はどんどん上がっていった。

 そして、その答えもまた、時が経つほどに変わっていった。



--ワタシの、たった1人の同類。



 それが、初めて会って、話をした時の印象。

 見た目は怖いけど、本当はとても優しくて、見ず知らずのワタシを善意から助けてくれた。

 あのときは、ワタシはずいぶんと伊坂くんを怖がってしまって、見苦しい姿を見せてしまった。

 そしてその翌日、オカ研で再び助けてもらった時は心底驚いたものだ。

 そのときも怖がってしまったけど、生まれて初めてこの眼に感謝した時でもあった。

 この眼の力がなかったら、伊坂くんと過ごせる時間は大きく減っていたに違いない。



--ワタシの、初めての友達。



 伊坂くんと一緒に過ごすようになってしばらく。

 やっぱり伊坂くんとの関係がどんなものなのか考えて、思わず口に出してしまった言葉を、伊坂くんが肯定してくれた。

 


--友達、なのかな?


--オレと黒葉さんが、友達か・・・確かに?



 その日から、ワタシと伊坂くんは友達になった。

 友達とは、辞書によれば、


『志や行動などをいっしょにして、いつも親しく交わっている人々』


 とある。

 これを見てみれば、オカ研でオカルトのことについて議論を交わし、いつも仲良くお話しているワタシたちが友達というのは客観的に間違いのない事実。

 いや、そもそもワタシと伊坂くんの双方がお互いを友達だと思っているのはれっきとした事実なのだから、元より誰が何といおうと絶対に揺るがないこの世の真理と言ってもいい。

 それは、こんなワタシが手に入れていいものなのかと本気で思うほどに、ワタシにとって分不相応なものだった。

 ワタシは幸せだった。

 それまでおばあちゃん以外の人と関わりがなかったワタシには、伊坂くんという友達はまさしく奇跡だった。

 けれどもだ。



--ワタシ、伊坂くんのことが好き、なのかな?



--ワタシの、運命の人。



 ワタシは自分で思う以上に欲張りだった。

 ワタシの運命は、まるで物語のようにドラマチックで。

 ワタシは、友達ですら物足りなくなっていた。

 それより先に進みたいと、そう願うようになっていた。

 それはきっと、伊坂くんだって・・・


「伊坂くん」

 

 思考が途切れる。

 誰もいない、長机と椅子、そしてソファと本棚があるだけの地味な部屋。

 そんな部屋の中に、ワタシの声はいやに大きく響いた。

 その声で、ワタシは今自分がどこにいるのか気がついた。


「オカ研か・・・」


 部屋に掛けられた時計を見てみれば、昼休みの時間を指していた。

 どうやって来たのかの記憶も曖昧だが、無意識に来てしまっていたようだ。

 いや、思い起こしてみれば、今日の朝からの記憶が曖昧だ。

 あのメールを見てから、世界のすべてがピンボケしてしまったかのようにすら思える。

 ワタシは、スマホを取り出して、そのメールを見る。

 頭の中ではもうその中身を理解しているというのに、心の中でそれが嘘であると望みながら。



『黒葉さん、ごめん!!今日、クラスで用事ができて、昼休みに行けなくなった!!放課後は大丈夫だから、そのとき埋め合わせさせてほしい!!本当にごめん!!』



「っ!!」


 反射的に、すぐにスマホの画面を消す。

 少しでもそのメールから離れたくて、スマホから目を離した。

 けれども、ワタシの眼に写るのは、昼休みだというのにワタシしかいないオカ研の部室。

 いつもこの時間に座っている椅子。

 目の前には、普段ならもう中身をつまんでいるはずの弁当箱。

 唯一いつもと違うのは、対面に座っているはずの男の子がいないこと。

 それが、掌に収まるスマホよりも、より明確に現実を押しつけてくる。

 

「伊坂くん・・・っ!!」


 声に出してその名前を呼ぶけれども、返事はない。

 いつもこの時間にここにいる男の子は、ここにいないのだから。

 それを認識するとともに、さっき途絶えた思考が蘇る。

 


--ワタシは、伊坂くんともっと先に進みたい。



--でも、伊坂くんはどう思ってるんだろう?



「伊坂くんにとって・・・」



--伊坂誠二という男の子にとって、黒葉鶫という女の子はどんな存在なのか。



 ワタシにとって伊坂くんがどういう存在であるのかという疑問は、頻繁に考えてきた。

 でも思えば、逆を考えたことはあまりなかったような気がする。

 それは、その答えが決まっていると思っているからか。


「伊坂くんにとって、黒葉鶫はただの友達、なのかな」


 それは、仕方のないことだ。

 ワタシと伊坂くんが友達で、仲がいいのは事実。

 世間一般の友達というものをワタシは完璧に理解できていないかもしれないけれど、不良から助けてくれたり、朝昼夕とボディーガードしてくれるくらいには仲がいい。

 でも、伊坂くんが異性として好きなのは・・・


「魔女のワタシなんだから」


 だから、黒葉鶫が友達だとしか思われないのは仕方がないのだ。

 だから、気にする必要はないのだ。

 魔女のワタシと黒葉鶫は同一人物なのであって、伊坂くんが好きな女の子がワタシであることに変わりはないのだから。

 そして、伊坂くんとワタシは単なる友達なのだから。

 

「だから、しょうがないよね。仲が良くても友達なんだもん。それに、伊坂くんには伊坂くんの事情があるんだから。そんなところも認められないなんて、心が狭すぎるよ。うん、だから・・・」


 伊坂くんが好きなのは、あくまでワタシ。

 それは事実。

 そのことを自分に言い聞かせるように繰り返しながら、心の中で呟く。



--伊坂くんが、ワタシとの約束を破った。けど、そんなことだってあるのはしょうがない。



「・・・・・」


 伊坂くんは、誠実な人だ。

 その凶悪な外見に反し、普段の態度はまじめそのもの。

 宿題だってしっかりやってるし、テスト勉強も熱心だ。

 目上の人には敬語を使うし、女の子に接するときも紳士的だ。

 ・・・まあ、ワタシ以外の女の子は伊坂くんが近づいたら全力で警戒するだろうけど。

 そんな伊坂くんだから、約束はきっちり守る。

 でも、人間社会に生きているのだから、伊坂くんにだって色んな事情があるのはしょうがない。

 もしも伊坂くんのご両親に何かあったのなら、ワタシのことよりもそっちを優先するのは当然だ。

 例えば伊坂くんの体調が悪くて、早退しなきゃいけなくなったというのなら、お金を出すからタクシーで家に帰って休んで欲しい。勿論、そのときはワタシも同伴して看病する所存だ。

 ともかく、伊坂くんに不意に特別な事情ができるのは十分あり得ることだし、そちらを優先しなきゃいけなくなることがあるのも当たり前。

 だから、伊坂くんが今朝ワタシに言ったことを守れなくたって・・・


「・・・嘘つき」


 ぐるぐると伊坂くんを許そうと思考が回っているのに、理屈じゃないところから、そんな言葉がポロリと零れた。



--オレにとっても誰かと約束するなんてこれまでほとんどなかったから、忘れるなんてできないよ。特に、黒葉さんとの約束はね

 


「今朝、そんな風に言ってくれたばっかりだったのに。守ってくれるって言ったくせに・・・」


 伊坂くんを悪く言う人がもしもいたのなら、ワタシから見たその人の印象は、未来永劫マイナス底値確定だ。

 伊坂くんはちょっと怖い外見だから、よく色々言われている。

 この前ショッピングモールに行ったときも、ヒソヒソと陰口を言う人たちがいて、極めつけにワタシのクラスにいるあの女子2人だ。

 伊坂くんのことをろくに知りもしないくせに言いたい放題したあの2人のことを思い出すだけで、ワタシ自身が色々されたことによる恐怖よりも伊坂くんを悪く言われた苛立ちが湧き上がってくる。

 そんなワタシだから、伊坂くんの悪口をワタシが言うなんて想像すらしなかった。

 それでも、言葉は止まらない。


「クラスのことよりもワタシを優先して欲しいって言ったのに。約束してくれたのに。どうしてクラスで用事ができたから、ここに来れないの?嘘ついてるじゃない・・・どうして、どう、して」


 クラスのことよりワタシを優先して欲しいというのは、舞札祭での話。

 普段のことは関係ない。

 でも、そんなことは頭から吹き飛んでいた。

 ぽたりと、机の上に雫が落ちた。

 机に、一つ、二つ、とめどなくシミができていく。


「嘘つき。嘘つきぃ・・・やだよぅ、こんなの」


 傍から見たらバカみたいにしか見えないだろう。

 なにせ、ただ昼に会うという約束をすっぽかされただけなのだから。

 事前にメールで連絡してくれただけ、伊坂くんは誠実だ。しかも、放課後に埋め合わせまでしてくれるという。

 だというのに、涙は止まらなかった。

 それでも嫌だったからだ。

 伊坂くんが、ワタシ以外のことを優先して、約束を破ったことが。 

 伊坂くんがどこかに行ってしまったような気がするから。

 そして何より・・・


「ごめんね。ごめんね伊坂くん。伊坂くんのこと、悪くなんて、言いたくないのに・・・」


 ほんの些細なことだというのに、それだけで伊坂くんに裏切られたと、伊坂くんのことを悪く思ってしまう自分が嫌で嫌でしょうがなかった。

 ワタシの涙は、伊坂くんが約束を破ったことへの寂しさと、それを許せない自分への自己嫌悪の結晶だ。

 今日、この部屋に伊坂くんはこない。

 ワタシを止めてくれる人は誰もいない。

 だから、ワタシはこのまま泣き続けるしかない。

 なんて惨めで、情けない女なのか。


「うっ、うう・・・」


 そう思えば思うほど、涙はどんどん溢れてくる。

 そのまま、ワタシは手で涙を拭うことすらせず座って・・・


『うおおおおおおおおっ!!』

「えっ!?」


 突然、大きな叫び声が聞こえて、つい眼を拭って視線を扉に向ける。

 ドアは開いていない。

 でも、ドタドタと廊下を走る足音がどんどん近づいてくる。

 

「これ・・・」


 普通、廊下で大声で叫ぶ人がいたら怖いと思うだろう。

 大きな音を立てて廊下を走る人もだ。

 まともな人は、そんなことをしないから。

 けれど、ワタシの涙はいつの間にか止まっていた。

 その叫び声に、聞き覚えがあったから。

 その声を、ワタシが聞き間違えることなどあり得ない確信があったから。

 そして・・・


「とりゃあああああああああっ!!」


 そんな雄叫びとともに、オカ研のドアが開く。

 そこには。


「い、伊坂くん・・・?」

「はぁっ、はぁっ・・・ま、間に合った」


 汗をにじませながら、肩で息をする伊坂くんが立っていたのだった。



-----



「い、伊坂くん・・・?」


 目元を腫らした黒葉さんが、オレを見て驚いている。

 それも当然か。

 今日は来ないと言っていたのにオカ研まで来たのもそうだが、さっきまでのオレはだいぶ大きな音を立てて走っていた。

 高速で爆音を立てる音源が自分に向かってくるとか、軽く恐怖だろう。

 驚かせてしまったのはしょうがない。

 けれども、そのことを謝る前に、オレにはやることがある。


「大丈夫だった!?またあの2人とか来てない!?」

「ひょわぁっ!?」


 黒葉さんの安全を確認するため、オレは飛び込むようにオカ研の部室に滑り込み、黒葉さんのすぐ近くまで近寄って、上から下までじっくりと見回す。

 黒葉さんは突然近づいてきたオレにまたも驚いているようだが、それよりも気にかかることがあった。


「目元腫れてるけど、何かされた!?は、犯人はどこにいるのっ!?いや、それより保健室に・・・」


 黒葉さんの目元が赤く腫れている。

 恐らく泣いていたのだろうが、つまり黒葉さんを泣かせたヤツがいるということだ。

 オレの友達である黒葉さんをだ。

 絶対に許せない。

 今すぐ黒葉さんが流した涙の100倍の涙と血を流させてやりたいと思ったが、なにかされたというのならまずそのケアをしなければならないだろう。

 オレに医療知識など皆無だから、すぐに保健室に連れて行かなければ!!


「よし、黒葉さん、オレがおぶってくから乗ってくれ。すぐ運ぶから」

「え?え?あ、あの・・・?」


 オレは黒葉さんに背を向け、かがみながら言う。

 しかし、黒葉さんは混乱しているのか、乗ってくる様子はない。

 見たところ大けがはしていなそうだから無理矢理抱えるより、黒葉さんが楽であろうおんぶを選んだが、失敗だったかも・・・


「あ、あの!!大丈夫です!!ここには誰も来ませんでしたから!!」

「へ?」


 地味に己の選択を後悔するオレだったが、黒葉さんの声で現実に戻った。


「そ、そうなの?でも、顔・・・」

「こ、これは、誰かに泣かされたとかじゃなくて・・・うう、あ、あんまり見ないでください」

「ご、ごめん」


 泣かされたワケではないというが、泣いていたのは否定しない黒葉さん。

 今は泣いた跡がついた顔を見られるのが恥ずかしいのか、そっぽを向いてしまっている。

 けれども、確かに殴られたり服が乱れた様子はなかった。

 これでもオレは過去この顔のせいで様々な修羅場を見てきた男。

 顔にできた跡が殴られた跡なのか張り手を喰らった跡なのか、はたまたバタフライナイフでえぐられた跡なのかくらいはすぐに分かる。

 だが。だとしたら黒葉さんはどうして泣いていたのだろう?


(まさか、オレが昼休み来れなかったから、はさすがにないよな?いくら黒葉さんが人間不信だからって・・・いや、ありえるのか?)


 これまでの黒葉さんの様子から、その可能性は0ではない。

 しかし、そこに突っ込むのは黒葉さんも嫌がっているようだし、やめたほうがいいだろう。

 さすがのオレもそこまで頼られて嬉しいやら黒葉さんの将来が心配やらで少し複雑な気分になるのは間違いない。


「そ、それより!!伊坂くんはどうしてここに?その、用事があったんじゃないですか?」

「え?あ、ああ、その用事を早く終わらせたんだよ。遅れといてどの口がって感じだけど、その、黒葉さんが心配で」

「ふ、ふ~ん、そうですか」


 黒葉さんはそっぽを向いたままだ。


「・・・(チラッ)」


 いや、時折オレの顔や胸の辺りをチラチラと見ては背中を向けるのを繰り返している。

 部室に入ってすぐは泣きはらしたような顔で、ずいぶん暗い眼をしていたのに、今はなんだか拗ねたような感じだ。

 なぜだか、耳が赤くなってるが。


(何気に立ち直るの早いな、黒葉さん。まあ、暗いままよりはいいか)

「そ、それで?一体どんな用事だったんですか?ワ、ワタシのことが心配だって言うのに、そっちを優先したくらいなんですから、さぞ大事なことだったんでしょうけど!!」

(黒葉さん、めっちゃ拗ねてるなぁ。珍しい)


 笑ったり喜んだり、たまに怒ってるところは見たことがあるが、ここまで拗ねているのは初めて見る。

 黒葉さんは気が立っているようだが、オレは物珍しさからついつい黒葉さんをまじまじと見てしまった。

 

「む!!なんですかその眼は!!」

「あ、ごめんごめん、今みたいな黒葉さんが珍しかったから。それで、オレの用事だけど・・・あれ?」

「・・・?伊坂くん?」


 急に頭の中に靄がかかったような気がした。

 

(あれ?オレ、どうして遅れたんだっけ?さっきまで、何してたんだっけ?)


 記憶がぼやける。

 ほんのついさっきまでのことが思い出せない。

 黒葉さんのことを後回しにするくらい、大事なことだったはずなのに。

 しかも。


(なんでだ?大事なことだったはずなのに、『別に思い出せなくてもいい』って気がする・・・)


 記憶をたぐろうとするが、やはりぼんやりとしていて判然としない。

 しかも、思い出そうとするほど、その気がなくなっていく。


(大事なことをしてたはずだ。この先のために必要なことを・・・この先?この先ってどこだ?)


「伊坂くん?」

「・・・あ」


 立ったまま黙っているオレを心配したのだろう。

 黒葉さんが声を掛けてくる。

 そして、その声が聞こえた瞬間、オレは『思い出した』。

 それは、黒葉さんが、オレが守りたい存在だからか。


「あ~、なんていうのかな。トレーニング、かな」

「・・・トレーニング?」


 黒葉さんが訝しげに眼を細めた。

 まあ、そりゃそうだろう。

 一体どんな理由で自分と会う約束をすっぽかしたかと聞いてトレーニングと返ってくれば、オレだって『は?』と思う。

 だが、オレにとっては大事なことなのだ。


「え~と、詳しいことは個人のプライバシー的なものに関わるから言えないんだけどさ。実はオレ、放課後にオカ研から帰った後、えっと、そう、近所の子供の面倒を見てるんだ」

「オカ研から帰った後・・・?それって」


 意外にも、黒葉さんは何かを考え込んでいて、話を聞く姿勢をとってくれていた。

 気が変わる前に続けてしまおう。


「あ~、それで、オレはその子の、えっと、何て言えばいいか、相棒はこの場合だと違うし・・・あ、そうだ!!うん、今の黒葉さんみたいに、ボディーガードみたいなことをしてるんだ。その子の家はお金持ちなんだけど、家族の人がいなくて色々大変らしくてさ」

「それって、もしかしなくても・・・」

「ん?」

「あ、いえ、続けてください」


 なんだろう?

 咄嗟に考えた真実が20%くらい混ざった荒唐無稽な嘘をついているから突っ込みの一つでも飛んでくるかと思ったが、やはり黒葉さんは真剣にオレの話を聞いてくれている。

 騙しているようで罪悪感が湧いてくるが、ここはそれを押し殺そう。


「でね、最近はその子の周りが冗談じゃ済まないレベルで物騒でさ。この前なんか、雷・・あ、いや、スタンガン使って襲ってくる爺さんがいたり、炎、じゃなくて、火炎放射器と高圧水流を同時に使ってくる不審者とか、そこら中に地雷をしかけてくる女とかがいて・・・って、さすがにコレはフィクションとしか思えな・・・」

「わかります。最近本当に色々危ないですからね」

「ええ!?・・・黒葉さん、詐欺とか勧誘には気をつけてね?」

「はい?」


 一応話の内容的にはほぼ真実なのだが、傍から聞けば頭がおかしい話に仕上がっていた。

 だというのに、黒葉さんは一切疑っているようには見えない。

 黒葉さんの将来がまたも心配になる。


「まあともかく、オレはその子の傍で色々暴れてるんだけど、ちょっと強すぎて使えない技というか道具みたいのがあってさ。それで、ソイツを使いこなせるようにするためにトレーニングがいるって思ったんだ」


 色々と誤魔化したが、まあ嘘は言っていない。

 オレがさっきまで『1人で』屋上なんかに行っていた理由はただ一つ。


「オレは、その子のことがほっとけないんだ。守れる力があるのに守れなかったら、オレは多分一生悔やんでも悔やみきれない。そんなのは嫌なんだ」


 オレが守りたいと思った子のために、己の力を使いこなせるようにする。

 昼休みになって、『急に』閃いた魔力の操作方法。

 オレの力が操作できるようになれば、もう魔女っ子を傷つけないで済む。

 そう思ったら、いてもたってもいられなくなったのだ。

 

「でも、それで黒葉さんのことをないがしろにしたのは事実だ。だから、ごめん!!」

「・・・・・」


 オレは、床と平行になるまで頭を下げた。

 確かにオレは魔女っ子を守る力が欲しいから魔力操作のトレーニングを始めたし、それそのものは何も恥じることではない。

 だが、それは黒葉さんとは何の関係もないことだ。

 もしも、今日の昼休みにあの2人が来て何か悪さをしていれば、あいつらでなくともオレを疎ましく思っているヤツが来ていれば。

 オレは黒葉さんとの約束を最悪の形で裏切ることになっていた。


「もう、昼休みにトレーニングはしない。絶対にここに来るよ。オレのことを許してくれなくてもいいから、そこは・・・」

「いいですよ」

「え?」


 頭を下げ続けるオレに、頭上から声がかかる。


「いきなりメールしてきたときはすごく、すごく嫌だったけど、まあ、そういう理由なら許してあげなくもないです」

「ほ、本当!?」


 思わず顔を上げるオレ。

 そこには、未だに少し拗ねたように横を見ながらも、顔を少し赤くした黒葉さんがいた。

 人間不信の黒葉さんが、自分以外のことを優先したことを許すとは・・・いや、黒葉さんは元々優しい性格だし不思議じゃないか。

 そんなことを考えるオレの視線と、チラチラとオレを見ていたその眼がかち合うと、黒葉さんは慌てたようにまたそっぽを向いて・・・


「た、ただし!!メールにあったみたいに、今日の放課後はちゃんと埋め合わせしてもらいますからね!?舞札祭での伊坂くんのコスプレ衣装、一緒に考えてもらいますから!!ワタシを納得させるぐらいの出来じゃなかったら許しませんよ!?」

「わ、わかった・・・うん、頑張るよ」


 どうやら、黒葉さんは許してくれたみたいだ。

 黒葉さんに何もなかったこともあって、オレは内心で胸をなで下ろす。


「ところでなんですけど・・・」

「ん?」


 そこで、黒葉さんがふと視線をオレから外した。

 黒葉さんが見ているのは・・・オレの右手。


「あの、そのお弁当の包み、汁漏れすごいですよ?」

「ああっ!?本当だ!!」


 見れば、オレの持っていた弁当箱の包みが汁気を帯びていた。

 ここに来るまで全力で走ってきたことが仇になったようだ。


「くっ!!もうちょっとスピードを抑えて走れば・・・いや、それじゃここに来るのが遅れたし。はぁ、開けるのが怖いな」

「ふふ、そんなに急いで来てくれたんですね・・・大丈夫ですよ。今日はワタシもお腹があまり空いてませんから、ワタシのをあげますよ」

「いやいや!!それは申し訳ないよ!!弁当作ってくれた母さんにも悪いし。っていうか、もうあんまり昼休み残ってないし、早く食べちゃわないと」

「そうですね。じゃあ、ここに座ってください」

「あ、ありがとう」


 黒葉さんが、オレがいつも座っている椅子を引いてくれた。

 オレが座ると、黒葉さんも定位置に座って弁当の包みを開ける。

 今日はかなり遅れてしまったけど・・・


「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」


 オレたちの昼休みは、いつものように始まったのだった。



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「うぷっ・・・」

「あの、伊坂くん大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫・・・多分」


 昼休みは残り半分くらいだったけど、ワタシたちはお弁当を完食して、教室へと歩いていた。

 伊坂くんのお弁当箱の中身は大変なことになっていて、見た目がとてもグロテスクになっていたけど。

 味の方も、色々と混ざりすぎて混沌としていたみたいだ。

 味わったら負けだと考えたのか、伊坂くんはそんなお弁当を呑み込むように食べて、完食こそしたけどちょっと顔色が悪い。


(すごい混ざり方してたからなぁ・・・でも、お弁当箱があんなになるくらい急いでくれたんだよね)


 そう思うだけで、胸の奥が温かくなる。

 ちょっと前まで何も感じる余裕がないくらい心が冷たくなっていたのに。


(伊坂くんがドアを開けてから、もう元に戻っちゃった・・・ちょっとズルいよ、伊坂くん)


 絶望や寂しさ、自己嫌悪で消えたくなっていたくらいなのに、伊坂くんが来てくれただけでもう普段通りに戻っているのがわかる。

 まあ、あんまりチョロイと思われてもなんか嫌だし、怒っていたのは確かだったから少し拗ねたような態度を取ってしまったが。

 ほんの少しのことなのに、ここまでワタシの心を動かせるなんて、なんだか卑怯に思えてくるけど、伊坂くんなら『まあいいか』と許せてしまえる。

 

(うん。やっぱりズルいや、伊坂くん)


 どんなことをしてもあっさりとワタシの許しをもらえる伊坂くんはやっぱりズルいと思いながら、伊坂くんの隣を歩く。

 しかし・・


「あの、本当に大丈夫ですか?保健室、行きます?」

「い、いや大丈夫・・・くそう、母さん。なんで寒天ゼリーとクリーム煮とレバーを一緒に弁当にいれてんだよ・・・うぷっ」


 伊坂くんのお母さんは変わっているのか、伊坂くんのお弁当箱にはたまに変なモノが入っていることがある。おかずを交換して食べさせてもらったときには美味しいと思ったから、料理下手なのではないのだろうけど、とにかくチョイスがおかしいのである。

 今日はたまたまかなりアグレッシブな組み合わせに当たってしまったらしい。


「ごめん、黒葉さん。ちょっとあそこの自販機で飲み物買っていい?」

「あ、はい。どうぞ・・・あの、本当に保健室行かなくて大丈夫ですか?ワタシじゃおんぶはできませんけど、肩を貸すくらいなら・・・が、頑張ります」

「いや、さすがにそこまでは」


 伊坂くんとワタシの体格差はえげつない。

 ワタシが伊坂くんに肩を貸したところで、一歩も歩けないだろう。

 それでもと意気込むワタシだったが、伊坂くんはワタシの提案をやんわりと断って自販機の前に立った。


(・・・そういえば、さっき伊坂くん、ワタシをおんぶして保健室に連れてってくれるって言ってたなぁ。ちょっと勿体ないことしちゃったかなぁ)


 お姫様抱っこもいいものだが、おんぶも中々悪くない。

 接触面積を考えれば、おんぶが一番だろう。

 そんなことを考えながら、伊坂くんの大きな背中を見ていると・・・


「あれ?」


 伊坂くんの肩で、何かが光った。

 ゴミか何かついているのだろうか?


「あの、伊坂くん。少し屈んでもらってもいいですか?肩のあたりにゴミが付いてますよ」

「え?本当?どれどれ?」

「取れてないですね・・・あの、ワタシが取った方が早いと思いますよ?」

「う~ん、そっか。じゃあ、悪いけどお願い」

「はい」


 伊坂くんが肩に手を回して取ろうとするが、細い糸のようなそのゴミは中々取れない。

 少し試してダメだと思ったのか、伊坂くんがちょっとだけ屈んでくれたので、ワタシでもそれに手が届いて・・・


「・・・伊坂くん」

「ん?何?何が付いてたの?」

「・・・・・」


 指でつまんだその『ゴミ』に意識を向けつつ、ワタシは伊坂くんをじっと見つめて聞いた。


「伊坂くん、今日、誰かとぶつかったり、くっついたりしましたか?」

「へ?いや?特にそんなことはなかったけど?」

「・・・本当に?」

「う、うん」



--ジィっ・・・


 

 ワタシは、全神経を集中して伊坂くんを見つめた。

 正確には、その胸に灯る光を。

 光の色は、緑と黄色が交互に点滅している。それは、『困惑』の光だ。

 嘘をついているときの光じゃない。


「・・・嘘じゃないみたいですね」

「どうかしたの?黒葉さん?なんか、その、オレなんか怒らせるようなことしたかな?」


 あまりに真剣に見つめていたせいか、伊坂くんが少し怯えたように聞いてくる。

 ワタシは、フゥとため息をついた。


「いえ、なんでもないですよ。ほら、あまり時間も残ってないですし、行きましょう?授業に遅れちゃいますよ」

「あ、うん・・・ね、ねえ」


 ツカツカと自販機の前まで歩くワタシに、伊坂くんが躊躇いがちに声を掛けてくる。

 伊坂くんが続きを言うのと、ワタシがゴミ箱の前で立ち止まるのは同時だった。


「その、オレの肩、何が付いてたの?」

「・・・別に」


 伊坂くんに答えながら、ワタシはゴミ箱の蓋を開ける。

 そして・・・


「ただの『ゴミ』でしたよ」


 白く輝く女子の長い髪の毛を、ワタシはゴミ箱に叩き込んだ。



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『・・・死神ノ素体ガ持ツ能力ハ不明』

『『正義』、『恋人』ノ権能ヲ無効化シタノナラ、妨害系統ノチカラデアル可能性ガ高イカ』

『ダガ、『魔術師』トイタ時ニハ、ソノヨウナ能力ハ確認サレテイナイ』

『単独デイル時ノミ使用可能ナノカ?』

『周辺ニ危害ヲ及ボス性質ナノカモシレナイ』


 どこともしれない場所。

 誰とも知れない声が響く。

 声が話し合うのは、この儀式におけるイレギュラーの対処。

 今まで、まっとうに戦闘を挑めば魔術師の知略でいなされて倒され。

 魔術師を狙えば即座に死神が助けにやってきた。

 そして、搦め手を使っても死神には効かなかった。

 だが、魔術師と死神が共闘する場面では、死神は追い詰められても権能を含む特殊な能力は使わなかった。

 それが魔術師に何らかの危害が及ぶのを避けているかどうかの確証はないが。


『ヤハリ、コレガ最モ勝率ガ高イカ』


 突如、暗闇の中に巨大なシルエットが浮かび上がる。

 以前にその場所に現れた時よりも、遙かに大きく、力強いその影。

 

『構築率95%』

『レベルハ9。この『災厄』のチカラヲ以て、イレギュラーヲ葬リ去ル。アノ魔術師ト共ニ』

 


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『・・・・・』


 そこは、とある森の中を走る道路。

 つい昨日、伊坂誠二とツキコが共に『恋人』を下した場所。

 『恋人』は、倒されたことでカードとなり、ツキコによって回収された。

 そのために、この人気のない道には儀式に関係するモノは何もない・・・はずだった。



--ガサリ



 『恋人』の首が転がっていった茂み。

 そこに生い茂る下草が、ザワリと蠢いた。

 そして・・・



『ギヒッ!!』



 毒々しいピンク色の蛇が一匹。

 スルスルと暗がりに消えていった。



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おまけ



「おい、マジでやるのかよ・・・?」

『ハッ!!なんだ、怖じ気づいたか?だが言ったよな?こうなっても構わないと』


 ザワザワとクラスメイトたちがお喋りしたり、次の授業の授業の準備をしている中。

 オレとツキコは教室のど真ん中で抱き合っていた。

 しかし、周りのクラスメイトたちは何も気にした様子がない。

 まるでオレたちが見えていないかのようだ。


「本当に、オレたちが見えてないのか」

『当たり前だ。この月光天蓋は私が最も使い慣れた魔法の一つ。この天幕の中にいる限り、儀式であろうと私たちを見つけることはできん」


 オレたちを包むのは、昼休みにもツキコが使った光のカーテンだ。

 あの時は周りに誰もいなかったから効果が分からなかったが、ツキコの言うとおり、本当に誰もオレたちに気付く様子はない。

 しかし、やはり落ち着かない。

 いくら気付かれないからと言って、周囲を知り合いに囲まれた状態で恋人でもない女の子と抱き合っているのだから


「MM号の撮影中ってこんな気分なのかな・・・」

『あ?MM号?なんだそれは?』

「な、なんでもないっ!!なんでもないから!!」

『? よく分からんが・・・まあいい、いいから早く集中しろ。早くしないとこの状態で魔法を解除して、お前に『クラスのど真ん中で白上羽衣を押し倒した勇者』というレッテルを貼り付けることになるぞ』

「わ、わかった!!わかったからそれだけはやめろ!!いや、やめてくださいお願いしますツキコ様!!」

『・・・ふん。待っててやるから早くするのだな』


 オレとツキコがやっているのは、特殊なプレイではなく、昼休みにもやっていた魔力操作の練習だ。

 午後の授業が終わって、休み時間になるやいなや、ツキコが魔法を使うと、クラスメイトたちはオレたちを認識しなくなっていた。

 その様子に驚いている内にツキコに手を引かれ、教室のど真ん中で抱き合うことになっていたのである。

 休み時間になった直後から今まではなんだか機嫌の悪そうなツキコだったが、オレの無様な懇願がお気に召したのか、今は嗜虐的な笑みをニヤニヤと浮かべながらオレを見ていた。

『この野郎』と思いつつ、オレは深呼吸を一つして集中する。


『どうだ?私の魔力は分かるか?』

「ああ。昼休みの時も思ったけど、お前の魔力はわかりやすい。わかりやすいけど・・・えっと、こうか?」


 オレの身体の中を流れる冷たい水のような何か。

 その道筋をたどるように、オレの身体の中にある別の力を動かそうとするも、ピクリとも動かない。


「あ、あれ?」

『下手くそめ。お前の魔力操作が粗いせいで、白上羽衣の身体を傷つけると判断されたのだ』

「本当に、白上さんに何かありそうなら何もできなくなるのか・・・」


 魔力操作という言葉は今日初めて聞いたし、身体の外に魔力を流す感覚もわからないが、体内にある魔力を動かすのはこれまで何度もやったことがあった。

 しかし、今はそれすらできていない。

 別にツキコの契約を疑っていたワケではなかったが、本当に自分の意志と外れたところで魔力が動かせないとなると信じるほかない。


「なら、色々試してみても大丈夫ってわけか。よし、なら」

『いや、時間切れだ』

「え?」


 オレは再度魔力を動かそうとしたが、その前にツキコが口を開いた。

 同時に、温かい感触がオレから離れる。


『お~い、お前ら席つけぇ~』


 廊下に目を向けると、教師がちょうど教室に入ってくるところだった。

 どうやらもう授業が始まるらしい。


「こうしてみると、休み時間って短いんだなぁ」

『フン。だから言っただろうが。やはり昼休みにしたらどうだ?』

「それはできねぇって言ってんだろ。こっちにも事情があんだよ」

『フンッ!!そうか。なら好きにしろ』


 授業と授業の合間にある休み時間は短い。

 移動教室なら、ほとんど移動で終わってしまうだろう。

 そうなると、魔力操作の練習時間は短くなってしまう。

 だが、やはり昼休みは削るわけにはいかないのだ。

 しかし・・・


(なんだコイツ。さっきまで機嫌良かったのに、急に怒りだして)


 ツキコの機嫌がいやに悪い。

 そりゃあ、自分の提案を何度も断られれば機嫌も悪くなるだろうが。

 だが、オレにだってオレの事情があるし、なんならツキコは白上さんの色んな事情を踏みにじっているわけである。

 そう考えると、黒葉さんのことを抜きにしてもなんとなく唯々諾々と従うのは腹が立つ。腹が立つが・・・


(コイツの言っていることが正論なのは事実なんだよなぁ・・・)


 白上さんがプレイヤーでなくとも儀式に狙われるという話が本当であるという確証はない。

 だから、本当はオレがさっさとツキコを倒した方が丸く収まる可能性だってある。

 だが、白上さんを守る上で、さらに言うなら魔女っ子を守るためにも、オレが自分の力を使いこなせた方がいいのは確かだ。

 そして、その上でツキコの協力が必要なのも確か。

 気は進まないが、あまりオレとツキコが険悪なのはよろしくない。

 

(まあ、しょうがねぇか)


 オレは、自分の席に戻ると、鞄を漁った。

 そして、後ろを振り向く。


「おい、ツキコ」

『ああ?なんだ?』


 白上さん、並びにツキコはオレの後ろの席だ。

 振り向けばすぐにその顔が目に入る。

 どうやら、まだ白上さんに意識を戻していないらしい。

 やはりまだ機嫌が悪そうなツキコに、オレは手に持っている物を差し出した。


「それ、やるよ。見りゃ分かるだろうけど、オレは開けてないからな」

『はぁ?』


 オレが手渡したのは、ジュースのペットボトルだ。

 昼休みの最後の方で買った物だが、そのときの黒葉さんの雰囲気がなんだか怖かったので、飲む間もなく教室に逃げ帰ってしまったのである。


『・・・何の真似だ?妙なモノでも入れているのではないだろうな?』

「だから開けてないって言ってんだろ。っていうか、別になんか企んでるわけでもねーし。礼だよ、礼。一応な」

『礼、だと?』


 オレの言葉に、訝しげな顔をするツキコ。

 確かに、ツキコのご機嫌取りの意味もあるが、一応はオレの本心でもある。

 ツキコにも色々と思惑はあるのだろうが、それでもオレが教わっている立場であるのは間違いないのだから。


「お前にも考えがあるんだろうけど、オレがお前にモノを教わる側ってのは確かだしな。それに、オレも色々わがまま言っちまったし。その礼と詫びだ」

『・・・・・』


 なんとなく気恥ずかしかったので早口でまくし立てる。

 ツキコは、しげしげとオレが手に持ったボトルを眺めているが、手に取る様子はない。


(失敗したか・・・?)


 やはりこんな見え見えのご機嫌取りをしたのがよくなかったのか。

 それとも、オレが単に信用されていないのか。

 あまり芳しい成果は出ていないようである。


「まあ、別にお前がいらないならいいさ。これはオレが・・・」

『待て。いらないとは言っていないだろう!!』

「おわっ!?」


 オレが手を引っ込めようとすると、ツキコがひったくるようにボトルを奪い取った。

 そして、ボトルの蓋を開ける。


『なんだこのジュースは。全然冷えていないではないか。女に渡すなら適温というものがあるだろう、まったく・・・ゴクッ』

「そう言いつつ飲むのかよ」


 なんだかんだと言いながら、ジュースを飲むツキコ。

 思ったよりいい飲みっぷりだ。

 そして、ボトルの三分の一まで飲んで、口を離した。


『プハッ・・・ふんっ、お前にしては、まあ、まずまずだな』

「そうかい。口に合ったなら良かったよ」


 あのツキコが素直にオレを褒めるとは、よほどお気に召したらしい。

 心なしか、表情も柔らかい。


『・・・おい』

「あん?」


 ツキコが満足したようだったので、オレは前を向いて授業の準備をしようとするが、後ろから肩を叩かれた。

 

『授業料だ。明日も持ってこい』

「・・・そんなに気に入ったのかよ、それ。まあ、いいけどさ」

『ジュース一本で魔力操作の授業が受けられるんだ。感謝するのだな』

「へいへい」


 そのジュースは、オレも気に入ってよく飲んでいるヤツだ。

 同じジュースをツキコも好きと知って、なんとも言えない気分になるが、まあ、悪い気はしなかった。

 そして、思う。


(毎日120円の出費かぁ・・・ちょっと痛いな)


 高校生にとっての120円とは、非常に重い。

 オレは、自分の財布のことを考えて、少し憂鬱になるのだった。



-----


おまけ2


「う~ん、今日も走ったなぁ!!」


 白上羽衣は陸上部の練習を終えて、家路についていた。

 季節は春だが、ついさっきまで思いっきり駆け回っていた身としては、少々喉が渇く。


「・・・?水の音?」


 ふと、自分の鞄からポチャポチャと水音がするのが聞こえた。

 はて?自分は何か飲み物を買っていただろうか?


「あれぇ?こんなの買ったっけ?」


 鞄を開けてみれば、出てきたのは飲みかけのジュース。

 確か、学校の自販機で売っているが、あまり人気のない商品だ。

 この商品が売り切れになっているところを、見たことがなかった。

 しかし、今は喉が渇いている。


「せっかくだし、飲んでみよっと」


 白上羽衣はボトルの蓋を開け、口を付けた。

 口の中に入ってきたジュースを、一口だけ飲む。


「・・・・・っ!?」


 そして、すぐにボトルから口を離して呟いた。


「何コレ・・・まっず」

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