第17話 皇帝

『構築率、40%。データ収集ヲ要スル』


 どことも知れない場所。

 ただ闇だけがたむろするその場所に、無機質な声が響く。


『『死神』ノデータ収集。進捗率、20%。サラナル調査ガ必要』

『ダガ、小アルカナデハ効果ガ薄イ。一定以上ノ力ガ要ル』


 ここしばらく、儀式においてイレギュラーとなる『死神』に対し、偵察部隊を幾度か送りつけた声の主。

 しかし、その成果は芳しくなかった。

 小アルカナでは、『魔術師』の知恵を得た死神相手に、権能を使わせることすらできていない。

 それどころか、小アルカナのカードを奪われ、敵に塩を送るような状況だ。

 そして、儀式が最初に創り出した『死神』が不自然な消滅をした後、不意に現れた強力な魔力に警戒し、レベル6の『吊された男』と『女帝』を創り出し、それらも撃破されている。

 幸いというべきか、『前回』の儀式において魔法使いのプレイヤーを取り込むことができた他、儀式が『中断』されたことで消耗が多くなかったこともあり、魔力の残量に余裕はある。

 さらに、死神の戦闘によって放出される魔力を吸収することでカバーもできてはいる。

 それでも、現在レベル9を創造している状況下では、これ以上の魔力の浪費は避けたい。


『並行シテ、魔力ノ収集ヲ進メル』


 この儀式が魔力を収集する方法は、三通り。


① 世界中に満ちる魔力を集める。

 

 世界中には人間が放出する魔力があふれているが、それらは人間には使用できないため、もっぱら怪異に利用される。

 儀式が休眠中もしくは序盤にはこの方法がメインとなる。


② プレイヤーの戦闘


 プレイヤーと怪異の戦いで発生するエネルギーを吸収する。

 儀式が始まった後には、この方法がメインとなる。

 プレイヤーに与えられる力は儀式が創り出したモノだが、その機構はプレイヤーの感情や生命力を魔法に変換するというモノであり、一度創り出してしまえばそれ以上儀式は魔力を消耗しない。

 強い願いを持った人間のプレイヤー、魔力が豊富な魔法使いのプレイヤーの戦闘で放出されるエネルギーは何の指向性もなく漂う魔力よりも効率が良い。

 特に、強大な力を持つ死神の戦闘では大量の魔力が発生する。

 

③ 魔力を持つ物を直接吸収する


 怪異の結界内には、プレイヤー以外にも魔力を比較的多く持つ人間あるいは魔力の籠もった道具が迷い込むことがある。

 そうしたモノを怪異が喰らった時、その魔力を丸ごと取り込むことができる。

 最も吸収できる量が多くなる方法だが、人間という資源を浪費することで多用すれば長期的に影響が生じる。

 ただし、吸収量を加減することで生かしたまま帰すことも可能。


『大アルカナヲ死神ト魔術師ニ向カワセ、エネルギーヲ回収スル』

『・・・・・』


 暗闇の中に、シルエットが浮かび上がる。

 それはほんの一瞬で、すぐに消えてしまった。


『同時ニ、結界ヲ広範囲ニ広ゲ、魔力ヲ持っタ人間ヲ探シ、吸収スル』


 影が消えた後、暗闇の中に声が響く。

 この日より、舞札市内で奇妙な出来事が頻発するようになる。

 健康だった者が、不意にどこかに消えた後、衰弱した状態で発見されるようになったのだ。

 倒れた者たちは皆、短時間の間の記憶を失っていたが、それでも口をそろえてこう言った。


『怪物に襲われた』と。


 非日常の中にある、『儀式』。

 その存在が、人間たちの住まう『日常』に、少しずつ浸食していく。


-----



『『死砲デス・ブラスト』、『死砲デス・ブラスト』、『死砲デス・ブラスト』・・・・・こんなもんかな』

「『火砲イグニス・ブラスト』・・・そうですね、これだけ仕掛けておけばいいと思います」


 舞札神社の境内。

 いつものように魔女っ子と合流して、初めて来た頃よりはスムーズに石段を登ったオレたちは、境内の地面に罠を仕掛けていた。

 これは、魔女っ子の発案だ。

 

『襲いかかってくるのがわかってるのなら、待ち構えていればいい、か。そう考えると、むしろオレ立ちの方が有利ってことなのか』

「儀式は、ルールによってプレイヤーに試練を与えなければいけないですからね。しかも、魔女であるワタシをメインで狙って来るのがわかっています。それなら、やりようはいくらでもあります」


 ソードのペイジを倒してから十日ほど経った。

 その間、小アルカナが何度か襲いかかってきたのだが、事前に仕掛けていた魔法も結界に取り込まれるようで、出現して罠にはまったところを強襲することで、あっさり倒すことができてしまっている。

 罠を仕掛けると言えば単純だが、言われるまでオレではまったく考えつかなかったのだが、恐ろしく有効だった。

 ひとまず境内の打ち合わせた場所に魔法を仕込んだオレたちは、いつものようにベンチに座り込む。

 そこで、オレは罠を仕掛けていて疑問に思ったことを口に出した。


『ねぇ、オレの魔法ってさ、何の属性になるのかな?』


 少し前に、黒葉さんと話していた時、スートと地水火風の四属性の関わりについて教えてもらったことがあった。

 だが、オレがさっき地面に埋めた黒い球体は、火でも水でもない。

 アレは一体何なのだろう?


『確か、死神って水属性なんだよね?でも、オレのはどう見ても水じゃないし。死神は鎌は持ってるけど、杖も杯も剣もコインも持ってないから、そもそも四大元素なのかもわからないし』

「ああ、タロットの属性と、実際の魔法の属性は似ているようで少し違うんですよ。それでいうと、死神さんの属性は『闇』ですね」

『あ、まんまそういう属性があるんだ』


 いつものように魔女っ子はルーズリーフを取り出すと、サラサラとシャーペンを走らせる。


「魔法の属性は多様ですが、まず基本四属性と言われる『火』、『水』、『土』、『風』の四つの属性があります。そして、火と風の複合による『雷』と、水と土の複合による『氷』の二種類が上位の属性として存在します。雷と氷は少し珍しいですね」

『そういや、雷使ってくる奴は見たことないな』


 今まで見たことがあるのは、地水火風の四種類と、オレの闇。後は白上さんが使っていた属性だが、アレも雷ではなかったように思える。


「この儀式の怪異は、タロットの様式を模していますから四属性しか基本的に使わないんです。でも、例外もあって、『闇』や『光』を使ってくる大アルカナがいたり、権能によって上位属性を使う者もいたとか。この世界にある魔法とタロットをすりあわせた結果なんだと思います。話が少しそれましたが、闇属性について説明すると・・・特徴は『浸食』でしょうか」

『『浸食』?』

「はい。闇属性の魔力は光属性を除く他の属性を浸食する効果があります。例えば、火属性の魔力と混ざると、一生治らない火傷を付与する『黒炎』に、水ならば、あらゆる物質を溶かす『黒酸』にって感じですね。光属性は逆に『浄化』が特徴で、他の属性からの干渉に強いんです。真逆ですが、光も闇も他の属性との撃ち合いでは有利になりますね。デメリットとしては、他の属性よりも燃費が悪いらしいんですが、死神さんにはあまり関係なさそうです」

『へ~・・・』


 今まで何気なく使っていた魔法だが、そんな効果があったとは。

 あと、オレは魔力の量も相当多いらしい。

 怪異が来ない間に魔法の試し打ちもやってみたのだが、『穿スラスト』を何発撃ってもまだまだ撃てるような気がしたし。


「それにしても・・・」

『ん?』


 そこで、魔女っ子は感心したような風に言った。


「よく、死神と水属性のことを『覚えてましたね』。だいぶマイナーな話なのに」

『ああ!!』


 『来た!!』と、オレは思った。

 属性のことが気になっていたのもあるが、このことを話題に挙げたのは、そろそろ黒葉さんの授業の成果を見せてやりたいと思っていたからなのである。

 オレだって、タロットの勉強をしているのだと、自慢してやりたかったのだ。


『実は、オレには腕のいいタロットの先生がいるんだ。だから、その子に色々教わってるんだよ。大まかな大アルカナの意味ぐらいは覚えたぜ!!』

「う、腕がいい先生、ですか・・・えへへ」

『?』


 『フフン!!』と自慢げに、オレはそう言ったが、魔女っ子はなぜだか照れくさそうに、けれども機嫌良さそうに笑っていた。

 なんか、オレが想像してた『スゴいですね!!』とかそういう反応とは違うんだが。


(なんでだ?あれ、ちょっと待て?さっきの魔女っ子の言い方、なんか変じゃなかったか?『覚えてましたね』って、違和感がある・・・)


「あ、あのっ!!」

『ん?』


 湧き上がった違和感に首をかしげていると、魔女っ子がオレの腕を突いてきた。

 その瞳が、なぜだかキラキラと輝いている。


「そ、その腕のいい先生って、死神さんにとって、あの、えっと、ど、どんな人ですか!?」

『へ?』


 予想外の質問が飛んできて、オレは間抜けな声を漏らすことしかできなかった。


『どんな人って言われてもな・・・友達だけど』

「そ、それはわかります!!あ、いや、それも大事なんですけど、その、死神さんから、その人はどういう風に見えてるのかなって」

『どういう風に見えてるのかって・・・う~ん、とりあえず、頭がスゴくいい。タロットのこともすごく詳しいね』

「あ、頭がいい・・・そ、それで?他には?」


 なんか元々の話題からかなり脱線してるような気しかしないが、魔女っ子の勢いがものすごく、断るのもなんだかなという気がして、オレは質問に答える。

 っていうか、なんかさっきからすごい笑顔を堪えているというか、ずいぶんと嬉しそうだ。


『他には?えっと、女子力が高くて、料理上手かな。それに、大人しいけどすごく優しい子だな。オレみたいな奴とも楽しそうに話してくれるし』

「女子力高い、料理上手、優しい・・・ほ、他には他にはっ!?」

『え?他?え~と・・・あ!!前髪長くてわかりにくいけど、よく見たらかなり可愛い』

「か、かわっ!?」

『っ!?ちょ、大丈夫っ!?』


 オレが思いつく限りの黒葉さんのいいところを挙げていくと、魔女っ子の顔が真っ赤になっていた。漫画だったら、『ボンッ』と湯気が飛び出していそうなくらいだ。


「か、可愛い、ワタシ、伊坂くんにそんな風に思ってもらえてるんだ。え、えへ。えへへへ。あれ?でも、いつものワタシが可愛いってことは、今のワタシは?というより、今のワタシは伊坂くんにとって・・・でも、普段のワタシを良く思ってもらえてるなら、今のワタシだって」

『えっと?さっきから本当に大丈夫?熱とかない?なんなら、今日はトレーニングしないで帰ろうか?』


 小さな声でかつ早口で何事かを呟きながら笑っている魔女っ子の様子は、普段とはあまりにも違う。

 機嫌は良さそうだが、相変わらず顔は真っ赤で、どう見ても熱でもあるんじゃないかといった感じだ。

 だが、魔女っ子は顎に手を当て、急に何事かを考えているような仕草になる。


「あ、あのっ!!聞きたいことがあるんですけどっ!!」

『な、何っ?』


 突如、ガバッと顔を上げてきた魔女っ子に、オレはのけぞって距離を少し離しつつ聞く。


「いさ・・・んんっ!!し、死神さんにとって、今のワタシは」


 魔女っ子が据わった眼で、オレに何かを問いかけようとしたその時だった。




--シン




『っ!?来たかっ!!』


 唐突に、視界が紅く染まる。

 もう何度も経験した、怪異の結界が展開され、その中に取り込まれた証。

 オレはすぐさま立ち上がり、辺りを警戒するも、姿は見えない。


『どこにいる・・・?ねぇ、キミ!!怪異の場所は』

「・・・・・したのに」

『え?』


 いつものように索敵をしてもらおうと魔女っ子の方を見ると、魔女っ子は俯きながら立ち上がるところだった。

 その手にはやはりいつも通り杖が握られているが、よほど強い力で握っているのか、手が真っ赤になっていた。


「せっかく、せっかくワタシが勇気を出して聞こうとしたのに・・・」

『え、えっと?キミ?』


 さっきとは違う意味で普段とは雰囲気が違う。

 さっきまで上機嫌だったのが嘘のように、苛々と不機嫌そうなオーラが立ち上っているように見える。

 単純な戦闘能力で言えばオレの方が遙かに上だろうに、オレは本能的に一歩後ずさった。

 そんなオレの様子を知ってか知らずか、魔女っ子は辺りを睨み付けるように見回す。

 そして。


「見つけた!!『火砲イグニス・ブラスト』!!」

『ちょっ!?』


 ある方向を見定めたかと思うと、頭上に向けて杖を構え、魔法を撃ちはなった。

 火の砲撃は上空で弾け、紅い空間を少しの間さらに濃く染める。


『な、なにをっ!?』

「ここには、ワタシたちが仕掛けた罠があります。こちらから攻めるより、ここで待ち構えていた方が有利です!!なので、ワタシたちの場所を知らせるために撃ちました!」

『な、なるほど』


 いきなりなにをするのかと思ったが、怒っているように見えても魔女っ子は冷静だったようだ。

 ここはオレたちが仕込みをしたキルゾーンであり、魔女っ子のおかげで相手がどこにいるのかわかっても、視界の悪い森の中に探しに行くよりはいいだろう。

 そして、魔女っ子の上げた魔法は、その役割を果たしたようだ。


「っ!!来ます!!」

『『雷纏トニトゥルス・ブースト』、『雷砲トニトゥルス・ブラスト』!!』

『『死壁デス・ウォール』!!』


 オレにもわかるぐらい魔力というかプレッシャーのようなものが膨れ上がる感覚がして、オレは防御魔法を発動していた。

 しかし・・・


『? なんだ?手応えが・・・』


 黒い壁に、攻撃を受け止めたような衝撃がない。


「そういうことっ!!対策されちゃったか・・・死神さん、魔法を解除してください!!」

『う、うん』


 オレが魔法に『消えろ』と念じると、黒い壁が消えて周りの風景が見えるようになった。


『なっ!?』

「小アルカナの戦いで、どんなことをやってくるのかはバレていたみたいですね」


 舞札神社の境内の地面が、オレが壁を展開していたところを除いて綺麗にめくり上げられていた。

 

『『雷砲トニトゥルス・ブラスト』』

『うわっ!?』

「きゃあっ!?」


 周りの様子に驚いていると、追撃の稲妻が吹き荒れる。

 雷の砲弾は爆発し、爆風はさきほどと同じように地面をえぐり・・・



--ドォンッ!!



『こ、これは・・・』

「仕掛けていた罠を壊されました」


 すさまじい轟音とともに砂煙が吹き荒れる。

 それは、オレたちが事前に仕掛けていた罠が誘爆したことによるものだ。

 地面に埋めておいた『ブラスト』だが、そこまで深いところに設置できたわけではないし、強い衝撃を受ければ術者の意思に関係なく爆発する。

 相手は、オレたちが罠を仕掛けていることを知っていて、爆風によって地面ごと吹き飛ばしたのだろう。


『クハハハ!!』


 罠を壊されて動揺するオレたちを嘲笑うような笑い声が響いた。


『愉快、愉快』

『お前は・・・』


 笑い声のする方を見ると、そこにはいつの間にか、岩を削り出したような、大きな椅子が生えていた。

 そこに座るのは、王冠を被り、紅いマントを羽織った山羊ヒゲの老人。

 オレは、その姿を見たことがあった。

 

『『皇帝エンペラー』、なのか』


 タロットカード、大アルカナの5番目。

 支配や安定、野心に溢れる様を示すカード。

 目の前の老人の姿は、そのカードに描かれる姿にそっくりであった。

 その顔に浮かぶ、オレたちを小馬鹿にするような笑みを除いて。


「見たところ、正位置のようですね。なら・・・」

『ああ。『死穿デス・スラスト』!!』


 オレは魔女っ子と頷き合うと、黒い光線を放った。

 黒い閃光は、椅子に座ったまま動く様子のない皇帝に向かって飛び、そのままぶち当たる。

 しかし・・・


『効カヌ』

『チッ!!』

「やはりですか・・・」


 皇帝は、何らダメージなどないように座ったままであった。

 だが、それはオレたちの予想通りでもある。


『皇帝が正位置で権能を使用した場合、『安定』、『堅牢』、『防御』にまつわる能力になる。キミの予想通りだ』

「はい。だからこそ、厄介ですね。でも・・・」


 怪異に襲われることなかった日。

 オレたちはトレーニングや魔法の練習をしながら、大アルカナの権能について予想をしていたのだ。

 その中で、皇帝は指揮能力と防御力に優れているという予想を立てていたのだが、オレの『死穿デス・スラスト』を防御の魔法なしで受け止めたことからして、やはり強固な護りを誇っているようだ。

 しかし、オレたちはただ予想するだけでなく、対策だって考えていた。


『『死砲デス・ブラスト』!!』

『ム?』


 オレは黒い砲撃を足下に放ち、その爆風に乗って高速移動する。

 その動きを不審そうな表情で見る皇帝だが、特に動きは見せない。

 なにをされても大丈夫なのだと思っているのだろうが、その傲慢さが命取りだ。

 何度か『死砲デス・ブラスト』で方向転換をしながら移動するオレを目で追おうと、どういう仕組みになっているのかグルグルと椅子を回転させる皇帝だが、遅い。


『『死閃デス・ブレイド』!!』


 オレは難なく皇帝の背後を取ると、黒い鎌で思いっきり斬りつける。

 

『っ!!『雷壁トニトゥルス・ウォール』』


 さすがにこの攻撃はマズいと判断したのか、雷の壁が現れ、オレの刃は壁を切り裂いた所で止まり・・・

 

『『雷大砲トニトゥルス・カノン!!』』

『『死壁デス・ウォール』』

(やっぱり、魔女っ子の予想通りだ)


 反撃とばかりに打ち込まれた雷の奔流を、オレは黒い壁で受け止める。

 そして、確認したいことはわかったので、仕切り直しとばかりにバックステップで大きく距離を取り、魔女っ子の近くに戻った。


「死神さん、皇帝は・・・」

『うん。キミの思った通りだ』


 さきほどまでの笑みを消し、憎々しげにこちらを見る皇帝を睨み返しながら、オレはわざと奴に聞こえるように言ってやる。


『あの皇帝、ノロマの上に力も弱い。ただ堅いだけの雑魚だよ』

『貴様ぁっ!!』


 オレの言葉に、顔を真っ赤にして怒鳴る皇帝。

 それは、図星を突かれたからか?


『『皇帝は支配と安定、統率を象徴するカード。皇帝本人は動かず座るだけで、戦は部下を指揮して行うものであり、その手に剣を持って戦うことはない』。だよね?』

「はい。皇帝本体は直接戦うのは不得手。けど、この儀式において、大アルカナは単独でしか出現しません。率いる部下はいない」


 皇帝のカードに描かれる老人は、座ったまま。

 その手に持つのは剣ではなく指揮杖と水晶玉。

 つまり、皇帝は指揮官であり、統治者であり、戦闘が本職の兵士ではないのだ。

 そして、彼に指揮される兵士はここにはいない。

『女帝』や『吊された男』も戦士ではないが、その最も優れた能力である統率力を発揮できない『皇帝』は、彼らよりもハンデを負っていると言っていい。

 座して指揮することに慣れすぎたのか、機動力に乏しく、魔法の威力も権能で強化される前の吊された男と同程度。

 ならば、ただ堅いだけの、そこそこの威力の固定砲台と変わらない。

 魔女っ子は、皇帝の権能を予想した時点で、その性質まで見切っていたのである。

 

『ダ、ダガ、貴様ニ我ガ護リヲ抜クコトハ叶ワヌ!!』

『まあ、確かにお前にダメージ与えるのはちょっと面倒だな。『今のままなら』』

『ナ、何?』


 オレたちに己の欠点を見抜かれたからか、虚勢を張るように吠える皇帝。

 ただ、言っていることは間違ってはいない。

 あの皇帝の防御力は厄介であり、遠距離最大火力である『死穿デス・スラスト』を素で耐え、女帝と吊された男を葬った『死閃デス・ブレイド』でも防御魔法を切り崩すのでやっとだった。

 だが、それは今のままならばという話だ。

 さっきの攻防で確信した。『アレ』を使えば、コイツは倒せる。


『行くぜ!!『死砲デス・ブラスト』!!』

『マタカ!!無駄ナコトヲ!!『雷壁トニトゥルス・ウォール』!!』


 オレは再び魔法の反動で移動すると、皇帝の正面まで瞬く間に迫る。

 先ほどの流れを警戒してか、今度は最初から防御魔法を使う皇帝。

 オレの攻撃を受け止めてから、カウンターをもう一度叩き込もうと考えているのだろうが、反撃する暇などくれてやるつもりはない。

 オレは、ベルトのバックルに持っていたカードを差し込んだ。


『『死呪デス・カース!!』』

『何っ!?』


 皇帝を囲う雷の防壁ごと、黒いオーラが包む。

 オレが差し込んだカードは、『コインの10』。小アルカナカードは、そのカードの元になった小アルカナのレベル以下の同じ属性もしくは使い手の属性の魔法を使うことができるのだ。

 そして、『カース』の効果は使い手の属性への耐性半減。

 先ほどの手応えから、そのままでも防御魔法を壊せたのだ。

 ならば、その強度が半分にまで削られていたら、どうなるか?


『終わりだ!!『死閃デス・ブレイド』!!』

『グァアアアアアアっ!?』


 黒いオーラを纏った大鎌が、壁を切り裂き、そのまま皇帝の腰から上を切り落した。



-----



「死神さん!!」


 ワタシは、真っ二つになって消えていく皇帝の前に立つ伊坂くんに向かって走った。

 最近の、伊坂くんとじゃなきゃ絶対にやり遂げられないようなハードトレーニングによって鍛えられた脚力で、以前よりもしっかりとした足取りで、ワタシは走る。

 そんなワタシに、伊坂くんは振り向いて手を上げた。


『今日も、キミの作戦のおかげで楽に勝てたよ。本当にありがとう!!コイツ、知らずに戦ってたら、ゴリ押しで相当時間かかったと思うし』

「いえいえ!!ワタシは、戦いだとお役に立てませんから。戦ってくれたのは死神さんです!!でも、ありがとうございます」

『そこは言いっこなしだよ。オレだって、キミの作戦や知識に頼り切りなんだからさ。本当に、すごいよ、キミは』

「えへへへ」


 そう言って、今日もワタシにお礼を言ってくれる伊坂くん。

 鎧ごしで顔は見えないが、胸の黄色い輝きを見るまでもなく、笑っているのがわかった。

 ワタシは、顔がニヤけるのを必死で堪えながら答える。


(今日も、伊坂くんの役に立てた。よかった・・・)


 伊坂くんに褒めてもらえると、胸の奥がポカポカする。

 普段戦闘で頼り切りになってしまっている負い目もあるし、大事な友達のために全力で頑張るなど当然のことであるから、出現するであろう大アルカナの対策は必死で考えた。

 けど、きっとワタシが伊坂くんと一緒に戦えたとしても、ワタシは全力で作戦を考えるに違いない。

 伊坂くんに褒めてもらって、お礼を言ってもらえることに勝る幸福を、ワタシは知らないから。

 唯一、おばあちゃんに褒めてもらった記憶が並ぶくらいだが、伊坂くんのはそれとも少し違う、ドキドキするような感覚がするのだ。


(もっと、もっとこの気持ちを知りたい。味わいたい。だから、もっと頑張らなきゃ!!)


 伊坂くんは、ワタシが黒葉鶫であると知らない。

 けど、どちらのワタシにも、伊坂くんは同じように幸せな気持ちをくれるのだ。

 だから、ワタシはこの毎日が楽しい。

 オカ研で伊坂くんに教える内容やテキストを徹夜で作るのも苦にならないし、大アルカナへの作戦だっていくらでも考えつける。いくらでも頑張れる。

 例え、試練に追い回されるようなことがあっても、伊坂くんさえ隣にいてくれれば、ワタシは幸せなのだ。

 

『さてと、それじゃあ、トレーニングもしたいし、カードを回収して・・・あれ?』

「? どうしました?」


 そうして、戦いが終わって、幸せな気持ちに浸っていたからだろう。

 伊坂くんしか見えておらず、倒し終わった敵のことなど、眼中になかった。

 間違いなく、ワタシは油断していたのだ。


『いや、カードが落ちてないんだ。椅子も消えないし。なんで・・・危ないっ!!』

「え?」

『『雷大砲トニトゥルス・カノン!!』』


 気がつけば、黒い鎧が視界いっぱいに広がって。


『ぐぅぁああああっ!?』

「い、伊坂くんっ!?伊坂くんっ!!」


 痛みに叫ぶ伊坂くんの声とともに、稲妻が辺りを埋め尽くした。

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