第三章「落果を啜り」
第31話 これから
──────約一ヶ月後。
七月になり、季節の移り変わりが気温として表面化。暑苦しいだけの嫌な時期がやってきてしまった。
しかし節約に団扇を使う必要はない。部屋にはエアコンがあるし、地下寮内ではどこにいても適温だ。
僕はいつものように菊入の授業を受け、戦闘訓練を重ねている。
そして、なぜか如月が教室に顔を出すようになった。パッと見勉強なんかしそうなタイプに見えなかったのに、ノートにかじりついて、変わらず爆睡を決め込む士車の隣で授業を受けている。
食堂の利用も習慣的になった。間宮さんとぽつぽつと世間話をしたり、おかずをおまけしてもらえることも。
だが決まって如月が相席する。任務や授業に関すること以外特に会話したりしないのに。食べ終わったらさっさと戻っていってしまうし、どういう意図があるんだろう。
しかし僕を含む三人で向かった、下水道に住まう化け物を討伐する任務で思わぬ収穫があった。取り調べの結果、事件の主犯である男、「
人間を怪物に変え使役する能力を与えてもらったそうで、トンネル付近を通りかかった人間を殺害、あるいは手駒に加え、奪った金品で生活していたという。
そして討伐した死体をDNA鑑定に回したら案の定引っ掛かった。あの地方で以前から行方不明になっていた人間が、軒並みズラリと。
さらに飯浦が居住スペースとして利用していた場所を調べたところ、ドラッグのようなものが見つかった。
飯浦曰く売人から製法の情報は得られなかったというが、現存する方法ではこのドラッグと同じものを作ることは不可能と鑑識課によって証明されているらしい。
それもそのはず、売人たちの元締めである組織の長が自ら調合した薬だというのだ。
課に情報の開示がされていなかっただけで同じような性質を持つドラッグは既に見つかっていたとのことで、発見された地区は数こそ多くないがやたらと広く、既に東京はおろか全国に分布している可能性すらあるという。
総称は「
この
不破は、ハディクィルが他者に何かしらの超能力のようなものを与えると仮定した上で、もし製作者の能力が「特殊なドラッグの製作」なら直接的な戦闘に転用することは難しいと予想した。
そして見学役の僕と如月、後から落ち合う一人とスリーマンセルを組みその建物へ踏み込む計画がまとまった。
念のためにもバックアップもついている。常に音声通信を繋ぎ、異常が起こればすぐに第二波が要請される仕組みだ。
僕はこの掃討作戦を前にして、いつもの殺しに対する抵抗感が薄らいでいた。むしろ、溜め込んだものをぶつけてやろうと息巻いているのかもしれない。
口を結んで、エレベーターに乗り込む。これから三人目の作戦メンバーとミーティングだ。
手すりを握る僕を見る如月の視線が、不安に少したわんでいるように思えた。きっと僕は今、どこか張り詰めたように眉間に皺を寄せているんだろう。
賀科が、植物状態にあると宣告された。原因は言わずもがな、三面六臂の化け物が振るうカミソリを受け続けたこと。
一言も発さず、ただベッドに横たわり生きているだけの痛ましい姿。見舞いの度にそれを目にしても、涙一つ流さない自分の薄情さが恨めしくて仕方がない。
この任務、必ず結果を勝ち取ってこなければ。弔い合戦だ、ただの八つ当たりと言われようが知らない。
連中は組織立って動いている。邪魔をするのなら誰だろうと容赦なく斬り捨てる覚悟だ。
「...名厨?」
「大丈夫...頑張ろう。」
─────────────────────
────── 一般道、自動車内。
僕達は不破の運転で、三人目のメンバーがいる待ち合わせ場所に向かっている。道中、これから会うということで人となりを聞いた。
「別に。コショウで一発だった。」
「「(コショウ...?)」」
「もう改心してるし、悪いヤツじゃねェ。多少コミュニケーションが荒っぽいだけだ。」
「着くぞ。準備しろ。」
到着した場所は、普通のファミレス。シートベルトを外し降車、不破の先導で中へ入る。
その瞬間、店中に響き渡るガラの悪い怒号が鼓膜を打った。過る先程の補足情報が、覆されつつあるのを感じた。
「だァかァらァ!!俺は誠意を持って謝罪してくれりゃあそれでいいっつってんだろが!?」
「子供がやったことなんだからそんなにガミガミ言うことないでしょ!?」
「それが間違ってるってェのッ!!」
「だあ゛ァ~~!!話になんねェ!!」
前部分にブランドのロゴが入っている分厚いグレーのパーカーを着た、ガタイのいい坊主頭の男。ふてぶてしく腕を組んで席に座っている中年女性と言い争っているようだ。
まさかあの男の方が吉良 清政なのか。
「不破さん...三人目のメンバーって...」
「...アレだよ。」
「大丈夫大丈夫、ちょっと説得すっから。そのままついてこい。」
不破は僕達を連れたまま、つかつかと揉め事の中心へ歩いていく。そして吉良の肩を掴んでぐいっと引っ張り、ごく自然な動きでみぞおちに一発、文字通りの鉄拳を食い込ませた。
「うぶッ...!?ぐぼォアッ...!!」
「ア...アニキ...来てたんスね...?」
「店で騒ぐんじゃねェよ馬鹿。」
「立て。とっととこの状況説明しろ。」
「ウッス....ゴホッ、ゴホッ...」
ただでさえ咳と嗚咽にまみれた、語彙力を著しく欠いた状況説明。不破を仲介したその内容は、トイレに行っているうちに女性の連れ子が吉良の携帯ゲーム機を勝手にいじり、落として壊してしまったというもの。
まあ、たまによくいる典型的なヤバイ親。「子供がやったことだ」と吉良の言い分を突っぱねるばかりでまるで相手にしていない。
苛立ちを露にし続ける吉良、謝る素振りすら見せない母親と子供。対話で解決しようとしても埒が明かない。
すると不破は取り出した自分の財布から一万円札を抜き取り、女性が座る座席のテーブルにそっと置いた。
「お騒がせしました。」
「オラ、場所変えるぞ。お前ら来い。」
「アニキ!?俺の大事なゲームは一体どうなるんスか!?」
「テメェが新しいの買え。あの手の人間は弁償なんかしてくんねェぞ。」
「むしろ恐喝だなんだっつって慰謝料引っ張ろうとするタイプだ。俺の万札一枚で済んでよかったと思えタコ。」
「はァ、なるほど...勉強になりま...」
「いぃだだだッ!?そこ耳ッ!引っ張んないでくださいマジ千切れちゃう!!」
至るところから奇異の視線を浴びせられつつ退店。再び僕達は車に乗り込むが、また店を探すのも面倒になったと不破が言い、ミーティングはこの車内で行われることになった。
といっても今回は押し入るだけ。特にこれといって綿密に練るような作戦でもないため、自己紹介もそこそこにグローブボックスから取り出された無線セットを着ける。
吉良は首を鳴らし拳を鳴らし、やる気マンマンの様子。走る車はだんだんと活気の少ないところへ向かっていき、小一時間で到着した場所はドヤ街にある三階建てのボロいビル。
横スレスレに建った別の家屋に挟まれていて、狭苦しい印象を与える。
「全員降りろ。」
改めて、対峙する建物のどこか退廃的な雰囲気にやや気圧される。およそ人が住んでいるとは思い難いが、良からぬ輩や幽霊なんかが巣食っていても何らおかしくはない。
でも今回の相手は
「俺はここでバックアップを行う。裏口がないことは確認済み、エントランス以外から出るなら二階三階の窓から飛ばなきゃなんねェ。」
「どちらにせよ俺が押さえてる。吉良、お前が先導して中に突入しろ。」
「いいんスかァ?こんなガキンチョに俺の本気見せつけちゃってェ。」
「遠慮すんな。奴等は俺達を相手取るようなことをやらかした時点で、テメェから処刑台に立ってるようなモンだ。」
「抵抗するようならブッ殺していい。」
「了解ィ~!」
「っしゃ、行くぞガキども!ついてこいッ!」
冷徹なる送り出し。国が主宰となっている、殺人さえも許容する組織なら当たり前。
わかってはいるが、こうもあっさりしていると毎度面食らうというか。
だが今回は事情が違う。どうせ惨めな落ちこぼれだ、国に飼われた殺人者だ。せいぜい心行くまで憂さ晴らしさせてもらおう。
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