東京悪役令嬢 ~昭和浪漫~

平 四類

1章:悪役令嬢と助手と密室

第1話 事件ですわ①


 昭和四〇年。

 東京の一角に、とある風変わりな探偵事務所が存在した。

 名は『元助もとすけ探偵事務所』。

 名前や見た目が風変わり、ではない。

 探偵事務所は寂れた雑居ビルの二階に位置し、それ自体はぱっとしない街並みによく馴染んでいる。


 特異なのはそこに住む、悪役令嬢、、、、を名乗る女主人だった。

 金髪碧眼の異邦人。

 ろくに言葉も通じないくせに、ことあるごとに他人を見下し喧嘩を買い、夜な夜な町に出歩き怪しげな魔術の言の葉を唱える。

 そんな様子だからか、町民からは蛇蝎の如く嫌われ、煙たがられて、即刻この街から立ち去れと毎日のようにデモが開催されていた。


 ところで、悪役令嬢とは何なのか。

 昭和の世の人々は、誰もその問いに対する答えを知らない。

 いつからそこに住み着いたのかもわからない女主人に対して奇妙にも、「金さえ払えばどんな依頼でもたちどころに解決をする」という噂だけが独り歩きしていた。


「ようこそ、ですわ」

 扉を開くと、事務所の女主人はそう答えた。

 声がする方向に視線を向けるが、窓から差し込む逆光によって彼女の輪郭しか確認することはできない。

 続けて彼女は妙に芝居がかった口調で話す。

ワタクシの事務所の扉をノックしたということは、ここがどういうところなのか既にご存じなのでしょう? ならば一も二もなく三もなく、早速伺いましょう。――報酬金はいくら?」



$$$$$



 扉を開けて入ってきた男はあまりに予想外な言葉に、目を大きくしてあんぐりと口を開いていた。

 当然である。

 探偵事務所に来た依頼人に対して、第一声から報酬金の相談を始める探偵など、この女以外存在しない。

 守銭奴にして金の亡者。暴言吐きの変人奇人。性根が腐った嘘つき魔女。足が臭い。エトセトラ……。

 私が考えたわけでは無い。

 頭の中の辞書から悪口を探すまでもなく、彼女は町民から毎日雨のように罵詈雑言を浴びている。

 それがこの探偵事務所の所長。

 異世界から来た未来人、魔女にして悪役令嬢リターヌ・ラ・カイゼリアである。


 ぱんぱん、と手を鳴らす音。

 真夏だというのに厚手のドレスに身を包んだリターヌ嬢が、レストランのウェイトレスを呼ぶかのように、私に視線を向けていた。

「こら、助々すけすけ。早くお茶をお出ししなさい。貴方があまりにも無能なせいで、お客さまが馬鹿みたいに口を開いてぼうっとしているじゃありませんか」

 一言のうちに私と依頼人(仮)の二人を罵倒した。

 驚くなかれ、これで悪気がないのである。

 

「……申し訳ございません。今、お茶を淹れますので、どうぞお座りになってください」

 ひとまず謝罪(依頼人に対して)をし、手でソファを指し示す。

 ようやく我に帰ってきた彼は、革張りのソファに浅く腰掛けた。

「で、いくら?」

 リターヌ嬢は相変わらず自身のデスクから動かない。机の上に肘をつき、組んだ手の上に顎を載せる。

 とても依頼人を前にした言動ではないが、いつものことであった。

 男の視線が戸惑うように揺れ、茶葉を用意している私に注がれる。

 助けを求める泣きそうな瞳。

 私もその心情は痛いほどよく解るが、どうすることもできないのだ。


「……まあ、いいでしょう。たまには、、、、先に依頼内容を尋くというのも乙なものですわ。話しなさい。何か自分で解決できない困りごとがあるから、ここに来たのでしょう?」

 そう。

 ここは悪名高き『元助探偵事務所』。

 女主人であるリターヌ嬢のこと含めて虚実織り混ざり、尾ひれ胸びれが付いた上で街中に良くない噂が流布されている。

 本来であれば、斜向かいの町民ですら寄り付かない。

 探偵に用向きがあるとしても、隣町にある感じの良さそうな同業者に行けばいいのである。

 なのに、わざわざこの探偵事務所に来た。

 それはつまり、街に流れる噂――金さえ払えばどんな依頼でもたちどころに解決をする――を当てにして訪れたということ以外には考えられない。


 リターヌ嬢は顎を載せていた手をほどいて、椅子にふんぞりかえる。

 見下すような視線を依頼人の男に向けた。

「あ、あの……」

「シャキッとしなさいシャキッと! 声が小さいですわっ!!」

 びくりと震え上がり、男がようやく開きかけた口を閉ざす。

「粗茶ですが」

 振動する男の前に、湯気の立つ緑茶を置いて、私も対面のソファに座る。

 リターヌ嬢を含めた三人の位置関係としては二等辺三角形のようになったわけであるが、話しづらいことこの上ない。

「……あの、まずはお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 縮み込んでしまった男に対して、精一杯優しい声色で話しかける。

 すると男の顔はパッと明るくなって、徐々に言葉をつぶやき始めた。

 

 彼が話した内容によると、男の名前は奥本というらしい。

 二十三歳であると自称していたが、少年のようなあどけなさを残した顔は散切り頭と相まって学生のようにも見えた。

 神奈川に住んでいるが、知人からこの探偵事務所の噂を聞いてはるばる東京までやって来たらしい。

「ふーん」

 リターヌ嬢はツマラナイという感情を隠そうともせずに、相槌を打つ。

「で、依頼はなんですの?」

 話しが遅々として進まないのは、自分のせいだということをまるで理解していないような素振りで急かす。

「そ、それは、ですね……」

 奥本の視線は私だけに注がれている。リターヌ嬢のことを無視している訳ではなかろうが、あちらと面と向かって話すより多少気分がましなのだろう。


「えっと……。あ、これだ」

 彼は何やら自分の鞄をごそごそと漁り始め、中から手のひら大の金属の球を取り出した。

「金属の、球……?」

 球の全体が金属質の鈍色を放ち、メッキなどではない非常に重量感のある見た目をしている。

 中央に一周するように亀裂のようなものが入っており、その亀裂から上下に分離できそうであった。しかし、簡単には分解できないよう留め具が一つ付いていた。

「『モンスターボール』みたいですわね」

「もん……今なんと……?」

「お気になさらず。彼女は稀に、独自に構築した異常な言語が口から漏れ出すのです。意味はないので」

「はぁ……」

「助々、三〇年後に痛い目を見ますわよ」

 リターヌ嬢はことあるごとに、現代人には理解できない固有名詞を吐く。

 基本的には無視を貫くのが正解。尋ねたら尋ねたで「タイムパラドックスが云々うんぬん」と、煙に巻くのである。もう慣れた。


「それで、この金属球が何か特別なのでしょうか?」

「馬鹿。助々、馬鹿。アホすぎて救えませんわね」

 全身の血潮が滾るのを感じる。

 だが、今は依頼人の前だ。

 努めて冷静になろうと、天井のシミを眺める。


「――中身、、、なのでしょう?」

 ふんぞり返っていた姿勢を元に戻して、リターヌ嬢は視線を金属球に注ぐ。

「そ、そうです……!! どど、どうしてわかったんですか……!?」

「詳しく見聞するまでもなく、漏れて、、、いますわ。色から鑑みるに、恐らく属性は『火』」

「……っ!?」

 奥本が驚愕の表情を浮かべる。

 ぱくぱくと金魚のように口を開閉させていた。

 二人の間では思考の伝達が成立しているようだが、私は明らかに蚊帳の外である。中身の正体がなんなのか、属性とやらもさっぱりだ。


「その程度であれば問題ありませんわ。その場で開けなさい」

「は、はい……」

 奥本は震える手でかちゃかちゃと金属の留め具を操作する。

 開けにくいのか、数回失敗してようやく取っ手が外れた。

 金属球の上部を時計周りと反対に回して、厳重な封を解いていく。

「……」

 かしゅっと軽い音がして、球の上下が完全に分離される。

 唾液を飲み込み、自分の喉が鳴ったのが聞こえた。


 鬼が出るか蛇が出るか。

 はたまた小人が出てくる可能性もある。

 色々と頭に浮かべてみたものの、それらの予想はまったくもって裏切られた。

 なんてことはない。

 中に入っていたのは、――宙に浮かぶ火の玉。

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