硝子のくつがなくったって

赤猫

第1話

 私、神崎舞かんざきまいは、幼い頃に童話のお姫様に憧れがあった。

 服とかもそれっぽいものを買って着飾っていた記憶がある。

 でもそれはいつしか無くなっていた。

 緩く巻いていた髪は今ではまっすぐになっていて、邪魔くさいからと言う理由で適当に束ねている。

 制服を着崩さずにきっちりと着て私はいつも通り学校に向かう。


 女の子はお姫様とやらになれるのか?という質問がきたら私は真っ先に人によると答える。

 可愛い子はなれるだろうが私のように地味で花のない女にそれはなれない。

 物語に出てくる数秒で退場する役がお似合いだ。

 私はそれでいいんだ高望みなんてしない。

 王子様と結ばれることも願わない。

 クラスの誰かがイケメンだの王子様みたいとか言われてることも微塵も興味が無い。


「うわっ」


 廊下の角で突然人が飛び出してきてぶつかった。

 尻もち程度で済んだが、私の持っていたプリントたちはバラバラになった。

 おいおい昼休みの貴重な時間を先生のせいで雑用に使ってるっていうのにこの仕打ちはあんまりではないだろうか?


 おまけにぶつかってきた男子生徒は、謝罪の言葉を言わずに去っていったみたいだ。

 拾うのを手伝ってもくれない、今日は厄日なのではないだろうか?

 これが可愛い子だったら先程の奴らはやるのだろうな。


「大丈夫?神崎かんざきさん」


 顔を上げると丁寧にプリントを重ねて持ってる人がいた。

 染めていない日焼けで焼けた黒いけど少しだけ焦げ茶な髪に優しい目。

 井上樹いのうえいつき、王子様という通り名で有名な人だ。

 こんな根暗で教室の隅っこで本読んでる奴の名前なんてよく覚えているものだ。


「ありがとうございます」


 私は一礼してそれを受け取ろうと手を出すが一向に貰える気配がない。


「それ職員室に持っていきたいんですけど…」

「手伝うよ」

「大丈夫ですよ」

「いいや!拾ってはいどうぞは何か嫌だから手伝う!」

「ええ… 」


 どうしてか隣には王子様と呼ばれている男子生徒がいる。

 私が渋々お願いする形になった。

 気分が憂鬱な私と鼻歌交じりで歩く王子。

 もう明日は学校に行けない。

 女の子たちに何言われるんだろうか?


「はは…明日学校にいられるのかな…?」

「え?!どうしたの急に?」


 王子は私の様子にぎょっとする。


「あ、ごめんなさい気にしないでください」


 心の声が口から漏れていたらしい。

 …まぁどうせ明日にはわ関わらない雲の上の存在だ。

 今日のうちにご尊顔を拝んでおこうと思う。


 そう思っていると、目的の職員室着いた。

 先生にプリントを出して、私たちは職員室を出た。

 終わった私の仕事は、これで私は王子と関わらずに済む。

 教室に戻って本を読みたいと思っていると彼は、私の肩をトントンと控えめに叩いた。


「あの、さ放課後一緒に帰ることって…できますか?」


 え?ヤダ、普通に嫌だけど?

 何で王子は照れてるの?どうして?

 頭の中にたくさんのクエスチョンが出てくる。

 …待てよ?もしかしてこれは…カツアゲ?!

 こんな気弱に見える私だ。きっと彼の優しい演技に騙されて人気の少ないところに連れてかれてお金を奪われる…。


「お、お金だけは…命だけは…」

「何か勘違いしてる?!」

「え、違うんですか?カツアゲじゃないんですか?…じゃあ嫌がらせ…?罰ゲームで何か私に関わるように言われているんですか?!」


 そんなことになっていたらどうしよう。

 私に何か出来る事はないだろうか?


「わ、私なんかで良ければ協力しますから!」


 私は彼の手を取って自分の手で包み込むようにして握った。

 辛いことがあったんだろう私のせいで…私みたいなブスのせいで。


「ち、違うから!罰ゲームでもないし脅されてもないから?!」


 顔を真っ赤にして王子は否定した。

 …怒ってる?

 私は自分の行った行動を振り返って慌てて手を離した。


「ごごごごめんなさい!気持ち悪かったですよね?!私みたいな女が有名人に対して…!」

「落ち着いて?!大丈夫だから?!」

「怒ってないんですか…?だって顔赤いですし…はっ!もしかして風邪?!」

「大丈夫だから…これはその…恥ずかしくてその…」


 ごにょごにょと彼は話しているその顔が私にはそれが何を表しているか分からない…ううん違う理解したくないと思ったのが正しいかもしれない。


「…えっと、その…俺は君に対して好意を持っています」


 …おう…神よ…馬鹿野郎。


「はい」


 一周回って私は驚くのではなく無だった。

 無の境地に行ったのは、一万円課金してガチャで大爆死した以来だ。

 ちなみに天井まで残り五十連なので五千円追加で入れようとしている。


「罰ゲームではないです」

「はい」

「カツアゲもないです」

「はい」

「脅されてないです」

「はい」


 急に冷静になって私は彼の言葉を聞く。

 …現実らしい、どうやってこれを切り抜けようか考えてみるが、コミュニケーション能力がないに等しい私では難しいという結論が出た。


「私一度もお話したことないんですけど…どうやって好きなったんですか?」

「覚えてない…?」


 私は頷くと彼は驚いている様子だった。

 本当に一度も今日まで関わったことはなかったはずだ。

 話していたら女の子たちに人気者である有名人を忘れるはずないのだが…?


「入学式の時!俺が体調悪くて困ってたら一緒に保健室に行ってくれたんだよ。大丈夫とか言ったら怒ってくれて…」

「え?その人誰ですか?別人?」


 そんな自分から火の中に飛び込むようなこと自分が出来るとは思えない。

 彼は誰か私と誰かを間違えているのではないのだろうか?


「これ覚えてない?!」


 王子はポケットからハンカチをハンカチを取り出した。

 どこかで見た事があるような気がして名前があるか確認したら私の名前が書かれていた。

 ケルベロスがプリントされたハンカチだ。

 確かに私はそれを何時ぞや忘れたが誰かに返さなくて良いよと言って押し付けた気がする。


「それが、井上くんってことですか…?」

「だからそうだよ?!やっと思い出してくれた?」

「いえ…ほとんど誰かにあげたなー程度ですけど…?」

「ああ…やっぱり好きだ」

「ふぁ?!」


 急な好きという言葉の爆弾に私の顔は真っ赤になった。


「だって神崎さんは俺の事を王子とかそういうので見ない。俺として見てくれるからだから好きになったんだ」

「あ、あの…え」


 私は少しだけ糖度のある言葉を言われ慣れてないせいで口をぱくぱく開閉とすることしか出来ない。


「ねぇ、もう一度言うよ、俺は神崎さんが好き。入学式の時からずっと、俺は貴方に一目惚れしてました」


 私の手を取って見つめてくる彼は本当の王子様の様に見えたような気がした。

 頭の処理が追いつかなくてプシューと変な音をたてて限界を教えている。

 これがキャパオーバーである。

 私は膝から崩れ落ちた。

 腰が抜けて立たない。


「大丈夫?!」

「こ、腰が抜けました…」

「え?!嘘?!」

「とりあえず…肩貸してください」


 何とか肩を貸してもらて何とか立つことが出来た。

 足がプルプルしてる産まれたての小鹿の様になっていた。

 私は壁を支えにして何とか歩いている。

 彼はそれを心配しておろおろとしてる。


「ありがとうございます…わ、私は大丈夫です…」


 お姫様なら安易に助けを求めるんだろうけど、私は絶対に絶対に助けなんて借りない。


「俺君のこと負ぶって…」

「大丈夫です…自分で歩けます」


 弱さを見せたくない。

 だって私は物語のお姫様ではないのだから私は自分で歩くんだから。


「ちょっと失礼しますね」


 彼は私の思っていることをガン無視して私をお姫様抱っこした。

 視界が上にいって私は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。


「ごめんね俺のせいだし…責任持つよ」


 その言い方だと誤解が生まれるのですが。と私は言うことが出来ずぴょこぴょこと歩く度に跳ねる足先を見ることしか出来なかった。




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硝子のくつがなくったって 赤猫 @akaneko3779

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