第1話 盗賊は追わない

シャンデリアがまだ光らないころ、歩けば音が軋む酒場の椅子で寝る男と無表情で酒を棚にしまうおじさんだけがいる。

一通り棚を整えるとおじさんはほうきを取りながら言う。

「俺の酒はうまいからな」

男はジョッキを握ったままビールをすすると

「あまりものにしてはうまいかもな」

と一言。

キシキシと音が鳴る。

「そうかい、ところで仕事は見つかったのか?」

「仕事?ってことは情報はないのか?」

男は下を向いて小さく笑う。

「もともと期待なんてしてないだろうが」

「まさかね。」

風が鳴り響き、曲がり入った風が集めたごみをまき散らす。

「魔剣なぁ...そんなの騎士様とか魔術師が使うものだぞ、ほんとにお前が持ってたのかよ」

「ほら、この店が繁盛していたころたくさん女の子つれてきただろ?」

「じゃあ嘘だろ」

「そうだな」

「ん?」

一瞬、おじさんは手を止めて男をにらんだ。


おじさんが階段を上り、二階の掃除を始めた。

男が寝起き、棚を見るといつもと違う酒が並んでいる。

「今日、なんかあったっけ?」

男は椅子から立ち上がり、カウンターをまわり込んでいる。

「ああ、司教様が来るかもしれないからな」

「え?司教が?」

棚を開ける。

「珍しいな、司教がこんな西部のイリィにまでくるなんて」

高そうな酒を手に取る。

「そうそう、噂ではパンドラの箱がなんだとか」

「へー」

そこそこいいグラスを見つけた。

「おい、何やってんだ」

すでにおじさんはカウンターの中に入っていた。

「まぁまぁ、たまにはうまい酒が飲みたいじゃない?」

男は下がらない。

「いいや、いつもタダで飲ませてやってんだろ?」

おじさんはグラスに酒を入れようとする手をにぎりながら歯を食いしばる。

「いやいや、飲んであげているんですよ?」

男はグラスの先を酒の先につけた。

「別に燃料にしてもいい物だからな?」

おじさんも下がらない。


「おい、待て!どろぼうだ!」

外から聞き覚えのある声の叫び声が聞こえる。

「どろぼう!?」

ガラスの割れる音。

「!?」

男は外を見るとにぎっていた酒とグラスを離してしまった。

「あ~あ。」

下を見る男。

「あ~あ。じゃねえよ!」

横を見るおじさん。

「どろぼうだってさ」

男は何事もなかったかのように扉へ歩く。

「この酒200Atlしたのに…」

こぼした酒には波紋がひとつ。


外を出て左を見たところにフードをかぶった奴が走り抜けている。

「おい、アイツだ!つかまえてくれ!」

ラルドの太い声が街に響く。

盗人は軽快な走りで街の入り口まで突っ走る。

ラルドの声で街の入り口の近くにいた男らが入り口に横並びをして塞ぐ。

しかし、盗人はそれを飛び越え外にいた馬に乗って走る。

「おいおい、なんだあれは…」

街の男らは口が空いている。

気が付くと、盗人は東の荒野に消えていってしまった。

「あの身のこなし、なかなか厄介ですな。」

奥から町長が現れた。

「あれは“カルーア”かもしれないわね。」

肉屋のおばさんが表に出てきた。

「おい!捕まえたか?」

ラルドの大きな声はここまで聞こえてくる。

男らは入口の方へ向かう。


街の一同は肩を下げていた。

「何を盗まれたんだ、ラルド?」

町長がラルドのほうへ歩く。

「魔宝石ですよ、それも最高級の。」

「せっかく仕入れたのに…っち」

ラルドは身体だけでなく舌打ちもでかい。

「魔宝石か、それは大損だなラルゴ。」

酒場のおじさんがにやにやして出てきた。

「ジェイ、貴様…」

「まぁ俺も酒割られてんだ。あいこだろ。」

「わしは関係ないだろ!」

ラルゴは怒ると手が付けられない大男でジェイとは長い付き合いらしい。

「まぁいい。だが町長、やはり兵士を雇いましょうぞ。」

「しかしラルド、兵士はお金がかかるのだ。そもそも治安悪くないしな。」

首を振った町長。

「今だけですぞ、野生動物や山賊、いまだって盗賊が現れたでしょうが。」

それを言い残してラルドは店に戻っていった。

「さぁみな、仕事に戻れ!今日は司教様が来るかもしれぬぞ!」

町長は西の方へ歩いて行った。

「さて、俺もしごとに戻るかな。」

「そうか、じゃあ俺も酒を…」

ジェイの後ろを歩こうとしたらジェイは振り向いてきた。

「シユウ、お前は来るな!」

「え?」

「これ以上品物を壊されちゃ困るんだ。それにお前の金もそろそろ底をつくんだろ?いい加減仕事探したらどうだ?」

ジェイは店に戻っていった。

気づけば入り口には彼しかいなかった。

「仕方ない、帰るか。」

シユウは空を見上げた。


家に帰ると、床は砂まみれ。ドアの隙間から砂が入ったようだ。

「少し前まではこんなんじゃなかったのに…」

ほうきを取り出す。

一通り砂を掃いたら水を飲み、あくびをしてシユウはベッドでねる。

「“仕事を探せ”か…せっかく生き返ったのになんで働かなきゃならないんだ。苦労しなきゃいけないんだ。それならあのまま死なしといてくれたらよかったのに。」

そう思いながら板のはがれつつある天井を見る。

俺はシユウとこっちの世界では名乗っている。もともとは柊人という名前だった。あっちの世界でなんだかんだして死んで、目が覚めたらこの中世的な世界にいた。イリィは若干西部的だが。

この世界に来た時に魔剣と言われる変な矢と手紙を持っていたんだよな。その手紙は…そうだ、ここにしまってあったか。

『おぬしは幼き命のために身を犠牲にした。わしはその勇気と正義に感服した。ゆえにアトラスの世に再び生を与える。

あとその矢はわしからのプレゼントだ。困ったらそれを使うといいだろう。』

いったい、これは誰が書いた手紙なんだろうな。たぶん神みたいな存在なのだろうけど。あの矢があればまた豪邸で楽しくすごせるのになぁ。こんなに苦労することもないだろうに。

あの矢があれば…。

そう思っているうちにシユウは寝ていた。




















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