賞味期限切れのスイーツ

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期限切れをイーツ


 二人とも仕事が忙しくなって、先に寝ることだって多くなってるからこそ、今日ぐらいは、って。


 バレンタインくらいは早く帰ってきてくれると思ってたのがバカだった。

 昔は手作りで夫に渡していたけど、社会人としての階段を登っていく過程でどうしても年々手をかけて作るということが難しくなった。

 だから今年は駅前のケーキ屋さんでバレンタイン用のちょこっと高級なケーキを二人分買ってきた。

 もちろん、生ものなので賞味期限は今日まで。

 真っ白の箱に入ったケーキを見つめてじっと待っていた。

 でも夫が帰ってきたのはちょうど秒針が真上を向いた頃で、もうバレンタインは昨日賞味期限切れだった。

 今日は早く帰ってきてってLINEしたのに。

 OKってスタンプが返ってきたのに。

 今年も「ごめんごめん」で済まされてしまうのかと思うと気が気でなかった。

 実際、ガチャリと鍵の開いた音の次に聞いたモノがその一言だった。

 遠くのリビングからつい不満げな顔を浮かべてしまう。


「別に寝ててもいいのに。明日だって早いだろ?」


 カチンとくる。それは彼なりの優しさだということはわかるのだが。


「違うでしょ?LINEしたじゃん」


 上着を脱ぎながら、ああ。と中途半端な返事が返ってくる。コイツは忙しさにかまけて気がついてないんだ。複雑な気分が心に溶ける。

 椅子に座ってじっと待ってた私と、机の上にあるケーキの入った箱に目も向けてないんだ。そう考えると悲しい。

 出会った頃のバレンタインはどっちかの家で映画見ながらまったりホットチョコ飲んだりもしたなぁなんて余計な回想まで入り込んでしまう。

 

「わかった。もう寝るね」

 

 わたしの関係も賞味期限切れかもしれないなと思った。

 椅子から立ち上がって寝室に向かう。

 立ち去り際になって気づいたのか、彼の「あっ」という声が背後から漏れた。


「なぁこれって」


「勝手に食べて。もう賞味期限切れてるけど」


 暖房ガンガンの部屋の中で自分でも凍てついた声だとわかるくらいに突き放した音をしていた。

 最近は軋むことも少なくなったダブルベットの端っこでくるまって寝た。背中の方の余白は否が応でも広く感じられた。


 暗い寝室にやがて一筋の光がさして、扉が開いた。

 背中越しに入口の方から夫の気配がする。

 光の中で夫の「せっかく買ってきてくれてたのに、さっきはごめん」という音がした。

 もうすでに寝たふりをしてやり過ごす。

 謝られても、今、許せるはずがない。

 夫は小さなため息をして寝室の扉を閉め、リビングに向かっていった。


 翌日、朝起きてコーヒーを淹れようとフィルターに手を伸ばすと、まだ真っ白なケーキ屋の箱が手をつけられずに入っていた。

 私の方が出勤が早い。寝室で夫がまだ寝ているのを確認する。ずっと怒っているのも大人気ないので夫のサラダとスクランブルエッグを用意して家を出た。


 にしてもだ。喧嘩するとやはりそっちの方に意識が入ってしまうのでなかなか仕事に集中できない。あんなこと言わなければ。だとか、もっといいやり方があったんじゃないかと思ってしまう。

 様子からわかってしまうのか、同僚に何かあった?と尋ねられる始末だった。

 こういうのは許してあげる方が彼にとっても私にとってもいい結末なのだろうか。

 プレゼンの資料を作る手が止まる。

 うーん。

 いつの間にか定時はすっかり超えていてこれでは明日の資料が間に合わない。残業は必至だ。

 そのまま夜は深く加速していった。



 家に着いたのは日付を超えるちょっと前だった。

 …帰宅すると玄関に夫の靴がある。

 荷物を下ろしてリビングに向かうと椅子に座ってじっと夫が待っていた。

 テーブルの上には昨日買ってきたケーキの箱が置かれていた。

 夫は私の目を見て、何かを悔いたように口を開いた。


「……なぁ。賞味期限は切れてるけどやっぱり食べないか?」


 私は少し考えたけど、頷いた。


 純白の箱を開ける。ケーキの上に乗ったチョコに印字された『HAPPY VALENTINE!』という言葉が賞味期限切れの私たちへの皮肉にさえ感じられてしまうのだった。

 別々の皿に分けて黙って食う。


 美味しかった。


 ちょっと濃くてビターだけど、それがあえて甘さを引き立てる。チョコの層に挟まったオレンジピューレが絶妙にマッチしていてくどくない。


「美味しいな。賞味期限切れだけど」


 夫がポロッと口に出す。

 なんかくやしいけど確かにその通りだ。

 いまだにモヤモヤが晴れてはいなかったが、何かを誰かと食べるとやっぱりいい。こういう、ふとした瞬間に出る言葉がいい。


「なーんか美味しいもの食べたらどうでも良くなっちゃった気がする。賞味期限切れだけど」

 

 二人合わせて笑顔になる。ほっとする。


「そういえばさ、昔はこうやって一緒にバレンタインになんか食ったりしてたよな…」


 彼は口元にチョコの食べカスをお茶目につけて、昔を懐かしむようにいった。

 そして思いついたように声にする。


「…ホワイトデーは早く帰ってきてくれる?」


「さーどうしようかなぁ」


 私は悪戯いたずらっぽく微笑する。


 もう、今年のバレンタイン“は”賞味期限切れなんだから———

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