スーサイド・ムーブ

 ジュウゾウの操るBBアントがこけた。

 それはラッヘンに追い回されて、それでもどうにか逃げようとして、それでも逃げた奉公が悪かった。一本だけ残った脚。ソレが叩き込まれた重さと速さに負けて曲がる。保てない体勢。下がる視界。そんな中、ラッヘンの近接ブレードがコクピットに迫る。

 笑い蜘蛛ラッヘン・シュピネ

 その名に恥じない様に笑う蜘蛛。それは自慢の高加速を武器として加速と減速を繰り返した際に発生する空力抵抗を逃がし切れずに小刻みに揺れる様が笑っている様に見えることからその名を与えられている。

 その牙が迫る。

 笑いながら。揺れながら。殺意がジュウゾウに迫る。


「――今ッ!」


 仕留める。そこに届くまでの刹那の時にジュウゾウは吠える様に声を入れる。

 それは“撃て”と言う合図で――。

 それは“避けろ”と言う合図で――。

 銃声が響く。

 破壊ディストラクション。シンプルで、研ぎ澄まされたその術式。空気を焦がす様に空間に蒼の魔力光を刻みながらソレが放たれ――


『――ッ、の、テメェェェエェェエェェエェェェェっ!』


 絶叫。

  それはアラモスの声。予定とは違う方向、予定とは違うタイミングでの銃撃を喰らったラッヘンを見ながらの叫び。


『テメェ! この野郎、テメェ! やりやがったな! やりやがったな・・・・・・・、テメェ!』

「ヤァ? どうした? どうしたどうしたどうしたブラザー? テンションがヤケに高ぇじゃねぇか? 何か楽しいこと・・・・・でもあったのかぃ?」


 怒声を受けながら、それでも嗤いながら、口角歪めながら「そんなら俺にも教えてくれよ」とジュウゾウ。


『何がブラザーだっ! 誰がブラザーだっ! 裏切ったな、テメェ! 裏切ったなぁっ!』

「秘書がやりました」

『ッ、の、~~~~~~~~~~~~最低だぜ・・・・、クソ野郎!』

「はっ、ははっ、はははははははははっ! そいつぁ――ありがとよっ《・・・・・・》!」


 コクピット撃ち抜かれたラッヘン。赤が噴き出していた。ソレがゆっくりと倒れ、視界がゆっくりと広がる。ボスアラモスの怒りが差腕に伝播したのだろう。さっきまで楽しく追いかけっこをしていたBBアントオトモダチが今は確かな殺意を持ってこちらに来ていた。


「ははっ!」


 ばりっ、と奥歯を噛み締め、口角持ち上げ、犬歯を剥き出しにジュウゾウが嗤う。

 ギアシフト。バックへ。BBアントの脚の先端。スラスターが火を噴き、ホイールが急回転しながら砂を掻き分けて機体を滑らせる。機銃掃射しながらの後退。当たらない。知っている。当てる気も無い。当てる必要もない。だってこうしてジュウゾウが引きつけていれば――


『ジュゾー、右にブレて』


 お姫様が仕事をしてくれる。

 言葉に従い、機体を大きく傾ければ装甲ギリギリを掠めて殺意が来た。

 ワンショット/ワンキル

 破壊ディストラクションの呪文により単純に威力を底上げされたライフル弾が世界を焼きながら敵のBBアントに突き刺さり、装甲を貫きコクピットを潰す。ブレた。敵の思考が。一瞬、ジュウゾウではなく、その狙撃の出床、ルクスの方に向かう。


「……」


 それはよろしくない。残りの数は四。速度で負け、技量で負け、数で負けている。だから攻めるのは間違って居る。だがお姫様の方に敵が行くのもよろしくない。だから仕方がない。

 速度で負けて。技量で負けて。数でも負けているのだから――


「ベーイル、お待ちかねの出番だぜ?」

『待ってはいない』


 友情ぱわーチームワークで勝とう。

 クロスシフト。バックの速度緩めず、敵の注意を引きながらジュウゾウが下がり、そのジュウゾウと擦れ違う形で最高速度トップに叩き込んだベイルが前に出る。

 機体と機体がこすれ合うほどの距離で擦れ違い、獲物を追う猟犬へ影からの強襲。反撃してこないと思っていた相手からの強襲に一気が対応出来ず、ベイル機のチャージを喰らう。止まる。


『――フォイア!』


 だから死ぬ。楽しそうな少女の声。それに合わせて弾丸が装甲を撃ち抜き、命が終わる。残り三。

 ベイルがチャージの勢いそのままに抜けて行った。ソレを追うか、ジュウゾウを追うか、一機が迷った。「……」。バカが。嗤う。嘲笑する。止まっていない。それでも速度が落ちた。だからまぁ――お姫様の獲物だ。残りは二。


「……」

『ジュウ。罰が当たったんじゃない?』

「うっせぇよ白蜥蜴ホワイティ。――フォロー」

『ごめん。無理』


 その二機はアラモスの指示か、彼等の意志かは知らないがジュウゾウだけは絶対殺すことにしたらしい。威嚇の様に打ち続けている機関掃射を装甲で受けながら一気に加速。三本脚のBBアントと六本脚のBBアントには脚の数以上の速度差があるらしい。被弾を許容したアントAとBが一気に間合いを詰めてくる。ベイルのフォローは言葉通り届かない。お姫様に任せられるのは一機。「……」。ここ。賭け時。

 ちろ、と舌を少し出した。唇を湿らせた。

 シフトダウン。ゥン、低く唸りながら高速回転していたギアが回転数を食われて、速度を食われて、代わりにトルクを得る。トップから一足ファースト。その急激な変化にエンジンが獣の様に唸りを上げ、それに合わせて何やらゴンドウさんが「むぃぃぃぃいぃ!」と気合を入れる。そんな混沌の中、それでもジュウゾウはアクセルをべた踏みで更にエンジンを鳴かせた。

 小さなギアが猛回転する。それでも速度は出ない。当たり前だ。速度は落ちている。どれほど高速回転しようと、唸りを上げようとも、速いギアでは無く、強いギアなのだ。敵との距離が詰まる。く、とハンドルを倒して機体を操る。二本の脚を持ち上げての急旋回。残った一本が自重を支えきれずに折れ曲がる。機体が傾く。体勢が崩れる。


「―――――――」


 き、とジュウゾウの瞳孔が軋む。

 それは極限のコンセントレイト。

 暴れる機体を力ではなく、流れで操り、無理やり回る。回って、一気にシフトアップ。手元のパドルシフトを連続でクリックして一足ファーストからトップへ。

 力を速さに。

 流れに逆らわず転びながら。

 反転跳躍。向きを変え、ひっくり返り、脚では無くボディで砂を擦るそれは――失敗クラッシュ

 ステップの踏みそこない。

 ダンサーの恥。

 だが――。

 だが、それでも――。

 ジュウゾウはクラッシュソレを乗りこなす。

 スーサイド・ダンサー。

 それは絶死の中に起死を見るダンサーのスタイルの一つ。

 速さを回転に。回転を威力に。

 ジュウゾウのクラッシュに食いかかろうとしていたアント二機の十二本の脚を三本脚の転んだアントのボディが斬り飛ばして――


良い子ねグーター・ユング、ジュゾー!』


 後はお姫様の仕事だ。





あとがき

感想みたら全然ジュウゾウのことを信じてくれてなかった。

主人公なのに……。

きらら系作品の主人公なのに……。

広義ではぼっちちゃんと同類なのに……。



……いや。あの子、結構クズだったな?

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