裏切り

「ベイルはこっちだったよね?」

「……ちっげーですよ。脚三本折れてる方がテメェのですよ、白蜥蜴ホワイティ

「……」


 ベイルが無言で中指立ててファックとやって来たので、ジュウゾウもとびっきりの良い笑顔で親指を下に向けてくたばれ糞がゴー・トゥ・ヘル


「ジュゾーとベイル、よろしくね?」


 そんな風に仲良しな二人組に、言われた通りに良い子に休憩していたと思われるルクスが声を掛ける。寝起きなのだろう。手触りの良さそうな金色の髪が所々跳ねており、それをエイローテや処女エルフと言った整備班の面々が「あーもー」とか嬉しそうな鳴き声を上げながら直していた。皆の妹分。そんなポジションなのだろう。


「……ジュウ」

「ヤァ。心配すんな。流石に俺でも分かる・・・・・・


 ベイルの警告を含んだ呼びかけに、軽い笑いと共に肩を竦めながらジュウゾウ。

 ガランビナ砲火結社に完勝する。それこそこの船にかすり傷なく。例えその状態であってもこの少女一人が死んでいたら、或いは重傷を負っていればお嬢様がたは容赦なくジュウゾウ達を殺す。

 ジュウゾウとベイルがこの船で最も価値の無い命だと言うのならば。

 この船においてもっとも価値のある命こそが彼女だ。

 年齢のこともある。

 立ち位置のこともある。

 そもそもこの班のエースである以上、そう言う目線でも価値が一つ上だ。

 そして何よりこの終わった砂の海においてルクスはお嬢様がたの心の支えなのだろう。支柱。柱。そう言った心のを踏みにじられた場合、人がどうなるか――元界賊と元商人はその地雷っぷりを嫌と言う程理解していた。


「『命に変えても君を守る』。男としては憧れのセリフだね?」

「……言ったら周りのお姉さま方にすげぇ目で見られそうだけどな」

「ほんとそう」


 ジュウゾウはロリコン呼ばわり。そしてリザードマンのベイルはロリコン+特殊性癖保持者アウトホルダーの称号を得ることになる。「……」。絶対嫌だ。ジュウゾウは素直にそう思った。


「ま、お姫様は狙撃手だ。俺達前衛が抜かれなきゃ問題ねぇべ」


 っーわけで、姫様第一、安全第二で行くべ、と言いながらBBアントに向かうジュウゾウ。


「そうするべ……ジュウ。そっちは脚三本折れてるけど……よろしいの?」

「よろしーんだよ白蜥蜴ホワイティ。俺の方が操縦上手いからな」

「……お礼を言った方が良い?」

「ヤァ。素敵な心掛けだが……要らねぇよ。クソにも成んねぇ」

「それじゃ無事に生き残ったらベイルは食事を奢るよ」

「は、それなら少なくともクソ・・には成んな」

「カレーで良い?」

「……チョイスの悪意が酷ぇ」

「……」

「……」


 暫く無言で顔を見合わせた後、くく、と笑い合ってから、背中を向けてのさようなら。


「ベーイル、奢るまで死ぬんじゃねーぞ?」

「ジュウこそ奢られるまで死なないでね?」


 そう言葉を交わして拳を打ち付け合い、軽いハグ、背中を叩きあうと言う一連のハンドシェイクをこなし別れる刹那――


「(と通信がしてぇ。繋げ)」

「(……ヤ)」


 そんな言葉がお嬢様には聞こえない様に交わされた。









「……」


 ――脚三本はデケェな。


 それが着地の瞬間の衝撃を腕と膝で殺しながらどうにか機体の制御をして顔を起こしたジュウゾウの素直な感想だった。「むぃっ!」と天井に打ち付けられたゴンドウさんから苦情が来ているがそっち謝る余裕はない。

 右が二、左が一。六本の内の半数が吹き飛んでいるのだから当たり前と言えば辺り前だ。BBアントに搭載された人工頭脳。生物の“命”から造られてるソレは優秀だ。足が三本になっても崩れることなく、走ってくれる。だが姿勢の制御にリソースの大半が食われているし、着地でコレだ。激しい動きをすれば直ぐに制御が追い付かなくなるだろう。「……」。数瞬の思考。それでジュウゾウは制御ユニットのレベルを大きく下げた。

 視界が揺れる。自動である程度補正されていたモノが無くなり、ジュウゾウが握るハンドルの僅かな動きをダイレクトに拾ってソレがそのまま反映される。間違っても免許取って一年経ってない新人グリーンハンドがやってはいけないカスタムだ。


「……」


 運転するので精一杯。それでもジュウゾウ達がこの砂の海に再び戦車で降りた理由を考えれば――


『ルクスマムからルクスツヴァイとルクスドライ。仕事の時間だ。喜べ、アラモスの野郎だが、出し惜しみ無し。最初から全力全開だ。BBアントが五機に笑い蜘蛛ラッヘン・シュピネが一機。――行けそうか?』

 ヒルドの言葉と同時にレーダーに六つの赤と一つの青が表示され。赤は此方の船から。青はベイルから。どうやらお姫様の居場所を教えてくれる程にこちらを信用してくれていないらしい。「……ヤァ、悲しいね。泣きそうだぜ」。通信に乗らない様にそう呟きながらもジュウゾウの口元に浮かぶのは愉悦の笑み。それは蜘蛛が巣に獲物が掛かった時に浮かべるのと同種だった。


「ルクス2、行けるぜ……って言いてぇ所だが、聞き覚えがねぇのがいる。ラッヘンってのは? どんな特徴がある?」

『ラッヘン・シュピネ。ダンサーが良く乗る高機動――と言うよりは高加速が売りの機体だ。アレは乗り手にもよるが下手をすると狙撃を躱しながら近づけるスペックがある。最低でもアレだけはどうにか・・・・して欲しい』

「……」


 思わず黙る。

 つまりこっちは普及率ダントツの平均平凡が代名詞のBBアントで、ダンサー愛用の謳い文句が付く程度には尖った部分があるモノを相手にしないといけないという訳だ。しかもその機体を選ぶ程には熟練した相手に。……いや、そもそも数で負けてるし、機体も壊れてる。行けるか? と言われたら『行けない』し『行きたくない』。そんなことはヒルドも分かって居るはずだ。ジュウゾウ達は囮。こっちの有効なカードは――


「お姫様次第だぜ。もう出てんのか?」

『いや。シャッテン・ルクスは高機動、高隠密性、高火力の名機だが知っての通り防御性能だけは紙だ。今回は船に乗せたまま運用する』

「あぁ、そう」


 滑らかにヒルド嘘吐きがそう言う中、変性魔術師と自己申告したベイル嘘吐き感応魔術テレパスで拾った青い光点がレーダーの上を動いていた。「……」。人類ってほんとクソ。そんなことを自称付与魔術師のジュウゾウ嘘吐きは思った。


「……ま、頑張るぜ?」


 だから適当にそんな返事を返して、ルクスマム及ぶルクスアインへの受信をオフ。喚かれても騒がれても好きに出来る内緒話の体勢を造ってから「ベイル」と呼びかけた。


『相手のアルファ、アラモスさんの船に繋いだよ』

「ヤァ。良いね。仕事が早い男ってのは最高だ。俺もそう有りたいもんだぜ?」

『褒めてくれてありがとう。それで? どうするの?』

「逃げ回ってろ。ぜってぇに撃ち返すな」

『……何かワルイコト考えてない?』

「ばっか、テメ。この俺がそんなコトする訳ねぇだろー?」

『あぁ、そう。考えてるんだね?』


 即答するベイル。ジュウゾウが思っている以上に変な方向に信頼度が高かった。「……」。色々言い返したいが、ある程度こちらの性格を把握してくれているのならば有り難い。


「どうかな? どうだろうな?」


 だからジュウゾウは笑う。

 戦っている様にみせながら、引きつけている様にみせながら、その実、ただ、ただ距離を保って逃げ回りながら、がくがくと揺れる視界の中、それでも嗤いながらジュウゾウは――


「ハロハロー、景気はどうだい、ミスターアラモス。此方、メス犬サマに飼われてる可哀想なオス犬だ。どうだ? 楽しい話・・・・でもしねぇか?」


 ”勝つ”為の通信をアラモスに送った。










 背中から汗が噴き出す。レーダーを見て、モニターを見て、状況を把握して、ベイルと連携を取りながら揺れる視界の中、どうにかBBアントを操る。慣れないカスタム。慣れない機体に、疲労の溜まった身体。コンディション最悪だが、ジュウゾウはソレを声に乗せない。

 やることを整理する。

 やれることを整理する。


『この声、男か? 何だ、テメェ?』


 待つことなくアラモスからの返事が来た。待ち時間の短さから警戒心の薄さと、余裕が見て取れた。数で勝っている。有利な状況で仕掛けられた。ソレがこの余裕の正体だろう。


「言っただろ? メス犬サマに飼われてる可哀想なオス犬だよ。機体に爆弾積まれて囮として放り出される程度には可哀想な、な」


 先ずは、その余裕を剥ぐ。買って貰う為に。売る為に。


『……その負け犬アンダーがオレに何の用だ? 命乞いか? 悪いがオレの隊にはそう言う・・・・趣味の奴はいねぇからテメェのケツにゃ価値はねぇぞ?』


 嘲笑の笑いを受けながら、ジュウゾウは「いやいや」と返す。


「ヤァ、安心してくれや。俺も相棒もそっち・・・をヤられる位なら死んだ方がマシっーテンションだからソレはねぇ。単純だぜ、賢人様ワイズマン。このままなら負けるアンタらを助けてぇって言う純粋――……ではねぇけど、救いの蜘蛛の糸だ」

『負ける? オレ達がか? そいつは、あー……笑うとこか?』

「テメェの間抜けさに、っーんならどうぞ。でもな。なぁ、おい、なぁ、ミスターワイズマン。テメェ、気が付いてねぇだろ? こっちからは三機・・出てるんだぜ?」

『……』

「二機しか把握してねぇ。そうだろ・・・・?」

『だとしても……それがどうした? この状況で一機見失った所で』

「シャッテン・ルクスだ。良いか? 良いな? 良く聞けや。ンで理解しろ。テメェらが見失ってんのは――シャッテン・ルクスだ。」

『? ……! クソ! ルクス隊かっ!』

「ヤァ。流石だぜ、ミスターワイズマン。説明の手間が無くてありがてぇ」


 一枚目。引いたカードは上々。効果は覿面。頭がある程度・・・・回る相手との交渉は馬鹿相手よりもやり易い。動きが予想できる。だから。だから、さぁ……ここ、吊り上げ時。


「流石のアンタでも隠れたアレ相手じゃ分が悪ぃだろ? 数では勝ってもそっちどうにか出来そうなのはラッヘンくれぇだ。アントだと近づけずに終わる可能性がある。そうなったら――なぁ、教えてくれよ。レーンから離れたこの場所で高速艇っーのは――弾丸・・よりも速ぇのか?」

『……何が売りたい?』


 重い言葉。同時に敵の戦車のプレッシャーが弱くなる。元より追いかけっこのつもりだったジュウゾウ達に合わせる様に攻撃の頻度が減って時間を潰す様に動きだす。アラモスから指示が下りたのだろう。「……」。ルクスちゃんはこの辺では随分と恐れられているらしい。ここまで早く状況が造れるとは思わなかった。ちょっと怖い。

 だが良い。

 まぁ良い。

 寧ろ上等だ。この方が高く売れる。


「シャッテン・ルクスの位置情報」

こっちが把握してないもんを戦車テメェが把握してる、と?』

「ヤァ。その通り。種も仕掛けもあるペテンだがな。こっちには感応魔術師がいる」

『その程度で――』

「そうだな。でもソイツはクソでな。変性魔術師って自己紹介してんだわ」

『……』

「世間知らずのお嬢ちゃん達は油断したんだろうな。そこまで真剣に偽装しねぇでルクスを降ろした。だから俺はルクスの位置を知っていて、お嬢ちゃん達は俺がルクスの位置を把握してることを把握してねぇ・・・・・・

『……プランは?』

「俺がこける。その瞬間を狙ってラッヘンをけしかけてくれ。俺を仕留める瞬間、狙撃が来るが――」

ソレ・・が来ることを――方向までこっち・・・は知ってる』

「ヤァ。その通りだワイズマン。来るタイミングと方向が分かってんだ。避けるのは楽勝。その動揺に漬け込んで後はお気に召すままアズ・ユー・ライクっーわけだ」

『そいつは――あぁ、確かにそいつは楽しい話・・・・だな?』

「……良い返事を期待しても良いのかぃ?」

『こっちの支払い次第だぜ。何が欲しいクソ野郎ファッキンガイ?』

「俺らの無事」

『だけで良いのか? それ位なら向こうも支払うだろ?』

「……ヤァ。それなんだが……」


 二枚目。「――」。一呼吸。顔が見えないのが辛い。声だけなのがやり難い。言って良い相手か、そうで無いのか、それが分かり難い。だから賭けになる。それでも――


「気を悪くしねぇでくれ。後のことを考えるとアンタ等の方がやり易い」


 行く。そう決めた。

 だからジュウゾウは言う。

 お前らの方が扱いやすい、と。賊相手に。お前らはメス犬どもよりも下だと、お前らは怖くない・・・・と。そう言う。


『……』

「……怒ったか?」

『……そうしてぇが……ルクスを見逃してたからなぁ……』

「……っーことは?」

『買った』

「ヤァ。良いねワイズマン。頭の回る男ってのは良いぜ?」

『煽てるじゃねェか。おねだりがあるのか?』

「マジに話が早ぇな、おぃ。そんなら遠慮なく。……使った・・・後でも良いからアルファマムと一発。気の強い女が好みでね」

『くはっ! そいつは――はっ、ははっ! 良い趣味だな? えーと……あー……』

「ジュウゾウ」

『オーケー、ジュウゾウ。もう直ぐオレ達は兄弟・・ってわけだ! 良い趣味で、良い性格だ。ウチへの紹介状を書いてやるよ』

「ヤァ。マジかよ。最高だなテメェ! ブラザーと呼ばせて貰うぜ!」

『おうおう呼べ呼べ! オレも可愛い弟分が出来て最高だ!』


 イェア! とハイテンション。交渉の締結。今後の明るくて楽しい未来。悪党どもはそれを笑い合って――


『ジュウゾウ』

「あ?」

『テメェ――最低だな・・・・?』

「は、ありがとよ・・・・・


 作戦開始。













あとがき

さいてー(;゚Д゚)


ジュウゾウは帝国の影響が薄いとこで界賊やってたから帝国領で流れてる戦車(ドイツ語表記)だと知らない場合があるらしい。

ベイルはラッヘン・シュピネのことも知ってたらしい。えらい。

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