戦車と魔法とポストアポカリプス。

ポチ吉

ベイルとジュウゾウ

 誰かが大きい方でも漏らしたのだろう。

 密閉されたコンテナの中には言いようのない悪臭が漂っていた。

 勘弁してくれよ、と言うのが本音だが、まぁ、仕方ねぇか、と野良犬の様な眼付をした黒髪の少年、ジュウゾウは溜息を吐き出した。

 何と言ってもここに詰め込まれてもうまる一日だ。クソを漏らす奴の一人や二人出て来てもおかしくない。

 コンテナには人が詰め込まれていた。人間もいる。エルフもいる、ドワーフも、リザードマンも、獣人も、魔女もいる。老若男女は勿論、種族すら問わずに集められた結果、造られた人の群れ。その唯一の共通点を上げるのならば全員が『生きている』ことだろうか?

 当たり前だ。

 死んでいては商品にならない。

 奴隷。界域かいいきを渡る陸上貿易船に積まれた商品の一つがジュウゾウ達だった。


 ――ある日、地球は宇宙よりも広くなった。


 魔導核。その兵器が投下された結果、時空が歪み、魔力汚染界域が生まれた。

 外骨格を纏わなければ歩くことも出来ない汚染界域。そこは距離の概念が狂っていた。アパートの隣の部屋に一生歩き続けても辿り着けない。そんな冗談の様なことが起こったらしい。

 だから文明は後退して――そこからまた飛躍的に進化した。

 魔法。それまでは無かったその概念を取り入れ、汚染界域を渡る為の船を、界域に産まれたモンスターと戦う為の多脚戦車を造り出し、人類は非汚染界域に街を造ることでどうにか今日も生きている。

 そう言った星と星程に離れてしまった街と街を渡って物資を売り買いすることで利益を上げているのが貿易船であり、その利益の元の一つがジュウゾウたち奴隷という訳だ。

 ――どうしたもんかね?

 溜息混じりに周囲を見渡すジュウゾウには周りのお仲間とは違う点があった。手枷を嵌められている。理由は簡単。奴隷狩りに在ったり、自らの意志で、或いは家族の為に自分を売った、所謂『被害者』である皆様と違い、ジュウゾウは『加害者』。今乗っている貿易船などを襲って利益を得ていた界賊かいぞくだったからだ。

 気が付いた頃から親は無く、スラムに居た。

 スラムの子供が生きる為に出来ることなど限られている。ゴミ拾い。かっぱらい。売春。そんなものだ。ジュウゾウは運良く界賊の船に拾われ、乗ることになった。

 始めは船の雑用、掃除や弾薬の運搬、途中から陸戦隊として、最終的に多脚戦車に乗って糧を得ていたのだが――世に悪の栄えた試は無しとはよく言ったモノで、この度、捕まり奴隷として売られることになってしまった。

 問答無用で頭を撃ち抜かれた同僚達よりはマシとは言え、中々に楽しい状況だった。

 そしてまだまだ世の中には楽しいことがあるらしい。

 それを教えてくれたのは船がワープ航法を終えて通常空間に戻って数分たった時だった。

 ワープは非汚染地域やステーションに近いと出来ない。それ故、街が近くなると船は通常空間に戻って来る。

 だからそこを狙う。それは界賊の常套手段だ。別に珍しいことではない。

 だが今はやめて欲しかったと言うのが同業に対するジュウゾウの素直な感想だった。

 船が揺れて警報が鳴り響く。コンテナの中に緊張が奔り、外では何やら人が慌ただしく動く気配がある。「……」。警報が長い。スクランブルを示すモノではない。守備のフリゲート艦が抜かれたか、裏切ったか、そのどちらかは知らないが、界賊同業の皆様はジュウゾウたちが乗る貿易船に食いつくことに成功したらしい。

 こうなった場合、貿易船はコンテナを幾つか放り出してそれを差し出すことで許して貰うことが多い。だが、多いだけだ。例えば賊側に“取れる”と思われたらその程度では済まない。


「――」


 衝撃、一度。爆音無し。余り壊したくない・・・・・・。襲撃者のそんな意図が見えた。砲撃の感覚が短い。好きに撃てている。こちらからの反撃が上手く行っていない証拠だ。


「……」


 これは拙いかもしれねぇな。そんなことを思う。どっちが勝っても救いは無いが、それでも賊が勝って、更に捕まえた荷物の扱いが下手・・な相手だと殺される。

 そんな結論を出し、ジュウゾウはコンテナの入り口に歩きだした。

 食料が差し入れられる場所だ。そうであれば船内に繋がっているはずだ。

 そう考えたのはジュウゾウだけでは無かったようで、既に何人か人が集まり、どうにか開けられないかと話し合っていた。

 頑強な者が多いリザードマンとドワーフの男性陣が集まっている。体当たりでどうにか――と言う所なのだろうが……


「ヘーィ、兄さんがた。アンタ等、本気でンなモンでぶち破れるとは思ってねぇよな?」


 水槽の魚でも、もちっとは賢いぜ? とジュウゾウ。

 その言葉に一瞬、場の空気が剣呑なモノになるが、手枷をしているジュウゾウを見て何人かが引いた。自分達には無い手枷。それはジュウゾウが“暴力”でメシを喰っていたと言う証拠だったからだ。


「……何か、手があるのだろうか?」


 だから……と、言う訳でも無いが、進み出て来たジュウゾウよりも頭一つデカい白銀の鱗を持つリザードマンの手にもジュウゾウとお揃いの手枷アクセサリーがあった。

 同業……では無さそうだ。恐らくは奴隷狩りに在った際に抵抗をした末路だろう。ジュウゾウは適当にそう判断しながら前に出る。


「ヤァ、勿論。俺は魔術師メイガスだ」

「……破壊デストラクション?」

「いや、召喚サモン


 我流だがな、と言いながら。


「そんなもので扉を――」

「開けられるぜ? 馬鹿と鋏は何とやら。魔法も使いようだ。っーわけでちょい頼みがある」

「? それはベイルに出来ることだろうか?」

「勿論だ。腹を蹴ってくれ」

「誰の?」

「俺の」

「それは……興奮するから?」

「……いや、そこまでレベルは高くねぇよ? 吐きたいんだよ」


 この白蜥蜴はナニを言っちゃってるんでしょうね? そんなことを思いながらも「来いや」と両手を挙げて頭の後ろで組む。


「アナタは戦士なのだな。……名前を聞いておきたい。ベイルはベイル、ベイル・ホワイトスケイルだ。年は十と七」

「ジュウゾウ・シモツキ。同じく十七だ」

「分かった、ジュウゾウ……ジュウ。――では、イチ、ニ、サン、で行くけどい?」

「ケー、来てくれや」

「イチ、ニ――」


 サンを待たずに衝撃が叩き込まれる。ミドルキック。ジュウゾウの身体が『く』の字に折り曲げられる。「――」。痛み。せり上がる嘔吐感。任せるままに、ごぱ、と胃の中のモノを吐き出した。白い魔石が、からん、と軽い音を立てて転がり落ちた。


「おー」


 ぱちぱちとベイルが呑気に拍手などしてくれているがジュウゾウはそれ所ではない。


「……テ……メ……っ……サンは、どうした?」

「来ると分かって居るタイミングで来るよりも効果的でしょ?」

「――」


 それはそうかもしれない。それでも色々と割り切れないモノを感じたジュウゾウはえずきながら取り敢えず中指を立ててみた。


「ジュウ。こう言う場合、立てるのは親指だと思うよ?」

「うるせェ、死ね」

「お断りをする。ベイルは未だ死にたくない。……だから後は頼んだよ、ジュウ?」

「……あいよ」


 ふぅー、と意識して肩を動かして大きく息を吐き出す。地面に転がった白い魔石を覆う様に上から手を被せる。

 集中しろ/集中しろ/集中しろ

 三回言い聞かせる。腹の中に門を造る。鍵を手にする。差し込む。回す。開く。魔石の中、奥に在る魔力の核。それを見えない手が掴む。開いた門から出て来た“奴”がソレを喰った。


「――来い」


 詠唱と言うには余りに短い言葉。ジュウゾウの言う通り、その魔法が我流であると言う証。それでも体系化されたモノとは違う原初の、生きる為だけに編まれたジュウゾウの魔法が形を造る。

 白の魔力光がコンテナの中に満ちた。

 人々の目がその光源、ジュウゾウの手に集まる中、「来た」、とジュウゾウが口角を持ち上げ、手を退かす。

 そこには、人型。

 それでも一目で人ではないと分かる異形。

 短い手足。のっぺらぼうの顔。白一色の肌。頭に被っているのは騎士を思わせる兜。

 異形の小さな人型は人々の視線が集まる中――


“――むいっ!”


 と右手を上げて皆様に挨拶をした。


「「「「「……」」」」」


 周囲に沈黙が満ちる。無理もない。

 自信満々に出て来た手枷付き。暴力に長けているであろうソイツが脱出の為に腹を蹴られてまで呼び出したのが手のひらサイズの土産物屋に並んでいそうな小人だったのだから。


「……ジュウ、その小人は何?」


 ベイルがそんな皆様の代表として召喚の代償で無駄に消耗しているジュウゾウに訊いてみる。


「小人じゃねぇ、サルボボだ」

「さるぼ?」

「サルボボのゴンドウさんだ」

“むいむいっ!”


 ジュウゾウの紹介に『よろしくな!』とでも言う様にゴンドウさん。


「……あぁ、うん。ベイルはベイルだ。よろしくお願いをする、ゴンドウさん」


 状況が良く分からないけれど、挨拶をされたので頭を下げながらベイル。「……」。良いやつなんだな。ジュウゾウは何となくそんなことを思った。


「ゴンドウさん。来といて貰って早速だが――わりぃが死んでくれ」

「殺してしまうの!?」

“むむいっ!”


 ベイルの驚愕を他所に、ゴンドウさんは敬礼一つ。それを返すとジュウゾウの手の上に昇る。何をされるのか、何をすれば良い・・・・・のかを理解しているのだろう。


「んじゃ――」


 ジュウゾウがそんなゴンドウさんを――


「行くぜ?」


 握り潰す。

 送還。異界より来た住人が依り代を砕かれ、異界に戻る。その刹那。その身体を構成していた魔力の残滓が形を成す。付与エンチャント。本来ジュウゾウには使えないはずのその術式を疑似的に為す。


 ――色は白。五声ごせいこくにて五音ごおんしょう。これら即ち五行の金。


 両手を組んでのハンマーナックル。ジュウゾウの拳が文字通り誇張無しに鉄槌と化し、コンテナの扉をぶち破った。










あとがき

・ジュウゾウ・シモツキ


《生まれ》

 あなたは戦闘遊牧民の家に生まれた。

 だが物心ついた頃からスラムに居たあなたにその自覚は無い。

 それでもその胸に刻まれた四桁のコードと流れる血がその証だ。

 『あなたは生粋の戦車乗りだ』


《幼少期》

 あなたは界賊の下働きとして拾われた。

 気に入らないことがあれば蹴り殺してくる様な連中相手だ。真面目に仕事をすればするだけ次の仕事を押し付けられるだけだと気が付いたあなたは上手くサボる方法を考え続けた。

 『あなたは”界賊流の交渉術”に長けている』


《少年期・1》

 ARが撃てる様になると界賊たちはあなたを陸戦隊に放り込んだ。

 生き残る為に殺す。あなたはその手段を常に考え続けた。

 『あなたは銃火器の扱いに長けている』

 『あなたは我流の召喚術を習得している』


《少年期・2》

 気が付けばあなたは界賊の中では随分な古株になっていた。

 幹部からも丁重な扱いを受ける様に成った頃、いよいよあなたに戦車が与えられた。

 ようこそ砂の宇宙へ! 我々は新しい戦士を歓迎します。

 有機ナノマシン投与により刻印が刻まれました。

 『あなたは戦車乗りの資格を獲得している』


《Talent》

『召喚A → ?』

 あなたにはとびっきりの召喚魔法の才能がある。

 その才能は凄まじく、正規の教育を受けていれば歴史に名前が残っていただろう。

 だが、あなたは生き残る為に強引な魔法の取得を行い、その才能の大半を費やしてしまった。

 今のあなたが何処まで行けるかはあなた次第だ。


『加速耐性』

 砂の宇宙で戦い続けた先祖の名残。

 あなたは常人では耐えられないGの中で笑うことが出来る。


《Bad Talent》

『芸術神の吐瀉物』

 あなたの書く文字から呻きが聞こえる。

 あなたが歌うと悪魔が嘔吐した。

 あなたの描く絵画の先はここではない何処かに繋がってしまった。

 あなたの踊りを見た者が痙攣して泡を吹きだした。

 あなたにはありとあらゆる芸術の才能がない。







 はい。剣客ウルフの終わりで言ってた通り新連載。

 取り敢えず次は火曜日更新予定。

 楽しんで貰えると嬉しいです!!

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