喜怒哀楽練習帳

維櫻京奈

 朝一番。おめかしを済まして、携帯電話を開くと、ラッキーさんからドタキャンの連絡があった。なにやら、大事な用事が入ったらしい。

 ああ、そっか。と全身の力がぬける。風船のように手足が萎んでいくのがわかった。昨日ドカ食いしてぽっこり張ったお腹は萎んではくれなかった。

 仕方ない。今日はぼけーっとすることにしよう。

 誰が何を言おうとただただ、ぼけーっとするのだ。

 とりあえずお気に入りのテーブルクロスを敷いて、誕生日プレゼントにいただいた電気ケトルに水を入れてスイッチを押す。その間に、茶葉を取り出しておくことにする。今日はラムレーズンとキャラメルと待ち人来たらずを混ぜ合わせたお紅茶にしよう。ミルクを混ぜるのは後からの方がいい。

 そんなことを思っている間にも、電気ケトルがおい! 沸いたぞ! と声を張り上げる。はいはい。と二つ返事して、ケトルを持ち上げティーポットにお湯を注いで、茶葉をきっかり三グラムいれる。

 砂時計をひっくり返して、ふぅと一息。砂が流れ落ちるのを眺めることにした。

 砂はさらさら落ちて小高い山を作っていく。粒のひとつひとつが我こそが天辺! といわんばかりに頂点の取り合いを始めて、負けたものが底の方へと流れていく。

 最後の砂が落ちるか落ちないかのところで、唐突に向かいの椅子にひょいと小さな獣が飛び乗った。

「こんにちは」

 椅子へと飛び乗った声の主。それは今日はこの場所にくるはずではない人だった。

「ラッキーさん!?」

「いかにも。用事を始める前に来たんだ」

 顔に花が咲くという表現は私には似合わないかもしれないけれど、それくらいには顔が明るくなった気がする。

「紅茶、いただける?」

 ラッキーさんは控え目にきいてきた。

「もちろん。あ、ちょっとまって」

 せっかく作ったけど、この茶葉ではおもてなしに向いていないな。ティーポットを取り下げて、別のティーポットの蓋をあける。お湯を注いで、レモンとハーデンベルギアと待ち人来た! わっしょい! の茶葉を3グラム正確に量ってから淹れた。

 砂時計をもう一回ひっくり返す。さきほど天辺で勝利を掴んだ砂粒は、うわぁと一番はじめに反対側の底へと叩きつけられ、ほかの砂粒たちは敗者復活戦だといわんばかりに、天辺を掴み取ろうと躍起になった。

 それを見ながら、ラッキーさんはおもむろに話し出した。

「今年はでっけぇ花火を打ち上げようと思うんだ」

「それは楽しみだね。期待してるよ」

 ティーカップに紅茶を注ぐ。ラッキーさんはそのオレンジとも赤ともとれる色を眺めている。

「口に合うといいけど」

 ラッキーさんは、何もいわずにごくりとそれを飲み干した。

「ごちそうさま。あ、そうだ。石男EXE3 ホワイトかブラック、どっちがいい?」

「ホワイトかな」

 私がそういうと、ラッキーさんは石男EXE3の白いパッケージを私に渡してくれた。

「じゃあ、また」

「うん。じゃあまた」

 ラッキーさんはしゅんと塀を飛び越えて外へと飛び出していった。

 私はすっかりご機嫌になって、ラムレーズンとキャラメルと待ち人来たらずの紅茶を腰に手をあててごくごくと一気飲みした。

 

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