【王】私利私欲
第百四十八話 朽木谷メンバー集合
永禄四年 水無月(1561年6月)
山城国 二条御所
かつての室町幕府 管領 細川晴元の降伏によって幕が下りた反乱劇。幕切れはあっけないもので、三好家の苛烈な攻撃を受けて如意ケ嶽城は落城。当主となっていた細川晴元の次男 晴之は討死し、俺の降伏勧告を受けた細川晴元は素直に従った。
今回の反乱の首謀者だった人物が早々に降伏したこともあり、六角家の本隊も畠山の軍勢も退却していった。
俺も三好家に合力するという決意は不発に終わり、三好家単独で窮地を乗り切った形だ。俺も義興くんも慌てていたのに、長慶さんは的確に対処して反乱の芽を摘んだのだった。
――と、この反乱劇はこれで終わるはずだった。
今まで通りでよくあるパターン。長慶さんは首謀者であっても命を取らず生かしおく。昔の俺もそうだったし、細川のおっさんもそうだった。明確に敵対したにも関わらず命を取ることはしない。
その人物が統治組織(幕府)の上位者だったり、かつての主君だったりする場合に、長慶さんが良く採る対処法である。長慶さん自身が出世しても、このスタンスは変わらなかった。
いつもと少し違うのは、首謀者を追放したり、放置せず、普門寺に幽閉したということ。特に普門寺の周囲を城塞化したことで、対外的にも細川晴元が三好家に幽閉されたということが明らかになったということだった。
――まさか、このことが後に大きな動乱の種になるとは。
普段から日和見でタイミングを逸することの多かった
さらに珍しいことに、檄文を送った先の大名の動きを待たずに出陣の準備を進め、もう間もなく観音寺城を出る状態まできているらしい。
普段の動きにはない用意周到さと素早い行動。俺は不吉なものを覚えて、清家の里にいる滝川さんや小笠原さんも含め、動ける朽木谷メンバー全員を招集した。
久しぶりに合わせる顔もあり、皆も嬉しそうにしている。
京のメンバーと清家の里のメンバーでは滅多に合わない人もいる。目的は同じだけど働く場所の違いで疎遠になるのは寂しいものだ。
もう少し気軽に行き来できたら良いのだけど。まだ難しいだろうな。
「久しぶりの者も多いな。特に滝川さんには清家の里を任せっぱなしにしてしまって申し訳ない」
「某に礼など不要にございまする。裁量も大きく働き甲斐のある場所を任されて感謝しかございませぬ故」
「そう言ってもらえると少しは気が楽になる。さて、今回集まってもらったのは六角家の動きが気になったからだ」
「上様はいつもと違う六角家の動きが気になるというお考えで宜しいでしょうか」
「ああ、そうだ。先の細川のおっさんが主導した反乱劇は十河一存さんが亡くなって間もないこともあって、三好家の危機だと感じた。そこで俺は皆に諮らず三好家に合力すると決めていたんだ。結局は長慶さんに断られて幕府直轄軍が出陣することはなかったんだが」
「義輝様が必要だとお決めになられたのであれば我らは従いますよ」
事後報告となったせいで少し言い訳臭くなってしまった。
それを藤孝くんがやんわりとフォローしてくれる。藤孝くんとも一緒に過ごす時間が減ってしまったな。
「今までは皆に諮っていたのだがな。あの時は動転していたのか、自分だけで決めるということに違和感を持てなかった」
「新参者ながら口を挟ませていただきまする。私、細川藤孝様にご推挙いただき側仕えを拝命いたしました明智光秀と申す者。お役目柄、上様をよく見ておりました。私見を申しまするに、三好義興様と触れ合うことが多くなり、当主としてどうあるべきかお考えが変わったのではないかと」
光秀くんが言う通り、義興くんが苦労している様を見て、皆に諮るべきこと、自分で決断しなきゃならないことなどがあることが良く分かった。義興くんがそれの違いを判断することに苦労していることも。
そうやって身近で見ていると自分の勉強にもなった。おそらく、光秀くんの言っていることはそういうことだろう。
「確かに義興殿の御苦労は並大抵のものではありませんね。偉大過ぎる父に広大な領土。抱える家臣は多く、敵も多い。相談しようにも年上の重臣ばかり。軽々に皆に諮るなど、自分を軽んじられることに繋がります」
「不躾ながら、かつての主君 斎藤道三様の御話を引き合いに申し上げたきことが。権力者が皆に諮るのは、蔑ろにしていないという証左にするためと、自分の判断の責を他者にも負わせる意味合いがあるかと。道三様は悪名高き御仁であれど、その悪名を他者のせいには為さりませんでした。己の行いには、己で責を負っていらしたのです。そのお姿に揺らぎはございませんでした。つまりは、権力者が自分で判断すべき事項を周囲に諮ることは気休めにすぎませぬ。言い換えれば、それで己の気を楽にするのは権力者のすべき姿ではないと愚考いたしまする」
真面目で真っ直ぐな意見。
苦言を呈するのに躊躇がない。側仕えになって生活も安定したのに。
俺の勘気を被ることを恐れずにしっかりと注意してくれた。
朽木谷メンバーは良くも悪くも俺を受け入れてくれる。こういう人は今までいなかった。言ってくれるのは長慶さんくらいで、本当の身内と呼べる人の中にはいない。
貴重な人物だ。
「そうだな。俺が判断すべきことを皆に相談したとて、責任は俺にあることに変わりはない。同意を得て荷を軽くしたつもりになっているだけなんだな」
「案外、我らのように親身になってくれる配下がいないのかもしれませんな! 我らのような優秀な者が集うなど早々ありませぬから」
如才ない滝川さんが
「ああ、みな一流の者たちばかりだ。藤孝、惟政、一益、長時に光秀。お前たちのお陰で俺はこうしていられる」
「恐れ多いことにございます。これからも我ら一同、上様を御支えしていく所存にございます」
「藤孝よ、ありがとう。それに光秀。言いにくいことを言わせてすまなかった。俺には甘いところが多い。光秀の苦言で目が覚めたよ。また甘いところがあったら指摘してくれ」
「私のような軽輩の言に耳を傾けていただき、ありがとうございまする。私のような者がお役に立てるのであれば、何でも致しまする」
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