第八十五話 占拠
「急げ! 使えぬところは打ち壊して整地しておけ! 新たな柵を立てる!」
「そこはまだ使えるだろう! 他へ行け!」
荒々しい怒号が飛ぶ中、将軍山城を占拠した幕府軍は、後始末に追われていた。
すでに、将軍山城と呼べないような荒廃した山地となっていた。
むしろ、焼け残った廃材がない分、山地の方がマシなのかもしれない。
そこへ、追撃部隊が戻ってくる。彼らの顔も浮かない。
大将首を抱えて報告に来る者はなかった。
あとで聞けば雑兵の少しと城から持ち出した荷駄を少々。それが戦果だったようだ。
陽は中点へと差し掛かり、人手も増えたことでいくらか弛緩した空気が流れる。
人数が倍になれば作業速度が上がるし、休憩も取りやすい。味方が多い方が万が一の際にも心強いという面もあるだろう。
三好軍に良いように踊らされた感はあるが、ともかく兵の損失はなく、将軍山城は占拠できた。あとは、如意ケ嶽と同じように、急いで防御設備を整えるだけだ。
追撃部隊も作業をしていた者も各自で場所を見繕い、休憩に入る。追撃は空振りに終わったが、三好軍を追い払ったことには変わりなく一息つけると皆が思った。
――――その時
「た、大変です!! 如意ケ嶽が三好軍に占拠されております!」
「なんだと! 三好軍は追い払ったはずであろう! なぜ如意ケ嶽を三好が占拠できる?!」
俺は思わず天を仰ぐ。三好長慶の計略は、あれで終わりではなかった。
無防備な背中を晒し退却していく三好軍という餌、火の手が上がる将軍山城という餌。思わず食いつきたくなる餌。それは将軍山城に籠っていた将兵を安全に退却させることだけが狙いではなかった。
今になって理解する。それらの策の本当の狙い。
餌に食いついた幕府軍を釣り出し、退路を断つ策であったのだ。
こうなると将軍山城を獲ったところで京への圧迫など出来ず、城に押し込められる結果となる。
それだけではない。
東側の道を断たれたことで近江国からの補給が困難となった。
それはつまり……押し込められたままでは干上がることを意味する。取れる選択肢は城を捨て包囲を破る。もしくは、三々五々、山中を逃げるくらいだろう。
すぐに幕府軍五千が籠る城を包囲できるほどの兵数が来るとは思えないが、かといって楽観できる状況ではない。
「某には分かりませぬ! 旗印は松永弾正久秀! 兵はおよそ五百」
「松永久秀……。三好長慶によって京の東寺に呼び戻されたのではなかったのか……」
「くっ! すぐに奪い返しましょう! 如意ケ嶽を押さえられては補給がままなりませぬ。何よりあそこからでは、我らの動きが丸見えです」
――そう。如意ケ嶽にいた時の幕府軍の優位性が三好軍に渡ってしまった。
如意ケ嶽を三好軍が占拠の方を聞き、弛緩した空気は一変、蜂の巣を突いたかのように騒然としだす。
「このままでは不味いのならすぐに出陣すべきである! 時間が経てば有利となるのは三好軍である」
「しかし、将軍山城にいた三好軍が戻って攻めかけてきたらどうするのだ!」
「だからといって、放っておく訳にもいくまい! このままでは補給路を断たれているのだぞ!」
「そうは言っても! 上様の御命を優先せねば」
「うるさい! 臆病者は此処に閉じ籠っておれば良い! 千五百もあれば如意ケ嶽を落として見せよう。三千五百も残せば、将軍山城から退去した二千が襲い掛かってきても恐れる必要も無かろうよ。では上様、行って参ります」
そういうや否や血気に逸る若き武将は同調する諸将を連れて出て行ってしまった。
慎重論を唱えていた者は、仕方ないとばかりに城の修繕の指示を出し、守りを固める。
案の定、俺は蚊帳の外で最後の承諾のみしか求められない。
あっという間の出来事に俺も思考停止というか、これ以上に出来ることが思い浮かばないので頷くことしかできなかった。
ただ本当にこれで終わりなのか不安に思い、朽木の爺さんに声を掛ける。
「如意ケ嶽を攻めるって言ってるけど、本当に大丈夫かな」
「どちらの言い分も正しいと言えますな。だから難しい。明らかに間違いといえる割断でなければ、止める権限は儂にはござらん。どちらにせよ五百に対して千五百もいれば何か不測の事態があっても対応できるでしょう」
「そう……だね」
朽木の爺さんの口振り。諸将の動きを止める権限は俺にしかないと言いたいのだろう。それは間違いない。
しかし、止めたところで、このまま何もしないと立ち枯れてしまう。
口を挟んだところで、影響を及ぼせるのは兵数を多くするか少なくするか。せいぜいそれくらいしか変化を生み出せないだろう。
それほどに将軍の信用はなく、期待をされていない。
自前の兵を持たない将軍。幕府軍では率いてきた兵の数が多い者が発言力が高い。
それは必然と身分の高い者でもあり、それを止めるのは難しかった。
※今回も近況ノートに合戦地図を掲載しております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます