第八十話 ミニミーティング

 如意ケ嶽の山頂には、将軍用に割り当てられたエリアに陣幕が張られ、作戦本部としての役目を持つ。

 かと言って、俺がずっとそのエリアにいる訳ではなく、その奥に簡単な小屋が立てられ、そこで寝起きをする。簡易的ながら将軍の御座所ということだ。


 簡易的な小屋と言っても臨時で作られた砦では、屋根のある寝床が割り振られるのはマシな方で、それなりの武将ですら、木材で骨組みを作り、筵を張った程度の場所で寝起きしている。


 山頂では、突貫工事で小屋作りをしているので、いずれは解消するだろう。しかし身分の低い者は、砦の外で寝起きしている。これでも二千の本隊だけの話だ。


 前備さきぞなえ脇備わきぞなえの役割の人たちは隣山や麓に配している。

 そっちは平らな場所が少なく、過酷な環境で寝起きしている。

 それだけでも苦痛であるはずなのに、この時期ならまだマシのようだ。戦陣では、暑くとも寒くとも似たような状況で過ごすものらしい。


 この時代の常識で農閑期に戦をするものなのに、今は水無月(六月)。まだ激突すらしていない状況なので、このまま刈り入れ時まで対陣していそうである。

 幕府軍は武士の比率が高いのでまだ良い方だが、三好家は大変かもしれない。

 こう考えると三好家が困るように聞こえるが、本当に困るのは、三好家の領地の農民だ。何とかしてあげたいけど、何も出来ない。


 やっぱり大名の都合で力の無い民が割を食うのは間違っている気がする。

 京を取り戻し、幕府の力を付けなくては。


 そう気持ちを高ぶらせて朽木谷の面々との軍議に臨んだ。

 俺の御座所となっている小屋に集まったいつものメンバー。

 やはり、この顔ぶれは安心する。俺が俺のままでいられる気がするんだよな。それに皆優しいし。


「皆の者。状況は知っているな?」


 この五年ばかり、良く見てきた顔ぶれを見回すが、一様に頷いている。


「我が勢は五千。対する三好軍は二千。将軍山城の城将は三好一族の長老である三好 長逸ながやす。副将に松永久秀まつながひさひで松永長頼まつながながよりの兄弟」

「兵数は釣れなかったが、存外、大物武将が釣れたようだな」


 軽く言っているが、最初に聞いた時は驚いた。三好 長逸は三好長慶の従叔父いとこおじ。一門衆で一番発言力のある武将だ。

 そんな人物が、俺を抑えるために出張ってきたのだ。俺も大物になったものだよ。


 それに副将はあの松永久秀!

 何故か信長さんを裏切っても許され、最後は茶道具と爆死する人だったよね。

 当然と言えば当然だけど、三好家の武将は有名人ばかりだ。

 さらに松永久秀さんの弟である松永長頼さんは、丹波で暴れまわっている御方。


 以前、手紙をくれた悪右衛門あくえもんこと荻野直正さん。

 丹波で正月の宴席で養父を殺して当主に収まった人だけど、この人とバチバチやりあっているのが松永長頼さん。

 内藤家の娘婿として内藤家を継ぐ予定だったけど、内藤家に元々いた男児に家督を譲ると宣言した不思議な人だ。

 この内藤家は丹波守護代の家で、三好家の勢力拡大のための婚姻だったはずなのにである。


「そのくらいの兵数でも、将が優れていれば充分と考えたのでしょう。こちらとしては逆の方がやりやすかったのですが」

「そうだな。愚将が守る城の方が攻めやすかろう」


 全く同意である。俺なら一万くらい欲しいと思ってしまう。

 多分、そんなにいたところで差配出来ずに結局は落城してしまいそうだが。


「誠に。向こうは守り切れば良く、こちらは余力を残しながらも城を抜かねばなりませぬ」

「本来の目的を考えれば、城攻めで疲弊していては元の木阿弥だな。ではどうする?  単純に城攻めというのは厳しかろう」


「はい。包囲したところで京にいる本隊から援軍が来れば、挟撃されるのは幕府軍。包囲のために広がったところを良いようにやられるだけでしょう。かと言って、このまま睨みあっていても埒があきませぬ。こちらとしては将軍山城の二千だけを引きずり出し、野戦に引き込みたいところ」

「向こうは城に籠っておれば良いのだから、何か策を巡らせねばなるまいな。なんせ二千で五千を足止めしているのだから。悔しいが、それはこちらがやりたかったことだ」


 こっちがそれをやるつもりだったのに、三好長慶が既にやってしまっている件。

 誰かこうなってしまった後の対処を教えてください。


「敵ながら、さすがは三好長慶といったところでしょうか。戦の妙は、敵にやりたいことをやらせず、逆に自分が行うことにあるようですから」

「ああ、感心してばかりはいられぬがな。惟政よ、何か腹案はあるか?」

「古来より忍びは人の心を攻める者。城将の三好長逸と松永兄弟の仲を裂くのはいかがかと。一族の重鎮と長慶の寵愛を受ける成り上がり者。どちらも実力者であることから、関係良好とはいかないようで」


「確かにな。出自の違いは如何ともしがたい。城を攻めずに心を攻めるか。やってみよう。他に腹案がある者はいるか?」

「では私から。狸狩りをするには、巣穴を煙で燻して獲物が出てきたところを捕らえます。向こうは城から出て来ないなら、将軍山城の周囲に火をつけ、城に籠っていられぬようにするのはいかがでしょうか」


 ……三好軍を狸に例えますか。藤孝くん、中々辛辣ですね。


「お、おう。それは効果がありそうだな。策は一つでなければならぬことではあるまい。両方進めるのも良いだろう。むしろ城将を仲違いさせて混乱が生まれやすい状況を作ってから、火攻めで揺さぶるのも効果的かもしれないな」

「はい。それなら潜入させる忍びの者も逃げ出すことも出来ますので都合が良いかと」


 策は概ね出揃ったかな。

 どれが上手くいくか分からないけど、やってみる価値はありそうだ。

 問題は、俺が軍議の場で言いだしても通るかどうか。

 会議でもそうだけど、同じことを提案するにしても、誰が言うかで結末が変わる。

 多分、俺が言っても受け入れられるか怪しい。


「では、その方向でいくか。軍議で提案せねばな。しかし俺から言っても良いが、物言いが付きそうだな」

「残念ながら他の者は上様を深くご存じありません。この場をうまく進めるのであれば、朽木 稙綱たねつな殿に口添えを願うのが最良かと思います」


「朽木の爺さんか。ちゃんと話も聞いてくれるし、幕臣連中も一目置かれている。最適かもしれないな。では藤孝、あとでここへ来るよう声を掛けておいてくれ」


 その言葉が自然と終わりの言葉となり、今回の会議は終わった。

 今回の策が上手くいくと良いのだけれど、実行する前に味方をどう説得しなきゃならないかを考えるなんてな。軍勢は大きくなったのは良いことだけど、それはそれで考え物だ。

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