第十四話 義藤の趣味

 翌日の朝、幕臣たちが写本を行っている、通称 写本事業部の部屋に行った。

 三渕お兄さんと一色くんに頑張ってくれたことへの感謝とご褒美として近隣の大名への下向というリフレッシュ休暇を与える発表のために。


 俺自身は、つい昨日知ったことだけど、その二人、俺の寵臣であることは名前をあげたことからもわかる通り。

 だから他の幕臣は、妬むんじゃないかと心配したけど杞憂だったよ。


 今後も、定期的にご褒美旅を予定していると言ったら目の色が変わって、次は自分だと息巻いていた。

 どこが良いかと大名を列挙して、自分ならどこに行くかと話し合っていたくらいだ。


 これで写本のモチベーションが上がるはずだ。

 バンバン写本してもらって、忍者営業部のみんなに売り捌いてもらおう。

 俺の花押を入れなきゃならない本が増えまくる結果となるけど、売上が立つならそれも諦められる。


 それにしてもご褒美が社員旅行みたいな感じになってしまった。

 本来の目的は幕府の存在感を維持するためと、こっちの商材を伝えておくことなんだけどね。


 目的を果たしてくれれば、どういう気持ちでも良いんだけどさ。

 費用はこっち持ちじゃないし。

 なんか、考え方がブラック企業っぽくなってきた気がする。


 今は仕方ないか。

 何が何でも、お金を貯めて、兵と武将を集めて、三好を打ち払わないと。

 本物の死が待っているんだから。




 幕臣写本事業部に足を運んだあと、花押入れも一段落したので、自室でゆっくりしていたところ、藤孝くんが訪ねてくると連絡がきた。

 そう言えば、楓さんが身の回りの世話をしてくれるようになってから、藤孝くんと一緒に過ごす時間も減ってしまった。

 ちょっと寂しく感じるけど、寂しいなんて藤孝くんには言えない。


 イケメン藤孝くんにそんなこと言ったら、きっと良いように翻弄されてしまう。

 うーん、このネタも久しぶりに感じる。

 まだこの世界に来て半月も経ってないのに。


 結局、なんで俺が足利義藤あしかがよしふじになっているのか良くわかんないんだよな。

 夢だと思いたかったけど、現実感はそれを否定している。

 それに何度寝て起きても、現代の清家和輝せいけかずてるに戻ることはなかった。

 多分、日本の戦国時代に意識だけ来てしまったと思うけど、学生の頃に勉強した歴史と同じなのかは確認する術もない。


 抜け出せないなら、現代に戻れるまで長生きしないと。

 義藤が死ぬ運命がいつ来るのかは、はっきりと知らないけど、そう時間の余裕はないはずだ。


 色々と動かないといけない状況なのに、出来ることが無くてジッとしているしかない。

 焦燥感が腹のあたりをグルグルと渦巻いて、思いばかりが募る。

 時間を持て余して暇なのが、もどかしい。


「――様、上様!」

「うぉ! ごめん、藤孝くん。ちょっと考えこんじゃって」


 物思いにふけっていると藤孝くんが目の前に座っていた。


「気鬱なご様子ですね。気晴らしに身体を動かしてみてはいかがですか?」

「身体を動かすか。馬は乗れないしな」


「であれば、火縄銃はいかがですか? 一時期ずいぶんご執心だったではありませんか」

「火縄銃あるの? ここに。俺って好きだったんだ」


「ええ、種子島からの献上品です。ご自身で火薬を調合されるほど、のめり込んでおられましたよ。硝石の取得方法なども調べておられました」


 へぇー、剣豪将軍のイメージに合わないな。今までの話だと剣術を真剣に学んでいた感じじゃないから、当時は鉄砲にのめり込んでいて、そのあとに剣を学んだんだろう。


 何なんだろうな。

 漠然と強さに憧れていたのかな。


 それにしても、献上品で貴重な種子島が届くなんて、将軍って凄いんだな。

 日本に伝来してから十年かそこらでしょ。

 さほど複製品が作られている訳でもないのに、将軍家に献上するなんて。

 なんだかんだ言っても将軍家の威光ってのは捨てたもんじゃないね。


 あ、またお金の匂いがしてきた気がする。

 鉄砲も西陣織みたいに幕府お抱えにして国内生産のシェアを確保できないかな。

 幕府お抱えっていうのも職人さんの中では名誉になるみたいだし。


 そうだ。甲賀の人たちの内職にもなるんじゃないか。

 忍び働きが厳しくなった人とか忍びの才能がなかった人とか職人さんとして働き口にもなるんじゃないかな。


 そうしたら一大生産地として幕府の戦力向上と財源確保に役立つのでは。

 今って鉄砲の値段いくらくらいだろうか。

 それと生産地はどこかも大切だ。


「火縄銃の生産地ってどこが有名? それと、今買うならいくらくらいで買えるかな?」

「堺、根来、国友でしょうか。はっきりとわかりませぬが、五貫から六貫(50万円~60万円)くらいと聞いた覚えがあります」


 一丁で50万円か。

 信長さんは、長篠で三千丁の鉄砲を用意したんだっけ。

 全部でいくらだ……15億! つまり貫で言うと、一万五千貫。


 六角さんより支援金として届いたのが三百貫。

 それでも幕臣たちは狂喜乱舞していたんだから。


 とんでもねえな。

 信長さんの財力。


 しかし幕府謹製の鉄砲を作れれば、収益化は容易たやすいな。

 ある程度、数を捌いて資金が溜まったら、自分たちで使用する分として確保しても良いだろう。

 原価で鉄砲を集められるのだから、かなり優位性は高いはずだ。


 次の手は、お抱え職人になりたい人探しと甲賀の人たちへ鉄砲作りを持ちかけないと。

 これはまた和田さんに頼むとしよう。


 うーん、どんどん和田さんの負担が大きくなっているな。

 誰か事務官をつけてあげないと、和田さんに全部お任せじゃ申し訳ないし、忍者に事務処理をさせるのは勿体ない。


 原材料はいずれ忍者営業部を通して仕入れるとしても、最初は市場で購入するしかないだろう。


 あとは火薬と弾の目処を立てなきゃ。

 たしか火縄銃って運用するのにもお金がかかるんだよな。

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