死者王とゾン
多布可良
1-1 野良ゾンビ
1
築四百年を超える、時代がかった超巨大高層都市ヨールンカ。
地上八〇〇階、地下一五〇階。
遠目から見やると、高さ約二キロ、直系八キロの巨大なコイルが平原へ忽然と浮かんでいるようにも思える。
そこが、約二百万の人口を抱えていた。
この時代に、この規模の都市は世界でも数えるほどしかない。
実際、ヨールンカはルートヴァン州の事実上の州都だった。
事実上の、というのは、州都という概念が無いためである。
単なる、政治経済中心地区といった扱いだった。
位置は、我々の知っている地名で云うとフィンランドの中央部に近い。
その日……。
地上八七階に、野良ゾンビの群れが現れた。
八七階付近は低層部に当たり、中級の下から下層の上程度の市民の住宅街及び繁華街だった。
階といっても、層によって規模が様々だ。
住宅区は巨大な吹き抜け構造になっており、十数階分を一つの階として、高さが最大数十メートルはある。陽光も取り入れられ、屋外とほとんど変わらない広大な区画だった。農場や、畜産、漁業の養殖場すら高層階の内部にある。
従って、純粋な階数は目安だった。
第二次アンデッド大戦の終結から一七〇年を経ても、まだまだ生き残り(と、云ってよいのかどうかは分からないが)の自律型アンデッド兵器がこうして現れる。
野良というだけあり、兵器としての制御プログラムが壊れている。そのため、勝手気ままにうろついて本能に従い人間を襲う。まさに、古代のゾンビ映画フィクションさながらに。
今日ではさすがに退治が進み数も少なくなっており、しょっちゅう現れるわけではない。が、どこに隠れているものか……こうして、大都市では年に数度は現れる。
中規模アパートや戸建ての立ち並ぶ閑静な住宅街の表通りに、悲鳴が轟いた。
既に何人かの市民が襲われ、喰い殺されている。
野良とはいえ、かつては兵器として最前線に投入されたゾンビ兵である。戦闘力がちがう。
人間の自治警察とその対人装備では、全く手に負えぬ。
すぐさま、高層都市に常駐している州軍の対アンデッド特殊兵に出動命令が下った。
「下がれ、下がって!」
市民を誘導しつつ、数人の警察官が小型発電素子及び光子発生器内蔵型光子拳銃を的確に発砲するが、あくまで対人武器だ。アンデッド兵器の
「な、なんだ……やけに多いぞ……!?」
野良ゾンビは、通常は一体から二体、多くても四、五体が常だった。統率されていないので、それだけ集まって行動するのが精一杯なのだ。たくさんいても、勝手気ままに動いて、自然にばらけてしまう。
が、いま、古代映画のごとく通りをゆっくりと歩いてくるゾンビ群は、少なくとも二十体はいた。
警官たちも、こんな光景は初めてだった。
「おい、州軍はまだなのか!! おい!! こんな豆鉄砲じゃムリだ!!」
警官の一人が、電脳と霊能を合わせた技術である思念通話で都市警察警備本部へ叫んだ。
「いま、対アンデッド特殊部隊が向かっている。しばし持ちこたえろ」
本部から、あまりに冷静な調子で思念通話が返ってくる。
「ふざけるな、ゾンビどもは目の前だぞ!! 何分で来るんだ!!」
「およそ十五分。以上」
通話が切れた。
「このクソ!!」
「班長、だめです!」
「州軍は、いつ来るんですか!?」
部下の警官が、悲壮的な声を上げた。野良アンデッド対策は、管轄外かつ対応能力不足だ。彼らにとっても、運が悪いと云うほかは無い。
「あと十五分くらいかかるぞ、下がれ下がれ、市民の避難はどうなってる!?」
「ただいま、近隣地区住民を強制避難中!」
「拳銃なんかじゃだめだ、ライフルは!?」
「使用許可が……」
許可が無いと、持ち出しても発電素子と光子発生器が作動しない。
「緊急事態使用許可を申請しろ!」
そうこうしている内に、ゾンビ群まで五十メートルを切る。班長があわてて四人の部下を下がらせた。が、どこまで下がればよいのか、見当がつかない。いまはただ集まってモタモタと歩いてくるだけだが、組織的に分散されたら対処のしようがない。
「……逃げるか……」
思わず班長がつぶやき、部下たちが正直に安堵したとき、
「え……?」
それまでノロノロと動いていたゾンビ達が、ガグン、と膝を曲げ、そこからいきなりノミみたいに高々とジャンプして、放物線を描いて降ってきた。
「おわああああ!!」
あわてて電磁浮遊式のパトカーに乗り、バックで下がることができたのは、訓練のたまものと云う他は無い。
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