第18話 ライバル現る? 2

 夏場原にはすぐ着いた。


 そこからはさすがに距離を縮めて、キイと一緒にイベント会場であるODXへ入ったわけだが……。


「……なぁ?」

「うるさい」

「そうじゃなくて、本当にここでイベントがあるのか?」

「黙れ」


 姉を溺愛するキイの付き合いでODXの店内へ来てみたものの、ステージどころかファンらしき人の姿がまるで無い。


 夜からやるにしても夕方には誰かしら集まっているし、店員たちも忙しなく動くはず。それなのに何かのイベントをやる気配がまるで感じられないのはどういうことなのか。


 キイと違い、俺はアニメイベントに関しては何度か来たことがある。最近は部屋とバイト先を往復してるだけで来ることは減ったけど。


 少なくともキイよりはイベント関係の事前情報は分かっているつもりだ。


 しかし強制的な付き合いではあるが、これはアレだろうか?


「あのさ、もしかしなくても時間とか日時とか間違ってるんじゃ?」

「……そんなことはない」

「でも……これから何か始まりそうにないぞ?」


 俺のせいじゃないのに、キイは今にもぶち切れそうな表情に変わりつつある。だとしても俺はどうにも出来ないが。


 キイは明らかにイライラしながら、窓の外を眺めている。


「天近すばる。外! 外に行って!!」

「えぇ?」


 何で俺が――と言おうとすると拳の位置が上の方にあったので、大人しく言うことを聞くことにした。


 店内じゃないとすれば外しか無さそうだが、ここに着いた時も特に混雑は見られなかった。


 だが――


「お待たせでーす!! 待機列最後尾はこちらですよー!」


 ODXのすぐ外ではなく、少し離れた雑居ビル前で聞き慣れた声が聞こえてきた。そこに目をやると、わずかながら人だかりが出来ている。


 もしや場所を間違えたというオチだったのか?


 俺とすぐばれてもまずいので人混みに紛れながらそこに近づくと、


「メ、メイド服……?」


 まさかのメイド服で看板持ちをしているように見える。声優イベントか何かだとばかり思っていたのに、全然別のことをしてるとは。


「天近すばる……お姉ちゃんがどれだけ苦労してるのか、分かったか?」

「うぉっ!?」

「うるさい、静かにしろバカ」


 背後から忍び寄る刺客のごとく、まるで気付かずにキイに声をかけられた。何て恐ろしい奴なんだ。


「苦労って、アレは何をしてるんだ?」


 看板持って声をかけてるということは仕事なんだろうけど。

 

「バイト。お姉ちゃんが言うには、あたしにはライバルがたくさんいるからお金が必要なんだって。ライバルに勝つにはお金がすごくかかるらしいけど、あんた何か知らない?」


 ――ライバル?


 部屋で何か言ってた気もするが、誰かに勝つとか負けるとかは聞いて無いな。


「知らんけど……」

「ちっ、役立たずな奴」


 文句を言いたいが言えばられるし我慢だ。


「ん? もしかしてイベントとかじゃなくて、カナの頑張りを俺に見せたくて?」

「……悪い? あんたなんてどうでもいいけど、お姉ちゃんはあんたの為に努力してる。少しはお姉ちゃんの気持ちを考えろ、ボケ!」

「じゃあ客として行――」

「それは駄目。でも、駅でうろうろしてたら偶然にでも再会出来るんじゃないの?」


 おいおい、駅で待つっていつバイトが終わるかも分からないのに鬼だな。


「え、お前はどうすんの?」

「帰る。どうせお姉ちゃん、あんたのアパートに行くはずだし」

「あ、あ~……」

「そういうことだから。成果は明日教室で聞くから」

「…………まじか」


 何も反論出来ない俺だけが見事にこの場に取り残され、メイド服なカナを遠目から眺めるしかなかった。


 何時にバイトが終わるのかは不明だが、姿が見えなくなったら駅で待つしかなさそうだな。


 それにしてもたくさんのライバルと言われても、カナ以外に外にいるメイド服は一人か二人だ。


 それ以外は――


「こんにちはーじゃなくて、こんばんは!」


 ――ん?


 メイド服ばかりに視線を注いでいたところで、突然舌足らずで幼いアニメ声な女性に声をかけられた。その女性は、ちょっと前に夢中になったアニメヒロインの格好をしている。 


 コスプレをしているようだが、胸元が強調され魔法使いがかぶるような帽子、ネックレスやピアス、髪も派手めな色にして完全になりきっている感じだ。


「こ、こんばんは。えっと?」

「暇してる感じですかー? どこか時間潰せるとこ探してます?」

「あ……」


 それもそうか。


 誰もが歩いている中で同じ所で立ち止まっているし、声はかけられるよな。


「今じゃなくてもいいんですけど、もしよかったら見学に来てくださーい! 今、ヒロインを勉強してて、休み時間に可愛い子がたくさんコスしてるんです。好きですよねっ?」

「へ?」

「ヒロイン。さっきからずっと見つめてたじゃないですかー」

「いや、それは……それにあの、俺高校生なんで」


 見つめていたのはカナなんだが。


「大丈夫ですよー! じゃないですから」


 見た感じ、ちょっと年上くらいか。ここで時間消費をしているとカナを見失うし、とりあえず返事だけでもしておこう。


「じゃあ、今度行きます。場所とか――」

「大丈夫です。じゃ、またです! 天近さん」

「あ、はい。また」


 ――って、俺が聞かないと分からないような。

 それに俺のこと教えてないのに何で俺の名前を?


 誰だったんだあの人は。

 謎のヒロインコスプレ女性から離れ、俺は急いで駅で待機することに。


 しばらくして、メイド服解除のカナが向こうから歩いてくる。


「あれ~!? 少年じゃないか! どうしてここにいるんだい?」

「俺だって買い物で出かけたりしますよ、カナさん」

「ほほぅ? ふーん? 怪しい、怪しいぜ! 詳しいことは部屋でじっくりと聞かせてもらうぜ! さぁ、行こうじゃないか」


 誰なのかは不明すぎるが、夏場原に来ない限りは会わないだろ多分。

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