第2話 誰得の部屋?
俺の部屋に半ば強引に入ったカナは、しばらく部屋の中を見回している。
しかしコーヒーを勢いよく口にすると、
「おおぅ……生き返ったぜ~」
などと、ゾンビ状態から回復したかのような発言をした。
カナがおかしなことを言うのは相変わらずだし、威勢のいい姉御っぷりは昔から変わっていなくて拍子抜けする。
とりあえず俺としては懐かしさよりも、
「コザカナは何で彷徨って――」
「まぁ、待てい! 落ち着け少年。それは今聞かなければいけないことなのかい?」
これも愉快な話し方の一つだ。親しみやすさを自分なりに考えたらしく、俺が高校に上がった時に変えたらしいが、今となってはただのアホの子と呼ぶべきか。
「そりゃそうでしょ! だって勝手について来て人の部屋に上がり込んでるわけだし……」
「ほぅ? その割には~」
「な、なんですか?」
「さっきからあたしはむっつりくんからとっても
見たくなくても目に入ってくるから見るしかないわけで。
「この部屋には俺とカナだけしかいません。それは理解してるよね?」
「いえす! なになに? 襲っちゃうのかい?」
「襲いません!! 俺はゾンビじゃないんで。そうじゃなくて、対面で座っててなおかつテーブルにそれが乗っかっていれば見るでしょ」
カナのたわわな胸は、向かい合って座るテーブルに見事に着地。カナが高校を卒業した時よりも成長したようで、かなりインパクトがある。
「そうは言うけどさ~結構肩が凝るし、疲れるんだぜ? むっつりくんには理解出来ないだろうけどさ~」
「……俺のことはすばるって呼んでくださいよ」
「すけべくん」
「すばる!!」
「すけべくんがあたしの胸を意識しなくなったら考えとくぜ!」
くそっ、二つしか違わないのにすごく年下扱いしてくるな。しばらく会わなかったといってもちっとも変わってないじゃないか。
そもそも年上の幼馴染に偶然再会したからといって今の生活がどうなるわけでもないし、ここは冷静にならねば。
「……というか、実家に帰るんでしょ? あいつに連絡はしてる?」
「あいつというと、キイちゃん?」
「妹なんだからあいつしかいないでしょ。もしかしなくても連絡も入れずに帰って来たとかじゃないですよね?」」
この人ならあり得る話だな。夕方に彷徨ってたわけだし。
「え、連絡取り合う仲とか、あたしは聞いて無いぞ!」
「いや、別に仲は良くないけど、あいつも一応幼馴染なわけだし……家だってそんな遠くも無いし学校で会うから……だからですよ」
専門学校に行くと決めたカナは実家を出て郊外で一人暮らし中だ。一人暮らしをしているということは、妹なら気軽に会いに行っててもおかしくない。
しかしあいつがカナに会いに行くという話は聞いたことが無いし、俺がカナのことを聞こうとすると機嫌を損ねていたのでなるべく聞かないことにしている。
とはいえ、妹のキイと姉であるカナは仲良し姉妹だったと認識していたが……。
「キイちゃんは真面目だし、勉強で忙しいだろうから聞かなかったわ、そういえば」
「そうですか。それはいいとして、実家に帰ってきたんですよね? 暗くなる前に戻った方がいいんじゃないですか?」
「あーつまらん。すばるってば、くそつまんねー男に成り下がった! あたしがフレンドリーに話しかけてんのに、何だいその言い方は!」
「そう言われても……」
幼馴染だからと再会してすぐに気安く話しかけるのは、気を許す意味にもつながってしまう。何より俺の部屋に上がり込んでしまったカナを甘やかすのは、一人を堪能している居場所が失われる可能性がある。
そうなると趣味に費やすどころではなくなってしまう。
早く続きが見たいのに……。
「さっきからそわそわと焦ってるようだけど、もしかして――」
部屋を念入りに眺めていたし、俺が何をしたいのかバレバレだよな。
「あたしを想像して一人で楽しむつもりだな!?」
「しねーよ!! アホか!」
「おっと? そういう想像はしてたわけだな? んー?」
誘導かよ。
むしろ否定しないで認めれば素直に帰ってくれそうだな。
「そうだけど悪い?」
「すけべくんが開き直った! さすがじゃん! あたしの見込みは間違ってなかったよ」
何を言っても外に出て行こうとしないところを見ると、やはり何かあったか。
「……俺のことはともかく、実家に帰りたくない理由でもあるとか?」
俺がそう言うと、からかっていたカナの表情が途端に曇り始めた。生活費とかは問題無いとして、専門学校で何かあってこっちに戻って来た可能性が高そうだな。
そういえば何の専門学校だっただろうか。
「んー? 特にない。強いて言えば、疲れたから」
「……何だよ、心配して損したじゃないですか」
「ほほぅ、だいぶ崩れてきたね、よしよし」
「何が?」
うっかりため口に戻りそうになったが、それはまだ早い。
「気にするでない。ところで、この部屋は誰が得する部屋? 他に同居人……それこそ彼女とかがいて、その人を楽しませるためだったりするのかい?」
「俺が住んでるんですから俺だけですよ。彼女が仮にいたとしても、高校に通ってるんだから一緒に住めるわけないでしょ」
「か、彼女がいる!?」
いるわけないし、なぜ動揺するのかも謎だ。
「もしや……」
「ん?」
「すばるの右手に宿って……」
こんなに下ネタに走る人だっただろうか?
それとも何かの影響を真に受けての発言……。
「……そんなところですよ。そんなことよりも、途中まで送りますんでそろそろ家に帰ったほうがいいかと」
「ちっ、つまらん奴め。君ってそういえばそうだったね。アニメとかマンガとか集めてたし、趣味に囲まれたい男の子ってわけか」
「分かってもらえてよかったです。じゃあ、そろそろ行きますか」
「君の親は忙しい人たちだもんね、そっかぁ……」
さすがに俺の家のことくらいは知っているようで、この部屋のこともあっさりと理解してくれたようだ。
俺が外へと急かしているのに全くスルーしてるのは気になるが。
「疲れてるのは分かりますけど、送りますから」
「へいへい、分かってるっての! ちなみにここにあの子や友人なんかは?」
「来ないし、呼ばないですよ。あいつは真面目だし、興味もないはずなので」
「おおおお!! それは朗報じゃないか! よきよきかな」
「……とにかく行きますよ」
とうとう観念したのか、カナは玄関へ足を向けた。俺はアニメを見たい気持ちを抑え、辺りが薄暗くなっている外へと飛び出した。
とんだハプニングだったが、カナのことは明日になったらあいつに聞いてみるしかなさそうだ。
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