第53話 王と憂鬱⑦
「では国名を変えると?」
私は宰相の問いに頷いて応える。
「そうだ。我が国が神龍様の庇護を受けていることを国の内外に知らしめるために国名を変える」
そうすれば、アブドルヴァリエフ王国のように我が国を侵略しようとする国は無くなるだろう。初めのうちは信じられないかもしれないが、少なくともあのアブドルヴァリエフ王国が侵略を諦めるなにかがあると警戒するはずだ。我が国への侵略には二の足を踏むだろう。多少の時間は稼げるはず。国防のために無理に軍拡を急ぐ必要が無くなるだけでもありがたい。
「上手く周知できれば、我が国を侵す者は居なくなる。今まで国防のために軍に割いていた力を別のことに転用できるのも魅力的だ。まあ、治安維持のために最低限の軍備は必要だがな」
余力で何をするか……新しく船を建造して、今以上に貿易に力を入れるのも良いな。
そんなことを考えていると、ハーゲン翁から声が上がる。
「して、新しい国名はもうお決まりですかな?」
「ああ。シンプルに神聖ル……」
「陛下!」
近衛の1人が、緊張した面持ちで声を掛けてきた。嫌な予感がするな……。
「なんだ?」
「アンジェリカ姫様から大至急アダルジーザの離宮まで来てほしいと連絡が……」
「アダルジーザか……」
アダルジーザの離宮は、元々アンジェの離宮だったが、今では神龍様の居わす神殿のような扱いになっている。そのアダルジーザの離宮からの呼び出し……間違いなく神龍様が関係しているだろう……腹が痛くなってきたな……。
◇
宰相とハーゲン翁を伴って離宮へ行くと、庭へと案内されたのだが、庭は随分と様変わりしていた。何かの冗談のように、見たこともない巨大生物の死体が9体も転がっている。
「あ、あれは……!?」
そんな屠殺場のような光景を見て、ハーゲン翁が目を見開いて驚愕の声を上げた。
「どうした?」
「まさか、イラノサウロス!? あっちにはクワトゥラトゥップス、ワイバーンまで!?」
ハーゲン翁はアレらが何か知っているらしい。さすが、この国一番の知恵者と呼ばれるだけはあるな。
「アレは何なんだ?」
ハーゲン翁に尋ねると、彼は早口で捲し立てるように話し出した。
「ワシも実物を見るのは初めてなので確証はありませぬが、アレらは世界の中心に在ると云われる最難関の人類未踏破地域“竜の楽園”に生息すると云われているモンスターたちだと思われます。それぞれが、亜竜やレッサードラゴン、またはそれに準じる強さを持ったモンスターたちで、いずれも一流の冒険者が入念に準備した上で挑む難敵ですぞ。それをあんなに大量に……神龍様のお力とは凄まじいものですな……!今朝からお姿が見えないとは聞いていましたが……いつの間にそんな遠方へ? そしてこんな大量のモンスターをどうやって持ち帰ったのでしょう? 謎は尽きませぬな」
竜の楽園? 亜竜にレッサードラゴン? 普通なら驚くような事態だが、ハーゲン翁の話を聞いても私にあまり驚きは無かった。相手は神龍様、この世界を創造なさった神だ。何が起こっても不思議は無い。こんなことで一々驚いていたら心臓が保たない。
『来たねランベルト。こちらだ』
頭の中に直接、低く威厳のある声が響く。“天上神”ウラヌス様のお声だ。私は挨拶するために、その白銀の雄々しいドラゴンへと近づく。ルシウス様をそのまま大きくしたかのような、とても美しいドラゴンだ。そのドラゴンの足元に、人間の少女の姿のカイヤ様と、カイヤ様に抱かれたルシウス様、そして娘のアンジェの姿も見える。アンジェは申し訳なさそうに困った表情をしていた。おそらく、また厄介事なのだろう……。
「ランベルト・シド・ブリオスタ、只今参上致しました」
跪き、恭しく頭を垂れる。
「よく来てくれました」
「お呼び立てして申し訳ありません、お父様」
「クー」
『すまないね、ランベルト。また頼み事なんだ』
私はウラヌス様に首を横に振って応える。
「遠慮なさらず、なんでもおっしゃってください。微力ではありますが、皆様の助けになれたのならこれ以上の喜びはございません」
私の言葉は本心からのものだ。神龍様のおかげで、この国は侵略の憂き目に遭わずにいる。もしあの日、娘がルシウス様を召喚しなければ、今頃この国は戦禍に倒れ、滅んでいたかもしれない。それを思えば、神龍様からの頼み事は、御恩返しに積極的に応じるべきだろう。“失敗が許されない”という重圧は腹が痛いが、この国をもっと気に入っていただけるかもしれない良い機会なのだ。逃す手は無い。
『それは頼もしいな。実は料理をしてほしくてね。このベヘモスネークとタイラントボア、クワトゥラトゥップスの料理を食べたいんだ。ルシウスが人間の料理をいたく気に入っていてね。この子にだけでもいいから料理を食べさせてやりたいんだ』
「クー…」
ルシウス様が手を合わせて申し訳なさそうに鳴く。料理とは……また予想の斜め上な頼み事がきたな。
『それと、あのボロボロな方のイラノサウロスを剥製にしたい。あれはルシウスが初めて仕留めた獲物でね。なにか記念品にしたいんだ』
話を聞けば、なんとこれらのモンスターは、全てルシウス様が仕留めたものらしい。これにはさすがの私も驚いた。あの小さなお体で、あの巨大なモンスターを……。私は、改めて神龍の凄みを味わった気がした。
「かしこまりました。私にお任せください!」
『頼もしいよ、ランベルト』
「そうね」
「クー!」
自信満々に応えて見せたが、私の内心は不安でいっぱいだ。上手くできるだろうか? まず、何からすべきだ?
『礼に以上の4体以外は君に贈ろう。受け取ってくれ』
私はその申し出に、すぐに言葉が出ないほど驚いてしまった。ハーゲン翁の話では、あのモンスターたちは一流の冒険者がようやく倒せるほどの強敵。つまりそれだけ希少な素材だ。それを惜しげもなく……!
「……よろしいのですか?」
『うむ。ルシウスが君たちに礼をしたいらしくてね。いつだったか貰った贈り物のお返しだそうだ』
「なんと……」
私は驚いてルシウス様を見てしまった。この小さなドラゴンは、随分と義理堅いようだ。
「ありがとうございます」
贈り物ならば断わるわけにもいかない。私はありがたく頂戴する。
「クー!」
そんな私を見て、ルシウス様が嬉しそうに鳴いた。思えば、ルシウス様がこの国を気に入ってくださったから、この国の平穏があるのだな。我々はルシウス様に返せないほどの恩があるのだ。此度の頼み事も見事果たしてみせよう。
「では、手配致しますので、御前失礼します」
『うむ、期待しているよ』
笑顔を浮かべて、神龍様の前から下がり、すぐに宰相とハーゲン翁に相談する。
「ど、どうすればよいのだ? あの巨大なモンスターを料理? どうやって?」
「落ち着きください陛下。あの巨体です。捌くのも一苦労でしょう。王宮の料理人だけでは些か力不足かもしれません。冒険者ギルドの解体の専門家に協力を仰ぎましょう」
「季節がちと悪いですな。この暑さでは、じきに傷むやもしれませぬ。すぐに魔術師たちに冷やさせましょう」
私は、宰相とハーゲン翁の言葉に頷き、すぐに近衛兵に指示を出すのだった。
「全ての料理人を離宮へと呼べ。それから冒険者ギルドから解体のスペシャリストを連れて来い。宮廷魔術師をすぐに集めろ。モンスターを冷やすのだ。以降はハーゲン翁の指揮下に入るように。あとは剥製の話もあったな。王都の職人から腕の良い者を選び出せ!」
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