第42話 パタパタドラゴン

 夜。


 夕食も食べ終え、お風呂にも入り、ベッドに入ってしばらく経った頃。僕は、ひょっこりとタオルケットのような布団の中から顔を出す。


 隣では、アンジェリカが規則正しい寝息を立てている。その顔は、力が抜けた安らかな表情で、普段よりも少し幼く見えた。その瑞々しい唇が少し綻んでいて、まるでキスを待っているような顔だ。無性にアンジェリカとキスをしたくなったけど、なんとか自分の心を抑えつける。


「クー…」


 僕は、アンジェリカの温もり溢れる布団から外に出ると、静かに鳴いてアンジェリカの反応を確かめる。


 アンジェリカの反応は……無い。どうやら本当に眠っているらしい。


 しかし念のため、アンジェリカが本当に眠っているかどうか、試すことにした。


 アンジェリカの胸を覆う布団を捲ると、薄い生地のネグリジェに覆われたアンジェリカの胸が露わになる。重力に負けず、健気にネグリジェを押し上げていた。まるで2つのテントが張られているかのように、おっぱいと云うには少し丸みを欠いた尖った膨らみだ。まだまだ成長過程にある未熟なおっぱいである証である。


 僕はゴクリと生唾を飲み込むと、意を決してアンジェリカのおっぱいへと手を伸ばす。


 アンジェリカのおっぱいは、ふにゃりと僕の手の動きに合わせて形を変える。柔らかい。そして、温かい。


 アンジェリカのおっぱいは、たしかに柔らかいが、アンネのふわふわおっぱいのような柔らかさではない。柔らかさの中にも芯の硬さを感じるおっぱいだ。中身がギュッと詰まっているかのような、ハリを感じる。だから重力にも負けずに立っていたのだろう。


「んっ……」


 しばらくアンジェリカのおっぱいをもみもみしていると、アンジェリカの呼吸が少し乱れる。しかし、目を覚ます気配はない。どうやら深く眠っているらしい。


 そのことを確認すると、僕は名残惜しい気持ちを抑えつつ、アンジェリカのおっぱいから手を離した。僕の手から解き放たれたアンジェリカのおっぱいが、僕を誘惑するようにぷるんと震える。もう一度おっぱいに伸びそうになる手を慌てて自制して、僕はアンジェリカに背を向けた。


 僕はべつにアンジェリカに痴漢をするために起きたわけじゃない。いや、おっぱいは触りたかったけど、あくまでメインは、アンジェリカが起きないか確認しただけ。これからすることは、誰にも、たとえアンジェリカにも見られるわけにはいかないのだ。


 僕は、ベッドの天蓋のカーテンを開け、ベッドから飛び降りる。


 ぽふんと寝室のクリーム色の絨毯に落り立つと、僕は背中の翼を広げ、翼へと魔力を集中させる。魔力が集まったせいか、翼がじんわりと温かくなった気がした。そろそろいいかな?


 僕が翼を羽ばたくと、まるで重力から切り離されたかのように僕の体はふわりと浮き、足が絨毯から離れ、完全に宙へと舞う。


 そう。僕は飛べるようになったのだ。


 元々僕は疑問に思っていた。大きな翼があるとはいえ、ドラゴンのような巨体が空を飛ぶことは、物理的に可能なのだろうかと。


 しかし、パパママドラゴンは確かに空を飛んでいた。飛んでいたけど、それはどこか物理法則を無視したような飛び方だった。明らかに羽ばたく回数が少ないのだ。特に飛び始めなんて、優雅にバサリと1回羽ばたくだけで、ふわりと体が浮いていたのを覚えている。飛ぶことに特化した鳥だって、地面から飛ぶ時は、もっと苦労していると思う。


 そこで僕は思ったのだ。もしかして、ドラゴンは魔法の力で飛んでいるのではないだろうかと。


 結論から言えば、僕の考えは正解だった。翼に魔力を籠め、羽ばたくだけで、僕の体はふわりと宙へ浮いた。大切なのは魔力を翼に籠めること。魔力を籠めないと、羽ばたいても空に飛べない。


 魔力の消費も少ないのか、僕の中の魔力が目減りしている感覚は無い。これならいつまでも飛んでいられそうだ。


 僕はそのまま翼を羽ばたかせて、天井近くまで上昇すると、ゆっくりと寝室の中を旋回し始める。今の僕は、空を飛ぶ練習中なのである。


 本当は、もっと広い所で自由に練習したいのだけど、それは難しい。僕は、空を飛べることを隠したいのだ。


 理由は、この国の上層部にある。王様や宰相、お姫様の教育係なんて偉い人たちが、僕に贈り物をしてきた件だ。彼らは僕に、贈ってきた金銀財宝の見返りを求めているはずである。


 どんな見返りを求めているのかはまだ不明だけど、戦争に利用される可能性もある。戦争で人を殺す兵器みたいな扱いを受けるなんて、僕は御免だね。


 だから、万が一の可能性に備えて、空を飛んで逃げるという選択肢を残しておきたい。


 僕は今、自由に行動できる放し飼いのような状態だけど、空を飛べることを知られたら、逃げられないように首輪をされるかもしれない。


 だから、僕が空を飛べることは、誰にも知られてはならないのだ。


 本当は今すぐにでも逃げるべきなのかもしれない。でも、ここでの生活はとても居心地がいいんだ。それに、外にどんな世界が広がっているのかも分からない。


 空も飛べるし、魔法も使えるし、ドラゴンブレスも吐ける。自分自身けっこう強いと思うんだけど、外の世界では弱者の可能性もある。なんといっても、まだ赤ちゃんドラゴンだからね。


 だから、ギリギリまでこの離宮で匿ってもらって、その間に力を付けないといけない。


 僕に良くしてくれるアンジェリカやメイドさんたちに嘘を吐いているようで申し訳ないけど、こればかりは許してほしい。


 そんな我ながら勝手なことを思いながら、僕は寝室の中で飛ぶ練習をするのだった。

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