第31話 おめかしドラゴン

 朝。


「クレア、ルーのこと頼みますね」

「はい、姫様」


 アンジェリカの衣裳部屋に入ると、僕はアンジェリカの腕の中からクレアの腕の中へと移される。そのままクレアに抱っこされて向かうのは、部屋の中ほどに置かれたイスだ。


 僕の座らされたイスの少し離れた横には、アンジェリカが腰を下ろしたイスがある。僕たちはこれから、おめかしタイムなのだ。


「ルー様、本日はいかがいたしましょう?」


 あの衝撃のプレゼント事件から数日。いろいろと変わったことがある。例えば……。


「こちらはいかがでしょう?」

「こちらもよいのではありませんか?」

「これとかいいんじゃない?」

「いえいえ、こちらも……」


 クレア、アンネ、ヴィオ、ティア。この4人のメイドさんと行動を共にすることが多くなった。たぶん彼女たちは、僕の専属のメイドさんなんだと思う。


 クレア。本名クレアベル。

 この離宮のメイド長であるマリアベルの娘。アンジェリカとは乳母姉妹の関係にあるらしい。輝くような金髪と、碧の瞳が特徴の美人さんで、いつもニコニコしている。ニコッと笑うと、少し幼く見えてかわいらしい雰囲気になる。笑顔が素敵なメイドさんだ。


 アンネ。本名アンネデーレ。

 射干玉のような黒くてツヤのある漆黒の髪と、少し垂れ目の黒い瞳が特徴の優しい雰囲気のメイドさんだ。実際、優しい。離宮のメイドさんの中でも1,2を争うほどの巨乳で、顔を埋めると幸せな気持ちになれる。


 ヴィオ。本名ヴィオレッタ。

 穢れを知らない白い髪と、少し釣り目な勝気そうな紫の瞳が特徴の幼いメイドさん。たぶん、離宮のメイドさんの中で最年少だろう。背も小さくて、胸もまだ未発達のぺったんこ。まさにツルペタ幼女である。時折、尊大な言葉遣いで喋り、他のメイドさんたちに注意されている。まだまだメイドとしても新米なのだろう。


 ティア。本名ミーティア。

 鮮やかな赤毛と、澄んだ水色の瞳が特徴のかわいい系のメイドさん。どこか猫を思わせるかわいらしい顔立ちをしている。お胸はお椀型の綺麗な形をしており、人間だったら片手に収まる程良いサイズだけど、体の小さな僕から見れば十分巨乳に見える。


 彼女たちが僕の専属のメイドさんなんだけど、彼女たちが今、何をしてるかといえば、僕に着けるネックレスを選んでいるところだ。このネックレスは、宰相のおじさまに贈られた物である。たくさん種類があるので、どれにしようか悩んでいるのだ。


「ルー様、どれになさいますか?」


 クレアの一言に、4人の視線が僕へと集まる。4人は1つずつオススメのネックレスを持っている。どれも派手だなぁ……。この世界ではどのような趣味嗜好が好まれるのか分からないけど、元が小市民の僕には、成金趣味に見られないか心配してしまうレベルだ。


「クー……」


 僕は、アンネの持つネックレスを指す。金色の蜘蛛の巣のようなデザインをしたネックレスだ。この中だと比較的大人しいデザインである。ヴィオの持ってるのなんて派手すぎだろ。見事な銀細工に大きな別々の宝石が7つも付いてグラデーションに光り輝いている。素晴らしい逸品だとは思うけど、自分で着けるとなると、躊躇してしまう。


「それではルー様、失礼します」


 選ばれたアンネが笑みを浮かべて僕にネックレスを着けてくれた。首にズシリとした金の重みを感じる。僕は小さくてもドラゴンだからか、この程度の重みはなんともないけど、普通の子犬子猫だったら、身動き取れなくなっちゃうんじゃないだろうか?


「とてもよくお似合いですよ」

「凛々しく見えます」

「いいんじゃない?」

「素敵です」


 そう言ってメイドさんたちは褒めてくれるけど、本当かな? お世辞の可能性が高いと思う。


 ティアの持つ大きめの鏡に映るのは、金の首飾りを着けた白銀のドラゴンの姿だ。金の首飾りはもちろん、僕の白銀の鱗も輝いていて、なんだか全体的にキラキラだ。こうして改めて見ると、僕ってかなり目立つ格好してるね。宝石ドラゴンって感じだ。


 なんだかネックレスで悩むのがバカらしくなるほど僕自身がキラキラ光ってる。ドラゴンの造形美からか、下品な成金趣味とは違った上品さ、清廉さを感じることが唯一の救いかな。


 このまま美術館で飾られていてもおかしくないほど、鏡に映るドラゴンは神秘的な美しさがあった。これ、僕なんだわ。


 よくマンガやアニメでは“ドラゴンは捨てる所が無いほど、その全身が宝物”みたいな話があるけど、この世界でも案外そうなのかもしれない。少なくとも僕は、その外見の美しさから狙われそうだ。やっぱり、ある程度大きくなるまで、少なくても多少の自衛手段を持てるまで、この離宮で匿ってもらった方が良いかもしれない。


 鏡に映る自分を見て、そんなことを考えながら、僕はヴィオレッタの持つアクセサリーケースの中から1つのネックレスを取り出す。ネックレスのチェーンが部分が草木を思わせるデザインとなっており、トップ部分には、大きな葉っぱと、そこから顔を出すようにブドウのような実が、そしてブドウの実にはダイヤモンドがあしらわれた精巧な作りの銀細工のネックレスだ。僕が昨日身に着けたネックレスである。


「クー」


 僕はそれをクレアに向けて差し出す。いつもお世話になっているからお礼がしたいのだ。これなら一度身に着けた物だし、この国のルールでもお裾分けできるはずである。


「ルー様? やっぱりそちらのネックレスにしますか?」

「ウー」


 僕は首を横に振ってもう一度クレアに向けてネックレスと差し出す。


「クー」

「ルー様は、いったいどうなされたのでしょう?」

「ひょっとして、クレアに下げ渡そうとしてるのでは?」

「クー!」


 下げ渡しというのは、よく分からないが、渡すというという意味では正解なので頷いておく。


「下げ渡し……これは、宰相閣下がルー様に贈られた物です。それを受け取るなんてできません。それに、こんな高価な物受け取れません。お許しください」


 クレアは、困ったような表情を浮かべて頭を下げる。


 クレアの気持ちは分からなくもない。突然、こんな高価な物を贈られても、喜びよりも困惑が先にくるだろう。事実、僕は困惑している。できればお裾分けという形で皆に配ってしまいたいくらいだ。でも、クレアの気持ちも分かってしまうので、無理強いはできない。


「ルー……」


 受け取ることを拒否されてしまった僕は、大人しくネックレスとアクセサリーケースに戻すのだった。

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