第30話 プレゼントドラゴン②

 そんなニコニコ宰相が口を開く。


「実は、贈り物は他にもあるのです」


 まだあるの!? 僕はもうどうにかなってしまいそうだった。考えてもみてほしい。日本だったら総理大臣クラスのお偉いさんが、わざわざ僕のために時間を使うだけでも異常なのに、その上、高価な贈り物まで……絶対になにか裏がある。しかも、贈り物はまだあるという。こんな僕に何を期待しているんだ!?


「こちらはハーゲン翁からルー様への贈り物となります」


 宰相がそう言うと、また後ろに控えていた女の人がテーブルの上に流木みたいな木を置く。なんだか深い落ち着いた良い匂いのする木だ。他にもエメラルドのような鮮やかな碧の器や、まるで宇宙をそのまま切り取ったかのような七色に輝く不思議なお皿が置かれる。


「こちらが伽羅の香木、こちらが南国渡来の陶磁器となります」


 たぶん、どれも日本だと博物館でしか見れないような、ものすごく貴重な物なのだろう。僕には香木だとか陶磁器には詳しくないけど、一目見ただけで高価な貴重な物であると分かるようなオーラを感じる。これが僕への贈り物? 冗談ならやめてくれよ……。


「ハーゲン翁からは、他にも北国や南国の産物や海産物なども贈られていますが、ここでは……。こちらが目録になります」


 宰相からアンジェリカに分厚い紙が手渡される。あれってもしかして、羊皮紙だろうか?


 アンジェリカが紙を僕にも見えるように広げてみせる。


「まあ! こんなにたくさん」

「クー……」


 目録にはぎっしりと文字が書かれていた。これが全部贈り物だとしたら、かなりの量である。文字はアラビア文字に近いような文字だ。初めてこの国の文字を見たな。これが異世界の文字か……。


 当然、僕に読めるわけがない。と思ったのだけど、なぜか読める。なんだこれ?


 たしかに読めない。どう発音するのかも分からない。でも、言葉の持つ意味が分かる。


「ルーの好きそうなもので言うと……マルタ豚の燻製がありますよ。他にも鮭やいくら、キャビアに南国の香辛料まで……」


 アンジェリカの読み上げるものと照らし合わせてみても、僕の認識できる言葉の意味は合っているらしい。いったいどういう原理なんだろう? 訳が分からないけど、便利であることは間違いない。


 食べ物以外にも観葉植物や、絹などの布、毛皮に絵画や剣など様々な物が書き記されている。これ全部僕への贈り物とか、マジかよ……。この世界の価値基準とか分からないけど、絶対全部高価な珍しい物だよ……。こんなのどうやってお返ししろっていうのさ……。


 過分すぎる贈り物に、僕はただただ狼狽えるのみだった。もう口から魂が半分コンニチワしてる感じである。


「最後に、国王陛下より贈り物がございます」

「まあ! お父様からも?」

「クァ……」


 王様からの贈り物って……絶対やばいやつじゃん……。


 いったい何が出るてくるのか、もはや恐怖する僕の目の前にドンッと置かれたのは、大きな金の延べ棒と銀の延べ棒だった。それぞれ3つずつ、山を成すように並べられている。


「これは……」


 お姫様であるアンジェリカも言葉が出ないようだ。僕? 魂が飛んでちゃったよ。


「もしお望みでしたら、細工師に加工させることもできますぞ? 陛下の許可は得ております」

「そうですね。ルー、どうしますか?」


 僕は無心でコクリと頷く。


「では、そのようにいたしましょう。以上で贈り物は全てです。ご満足いただけたら良いのですが……」

「ルー、満足しましたか?」


 僕は無心でコクリと頷く。


「それはようございました」


 宰相がホッとした笑みを浮かべたのが妙に印象的だった。


 それから後は、僕はアンジェリカの言葉にただ頷くだけの機械になってしまった。記憶も曖昧だ。僕の小市民魂が消し飛んだからだろう……。



 ◇



 そして、今に至る。


 僕は、あまりにも非現実的な出来事に疲れ果てた心をアンジェリカのおっぱいで癒しているのだ。おっぱいをもみもみと揉み、胸の間に顔を埋めてスーハ―深呼吸する。甘いミルクのような、それでいて少しフローラルな香りが、僕のささくれ立った心を落ち着かせてくれる。


「なんだか、いつもと様子が違いますね。それだけ贈り物が嬉しかったのでしょうか」


 アンジェリカが僕の頭を優しく撫でるのを感じた。


「クーン……」


 あれだけの物を貰っておいて嬉しくないとは言い出せず、僕は曖昧に頷く。


 僕が素直に喜べない理由。


 王様や宰相なんて国の偉い人が、あれだけ豪勢な贈り物を僕に贈る。当然、そこには何か裏があるはずだ。言い換えれば、あれだけの贈り物を贈っても元は取れると僕に期待してるんだと思う。


 僕はドラゴンだ。パパママドラゴンを見れば、将来、僕は強いドラゴンになるのは分かっている。そんな僕に贈り物を贈る理由。


 たぶん、僕を飼い慣らそうとしているんだと思う。いわゆる餌付けだ。


 僕の知る限り、小説やマンガの中で、時に頼もしい仲間として、時に強大な敵として、ドラゴンは最強の種族として描かれていることが多い。この世界でも最強の種族とは限らないけど、上位の強さを持つ種族なのではないだろうか。


 王様や宰相といったこの国の上層部は、僕を飼い慣らし、利用しようと考えているのだと思う。


 だからメイドさんたちも優しいし、ご飯も美味しいし、今回のように豪華な贈り物なんて貰える。全ては将来、僕を利用するための布石だ。


 問題は、僕を何に利用するのかだけど……ドラゴンといえば、やっぱりその強さだろう。やっぱり戦争とかかな……。生物兵器なんて言葉が頭を過る。


 当然ながら、僕に人を殺す覚悟なんてできない。これから先もできそうにないし、戦争の道具にはなりたくはない。


 できれば僕の予想なんてまったくの大外れで、この国が超裕福で、あれぐらいの贈り物なんて普通みたいなオチがいいけど……この国のお姫様であるアンジェリカが絶句してた贈り物だ。その可能性は低い。


 唯一の救いは、僕がまだ生まれたばかりで、空も飛べない赤ちゃんドラゴンという点だろう。さすがに今の僕に何かを求めたりはしないと思う。つまり、まだ猶予がある。


 アンジェリカやメイドさんたちと別れるのは辛いけど、空を自由に飛べて、獲物を狩れるようになったら、逃げ出すべきかもしれないな……。

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